軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

信頼は他人だけでなく、自分の中にも積み上がる

「何て言うか、里の空気が暗いわね……本当に何があったの?」

人間の町と違って、エルフの里は自然物を活用した建物がほとんどだ。流石に木の上に家があったりはせず普通に開拓はされているが、結構な数が建っている家はその全てが木製だし、通りは踏み固められてこそいるが石畳などは敷かれていない。

そしてそんな町並み……里並み? には当然生活するエルフ達の姿があるわけだが、その表情は一様にどこか暗い。そのせいで何なら切り開かれている里の中より俺達が降り立った森の中の方が感覚的には明るく感じられるほどだ。

「それは私の口からは……と言っても、隠すことなどできませんので、すぐにわかってしまうとは思いますが」

「? そうなの?」

「はい。さ、こちらへ」

エルフの男に案内されながら、俺達は里の中を歩いていく。すると正面にひときわ大きな木が見えてきて、それが近づくほどにティアの表情が険しくなっていく。

それは精霊樹。周囲の木より二回りほど大きいそれは巨木とは言わずとも大木であり、淡い光を纏うのはその木に精霊の力が満ちている証。

だというのに今は、その光に陰りがある。黒い蔓のようなものが精霊樹の下半分に絡みついていて、そこから発生している黒いもやが光を遮っているからだ。

「…………酷い」

「……お話は里長とお願いします。もうすぐそこですので」

思わず漏れたであろうティアの呟きに、案内の男は苦しげに顔を歪める。とは言えその場はそのまま歩いて通り過ぎ、やがてひときわ大きな集会場のような建物に辿り着くと、俺達が通された広間では白く長い髭を蓄えたエルフの老人と、ぱっと見四、五〇代くらいに見える壮年のエルフの男性の二人が待っていた。

「よくぞ参られた、遠方よりの同胞よ。私がこの里の里長で、トルティラートという者だ。そしてこちらが……」

「ほっほっほ。ワシはこの里で一番長く生きておる、ただの年寄りエルフじゃ。随分と懐かしい挨拶をする者が現れたと聞いて来てみたんじゃが……随分と若いのぅ? 一体誰からあんな挨拶を教わったんじゃ?」

「へ!? えっと、私の里ではあれが普通だったんですけど……この辺では違う、みたいですね」

「そうじゃのう。あんな仰々しい挨拶をする者は、この三〇〇年でとんとおらんくなっておるからのぅ。ワシとて最後に聞いたのはもう二〇〇年も前の話じゃ。今では教える者すらおらんで」

「それは、何か意味があってのことなのでしょうか?」

真剣な表情で問うティアに、しかしただの年寄りだと名乗ったエルフの老人は何とも愉快そうに髭をこすりながら笑う。

「ほっほっほ! 意味か! 意味というなら、長いからかのぅ? あんな仰々しい言い回しをせんでも、普通に挨拶すればええじゃないかという意見が大勢を占めたから誰も言わなくなった、ということころじゃろうか?」

「えぇ? それはその……いいんですか? 伝統はちゃんと残して伝えるべきとか、そういうのは?」

「いいも悪いもなかろう。時代の流れじゃ。必要なものが生まれ、不要なものが消える。消えたもののなかには実は必要だったものも含まれるじゃろうが、それが真に必要なものであれば、生まれて消えてを繰り返しいつかは常識として根付くことになる。

不要なものを残そうとしても結局は消える。必要なものを消そうとしても必ず蘇る。ワシらもまたそうして何かを消し、何かを生んできたのじゃ。天に流れる大いなる意志に爪を立てるのは若者だけの特権じゃよ」

「はぁ……」

その表情を横目で見る限り、どうもティアには今ひとつピンとこないらしい。まあ正直俺もよくわからないが、この辺はエルフの感覚なのかあるいは年長者の感覚なのか……どっちも持ち合わせていない俺にはそれこそわからん。うん、わからないが何か深いことを言っているという感じで納得しておこう。

