軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ

何度も読み返した、馴染んだ濃紺の背表紙を閉じる。

名を呼ばれて、振り向いた。

「ここにいたのか。……証書は受け取ったか?」

「うん。君は?お疲れさま」

返事代わりに髪を一房持ち上げられる。そのままヴェルシオは、向かいのソファに座った。

「俺は大した用事はなかったからな。卒業おめでとう、シーリア」

「ありがとう。君とロザリーのおかげだよ、本当に」

とびきり美しい顔が、すこし嫌そうにしかめられる。そんな顔でも格好良くて、思わず笑ってしまった。

2年と半年通った学園。卒業までに単位が足りなかったのは事実なのだから、中退処分でも仕方がないとは思っていた。

そうならなかったのは、あなたが失うものは少ない方がいい、と大量の課題の提出が単位代わりになるように学園に掛け合ってくれたロザリーと、テーブルの向かいで解き方を教えてくれたヴェルシオのおかげだ。

代わりに解いてやろうか?文字も似せるから、と何度か提案されたけれど断った。魔力も体力も十分に回復して、今は雑務にも30本近いペンを同時に動かせるようになった彼に掛かれば確かに一瞬で終わっただろうけれど、私の卒業資格なのだから、当然全て私が解くべきだ。

それに、嬉しかったのだ。

国を揺るがす大騒動の末に傷つけあって、たくさん泣いて。けれど今、ヴェルシオは課題の出来を頬杖を付きながら確かめて、気まぐれに間違った綴りを指で差す。

そんな日常を迎えられたことが、どうしようもなく嬉しい。

多分ヴェルシオにとっても同じで、だから退屈だろうに、彼はずっと課題やそれを解く私を眺めていた。

そうして卒業資格を手に入れて、今日証書を受け取った。おめでとうございます、と後輩の子から大量の花や祝いの言葉を受け取ってから、足は教室と同じくらい長く過ごした、図書室の一角に向かった。

「本棚とかソファは戻さなくて良いって。後輩に、隠れ家みたいで素敵だからそのままにしてください、先生にも許可はとってありますって言われちゃった」

胸ポケットに手を当てながら、先ほど受け取った言葉をそのまま伝える。

メッセージカードは既に学園を卒業した同級生からも、祝いの言葉を絶え間なく受け取っている。

アーデンに行かれても連絡をくださいね、わたしが学園を卒業するまでに、カードと同じくらい手軽に使える水鏡の魔法を開発しようかしら。華やかな薔薇の花束をくれたロザリーが、今日の卒業を伝えてくれたのだろう。

彼はそうかと頷いて、窓の外を見る。視線をやれば木の上で、2羽の小鳥が巣の周りを跳ね回っていた。チチチチ、と鳴く青に黄色の差し色が入った小鳥と、一回り小さな茶色いもう1羽。

「かわいい。……この子達も、もう見納めか」

戻ってきたのか、とヴェルシオが呟くから視線を向ける。

「…………お前を失ったあと、茶色の方の小鳥が居なくなった。そもそもこの2匹は同じ種で同じ巣を使っているだけで、別の番かもしれないが」

「少なくとも雄のほうは、昔見た子と同じだと思うよ。首の辺りに白っぽい斑がある」

雌はどうか知らないけれどね、新しい奥さんかも?と呟けば、微かに首を振られた。

「雄がそうなら、雌も同じだろう。……代わりなんてないんだ。次も出来るはずがない」

「………………そう」

鳥ではなく、私を見ながらの言葉。小さく頷くのが、精一杯だった。

「そうかも。……そろそろ行こうか。忘れ物はない?」

もう1度頷かれて、手を差し出す。

あれからローガンに城や街の人々、クロルに友人達。思いつく限りの人に挨拶を済ませた。

そうして学園の入り口に、馬車を待たせてある。アーデン伯爵領に向かう馬車だ。

ディリティリオの再公演の前も後も、両親や兄と話をした。

本当に彼で良いの?と何度も問われたし、安堵と心配が入り混じった複雑な表情を、ずっと浮かべられた。

兄には俺はもうあいつを殴ったからな、シーリアも生きていたし恨みはないが実家に来るたびにトマトを使った料理ばかり出してやるからな!と言われた。トマトを食べられないのは兄で、ヴェルシオはむしろ好物なのだけれど。

多分家族は、私よりヴェルシオに対する態度の方が、ぎこちないものになるだろう。傷ついてほしくないとは思うけれど、そんなこと当然だろう、と彼は笑った。

「失望させたのは事実だ。何年かかったとしても、また認められるように努めるしかない。……お前がいるんだ。それすら、幸福と呼べるよ」

彼らに頭を下げて、離れたくないと伝えて、そうして認められたら、祖父の屋敷でヴェルシオと暮らす。

あの本だらけの、木漏れ日の中の屋敷で。

名誉も賞賛も得られない。メリーは一緒に来てくれるらしいけれど、ヴェルシオにとっては不自由も、自分でやらなければいけないことも増えると思う。

けれど彼は、ずっとそれを望んでいた。それがやっと分かった。

未来がどうなるのか、誰も知らない。

城からは忙しすぎて使えるものは元王子でも使いたいから、アーデンでも雑務の1部を引き受けてくれと、声が掛かっているらしい。その成果によってはアーデンを離れて、かつてそうなる筈だったように、国の持つどこかの領を任されるのかもしれない。

それでも、何があっても君と生きていく。

笑って泣いて、傷ついて悲しませて、誰かを助けて手を差し伸べられて歩いていく。

その先にだけ、未来はある。

行こうか、と手を引いた。ああ、としっかりと握り返される。白い光が2人を包む。

どこまでも行こう。だって、それだけの愛だった。