軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

潜入

おそらく男子禁制の寮にでもいるだろう、と思ったのに、彼女たちを見つけたのは保健室だった。

真っ白なシーツに座る婚約者と、その膝に頭を置いて、泣きはらした瞳を閉じて眠るオレンジの髪の少女。傍らの椅子に優雅に腰を下ろしたロザリンデも、少女に物憂げな視線を向けていた。

「もうすぐ授業が始まるぞ。そいつは?」

「泣き疲れて眠っちゃったみたい、無理もないけどね。……全く、あんなところでする話じゃなかっただろうに。余計な噂がたってデイジーが傷つくって、彼は、そんなことすら考えなかったのかな」

「そうでしょう。その結果自分の首を絞めたのだから、ざまあないわ。……お姉さまも、そんなに落ち込まないでください。多少目立ってもちゃんとデイジーに非はないとお姉さまが宣言してくださったから、彼女の名誉は守られたんです。さっきまでちゃんと泣けていたのも、お姉さまがいたからだわ」

「そうだったらいいけれど。……ねえ、ヴェルシオ、ロザリー。君たちはこの状況を、どう思う?」

賑やかだった窓の外は、授業が近づいたことで人一人いなくなっていた。眠る少女は、ヴェルシオの気配にも話声にも、わずかにも目覚める気配はない。

保健医もいない中、だからこそこの話をしていると、3人とも分かっていた。

「前にこの状況を異常だって言ったけれど、いよいよ可笑しいよ。あの子息は女好きなところがあったけれど、デイジーのことは大事にしていた。大して関わりはないけれど、少なくともあんな、ろくな証拠もないのに、一方的に婚約破棄をするような人間じゃなかった。―――今月に入ってから、マーヤが好きな子息が婚約者にこんなことをするのは、これで5件目だ。なによりも、こんなことになっているのに、国も学園も何もしないなんて」

3件だと思っていたが、ヴェルシオの知らない所で更に2件起こっていたらしい。表沙汰にならなかった2つは、恐らくシーリアやロザリンデが話題にも見世物にならないように、上手く収めてみせたのだろう。

「俺としては、お前があの女と女子達の連絡役になっていると、初めて聞いたことの方が驚きなんだが」

「………………言ってなかったっけ?」

1言も。不満を込めて頷くと、つい、と呟きながら、シーリアは頬を掻く。

「お姉さまは悪くありませんわ。お姉さまが彼女達の不満を聞いて下さるから、みんな自棄を起こす事なく過ごせているんだもの。もしもいらっしゃらなければ、今頃両手の指を越える生徒が退学していたに違いないわ!そもそも殿下に伝える義務はないでしょう。これはわたし達の話なんだもの」

「は?」

「喧嘩しない。私も大した事は出来ていないよ。家とか家同士の契約とかはロザリーに任せきりだし、いつも後手に回ってる……情けないな」

本当に、いつもありがとうロザリー。呟くような言葉には、僅かな疲れと、隠しきれない悔しさがにじんでいるように思えた。

「そんなことを仰らないでください、さっきだってお姉さまが連絡を下さったから、あの場所に向かうことが出来たんです。誰より忙しくされて、碌に休まれてもいないでしょう?」

大丈夫と返すシーリアの、胸ポケットから紙片がのぞく。そういえばデイジーを助ける前、彼女はこのカードに触れていた。

「連絡ってこれか?」

婚約者の胸元を指さすと、ロザリンデは頷きとともに、懐から同じカードを取り出した。

「ええ、エヴァンズの魔法技術の集大成です。女子全員に配ってあって、相手と内容を指定して魔力を込めれば、個人宛でも全員にでも、カードを持つ相手に短いメッセージを送れます。近頃はトラブルが多いので何かあったらすぐに呼ぶようにと伝えているのですが、お姉さまは転移魔法持ちですから、わたしが到着するまでに対応して頂くことも多くて」

試しに、とシーリアが魔力を込めれば、ロザリンデのカードに黒い文字が浮かぶ。

そんな良いものがあるならば俺も欲しい、と言いかけて、ロザリンデに頼むのは癪だと口をつぐんだ。聞いたことの無い技術にエヴァンズの末恐ろしさを感じるし、俺が持っていないシーリアとの連絡手段を、学園の女子のほぼ全員が持っているのはとても気に食わないが。

「それでも、デイジーは泣かせてしまったけれどね。……婚約してからずっと、誕生日のプレゼントにビルから髪飾りを貰っていたんだって。昔のものも全部アクセサリーケースの1番良いところに飾ってあるし、今年はどんなものをくれるのか楽しみなのって、こんな事になる前、話してた。この子、来週誕生日なんだよ」

気遣わしげに、自らの膝枕でぐっすりと眠るオレンジ髪の少女の、赤い目尻をなぞる。酷く、落ち込んでいる声だった。

腹立たしい。その表情も指先も、俺のものなのに。

2人の時間が取れないのも、ロザリンデに連絡手段の先を越されたのも、なにより彼女が、傷つかなければいけないのも。

何もかもマーヤが、あの女が悪い。急降下した機嫌を隠せずに、普段よりずっと低い声が出た。

「そろそろあの女を退学に出来ないのか?あの女のせいで、確実に風紀は乱れているだろう」

「それが出来たら一番ですけれど。今の所は皆マーヤを勝手に好きになって、婚約者が邪魔になっただけと、彼女に直接唆されて婚約破棄を告げたという男子生徒は1人もいないんです。好意を抱かれることは、罪には問えませんから。……いっそオーランドと堂々とキスでもすれば、公爵家の人間、王妃になる者として、わたしが正面からあの女と対決するのに」

