軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話

朝の食卓には、妙に重い空気が落ちていた。

父はいつも以上に口数が少なく、兄は苛立ったようにナイフを置く音を立てていた。

何があったのか知らない姉だけが、怪訝そうに二人を見比べていた。

「……何なの、朝から」

姉の声に、誰もすぐには答えなかった。

その沈黙の中で、私は口を開く。

「……お姉様」

「何かしら」

「今後の夜会は、私にも出席の機会をいただきたいのです」

「……は?」

兄が顔を上げ、姉は目を瞬かせる。

「どういうこと?」

私は手元のナプキンで口元を押さえ、静かに言った。

「お姉様は、すでにご婚約がお決まりでしょう。けれど私は、まだそうではありません」

「それは……」

「私にも、出会いの場は必要です」

姉は信じられないものを見るように私を見て、それから小さく息を吐いた。

「何があったの? あなたがそんなことを言うなんて」

「自分の将来について、考えただけです」

「ねぇ、夜会はそんなに簡単な場ではないのよ。慣れていないまま出れば、かえって恥をかくことにもなりかねないわ」

「だからこそ、今から慣れる必要があります」

私は顔を上げて、姉を見た。

「お姉様が嫁がれれば、家の外へ出せる娘は私だけになります」

「……私が、いなくなる前提で話しているの?」

「事実でしょう。お姉様には、すでに嫁ぎ先があります。私には、まだありません」

姉は何か言おうとして、口を閉ざした。

「それと、お姉様の夜会へのご出席は、今後は必要なものに絞った方がよろしいかと」

「……何ですって?」

姉の声がわずかに尖る。

「家の信用を保つためなら、必要な場を選ぶべきです。数をこなせばよい、というものではないはずです」

そこで私は、静かに兄へ視線を向けた。

「そうでしょう、お兄様」

兄の顔が引きつる。

けれど、短く息を吐いた。

「……必要な場に限る、という意味ならな」

「レオンまで、何を――」

「今の家に、これまで通りの付き合いを続ける余裕があるとでも?」

兄の声は苛立っていたが、否定はしなかった。

姉の唇が震える。

私はナプキンを膝に置き直した。

「お姉様を閉じ込めたいわけではありません。ただ、これまでと同じようにはいかないと、ご理解いただきたいのです」

父はなおも黙ったままだった。

姉はしばらく俯き、それから小さく言った。

「……随分、言うようになったのね」

「この家に必要なことですから」

再び沈黙が落ちる。

重たい空気の中で、私はそっと息を吐いた。

家族を完全に切り捨てるつもりはない。

けれど、支えるのなら、もう曖昧なままではいけない。

少しずつでも、変えていくしかなかった。

部屋に戻ると、手の中の封筒がやけに重く感じられた。

王都商会から届いた手紙には、前回納めた干し林檎の追加注文が記されていた。

規格外は王都の製菓へ回してもらえることになった。

規格を揃えた旅人向けの分も、三箱から八箱へ増えている。

「よかった……」

試しで終わらなかった。

居ても立っても居られず、私はその足で乾燥小屋へ向かった。

小屋をのぞくと、作業台の上では領民たちが黙々と手を動かしていた。

「エリナ様」

気づいた娘が顔を上げる。

最近入ってくれた娘だ。

私は頷き返しながら、小屋の奥へ進んだ。

「仕事には慣れた?」

「はい。だいぶ手が追いつくようになりました」

「この子は物覚えが早かったんです。もう一人で任せても大丈夫なくらいで」

答えたのは、今いちばん古くから入っている女だった。

彼女は新人たちの後ろを回り、包丁の入れ方や厚みを見ていた。

「手元はどう?」

「だいぶ揃ってきました」

そう言って、古参の女は作業台の端を示した。

そこには、木で作った小さな当て板が置かれている。

「切る前にこれへ当てるようにしたら、厚みのばらつきが減りました。切り落としは最初から別籠へ入れています」

