軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

日和

シーリアは、季節の菓子を持ってくる。貴族のみが食べられるような高価なものも、市井で流行るようなものも。

例えば前回の手土産は手のひら位の大きさのタルト・タタンで、酸味と甘味が、渋みの強い紅茶に良く合っていた。

彼女がさまざまな菓子を持ってくるから、ヴェルシオはすっかり紅茶の種類に詳しくなって、淹れるのも上手くなった。出掛ける前や後に茶を用意して、行きたい場所や行った場所の感想を話すのが習慣になった。

14才になり夏が近くなった、ある日のことだった。

その日彼女は土産を持たずに、どこか落ち着かない様子でヴェルシオの元を訪れた。アイスティーに合う茶葉を淹れて、魔法で一気に冷やしてから、定位置である向かいのソファに着く。

「ヴェルシオ、君、アーデンに来ない?」

グラスを置かれたのと同時、身を乗り出して少女は言った。カラン、とガラスのコップの中で、氷が軽やかな音を立てた。

この国では王太子以外の王子が成人したら、外国に出されるか、有力な貴族に婿入りするか、王家の領地のいずれかを与えられるのが通例だ。

昔から婚約者を用意されていたヴェルシオが外国に縁付くことはないし、シーリアには兄がいてアーデン伯爵家の跡取りの椅子は埋まっている。国の要職に就くのも間違いなく正妃が嫌がるだろうから、成人したら辺境の何処かの領主の地位を得ることだろう、とは思っていた。 実際遠縁だが、王家に連なるものが管理している領の話を候補として聞いた事もある。

再来年、16歳になったら俺たちは王都から離れた学園で3年過ごすことになる。卒業したら彼女と結婚して、正妃の気に障らないほど遠くの、何処かを任されるのだろう。

「君が成人した時のためにアーデンを参考に、とか領地経営を学ぶとか色々理由はつけていたけれど、ロザリーの父君にも助けて貰って。1月くらい、アーデンに来るのはどうかって」

「……まさか、今からか?」

「さすがに。来月の頭から終わりまでだから、荷造りの時間はちゃんとあるよ」

1月ほど、彼女の故郷に。言葉を頭の中で咀嚼して飲み下して、数秒のあとにそれは良かった、流石に着の身着のまま1ヶ月は厳しいからな、と答える。

信用されてない!と大袈裟に文句を言われたけれど、今までの振る舞いからだろ、とは流石に返さなかった。いつもいつも唐突に話をもってきて、振り回して。そんなことをするのは、シーリアしかいない。

返事はもう決まっていた。それが分かっているかのように、彼女も口角をあげる。

カラン、とまた軽やかな音。今日は何処にいく?と聞かれたから、書庫でアーデンについて教えてくれ、と返事をした。

そんな事で良いの?と首を傾げてから、シーリアは領地の祭りや友人達、流行りの曲や食事について思いつくままに語り出す。

それに相槌を打ったり疑問を投げかけながら、下唇を噛んで、時には顔を逸らしたり本を読むふりをして、勝手ににやけそうになる口元に喝を入れる。

浮き立つ胸に、心臓のありかを知る。

今までの人生で1番楽しい1ヶ月になると、確信があった。

お出掛け日和、と彼女が呟くのに思わず頷くほどの晴天だった。

アーデン伯爵領に着いたその日、随分と久しぶりに顔を合わせたシーリアの父は、見極めるような瞳をして、俺に歓迎の挨拶を述べる。

シーリアの母と兄は、茶色の髪と瞳をしていた。色こそ父親譲りだが彼女の顔立ちは母親に似たらしいと見比べながら、俺の部屋に案内する、シーリアの背を追う。

「ここだよ。ゲストルームをいじったから大体なんでもあると思うけど、足りないものがあったら言ってね」

「……来客をもてなす為の、部屋じゃないな」

「君の為だし、私が選んだからね。好みでしょ?」

肯定を返されると確信している口調。全くその通りだったので頷いた。

木目とブラウンを基調とした部屋は、落ち着いて、しかし明るさを取り込めるように家具が置かれている。1番目を引くのは、ちょうど扉の向かいにある、2つの本棚だった。

ディリティリオをはじめとした、馴染みのある背表紙が並ぶそれは、どう考えても客人の部屋に置くようなものではない。

良く見れば部屋の調度品も、趣味に合うものばかりだ。用意してくれたのだろう。滞在するだけならゲストルームで十分なのに、わざわざ並べる本まで選んで。

「お前の部屋は?」

「ちょっと離れた2階に。先にみる?」

返事をしながら、跳ねるような足取りで彼女は階段を上がる。

「こっち。……本も雑誌もそれ以外も、城に持ち込むのはどうかと思って、見せられなかったものが沢山あるんだ」

踊り場で、俺を振り返って笑う。

後ろの窓からさす木漏れ日で、彼女の輪郭が柔らかな光を持つ。

歓迎していることを隠さないで、あまりにも嬉し気な顔をするから、追いかける自分の足音も、どうしようもないほど楽しそうに跳ねていた。

「もう嫌だ……」

「あはは。大人気だったね」

シーリア・アーデンは、ヴェルシオが知る中でも屈指の社交的な人間だ。子供の集まりではいつも誰かと、特に女子と話しているし、城下街でも言わずもがな。

穏やかな雰囲気がなせる業だろうか、身分があればちやほやされるわけではないことはヴェルシオが証明しているし、弟のように闊達な性格でもないのに、彼女が一人でいると、話しかけようとする人間は多い。

