軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

兄弟

勉学や武術など、ヴェルシオの様々な物事の成績は平均より上、オーランドより下であり、ずっと昔からオーランドより優れるな、という望まれた結果を出し続けている。

以前好きな本に記述があった事から魔法薬学の試験で満点を取ってしまい、正妃に国王やオーランドがいる夕食会に呼び出されたことがあった。贅を凝らした豪勢な食事に磨き抜かれた銀食器、壁に張り付いてヴェルシオの一挙一動を観察する使用人たちに囲まれながら、見下す目で、息子がどれだけ素晴らしく人に好かれ、次の王にふさわしいのか聞かされ続ける時間の招待だ。

女の甲高い声は耳障りだったし、一応は父である国王の醒めた目は面倒だったし、よりによって指定されたのが婚約者と出掛ける日だったから、待ち望んだ魔法映写機を使っての天体観測会を早めに切り上げなければいけなかったのが、何よりも最悪だった。

それからはずっと、目をつけられないが適当に馬鹿にされる程度の成績を維持している。オーランドが2年程度は先んじて学んでくれている優秀な弟で助かった、救いようのない馬鹿でヴェルシオもそれに合わせて成績を下げて、だったら流石にこの国の未来が心配になる。

べつにアウディスクを憂いても、案じたこともないが。

ヴェルシオ・ステファノは境遇を改善しようとは思わない。

この生活を維持した先にこそ、望む未来があるのだから。むしろ下手に目立った結果の婚約者の変更こそ、最も警戒する、絶対に避けなければならない事だった。

だからまぁ、こんなこともあるわけで。

「久しぶりだねぇ、こういうの」

王城の呼び出されて赴いた一室で、型落ちのドレスを前に、シーリアはしみじみと呟く。

同じく並べられた型落ちの男物の正装の袖を摘みながらそうだなと応えると、君はもうちょっとリアクションあっても良いと思うよ、と呆れと笑いを含んだ言葉。

シーリアがこの城を訪れたのは、数ヶ月ぶりだった。

特に不満には思わない。なんせ学園で、ほぼ毎日顔を合わせているのだから。

初めて制服に袖を通し、学園の門をくぐってから、半年以上がたっていた。

16歳になったらヴェルシオもシーリアも貴族の学園に入学する。それはあらかじめ決められていたことで、けれど学園生活は想像以上に素晴らしいものだった。

王族は、寮か学園に近い王領から通うのかを選べる。使用人に囲まれる生活を失わないために通学を選ぶ者も多かったらしいが、ヴェルシオは迷わず寮を選んだ。

当然男女は別棟に分けられるし、貴族が集まる煩わしさも、城と変わらない見定める視線もあったけれど、今までよりもずっと、この場所は息がしやすい。

学園の図書室も国立というだけあって圧巻の蔵書数を誇っていたし、制服に身を包んだ婚約者に、毎日顔を合わせることができるからだ。

あの1ヶ月のような朝から晩までの自由はなく、クラスも別になったけれど、あの時と違って彼女はしょっちゅう同性の友人たちに囲まれているけれど。

それでも放課後図書室にこもって全く同じタイミングで時計を見上げて笑い合った瞬間も、学園街の裏路地を延々と曲がりくねった先で見つけた、彼女が一目惚れしたヒールの高いブーツも、教室に迎えに行った時にうたた寝していて、乱れた前髪を直した瞬間に目が合った、淡いグレーに夕焼けの橙が混じった、あの色も。

全て、これ以上なく好ましいものだった。

「正妃様は随分と趣味がいいね。あー……でも君なら本当に似合いそうだな……すごいねどんな服でも似合うんじゃない?才能あるよ」

なんの才能だ、と返しかけて、その手に持っていたのが、よりによって彼女に用意されたドレスであることに閉口する。

流石に全く似合わないしそもそもサイズが合わない、何よりも女装をさせようとするな。

「やめろ、そんな才能はいらん」

「正直出会ってすぐの頃だったら物凄く似合っていたと思う、あの頃の君は物凄く可愛かったし。こんなに大きくなって……」

ため息の代わりに、不躾な布の塊を奪い取る。ドレスを取り上げられたのも気にせず、胸の下あたりに手をかざして当時のヴェルシオの大きさを示すシーリアに、眉を顰めた。

あの頃はシーリアだって小さかったし、今のヴェルシオは彼女より頭一つ以上背があるのに、親か姉のようなことを言われるのは納得がいかない。今では体の厚みも腕の太さだって、彼女よりずっとあるのに。