籠の中には、端が欠けたものや形の崩れたものがまとめられていた。

規格外として回す分だ。

「無理に揃えようとして、削りすぎてはいない?」

「はい。そこはよく言ってあります。端を落としすぎると、かえって損になりますので」

そう言って、古参の女は一人の若い娘の手元をそっと示す。

「この子はだいぶ安定してきました。もう少し数をこなせば、二棟目のまとめ役もできます」

その娘が、照れたように肩をすくめる。

私は小さく笑ってから、棚の方へ目を向けた。

「仕分けの方は?」

別の女が、すぐに口を開いた。

「はい。大きさで一度分けて、それから厚みを見ております。形がある程度整ったものを小売向けに回すようにしたので、規格外はだいぶ減りました」

「ならよかった。分けたものが混ざってしまうことはない?」

「今は札を分けています。贈答向けは黒、小売向けは赤、規格外は白で。箱詰めの時も見間違えないようにしています」

「それなら大丈夫そうね。……念のため、出荷前にも二人で確認してくれる?」

古参の女が、少しだけ目を瞬いた。

「出荷前にも、ですか?」

「そうよ」

「札も分けておりますし、箱詰めの時にも見ています。そこまでしなくても……」

言いかけて、女は慌てたように口を閉ざした。

「いえ、申し訳ありません」

「謝らなくていいの。手間が増えるのは分かっているわ」

私は棚に並ぶ林檎へ目を向けた。

「でも、どれだけ気をつけていても、見落とすことはあるでしょう?」

女たちは黙った。

「王都へ出す以上、一箱の間違いで信用を落とすこともあるわ。だから、最後も一人で決めず、二人で見てほしいの」

古参の女は、少し考えてから頷いた。

「……分かりました。出荷前に、二人で札と中身を確認します」

「お願いね」

「はい」

私はその言葉に、静かに息を吐いた。

「……でもね、ちゃんと結果は出てるのよ。追加の注文が来たの」

「王都商会からですか?」

「ええ。小売向けが三箱から八箱。規格外も引き取ってもらえることになったわ」

小屋の中に、わっと空気が動いた。

「八箱も……!」

「王都で、また使ってもらえるんですか」

「じゃあ、しばらく仕事が続くんですね」

誰かが、ほっとしたように笑う。

「ええ。だからこそ、質を落とさないよう気をつけないとね」

「はい!」

返る声が、前よりずっと力強い。

私は棚に並ぶ林檎を見上げた。

あの人に、やってみろと言われた。

背を押されたのは、ほんの一言だったはずなのに。

それが今では、三棟の乾燥小屋を動かし、

王都から追加注文まで来るところまで育っている。

――嬉しいはずなのに。

胸の奥が、静かに痛んだ。

その時だった。

戸口の方が急に騒がしくなる。

「エリナ様、失礼します!」

屋敷の下働きの少年が、息を切らせて駆け込んできた。

額に汗をにじませ、何度も息を継いでいる。

「どうしたの」

「村外れで揉め事が――境の杭が動いたと言って、畑持ち同士が言い合いになっております!」

私は眉を寄せた。

「お父様は?」

「旦那様は今、帳場の者と話しておいでで……すぐには離れられないと」

「お兄様は?」

「ご不在です」

「……そう」

まただ、と思った。

こういう時、誰が行くのか。

最初から答えは決まっているようなものだった。

古参の女が、遠慮がちに口を開く。

「エリナ様……」

私は小さく息を吐いた。

「分かったわ。私が行きます」

「よろしいのですか」

「放っておいたら、余計に拗れるもの」

そう言ってから、私は棚へもう一度目をやった。

「ここは予定通り進めて。午後の手順確認は戻ってから見ます」

「はい」

返る声に頷き、私は小屋を出る。

外の空気は冷たかった。

商いが動き始めても。

家の形が少し変わり始めても。

領地の日々は待ってくれない。

私は足を止めず、そのまま村外れへ向かった。