作品タイトル不明
第7話
結局、燻した干し林檎は品にならなかった。
「……だめね」
「苦味がねぇ」
「いい発想だと思ったんだけど……」
「ジャムに回します?」
「うーん……卸し始めたばかりだから。全部そちらへ回すには惜しいわね」
私がそう呟いたところへ、ちょうどカイルが荷を持って入ってきた。
「何が駄目だったんです?」
「燻製の干し林檎です。難しくて断念しました」
そう言うと、カイルは荷を下ろしながら肩をすくめた。
「でしょうね。魚や肉ならともかく、林檎を燻すのは、なかなか聞きません」
「……珍しくて、いいと思ったんです」
「確かに。ただ、品にするなら、まず食べておいしくないと」
「そうですね……」
「で、その代わりというわけでもないですが――」
カイルは袋の口を開いた。
「規格外の林檎、また少し回してもらえました。それと、ついでに木の実も持ってきています」
「木の実?」
私は思わず顔を上げた。
袋の中には、小粒で揃わない胡桃や、形の不揃いな榛の実が混じっていた。
「上等な小袋には詰めにくい半端物らしいです。向こうも、まとめて引き取ってくれるなら助かるそうですよ」
私は袋の中を見つめたまま、小さく息を止める。
林檎より、こっちの方がまだ煙に耐えるかもしれない。
「……カイルさん」
「はい?」
「ありがとうございます」
そう言うと、カイルは少しだけ目を丸くしたあと、ふっと笑った。
「役に立つなら何よりです」
早速、燻すことにした。
軽く煙を入れているあいだ、私は作業場の隅で湯気の立つ茶器を両手に包み、カイルと向かい合っていた。
「……林檎より、こっちの方が筋は良さそうです」
私がそう言うと、カイルは茶をひと口飲んで肩をすくめた。
「木の実なら、煙を嫌がる客は少なそうですからね。甘い品として売るより、酒場や食卓向けにした方が合うかもしれません」
「なるほど……」
私は湯気の向こうへ目を落とした。
しばらく黙っていたけれど、ふと口をついて出る。
「カイルさんの言う通り、私、案外需要があるみたいです」
「何です、それ」
「この前の夜会で。婚姻のお話は決まっているのかって聞かれて」
「……へえ」
「領地の話ができて、商いにも触れているなら、頼もしく思う家はあるだろう、と言われました」
自分で口にしていて、少しだけおかしくなる。
「品物みたいでしょう?」
カイルは茶器を置いた。
「半分は、そうでしょうね」
「否定しないんですね」
「しませんよ。婚姻も取引も、まずは条件を見るものですから」
私は小さく息を吐く。
「……そうですね」
私だって、受け入れてくれる人を探しているのだ。
そう思えば、人のことばかりも言えなかった。
「ですが、値踏みされるということは、それだけ見られる価値があるということでもあります」
「……」
煙の匂いが、ふっと強くなる。
「嬉しくはないですが」
「え……」
「少なくとも、雑に見られるのは腹が立ちます」
その言い方が、少しだけ意外だった。
私は茶器を持ったまま、小さく笑う。
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなことですか?」
「はい。話せてよかったです。少し、すっきりしました」
そう言ったところで、作業場の奥から女が声を上げた。
「お嬢様、そろそろ見てよさそうですよ」
私は茶器を置き、カイルと一緒に立ち上がった。
棚の上には、軽く煙をまとった木の実が広げられている。
胡桃はほんのり艶を増し、榛の実にはやわらかな香ばしさが移っていた。
ひとつ摘まみ、そっと口へ入れる。
――ぱき、と軽い音がして、そのあとに木の実の油と香ばしさが広がった。
「……あ」
思わず声が漏れる。
「どうですか?」
「こっちの方がずっといいです」
カイルも食べながら頷く。
「酒に合いそうですね」
「よかった。……少し塩をきかせてもいいかも」
そう言いながら、私はもう一度胡桃を見た。
「小袋にして出したらいいかな」
「酒場なら、まずは置いてみてくれると思いますよ」
カイルの言葉に、私はふっと息をついた。
「……そうですね。交渉してみます」
◆
屋敷へ戻ると、私宛ての手紙が届いていた。
差出人はハーゼルベルク家。
封を切ると、週末の仮面舞踏会への正式な招待状が現れる。
丁寧な文面の末尾には、仮面持参の旨が添えられていた。
――仮面。
もちろん、そんなものは持っていない。
招待状を手にしたまま、私は姉の部屋を訪ねた。
「お姉様、少しよろしいですか」
鏡台の前にいた姉が、鏡越しにこちらを見る。
「なあに」
「仮面をお借りできないかと思って」
「仮面?」
お姉様はそこで初めて振り返った。
「あなた、仮面舞踏会へ行くの?」
「はい」
「どこの家?」
「ハーゼルベルク子爵家です」
「……ハーゼルベルク?」
一瞬、お姉様の目がわずかに細まった。
「そう……。あなたが、あの家の仮面舞踏会にね」
「ご子息のルーカス様からお招きをいただきましたので」
「へえ……」
お姉様は小さく頷いたが、すぐに口元を少しだけ歪めた。
「仮面舞踏会はね、顔が隠れる分、かえって立ち居振る舞いは見られるの」
私は思わず息をのむ。
「黙って壁際に立っていたら、ぼんやりした娘にしか見えないわよ」
「はい……」
お姉様は立ち上がり、棚の引き出しを開けた。
いくつか並んだ仮面の中から、一つを取り出す。
淡い象牙色の半仮面だった。
目元をやわらかく縁取る程度の形で、縁には細い銀糸があしらわれている。
飾りは小さな白い羽根が片側に一枚付いていた。
「これなら、まだましね」
「あ、ありがとうございます」
「恥をかいて帰ってこられても、こちらが困るもの。少しはましに見えるものを持っていきなさい」
私は頭を下げて仮面を受け取り、そのまま自室へ戻った。
扉を閉めて、ようやく小さく息をつく。
手の中の半仮面は、思っていたよりずっと存在感があった。
私はそれを寝台の上へそっと置いて、クローゼットを開ける。
「どのドレスが似合うかな……」
淡い色のもの、夜会用のもの、仕立て直したもの。
何着かに視線を滑らせた、そのときだった。
ふと、目に入る。
アーネストから贈られたドレスだった。
指先が、思わずその布に触れる。
――あの人も、来るのよね……。
胸の奥が、また少しだけ落ち着かなくなる。
けれど私は、そっとその裾から手を離した。
代わりに手に取ったのは、姉のお下がりのドレスだった。
私は姉から借りた半仮面をその上へ重ね、もう一度だけクローゼットの中を見つめてから、静かに扉を閉めた。