戦神と讃えられた初代王から始まる王家の血なのか、ヴェルシオは太った事がないし、何もしていないのに腹筋は割れている。騎士科の筋肉ゴリラどもと比べると流石に見劣りするが、貧相とは程遠く、ドレスなど決して似合わない体躯だ。

やはり彼女に、と布を合わせて、思わず感想をこぼす。

「…………似合わないな」

「見解が一致したようで安心したよ」

似合わない。このフリルだらけのきつめのコーラルピンクのドレスは、とてもじゃないが似合わない。

16歳になりデビュタントを迎えてすぐ、ヴェルシオ達は王家の人間とその婚約者として、様々な舞踏会の出席を義務付けられるようになった。

元から整った容姿のヴェルシオだが、少年期を抜けることで相当な美形に育って、人嫌いな性格を差し引いても、いやがおうにも衆目を集めるようになった。

愛する息子は14歳だからまだ社交界には参加できない、体面を保つためにあまりみっともない真似はさせられないけれど、側妃の息子が賞賛を受けるのは我慢がならない。

そんな正妃の手によって舞踏会のたびに着ろと命じられるのが、この流行りに遅れた正装だった。

正妃の目当てはヴェルシオなので、男物の正装ももちろん嫌がらせ半分で選ばれたものが用意されている。ただそこまで頓珍漢なものを用意して王家の名が傷つくのを疎んだのか、ほとんど装飾がないとか体躯に合っていないとか、そこまでめちゃくちゃなものはなかった。

いや君は顔がよすぎて何着ても似合ってしまうからどうにかなってしまうだけ、と婚約者はいうが、誰が着てもこんなものだろう。そうしてついでと言わんばかりに、パートナーである彼女の分も、型落ちとか変なドレスが用意される。

シーリアの婚約者贔屓を含めた似合う似合わないの審美眼は置いておいて、年頃の彼女に似合うドレスを着せてやれなくて悪いな、とは思う。彼女が正妃の悪意を気にするどころか愉快がっていたとしても、彼女が好むのは寒色系、特に青色なのだし、実際涼やかなあの色は婚約者の白い肌や透明な雰囲気によく似合う。

例えばほんの数か月前のデビュタントで白いドレスを身にまとっていた、あの姿はとてもよかった。正妃の目につく前だったから彼女のドレスを用意したのはアーデン伯爵家だったが、彼女の母やずっと昔から使っているテーラーがこだわりぬいた、と言っていたドレス姿に、用意していた賞賛の言葉を失ってしまうほどだった。

普段のドレスやワンピースはスマートなラインのものが多いからシンプルなものかと思っていたのに、ふわりと膨らむスカートと鎖骨が見えるほど開かれたネックラインのドレスは、これ以上なく彼女に似合っていた。

髪を飾る花飾りが揺れるのも、あえて装飾のないなめらかな首筋も、ダンスの時にステップを踏み間違えないか緊張して、必要以上に強くにぎられた手のひらの暖かさも、どれも心拍を上げた。

婚約者だからたったの3回しか踊れず、あれはよくない、と逸る心で考えた夜を思い出す。

あれはよくない。本当によくない。このドレスの方がまだましかもしれない。

フリル付きのピンクを、そばにいた侍女に押し付けながら思い返す。

そう、考えていたのだが。

「お姉さまはやっぱりこちらのレースが似合いますわ!わたくしも丁度先日の園遊会で深紅のレースのドレスを作りましたの、お揃いにしたいわ!」

どうしてこうなった。

「兄さま、兄さまにはこちらの濃紺の生地が似合うと思うんです!城のテーラーを使えば舞踏会には十分間に合いますから、これで舞踏会では兄さまが一番目立つに違いありません!」

お前もか、オーランド。

弟とその婚約者、ロザリンデ・エヴァンズとの交友は今も続いて、俺たちが学園に入ってからは、王城の中庭や宰相邸で茶会をすることもたびたびあった。

今までもシーリア経由で月2回の逢瀬に同席したい、出来るならお茶会にきて欲しいと誘われていたが、婚約者と2人で出歩く方を選んだゆえに断っていたので、ここまで頻繫に顔を合わせるのは初めてだ。

そうしてある日のお茶会で舞踏会の雰囲気や振る舞いをデビュタント前の二人に聞かれて、色々話すうちにドレスの話になって。エヴァンズ公爵家がお姉さまのドレスを準備しますわ!とロザリンデが宣言して、実際に公爵家に連れてこられて、今に至る。

