作品タイトル不明
第8話
グラーフ伯爵夫人が帰られた後、
「お姉様……」
少し迷ってから、私はそっと聞いた。
「茶会……本当にいらっしゃるんですか?」
姉は振り返り、肩をすくめた。
「せっかくのお誘いでしょう?」
「でも、それは干し林檎の紹介のためで……」
「だからよ」
姉はさらりと言った。
「妹が妙な失敗をしないか、きちんと見ておかないと」
そう言いながら、口元だけわずかに笑う。
「それに、伯爵夫人のお茶会なんて、そうそう呼ばれるものでもないもの」
ついでのような言い方だったけれど、姉らしいとも思った。
「……そうですか」
「安心なさい。足を引っ張るつもりはないわ」
それだけ言って、姉はもう廊下を歩き出していた。
◆
荷の確認がひと段落して、私はようやく肩の力を抜いた。
「本日もありがとうございます。いつも助かっています」
「いえ、こちらも仕事ですから」
そう言いながらも、カイルはいつものように気安い顔で笑った。
つられて、私の頬も少し緩む。
「少し休んでいかれませんか? お茶くらいなら、すぐにご用意できます」
「お、いいんですか」
「はい。ちょうど試したいものもありますし」
そうして私は、カイルを作業場の隅に置いた簡素な机へ案内した。
茶と一緒に、小皿に盛った料理を出すと、カイルが眉を上げる。
「これも例の林檎ですか?」
「ええ。干し林檎を使った煮込みです。少し刻んで入れてみたんです」
カイルは皿を覗き込み、それから一口食べた。
二、三度噛んだあと、素直に頷く。
「うまいですね。ほんのり甘いけど、くどくない」
「ありがとうございます。煮込みに入れると、酸味と甘みがちょうどよく出るので、食べやすくなるんです」
感心したように、カイルはもう一口運ぶ。
「思っていたより、いろいろ使い道があるんですね」
「そうなんです。それで……今度のお茶会で、干し林檎を紹介してみようと思っていて」
「茶会で、ですか?」
「ええ。お菓子に混ぜたものだけじゃなくて、こういう使い方もありますって、お話しできたらなと」
カイルはお茶を口にしながら、なるほど、と小さく呟いた。
「貴族の奥方方の間で広まれば、噂になるのは早そうですね」
「うまくいけば、ですけど」
私は苦笑する。
「評判が良ければ、乾燥小屋も増やしたいんです」
「ほう」
「ただ、人手を増やさないと回りませんし、急いで広げると品質管理がおろそかになるのも怖くて……そこが悩みどころで」
売れれば嬉しい。
けれど、雑に広げて信用を失うのは違う。
その線引きが難しいのだ。
そう思いながら茶器に目を落としていると、カイルが少しだけ口の端を上げた。
「……やっぱり、そこまで考えていらっしゃるんですね」
「え? 普通ではありませんか?」
「いえ、そこです」
カイルは肩をすくめる。
「売れそうだから増やす、で突っ走る人はいくらでもいます。でも、先に人と質の心配が出るなら、そう簡単には潰れません」
思いがけない言葉に、私は目を瞬いた。
「それ、褒めてくださってます?」
「褒めていますよ」
あっさり言って、カイルは空になりかけた皿を見た。
「茶会がうまくいったら、また忙しくなりそうですね」
「ですね」
「でしたら、その時はまた林檎を集める算段も考えておきましょうか」
その言い方があまりにも自然で、私は思わず笑ってしまった。
「まだ成功すると決まったわけではありませんよ」
「でも、成功させるおつもりなのでしょう?」
そう返されて、私は小さく息を呑む。
けれど、そっと頷いた。
「……一応は」
「なら、それで十分です」
短いやり取りなのに、不思議と背中を押された気がした。
「それにしても……」
「どうかしましたか?」
「茶会に着ていくドレスが高くて……」
「……干し林檎を売る前に、ドレス代で赤字になりそうですね」
「もう……笑い事じゃないんですよ……」
思わず頬を膨らませると、カイルが肩をすくめる。
「でも……初めて、自分のために仕立てたドレスなんですよね」
「……でしたら、元は取らないといけませんね」
「はい……」
頷きながらも、金額を思い出すと落ち着かない。
そういえば、茶会だからグラーフ伯爵は来ない。
でも、ご挨拶できる機会くらいはあるよね。
そのことを考えた途端、胸の奥がそわそわした。
カイルがふと眉を寄せた。
「……どうしました?」
「え?」
「さっきから、お顔が忙しいですよ」
「!……な、なんでもないです……」
「そうですか?」
カイルは少しだけ首を傾げたが、すぐに肩をすくめた。
「まあ、お仕事のことで頭がいっぱいなのでしょう」
「……あの」
「はい?」
「男性って、手土産だと何が嬉しいものなんでしょう?」
カイルは少し眉を上げた。
「急ですね」
「その……茶会で少しご挨拶する方がいて」
カイルは少し考えて、それから肩をすくめた。
「食べ物ではないですか」
「食べ物……ざっくりですね」
「男なんて、だいたいそんなものです」
カイルは肩をすくめる。
「お腹が空いている時にもらうものは、大体うれしいですよ」
「……ご助言ありがとうございます」
私は小さく息を吐いた。
◆
茶会当日。
侍女に手伝われながら、私は仕立てたばかりのドレスに袖を通した。
「お嬢様、こちらを」
背中の紐を整えられ、最後に鏡の前へ立たされる。
鏡に映った自分を見て、思わず口元が緩んだ。
淡い若草色のドレスは、やわらかな光沢を帯びた生地で仕立てられていて、胸元と袖口には白い糸で小さな花の刺繍が施されていた。
――これが、私のドレス。
初めて、自分のために仕立てた服だった。
胸の奥が、少しだけくすぐったい。
足元には、姉が貸してくれた淡いクリーム色の靴を合わせている。
私には少しだけ上等すぎる気がしたけれど、侍女が丁寧に紐を整えてくれたおかげで、どうにか様になっていた。
「……よく似合ってるわ」
声を掛けてきたのは姉だった。
姉は深い青灰色のドレスをまとっていた。
光沢を抑えた上質な生地で、胸元には控えめに銀糸の刺繍が入り、腰の切り替えから裾へ落ちる線がすっきりと美しい。
洗練という言葉が似合う装いで、いつもの姉よりも少し落ち着いて見えた。
けれど、その目はしっかり前を見ていた。
――気合いは入ってる。
姉らしいな、と思う。
屋敷の玄関へ出ると、兄が腕を組んで待っていた。
私たちを一瞥して、ため息をつく。
「いいか」
低い声で言った。
「家の恥を晒す真似だけはするなよ」
「分かってるわよ」
姉が先に返す。
私は小さく頷いた。
馬車の扉が開かれ、
姉と並んで乗り込み、私はそっと息を吸った。
――いよいよ、茶会だ。