軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話

「ヴィオラ様」

令嬢の一人がそう呼んだ。

私は思わず息をのんだ。

ヴィオラはゆっくりと視線を巡らせ、最後に私の方へ向ける。

「ごきげんよう、エリナ様」

私は裾をつまみ、軽く礼をした。

「ごきげんよう、ヴィオラ様」

「領地のお話をしていたの?」

令嬢の一人が楽しそうに答える。

「そうなのです。夜会の贈り物にはどんなものをお持ちになるのかと話していたら、エリナ様が今夜は干し林檎をお持ちになったとおっしゃって」

「領地でお作りになっているものですって」

ヴィオラは一瞬だけ目を細めた。

「そうですか……茶会でも話題になっていたものね」

令嬢の一人が首を傾げる。

「茶会?」

「グラーフ伯爵夫人のお茶会ですわ」

その一言で、場の空気がわずかに変わった。

「……あの?」

別の令嬢が小さく目を丸くする。

「ええ。グラーフ伯爵夫人が主催されたお茶会よ。エリナ様もいらしていたの」

ヴィオラはほんの少し首を傾けた。

「……皆様はご存じなかったのかしら」

令嬢たちの間に、小さなざわめきが広がった。

「グラーフ伯爵夫人の……?」

「あの方が招かれたの……?」

「エリナ様は、そういうご縁があるのね……」

視線が、もう一度こちらへ集まる。

今さらながら、グラーフ伯爵家の大きさに胸がざわついた。

けれど、今ここで伯爵夫人のお名前に縋るような言い方は、なぜだかしてはいけない気がした。

私は小さく息を吸う。

「……リュークハルト家の領地は、乾燥条件に特徴があって、味が濃くなりやすいのです」

令嬢たちが目をまたたく。

「その良さを知っていただきたくて、少しずつ事業を広げているところで」

青年たちも静かに耳を傾けている。

「姉や私が贈り物としてお渡ししていたのですが、その時にグラーフ伯爵夫人がお気に召してくださったのです」

令嬢たちは互いに顔を見合わせた。

「乾燥条件……」

「土地の特徴が、そのまま味に出ているのね」

「だから、ただ甘いだけではないのかしら」

一人の令嬢が興味深そうに言う。

「お茶請けにとても良さそうだわ」

「今夜の贈り物、あとで見てみたいですわ」

青年の一人が小さく感心したように言った。

「なるほど。そういうことでしたか」

ヴィオラは扇を口元に当てたまま、しばらく私を見ていた。

やがて小さく頷く。

「そういうことでしたのね」

穏やかな声で続ける。

「伯爵夫人がお気に召すのも分かる気がするわ」

私はヴィオラの方を向いた。

「ヴィオラ様、覚えていてくださったのですね」

「印象的でしたもの」

ヴィオラは静かに微笑む。

「伯爵夫人も、ずいぶん面白い方を見つけたものだわ」

ルーカスが小さく笑った。

「興味深いですね。副産物を一つの商いに仕立てるとは」

私はそちらへ顔を向ける。

「贈った方に喜ばれたのがきっかけだったのです。領地でも、手が余る時期がありますから。領民たちも、少しは手持ち無沙汰にならずに済みますし」

ルーカスはわずかに目を細めた。

「そういうことでしたか」

グラスを軽く揺らしながら、続ける。

「領地を持つ家でも、副産物まで商いにする家はそう多くありません。実際にやってみると、思ったより手がかかるものですから」

「確かに、あまり聞きませんね」

「ですが、うまく回れば強い……面白いですね。林檎はどのあたりで作っているのですか」

「北の丘陵です。乾燥が強い土地で」

私が説明しているうちに、令嬢たちはいつの間にか別の話題で笑い始めていた。

気づけば、私とルーカスの間にだけ静かな会話が残っていた。

「乾燥が強いなら、糖度も上がりますね」

私は少し驚いた。

「ご存じなんですか?」

「商家の友人がいましてね」

「そうなのですね」

「乾燥を使うなら、他にもできそうですね」

「え?」

「例えば――」

広間の向こう側。

ヴィオラが扇を手に、静かにこちらを見ていた。

けれど私は、それに気づいていなかった。

夜会のざわめきの中で、会話はまだ続いていた。

翌日、私はグラーフ伯爵夫人の屋敷を訪れていた。

包みを差し出し、そっと口を開く。

「お待たせいたしました。贈答品に見えるように、包装を整えてみました……」

包みを開き、端切れとレースを合わせた飾りをそっとほどく。

中から、小瓶に詰めた干し林檎のジャムが現れた。

伯爵夫人は瓶を手に取り、口元にやわらかな笑みを浮かべた。

「まあ、素敵」

端切れの飾りを指先でそっと撫でる。

「前よりずっと贈り物らしくなったわ。見えるところだけ整えたのね」

「はい……あまり費用はかけられませんでしたので……」

伯爵夫人は小さく頷く。

「こういう工夫は大事よ。全部にお金をかけなくても、印象は変えられるもの」

私は小さく頷いた。

伯爵夫人はもう一度瓶を見て、満足そうに微笑む。

「こういう整え方、王都でもあまり見ないわ。華やかなのに、やりすぎていないのね」

その言葉に、胸の奥が少し熱くなる。

「ええ、これなら十分通るわ」

「ありがとうございます」

伯爵夫人は瓶を机に戻し、ふっと笑った。

「あなた、聞いているかしら」

「え?」

「この前の茶会以来、干し林檎の話をする方が増えているのよ」

私は思わず目を瞬かせた。

伯爵夫人は楽しそうに続ける。

「どこで分けてもらえるのか、と聞かれてばかり」

昨夜、ブリュノー伯爵夫人にも知っているような口ぶりで話しかけられたのを思い出す。

伯爵夫人は扇で軽く肩を叩いた。

「でもね、今はまだ簡単に広げない方がいいわ」

「はい……」

「こういうものは、少し手に入りにくいくらいがちょうどいいの。今は、私から紹介した方にだけ回しなさい」

「はい」

伯爵夫人は瓶を机に戻し、しばらく指先で飾りを撫でていた。

「……ところで。あなた、この商いはいつまで続けるつもりなの?」

「いつまで……」

はっとした。

考えたことがなかった。

家の負債を何とかしなければと始めた事業だった。

けれど――

「……少なくとも、家が安定するまでは」

私は少し言葉を探してから続ける。

「それに……今のところ、私に縁談の話もありませんし」

「そうかしら」

伯爵夫人は静かに笑った。

「ご縁というのは、思いがけないところから繋がるものよ」

扇を机に置き、私をまっすぐ見る。

「あなたが思っているより、世の中は広いわ」

「……そうでしょうか」

「ええ。あなたが思っているより、ずっとね」

少しだけ首を傾ける。

「人は、自分の価値を案外分かっていないものよ。例えば――」

そのとき、扉が軽く叩かれた。

「どうぞ」

伯爵夫人がそう言うと、扉が開く。

背の高い年配の男が一人、部屋へ入ってきた。

ひゅっと喉が鳴る。

「……来客ですか」

私は慌てて立ち上がる。

伯爵夫人が小さく笑った。

「ちょうどいいところよ」

私を指して言う。

「あなた、この子が例の干し林檎の娘」

男が私を見据えた。

その視線の重さに、息が詰まる。

――グラーフ家の先代伯爵だ。