軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

解凍

正直怖かった。

私が戻ってからの数月、伝えなかったことで彼女達には要らない悲しみを与えた。

憤りも恨む言葉も、当然受け止めるつもりだった。それでも友からの嫌悪を恐れない人間など、この世にいるのだろうか。

悲しませた少女達。可愛い友人達。

傷付けたあの子達に、さらに協力を請おうとしている。

久しぶりの学び舎は閑散としていて、馬車から降りてから寮への道はロザリーが手を繋いでくれた。

煉瓦の道を抜けると、気がついていたのだろう。扉が開いて1人の少女が現れる。

なにか言う前に抱きしめられて、その間にも次々と人が飛び出してくる。

なかには卒業したはずの同級生もいて、多くが涙を浮かべるなか、叫ぶように言葉を放たれた。

「ーーーーーー知っていたわ!」

王子はまだ、居場所も生きているかも分からない。けれど変化はあった。シーリアはいろんな奴に会うようになった。

家族とか、学校に行って友達にも。そうして何か企んでいるらしい。

色々やっているのをロザリンデは止めなかった。ただ、時々目を閉じて、考えこむようになった。

城はどこも騒がしいけれど、紙でもペンでも判子でも、ロザリンデの魔法は静かにものを動かす。音楽を掛けないしなかなか人も訪れないから、彼女の部屋は耳に優しい。

だからよく文字を書く練習をしていたのだが、ついロザリンデを眺めていた。視線に気がついて、じろじろ見過ぎよと赤い唇が動く。

「気にするだろ。今日も落ち込んでるんだから」

もう泣いていないけれど、他人やシーリアの前ではそんな顔はみせないけれど、1人の時のロザリンデはちょっとぼんやりしている。

「……あの人が学園の子と話すことが出来たのは、喜ばしく思うわ。ずっと気がかりだったもの」

「その割には暗い顔だな」

ロザリンデは劇の台本らしい冊子を読んでいた。白い指は退屈そうにページを捲る。

視線は落としたまま、そうねと小さく頷きが返される。

「あの人の選択を肯定したい。けれど不幸になってほしくないの。正解が分からないのは、怖いわ」

「……ぐちゃぐちゃだ」

「ふふ。滑稽でしょう?」

「いや?人間なんだろ」

頬杖をつく。昔シーリアが人間はぐちゃぐちゃだって言っていた。やっと少しわかった気がする。応援したいと心配は両立するし、好きと嫌いも両立するのだ。

仕方ない奴だ。けれど駄目とは思わない。元気づけたいのはシーリアとロザリンデ両方なのだし。

ああそういえば、と尻尾を揺らした。

「シーリア、お前を偉くて凄くて可愛いって言ってたぞ」

「……急にどうしたの?」

赤い目が少し開かれて、首を傾げられる。この間言おうと考えてすっかり忘れていた。

「いま思い出してな。沢山聞いてるから伝えとく。村を出て旅をしている時も、城の中でも。ロザリンデがいて良かった、そうでなければどうなったか分からないって言ってたぞ」

旅の最中シーリアは新聞を読みながら、よく赤髪のとびきり可愛い友人の話をしていた。なんでも出来て努力家な友達がいたと。

そうして城であいつの部屋を訪れたときにも、褒める言葉と一緒に、あの子は何度この国や人を救ったのだろう、と言っていた。

学園で起きたことを詳しくは知らないけれど、この国を揺るがす事態だったと言うのは聞いている。好きなものを嫌いになる魔法が掛けられて、いろんな約束が破られた。

それらを解決したのがロザリーだったんだよと瞳を細めて、誇らしげにシーリアは語った。

貴族の恋は当事者と家、それ以上を左右するんだよ。

交易ひとつで関わる多くの民が富んで、取引ひとつの為に当然の明日を信じる人々の職が奪われる。

宙に浮いた契約、買い手を失った作物。ロザリーが取引をつないだおかげで、多くの人が飢えることもなく、未来の心配もせずに眠ることが出来たらしい。

エヴァンズ公爵家が結んだ契約は、全て順調に回っているとも聞いた。どれだけの努力の末に多くの日常は守られているのだろうか。途方もない話だ。

あの人を奪われた、助けられなかった。あんなにたくさん助けてもらったのに。

そうロザリンデは涙を零していたけれど、泣くことはないと思う。

「もっと自信持て。俺が思うより、シーリアが知るより多く、救って助けてるんだろ」

俺の知るやつも知らないやつも。正妃とやらがこの国を手に入れていれば、俺みたいなやつももっと増えていたかもしれないし。

シーリアだって。

「言ってたぞ。転移すると重量とかの自分にかかる力がなくなると教えられてたから、崖を選んだって」

ぱちくりと、照明を反射して赤が少し色を変える。だとしても危ないと思うが、ロザリンデは知るべきだ。

「……崖?たしかにあの人の転移を、色々検証させてもらったことはあるけれど……。転移をわたしも使いたくて」

「らしいな。ロザリンデがシーリアの転移を調べたからあいつはそれを知ってた。敵に襲われたとき1人で魔力もほとんど残ってなかったけど、思い出したから崖を飛び降りて転移をギリギリで使って、それで生きてるんだって言ってたぞ。自慢していいぞ。ロザリンデがいたからシーリアは生きてる」

