軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話

グラーフ伯爵夫人が帰られた後、

「お姉様……」

少し迷ってから、私はそっと聞いた。

「茶会……本当にいらっしゃるんですか?」

姉は振り返り、肩をすくめた。

「せっかくのお誘いでしょう?」

「でも、それは干し林檎の紹介のためで……」

「だからよ」

姉はさらりと言った。

「妹が妙な失敗をしないか、きちんと見ておかないと」

そう言いながら、口元だけわずかに笑う。

「それに、伯爵夫人のお茶会なんて、そうそう呼ばれるものでもないもの」

ついでのような言い方だったけれど、姉らしいとも思った。

「……そうですか」

「安心なさい。足を引っ張るつもりはないわ」

それだけ言って、姉はもう廊下を歩き出していた。

荷の確認がひと段落して、私はようやく肩の力を抜いた。

「本日もありがとうございます。いつも助かっています」

「いえ、こちらも仕事ですから」

そう言いながらも、カイルはいつものように気安い顔で笑った。

つられて、私の頬も少し緩む。

「少し休んでいかれませんか? お茶くらいなら、すぐにご用意できます」

「お、いいんですか」

「はい。ちょうど試したいものもありますし」

そうして私は、カイルを作業場の隅に置いた簡素な机へ案内した。

茶と一緒に、小皿に盛った料理を出すと、カイルが眉を上げる。

「これも例の林檎ですか?」

「ええ。干し林檎を使った煮込みです。少し刻んで入れてみたんです」

カイルは皿を覗き込み、それから一口食べた。

二、三度噛んだあと、素直に頷く。

「うまいですね。ほんのり甘いけど、くどくない」

「ありがとうございます。煮込みに入れると、酸味と甘みがちょうどよく出るので、食べやすくなるんです」

感心したように、カイルはもう一口運ぶ。

「思っていたより、いろいろ使い道があるんですね」

「そうなんです。それで……今度のお茶会で、干し林檎を紹介してみようと思っていて」

「茶会で、ですか?」

「ええ。お菓子に混ぜたものだけじゃなくて、こういう使い方もありますって、お話しできたらなと」

カイルはお茶を口にしながら、なるほど、と小さく呟いた。

「貴族の奥方方の間で広まれば、噂になるのは早そうですね」

「うまくいけば、ですけど」

私は苦笑する。

「評判が良ければ、乾燥小屋も増やしたいんです」

「ほう」

「ただ、人手を増やさないと回りませんし、急いで広げると品質管理がおろそかになるのも怖くて……そこが悩みどころで」

売れれば嬉しい。

けれど、雑に広げて信用を失うのは違う。

その線引きが難しいのだ。

そう思いながら茶器に目を落としていると、カイルが少しだけ口の端を上げた。

「……やっぱり、そこまで考えていらっしゃるんですね」

「え? 普通ではありませんか?」

「いえ、そこです」

カイルは肩をすくめる。

「売れそうだから増やす、で突っ走る人はいくらでもいます。でも、先に人と質の心配が出るなら、そう簡単には潰れません」

思いがけない言葉に、私は目を瞬いた。

「それ、褒めてくださってます?」

「褒めていますよ」

あっさり言って、カイルは空になりかけた皿を見た。

「茶会がうまくいったら、また忙しくなりそうですね」

「ですね」

「でしたら、その時はまた林檎を集める算段も考えておきましょうか」

その言い方があまりにも自然で、私は思わず笑ってしまった。

「まだ成功すると決まったわけではありませんよ」

「でも、成功させるおつもりなのでしょう?」

そう返されて、私は小さく息を呑む。

けれど、そっと頷いた。

「……一応は」

「なら、それで十分です」

短いやり取りなのに、不思議と背中を押された気がした。

「それにしても……」

「どうかしましたか?」

「茶会に着ていくドレスが高くて……」

「……干し林檎を売る前に、ドレス代で赤字になりそうですね」

「もう……笑い事じゃないんですよ……」

思わず頬を膨らませると、カイルが肩をすくめる。

「でも……初めて、自分のために仕立てたドレスなんですよね」

「……でしたら、元は取らないといけませんね」

「はい……」

頷きながらも、金額を思い出すと落ち着かない。

そういえば、茶会だからグラーフ伯爵は来ない。

でも、ご挨拶できる機会くらいはあるよね。

そのことを考えた途端、胸の奥がそわそわした。

カイルがふと眉を寄せた。

「……どうしました?」

「え?」

「さっきから、お顔が忙しいですよ」

「!……な、なんでもないです……」

「そうですか?」

カイルは少しだけ首を傾げたが、すぐに肩をすくめた。

「まあ、お仕事のことで頭がいっぱいなのでしょう」

「……あの」

「はい?」

「男性って、手土産だと何が嬉しいものなんでしょう?」

カイルは少し眉を上げた。

「急ですね」

「その……茶会で少しご挨拶する方がいて」

カイルは少し考えて、それから肩をすくめた。

「食べ物ではないですか」

「食べ物……ざっくりですね」

「男なんて、だいたいそんなものです」

カイルは肩をすくめる。

「お腹が空いている時にもらうものは、大体うれしいですよ」

「……ご助言ありがとうございます」

私は小さく息を吐いた。

茶会当日。

侍女に手伝われながら、私は仕立てたばかりのドレスに袖を通した。

「お嬢様、こちらを」

背中の紐を整えられ、最後に鏡の前へ立たされる。

鏡に映った自分を見て、思わず口元が緩んだ。

淡い若草色のドレスは、やわらかな光沢を帯びた生地で仕立てられていて、胸元と袖口には白い糸で小さな花の刺繍が施されていた。

――これが、私のドレス。

初めて、自分のために仕立てた服だった。

胸の奥が、少しだけくすぐったい。

足元には、姉が貸してくれた淡いクリーム色の靴を合わせている。

私には少しだけ上等すぎる気がしたけれど、侍女が丁寧に紐を整えてくれたおかげで、どうにか様になっていた。

「……よく似合ってるわ」

声を掛けてきたのは姉だった。

姉は深い青灰色のドレスをまとっていた。

光沢を抑えた上質な生地で、胸元には控えめに銀糸の刺繍が入り、腰の切り替えから裾へ落ちる線がすっきりと美しい。

洗練という言葉が似合う装いで、いつもの姉よりも少し落ち着いて見えた。

けれど、その目はしっかり前を見ていた。

――気合いは入ってる。

姉らしいな、と思う。

屋敷の玄関へ出ると、兄が腕を組んで待っていた。

私たちを一瞥して、ため息をつく。

「いいか」

低い声で言った。

「家の恥を晒す真似だけはするなよ」

「分かってるわよ」

姉が先に返す。

私は小さく頷いた。

馬車の扉が開かれ、

姉と並んで乗り込み、私はそっと息を吸った。

――いよいよ、茶会だ。