「ほっほ、無理にわからんでもいいわい。とにかくワシは、久しぶりに懐かしい口上を述べるお嬢さんに会ってみたかっただけじゃからのう。悪かったな里長よ、ワシの用件はこれですんだぞい」

「わかりました。では長老の用件はそれでいいとして、私の方だ。先ほど物見の者に精霊の陰りを感じたと言ったそうだが……ここに来るまでに、見たのだろう?」

「はい。とても、その……酷い状態でした」

「だろうな。何とかしようと必死に手を尽くしているつもりだったが、里の外にまでその気配が漏れていたとは……里長として恥じ入るばかりだ」

「いえ、そんな!」

実際には何かを感じたわけではないので、ティアが慌ててそう声をあげる。だが里長は力なく首を横に振り、沈んだ声で話を続ける。

「いいのだ。里長を継いでまだ三〇年の若輩者とはいえ、責務に年月など関係ない。故に君たちに話を聞きたいのだが、他の里でも同様の事が起きたりはしていないのだろうか? もしあの黒い蔓をどうにかできるのであれば、その手段を教えて欲しい。無論相応の謝礼はさせてもらうが……どうだろうか?」

「エド?」

「そう、ですね。まずは改めて精霊樹を見せていただいても構いませんか?」

ティアに話を振られた俺が答えると、里長は意外そうな顔で俺を見てくる。

「君が見るのか? ルナリーティア殿ではなく?」

「あ、いや、勿論ティアも見ますよ? ですが俺には俺の知識や経験があります。見ればわかることがあるかも知れないというのであれば、見た方がいいと思うのですけど……それとも、人間を近づけてはいけないという決まりでも?」

「あ、ああ。特にそういう決まりはないが……いや、しかし……」

俺の提案に、里長は腕組みをして考え込み始める。俺の今までの知識や経験からすると、エルフが精霊樹に余人を近づけるかに種族としての厳密な決まりはなく、その場に住んでいるエルフ達の心持ちによって問題なかったり駄目だったりするようだ。

つまるところエルフ達の信頼を得られれば近づけるということだが、今会ったばかりの俺達に信頼も何もないだろう。要は第一印象がどのくらい良かったかという話になりそうなんだが……

「お願いします里長様。あんな状態の精霊樹は見るに堪えません。できるかどうかはわかりませんけど、私達にできることならどうにかして助けてあげたいんです」

幾分か打算も混じっている俺とは違い、完全に善意だけで……己の欲すら善意と変えたティアが里長に希う。その大きな翡翠の瞳に宿るティアの心を感じ取ったのか、やがて里長の口がゆっくりと開かれた。

「……わかった。そういうことであれば許可しよう。いや、むしろ私の方がお願いする立場だ。どうか精霊樹を救って欲しい」

「全力を尽くします。ね、エド?」

「勿論!」

「では、早速参りましょう。長老様とアナイアーレも共に来い」

「わかりました」

「ほっほ。いいぞい」

里長トルティラートさんと、俺達を案内してくれたアナイアーレ氏、それに話の内容からして三〇〇年以上生きてるらしい長老様に、俺とティア。五人となった俺達はさっき来た道を戻って精霊樹の側まで歩いていく。

その道すがらには見張りというか警備のエルフが立っていたが、里長が声をかければ当然道を譲られる。そうして精霊樹の根元まで辿り着くと、改めて里長がその口を開いた。

「これが今の精霊樹の状態だ。植物の育成を促進するような精霊魔法を頻繁に使用し、特製の肥料や人間の国から取り寄せた聖水なども試しているのだが、どうにも状態が改善せん。現状維持が精一杯……と言いたいところだが、最近はそれすら厳しいのだ」

「可哀想……」

黒い蔦に締め上げあられ、そこから発するもやに薄く覆われた精霊樹はなんとも言えず痛々しい。そんな精霊樹に触れるべくティアがゆっくりと手を伸ばし――

「やめよ! それに触れては――何!?」

ティアの手が、優しく精霊樹の幹に触れた。