ロザリンデは偉い。俺もあいつを助けたが。

つまりロザリンデは偉くて俺も偉い。

「ロザリンデは……ロザリンデ・エヴァンズは、シーリア・アーデンを助けた。誰が違うって言っても、それが真実だ。それでもまだ足りない、もっとなにかしてやりたいっていうなら、これからすればいい」

気が済むまで助けて、口を出してなんでもすれば良い。ロザリンデのすることを嫌がるやつじゃないだろう、あいつは。

そう、と唇が動いた。石をぶつけられた鳥みたく、呆然とした顔。

ゆっくりと瞳が潤んで、ぽろぽろとまた涙が落ちる。

「……わたし、あの人を、ちゃんと助けていたの」

なにも出来なかった訳じゃないのね。

良かった。

「……そうするわ。誰もが納得する未来には辿り着けないとしても、それは幸せを望まない理由にはならない。

そうして、ありがとうクロル。あなたがいたから、わたしはまたお姉さまに会えた」

顔を上げて、ロザリンデに笑みを向けられる。朝焼けの中の風のような、咲いたばかりの花のような柔らかな笑顔。

どきりとした。なんか耳を通る血がざわざわ言っている気がする。嫌じゃないがなんだこれ。

「…………もっと、いろいろしてやろう」

この笑い方は、もっと見たい気がする。

「テオ、まだ私の事が好き?」

「……永遠に。出会ったときから、ずっと好きだよ」

「そう。なら協力してほしいことがあるの。頷いてくれるなら、私はあなたとあなたの家が望むとおり、あなたの婚約者に戻りましょう。だから私の友人を助けてほしいの。あの子のお願いを叶えてほしいの。シーリアが、初めて助けてって言ってくれたの」

「……いいよ、エレノア。君の望みを叶えるために何でもしよう。けれど対価は君との婚約じゃなくていい。戻りたいとは思うよ。俺がマーヤに惚れ込んで、君を傷つける前に心の底から戻りたい。けれどそれは君のやさしさに付け込む、こんな形じゃだめだ。君の信頼を取り戻したい。だからただ望みをかなえさせてくれ」

「ふふ、ワクワクしちゃうわね!」

「笑い事じゃないでしょう。でもそうね、リリアンヌ。この国中の花を集めるお祭りなんて、きっとこの先2度とないわ!」

「そうね。……シーリアは、喜んでくれるかしら。あの人に届くかしら」

「きっと届くわよ。殿下とシーリアだもの。そのためにほら、私たちも、出来るところからやりましょう!」

私に婚約者はいなかった。だからマーヤがどれだけ男子を魅了しても、あまり関係のない話だった。

友達が婚約者に捨てられて泣いたときも心配はしたけれど他人事で、段々と寮の空気が悪くなっても、なにもしようとは思わなかった。

マーヤにとっても、マーヤを囲むオーランド元王太子殿下とその友人達にとっても、彼らと対立するエヴァンズ公爵令嬢にとっても、私は取るに足らない脇役以下の存在。

けれどシーリアは、私をパーティーに誘ってくれた。みんなの息抜きになればいい、と色々な子の領地を調べて話を聞いて、魔法仕掛けの蓄音器で故郷の曲を掛けてくれた。

楽団を連れてきた子にあなたの領の曲も知ってるわ、と奏でてもらったときは、ホームシックになっていたのだろうか、懐かしさに思わず涙を溢してしまった。

シーリアは私たちのために、ルールやマナーを少しだけ破った、楽しいだけの催しを沢山、沢山考えてくれた。コーヒーを飲んでみたいんです、泳いでみたいんです。誰のどんな悩みも馬鹿にせず、一生懸命に叶えようとしてくれた。

それは私たちの不満がエヴァンズ公爵令嬢を傷つけないためだったのだろうし、私たちへの優しさそのものだったのだろう。

とんでもないお人好しのシーリア。誰にでも優しくて、私だってあなたにとっては、沢山いる友人の1人に過ぎないのでしょう。

けれどあなたは、私を友と呼んでくれる。

だから、私もあなたの友でありたい。脇役以下でも脇役でもなく。

あなたの友達として、願いを叶えさせて。

「……良いの?ロザリー」

「ええ。お姉さまの力になりたいんです」

「もうずっと、何度も助けてもらっているよ」

「なら良かった。それだけで充分です。だからそんな、申し訳ない、なんて顔をしないでください。それでもそう思われるのなら。

ーーーヴェルシオ殿下とまた言葉を交わして、お姉さまの望みが叶ったら。お願いがあるんです」

【ディリティリオ生誕130年、記念公演!】

【国中の花が集いし花祭り、ベンチェッタ侯爵家にて―――】

【メラリス男爵家にて、男爵の持つ屋敷を用いての謎解き大会開催!屋敷の持ち主が遺した日記を頼りに、隠された宝を探しだそう。賞品は希少本のーーー】

【ハーヴェストの音楽隊、エヴァンズ公爵領に】