「うわ高価そうな生地……外国の?これ、ロザリーの為にお父さんが用意したんじゃないの?」

「構いませんわ。わたしは赤が好きなのに、お父様ったらありとあらゆる色を用意させるんだもの。赤ではないからと仕立てすらせず倉庫にしまう位なら、お姉さまのドレスになる方が、この生地も喜ぶわ」

膨らませた頬を隠しもせず、子供っぽくロザリンデは様々な生地を指でなぞる。

国有数の高位貴族の娘で、弟の婚約者だから何度もシーリアの居ないところで顔を合わせたけれど、大人に囲まれた赤髪の令嬢はいつもつんと澄ましていて、姉と慕うシーリアや弟といるときはじめて、こんなに表情豊かで騒がしかったんだな、と知った。

いつから彼女たちがこんなに親しくなったのかは知らないけれど、将来の王妃がシーリアに向けるのが、純粋でまっすぐな好意であることも、そんな少女を婚約者が心から可愛がっているのも知っている。そうして彼女は正妃の俺への嫌悪やシーリアの立場も知っていて、正妃が用意したものではなく、彼女に似合うドレスを贈ろうとしているのだろう、とも思う。だから、俺より先にドレスを贈ろうとしていたとしても、腹立たしくは思わない。

「お姉さまは落ち着いた色がお好きですけれど、差し色に明るい色を入れるのもとっても素敵だと思いますわ。……赤色とか」

「は?そこは金色だろ」

腹立たしくはないがいただけない言葉に、思わず口をはさんだ。

デビュタントで着ていた純白のドレスは、黄色の花の髪飾りのシーリアに、とてつもなくよく似合っていた。美しいと可愛らしい、に思考を支配されている合間に、この淡い黄色の花の色が、金糸雀の羽やヴェルシオの瞳と同じ金色であればよかったのに、と少しだけ考えた。

今彼女が手に持っている紺色の生地をドレスにするならば、紺に金の差し色で誰が婚約者なのか一目で連想できるのも、とても良い。

空は青いと同じくらい当然のことを言ったつもりなのに、シーリアよりも背の低い少女から返ってきたのは不機嫌そうな返事だった。

「ヴェルシオ殿下に、お姉さまが似合う色が分かりますの?お姉さまの髪に真紅の薔薇の花を飾ったこともないのに?」

「は?」

「兄さま、ロザリンデ、どうして喧嘩になるんだ!?」

何を言っているんだこの小娘、と口に出す前にオーランドがヴェルシオの腕を掴んだ。少女のいからせた肩も、シーリアがやさしくなだめる。

「こらロザリー、喧嘩しない。他にどんな生地があるのか詳しく知りたいな。ヴェルシオも、オーランドに選んでもらうといいよ」

どうどうどう。なぜかそんな副音声が聞こえそうな口調で、ヴェルシオはオーランドとともに、タキシード・クロスの部屋に連行されることになった。

「兄さま、このシルクを織り込んだドスキンはどうでしょう!」

「どうでも良いからお前が決めろ」

「ならこちらで!この色ならルピタスの涙の青色が似合いますから!」

「待て」

連れて来られたその場所は、男物の生地がロザリーのためのそれと遜色ない量用意されていて、そういえばあの赤髪の令嬢には兄が2人居たのだったか、と思い出す。

来たことがあるのか慣れた様子で物色する弟は明るい調子で声を掛けてくるが、ルピタスの涙は国宝だろう。150カラットの魔法石のブローチを宝物庫から借りてくる前提で話をする弟に大物だなこいつと引きつつ、装飾はもっとありふれたもので良いと伝える。

「ならイーリィの瞳にしますか?緑がお好きならそれに合う生地の方が良いですよね、それか兄さまに相応しいのは……」

「やめろ」

イーリィも国宝だろうが、もはや恐怖を覚えてきた。

それを国が許すと思うのかと呆れて、いやこいつの我が儘なら通ってしまいそうだなと思い直す。あれが欲しいといえば手に入り、これがしたいといえば成し遂げられる、こいつは王太子だから。