あの顔に白手袋を投げつけてやりたいわ、と唇を尖らせるロザリンデに、眉を顰めたのはシーリアの方だった。

「ロザリー。オーランドは君の婚約者でしょ?私に君たちの関係に口出しする権利はないけれど、君が彼の裏切りを望ましいと考えるのは、多分、よくないよ」

「……そうですね。言葉が過ぎたわ。それでも、あの女を退学か、悪くても停学に追い込める弱みを、早いうちに握っておきたいわ」

弱み。弱み、か。

口角を釣り上げたピンク女の顔を思い浮かべる。あいつは、明らかに俺に興味を持っていた。

「……シーリア、次の授業はサボって、少しでも休んでおけ。さっきだって食事に、ほとんど手を付けていなかっただろう。いい加減倒れるぞ」

忌々しい色を頭から追い出しながら手渡したのは、あの騒動のあと、食堂で作らせた軽食だった。

「ありがとう。ロザリーと、起きたらこの子とも食べるよ。君の分は?」

「もう食った。……授業に出てくる」

バスケットを渡すときに触れた指先は、似た温度をしていた。

吐いた言葉は、嘘だった。

あの女を退学にする為に、用意する弱みは何でもいい。

捏造が1番てっとり早いが、ただでさえ男どもに囲まれているのだから、生半可な証拠では断罪する側が足元を掬われて終わりだろう。

確たる証拠を。あの女が明確に最近の騒動の原因だと示す、言い逃れが出来ないような証明を。

最近は午後の授業は欠席してマーヤと過ごすようにしているんです、とあれからも諦め悪くヴェルシオに話しかけてきたオーランドの言葉を思い出す。マーヤと少しでも共にいたいと宣う男を気色悪いと思ったが、今はその情報が役立った。

学園の中でも一際マナーを弁えた使用人に頭を下げられながら向かう、北館の最上階。

赤い絨毯に絢爛豪華な調度品。その先にある、王家の紋が彫られた扉。

「誰だ?此処は―――に、兄さま?!」

「わぁ、ヴェルシオ様!来てくれたんですね、どうしたんですか?」

「別に。休めるところを探していただけだ。お前達は?」

予想通り奴らは、そこにいた。

マーヤと、腹違いの弟と、その友人たち。食後のデザートにカトラリーを突き立てながら、突然の訪問者に思い思いの顔を見せている。

「次のダンスパーティで、誰が最初にマーヤと踊るのか話し合っていたんです。みな一番が良いと言い張って決まらないから、いっそ全員思い思いのドレスをマーヤに贈って、一番好みのドレスを選べた人間がファーストダンスの権利を得ると決まりました!」

予想通り、王族のみ使うことを許されたサロンに、奴らはいた。

マーヤはなんでも似合いますから、と隣の椅子に座る女に溶けた目線を向けるオーランドを一瞥して、その目に宿る熱を見下す。

授業中で学園の門が閉じている今、王太子をはじめとして目立つ集団が堂々とさぼれるところは多くない。普通は生徒が近寄ることすらないここは、彼らにうってつけの場所だった。

「オーランドはとってもセンスがいいんです!この間は大きな赤い宝石の付いた花飾りを贈ってくれて……ヴェルシオ様も休むなら、こっちで一緒にお茶をしませんか?リュシアンが用意してくれたケーキ、とっても美味しいんですよ!」

王都では朝から並ばないと買えないらしいんですけど、国一番の大商会の力でこんなに用意してもらったんです!絶対に食べきれないほどあるなんて、とっても素敵でしょう?

ピンクの髪の女は笑う。つられて女に侍る男どもも、波打つように笑い声をこぼす。

その朝から並ばないと買えないケーキには、覚えがあった。学園に入る前に1度、甘いもの好きな婚約者の為に、王都の店に2人並んで食べに行ったことがあったからだ。調子に乗って4種類頼んだシーリアは案の定食べきれなくて、胃もたれする、と呟きながらも頼んだからには食べるよ、と苦めのコーヒーで舌に残る甘さを打ち消していた。

それでも白い顔がだんだん青くなったから、手付かずだった最後の1個は、結局ヴェルシオの胃に収まったのだったか。

あの日プレートに置かれていた、ラスベリーソースの掛かったチョコレートケーキと同じものが、テーブルの隅に置かれている。金粉と蝶の形のチョコレート細工が乗った完璧に繊細なそれは、いつかよりも、ずっと不味そうに見えた。

それでも。

灰色の瞳の下のくまは、先月よりずっと濃くなっていたから。

「……そうだな。同席させてもらおう」

途端に嬉しそうに椅子を持ってくるオーランドと、わたしの隣に座ってください!と、騎士団長の息子をどかす女、女狐から椅子が遠くなったからか、新たなライバル出現と思ったのかヴェルシオを睨みつける男どもに、そうと気付かれないように見下した目線を向ける。

お前たちが心配せずとも、こんな女は必要ない。

早く元の学園を、正しい日々を、少女たちに奪われている婚約者を、取り戻すために。

ヴェルシオは、この女のハーレムに加わることを選んだのだ。