軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話

夫人が茶を置き、ふと微笑んだ。

「エリナさん」

「はい」

「名義を取られたのなら――

きちんとお礼を申し上げる方がいらっしゃるのでは?」

目を瞬く。

「……お礼、ですか?」

「ええ。あなたが一人で掴んだわけではないでしょう?」

夫人はカップを置く。

「名義は立場です。

立場を得たら、挨拶をする。

それが次に繋がるの」

喉が、ひくりと鳴った。

「……はい」

夫人はくすりと笑った。

「せっかくですもの。

堂々といらっしゃいな」

――その言葉が、胸に残った。

その日のうちに、アーネストへ書状を出した。

『名義取得のご報告と御礼を申し上げたく、拝謁の機会を賜れましたら幸いに存じます。』

彼はきっと多忙だ。

時間など設けられないかもしれない。

そう思っていた矢先。

返書は即日で届いた。

『承知した。◯日◯時。執務室にて。』

手紙を持つ手が、震えた。

そして今日。

鏡の前に立つ。

明るい桃色のワンピース。

「……可愛すぎ?」

服を見下ろす。

落ち着いた色の方が良かっただろうか。

けれど――

夫人が言った。

「明るい色も似合ってるわ」

そして、肩をすくめた。

「夫が選んでくれたのだけれど……

さすがにわたしには若すぎましてね」

そう言って、手渡された一着。

裾を整え、鏡の中の自分を見つめた。

「……もう時間ね……」

手土産の包を手に取り、

部屋を出て、廊下を歩く。

足が止まる。

姉の視線が、ゆっくりと私を上から下へ滑り、

眉がわずかに動く。

「……その服。

見慣れないわね」

私は裾をつまんだ。

「……いただいたの」

「グラーフ伯爵に?」

「えっ……違うよ……別の方に」

姉は一瞬だけ黙る。

「……あなたの顔色を明るく見せるわね」

「そ、そうかな……」

「で、どこへ着ていくの?」

「……ご挨拶に」

「誰に?」

「……グラーフ伯爵」

「……そう」

それだけ言って、距離を詰める。

袖口に触れ、布を指で確かめる。

「悪くないわ。

けれど覚えておきなさい」

「え……?」

「明るい色は、場を和らげるけれど――

軽くも見える」

私は息を呑む。

「あなたが何を得たのかを示しに行くのなら、

服に着られないことね」

「うん……」

「……でも。似合っているわ」

すぐに背を向ける。

「時間なのでしょう?

遅れる方が印象は悪いわよ」

そう言って、姉は歩き去る。

「……はい」

馬車に揺られながら、私は窓の外を見ていた。

自領の屋敷は、もう遠い。

規格外の干し無花果は、すべて買い取ってもらえた。

金額はもちろん安い。

それでも、一ヶ月分以上だ。

「……助かった」

小さく息を吐く。

名義も手に入った。

前受金も頂いた。

本格的に、事業が始まる。

小屋。

乾燥棚。

人手。

工程の固定。

やることは山ほどある。

窓の外の景色が変わっていく。

畑道が続き、

やがて石畳が増え、

街道の整った区画へ入っていく。

伯爵家の領地に近づくにつれ、

人の往来が増えていくのが分かる。

「……まさか、私が」

ぽつりと零れる。

グラーフ伯爵との出会いが、

こんなにも自分の世界を変えるなんて、

思ってもみなかった。

馬車が小さく揺れ、

車輪が石を踏む音が変わる。

「お礼を言うだけなのに……」

指先が落ち着かない。

お忙しい方だもの。

そんな時間はないはずなのに、

わざわざ予定を空けてくださった。

無駄なく報告しないと。

しばらくして、

伯爵邸が視界に入る。

緊張なのか、

それとも期待なのか。

自分でも、よく分からない。

思わず指先を握りしめる。

馬車がゆっくり減速する。

門番の姿が見え、

高い鉄門の向こうに伯爵邸が広がっていた。

門が開き、馬車はゆっくりと敷地へ入る。

砂利を踏む音が静かに続き、やがて屋敷の前で止まった。

御者が扉を開け、

降り立った、そのとき――

屋敷の扉が開いた。

中から令嬢が一人、出てきた。

淡い色のドレス。

背筋を伸ばした立ち姿。

私と視線が合う。

令嬢は足を止め、

ゆっくりと私を見た。

やがて小さく微笑む。

「……失礼、

お客様かしら」

思わず背筋を伸ばす。

「……はい。ご挨拶に」

はっとして名乗る。

「エリナ・フォン・リュークハルトと申します」

「まあ、リュークハルト様」

令嬢は静かに微笑んだ。

「クラウゼン子爵家のヴィオラと申します」

軽く会釈する。

その視線が一瞬、私の装いを確かめる。

「伯爵にご挨拶にいらしたのね。

今日は来客も多いようですけれど……」

小さく首を傾げる。

「お時間は頂いていらして?」

「はい……」

ヴィオラは一瞬だけ目を細めた。

「まあ、それはよろしゅうございました」

扇を軽く閉じる。

「伯爵はお忙しい方ですもの。

どなたでもお会いできるわけではございませんし」

柔らかな声音のまま続ける。

「お時間を頂いていらっしゃるのなら、

安心いたしましたわ」

ほんのわずかに微笑む。

「お邪魔にならないと良いのですけれど」