どうやって凡百なものになるよう誘導するべきかと、重いため息をついた。

「……楽しくありませんか?」

考えを巡らせていたせいで、返事をするのが一瞬遅れた。

顔を上げる。やっと目を合わせた弟は笑みを浮かべているけれど、その眉は少しだけ、困ったように寄せられていた。

「園遊会でもお話し出来ないですし、兄さまは、俺といるよりもずっとシーリアと長く過ごしているでしょう。俺は弟なのに、兄さまの好きな色も知らない」

それがとても、俺は寂しい。

シャンデリアの下で同じ色の瞳は翳っていて、笑みを作ろうとして失敗したような口元は、寂しさが隠しきれていなかった。

何もかもに恵まれて、人に愛される弟の、初めて見る顔だ。

どんな顔で、なんと言葉を掛けるべきか。ヴェルシオに笑いかけられなかったことに、こいつはこんな顔をするのか。

そう思うと、しんと胸が冷める。この弟は。

唇をわずかに噛んで、吐き出す言葉を選ぶ。

子供だ。この弟はまだ、子供だ。

愛情を与えられると信じて疑っていない、子供なのだ。

オーランドは、母親がヴェルシオを嫌っていることに気付いていない。それは息子を溺愛する母の見栄の成果なのだろうし、他人の悪意に触れない生い立ちゆえの、能天気なのだろう。

この国の次の王。まっすぐにヴェルシオを慕う、腹違いの弟。

かつてヴェルシオは、この2つ年下の生き物を妬んでいた。玉座、後ろ盾となるような婚約者、常に傍にいる友人達。彼が持ってヴェルシオに与えられない全てを羨んで、うっすらと、憎んですらいた。

もしもヴェルシオがシーリアに出会わなければ、彼女に狭い世界から連れ出されなければ。今頃はきっと、ひどく憎んでいただろう、とも思う。嫌っていると態度に出して、そんなヴェルシオを今のようにオーランドが慕うこともなかった。

今も、オーランドが望むような仲のいいきょうだいを、ヴェルシオはたいして望んでいない。

狩りや鍛錬よりも本が好きだし、王族としての晩餐会よりも、城下の気に入りの店で匙一本で食べる、鹿肉のワイン煮込みの方がずっと好きだ。

それでも、彼が良い王になれば良いと思う。頭も悪くなくて、人に愛されて、色々な分野での才能があるのだから、ヴェルシオより1億倍はいい王になるだろう。優秀で身分の高い婚約者もついていることだし。

結局全部シーリアがいたからだな、とここにいない自分の婚約者を思い返す。

灰色の髪と瞳をした、たった1人。

そうして、好きな色、と言われたのも思い出した。大昔に見たルピタスの涙の青色や、イーリィの瞳の緑色、そんなものよりずっと惹かれる色を、もう知っている。淡い、夕日とか水面の青とか、差す光を反射して色を変えるような、そんな色を。

けれどそのまま口にしたら誰を思い浮かべているのか一目瞭然で、代わりに彼女の部屋の、風に揺れるカーテンを思い浮かべた。

「……薄青が好きだ。水色ではなく、透明な青が良い」

ぱ、とオーランドの顔が、喜色に染まる。

「ならその色の魔法石や宝石を、国中から集めましょう!」

「そこまでしなくて良い。俺の衣装に、宝石も魔法石も要らない。……どうしてそこまでする?」

何かを与えたことも、これから先与えるかも分からないのに。

問うと、弟はきらきらと瞳を輝かせて笑った。

「俺は、兄さまともっと兄弟らしくなりたいのです!」

一緒に狩りをしたり、魔法や剣術の鍛錬をしたり、この間みたいに夕食を毎日一緒にとったり、いつか俺も舞踏会に出るようになったら、お揃いの正装を着たいのです!

そう言って弟は、胸を張る。

ロザリンデもシーリアと色違いのドレスを着たがっていたな、と先程の会話を思い浮かべる。王太子と第2王子、その婚約者たちがお揃いだなんて、間違いなく衆目を集めるだろう。目立ちたくない。それはずっと変わらない。不仲と噂されるのも、仲がいいとはやし立てられるのも望まない。けれどきっと、シーリアは喜ぶだろう。

数年前は妬んでいた公爵家の御令嬢の婚約者は、今ではほんの少しも羨ましいと思わない。そんな自分を、ヴェルシオは割と気に入っている。

「……お前が、学園に入ってからならな」

たった一人の弟の望む、兄弟らしい、をしてやるのは。

「……! 楽しみにしています!」

本当に嬉しそうな顔をして、弟はヴェルシオの手を握った。

隣の部屋から、シーリアとロザリンデの笑い声が聞こえる。まだまだ布地を当てたそうな弟にため息をついた。仕方がないな、の気持ちを込めたのに、弟がより嬉しそうに笑うのが、不思議だった。