それは彼女が生まれ育った領地でも、同じだったようで。

「お、嬢ちゃん、彼氏連れか?随分と男前だなあ。一緒に食うと良い、好きなパンを持っていけ!」

「あらほんと!でもシーリアの恋人ってこの国の王子様じゃ……もしかして、浮気?」

「恋人じゃなくて婚約者じゃなかったかい?」

「そうなの?玉の輿じゃない、シーリア!ところでその子は―――」

街に行こうという話になって、それこそ赤子のころから母や乳母に抱かれて訪れていたという、屋敷のある街に訪れたまではよかった。主要な街道もあり、外国との貿易も行われているアーデン伯爵領は緑も多いが栄えていて、ここが彼女が生まれ育った街なのかと感慨深く思ったり、王都にいては見られない鮮度の良い食材や外国語の書籍や雑誌を、案内されながら眺めるのは単純に面白かった。

そうしているうちにシーリアと年の近い、顔見知りらしい少女に話しかけられて、平民らしい少女にも気軽に言葉を返す姿を、彼女らしいと考えて。

そこからたまたまそばにいたパン屋の亭主や宿屋の女将に話しかけられて、人の集まりに寄ってきた人がまた集まって。気づけば、大勢がヴェルシオと、シーリアを取り囲んでいた。

悪意がないのは分かる。彼らにあるのは親しみと、好奇心と、久しぶりに帰ってきた領主の娘をからかってやろうというわずかな悪戯心だ。

分かるが、ヴェルシオは犯人の名前や伏線に線が引かれた推理小説と、途中で巻が抜けているシリーズものの次に、人混みが嫌いだった。

いつぞやは人に囲まれる弟に嫉妬を抱いていた気もするが、そんなものはとうに昔の話だ。知らない他人に話しかけられるのは煩わしいし、好奇の視線すら好まない。この性格が王家の人間に向いていないのは分かるが、玉座を継ぐのは弟だし別に良い、とも思っている。

シーリアと本を読みながら国の片隅で生きて、そのまま骨を埋める。それが今のところの、ヴェルシオの理想の人生設計だ。

ついに耐えられなくなってシーリアの手を引いて、人気のない場所まで連れ去るように逃げ出して。路地を駆けた先のベンチで、婚約者はヴェルシオをのぞき込む。

「ほら貰ったのあげるから。プレッツェルは砂糖と塩、どっちをまぶしたのが良い?」

「どっちもいらん……」

今にもおっシーリアいるな、話しかけるか?という雰囲気を漂わせてこちらを見る領民たちに近寄るなと圧を込めた空気を放ちながら、そっと差し出された紙袋を押し返す。

美味しいのにと1つ口に咥える婚約者は、普段より機嫌が良さそうに、足をぶらつかせていた。

「人酔いを嬉しがるな……いつもこうなのか?だとしたら次出歩く時は、顔を隠してもらうしかないんだが」

「逆に注目されるんじゃないかなぁ。それはそれで面白そうだけど」

「笑い事じゃない」

「面白いからね。……はは、すごい顔」

でも嬉しいのも本当。この街をずっと、君に見せたかった。

下げた頭に、柔らかな声が落とされる。

顔をあげる。皺を揉み込むようにシーリアの指先が俺の眉間に触れようとして、揚げ菓子の油や砂糖に思い立ったのか、寸前で止まる。別に、気にしないのに。

「どこも賑やかでしょ?3週間後に花祭りがあるから、皆準備に活気だっているんだ。海の水に足をつけたことはある?山の生き物に触れたことは。やらなきゃいけないことは沢山あるけれど―――君に見せたり教えたいものは、もっと、ずっとある」

正直昨晩は楽しみで眠れなかった、と細めた瞳と視線が合う。その目があまりにも透き通って、柔らかかったから。

「……人混みじゃないなら、どこにでもついて行ってやる」

「ええ?仕方ないなぁ」

花祭りは我慢してね、と呟きつつ、彼女は砂糖のかかった菓子を1つ、こんどこそヴェルシオの口に押し込む。甘さと小麦の香ばしさ、離れていく指。

ほら行こう、なるべく人に囲まれないように気を付けるから。そう言うけれど、口約束が果たされることはないのだろう。彼女は愛されていて、皆話したがっているから。

だからこそ、隣にいたいと強く思う。人混みから1人で逃げてもよかったのに、彼女の手を引いたくらいには。

白や淡いイエローやベージュに塗られた家々。ペールグレーの石畳を踏む少女、裾が揺れる丈の長いワンピース。それらを覆う、空が青い。

そんなことすら、どうしようもなく美しかった。