作品タイトル不明
001 プロローグ
「サラサ、戻ったぞ」
「店長さん、ただいま帰りました」
「お帰りなさい、お二人とも。ご無事で何よりです」
アイリスさんの実家の借金騒動に片が付いてしばらく。
二人の採集者としての活動は特に変化なく続いていた。
問題のある借金は清算されたものの、言うなれば私から借り換えただけで、借金自体がなくなったわけではない。
私としては、領地の税収からぼちぼちと返してもらっても良かったんだけど、アイリスさんたちは採集者を継続することを選択した。
お金の方はともかく、アイリスさんとお別れになっちゃうのは寂しかったから、私としても止めることはしなかった。
聞くところによると、アイリスさんの父親であるアデルバート様まで、『儂も採集者になって、借金返済を……』などと言っていたらしいけど、さすがにそれは奥方に止められて、しぶしぶ諦めたとか。
あの方なら実力的には十分そうだけど、当然だよね。
小さいとはいえ、領地を持つ貴族。実務では役に立たない(アイリスさん談)とはいえ、ずっと留守にしているわけにはいかないんだから。
なら、なんにも変化がなかったかといえば、さにあらず。
まず、アイリスさんたちに少し余裕ができた。
これまでは、切り詰められるところは、とにかく切り詰めていた様子が見て取れたけど、新たな債権者となった私が『余裕を持って活動を』と言っていることもあり、ある程度は手元にお金を持つようになったのだ。
もっとも、今も私の家に住んで、食事もウチでしているから、変わったのは、採取に向かうときの保存食や持ち物が少し良くなった、ぐらいでしかないんだけどね。
そしてもう一つは、私に対する呼び方。
あれ以降、アイリスさんが私のことを呼び捨てで呼んでるんだけど、そのきっかけがアレだから――。
「というか、アイリスさん、続けるんですか? それ」
「……ダメだろうか?」
「いや、ダメというか……」
本気か冗談か、先日、私とアイリスさんの結婚云々の話が出てから、続いているその呼び方。
理由がそこにあるのなら、はっきり『ダメ!』と言いたいところだけど、アイリスさんから寂しそうな目を向けられると……。
「サラサと呼ばれるのは別に構わないんですけど、結婚するつもりはないですよ? アイリスさんも、別に男嫌いというわけでも、女同士が良いってわけでもないんですよね?」
「まぁな。だが、ヤツのことを思うと、少し男が嫌になるところはある」
アイリスさんは、顔を顰めて、深いため息を吐く。
詳しくは聞いていないけど、実家に帰ったとき、なかなかに嫌な思いをしたらしい。
ケイトさんが『お金のことがなかったら、生きては返さなかった』とかマジな顔で言っていたぐらいだから、話半分としても、よほどだったのだろう。
「アレと結婚することを考えれば、サラサの方が一〇〇倍マシ――いや、この言い方は失礼だな。一〇〇倍嬉しい……これも違うか。マイナスは何倍してもマイナスだしな。う~む」
しばらく悩んだアイリスさんは、ポンと手を打つと、私をまっすぐと見つめる。
「……うん、私はサラサと結婚したい。これだな!」
「は、はっきり言われると、テレてしまいます……」
正面から、はっきりと口にするアイリスさん、マジ、イケメン。
アイリスさんが女で良かった。
男だったら落ちてたね。うん。
「ア、アイリスさんのことは嫌いじゃないですが、一応私も、素敵な男性が現れてくれることを夢見る乙女なんですけど」
カッコイイ王子様、なんてことは言わないけれど。
「むむっ。そこは、『素敵な男性』じゃなくて、『素敵な人』ぐらいに負からないか?」
「負けたとしても、アイリスさんは……惜しいですね!」
「なにが!?」
「いや、基本的には素敵な人だと思いますが……」
外見は……良い。可愛いし、時々凜々しくてカッコイイ。
たまに残念なところが見え隠れするから、スペック的にはプラスマイナスで、若干プラス。『ステキ!』と夢を見るにはちょっと足りない。
その他の ステータス(社会的地位) に関しては、曲がりなりにも貴族の継嗣。
結婚すれば、それが一緒に付いてくることを考えれば、商売人としては結構なプラス。
義父母との関係は……アデルバート様はいかにも実直な騎士という感じの人で付き合いやすそうだし、『私と結婚したら』的なことを言ったのは、奥方だとチラリと聞いたので、そっち方面での障害はないっぽい。
……うん、優良物件なんだよね。性別を考えなければ。
性別を考えなければ!
ここ、一番大事なところ。
私にはなんとかする方法があるのが、更に厄介。
「まぁ、性別は措いて、結婚じゃなくてパートナーとしてなら、女同士でも許容できますけど、それなら公私ともにサポートしてくれるような人が良いですね」
この業界、結婚していない女性って結構多いから。
錬金術師って、女でもかなり稼げるし、結婚適齢期に他のお店で修業に明け暮れることになるから、結婚する機会を逃しがちらしい。
「むむっ。サポートか。サラサはどのようなサポートが希望だ? 素材を集めてくるぐらいはできるが」
「素材ですか。それも悪くないですが、どうせなら私が苦手な分野を任せられる人が良いですね」
その気になれば、素材は自分で集めに行けるし、それは別に苦手じゃない。
時間を浪費してしまうことが問題といえば問題だけど、素材は買うことだってできる――というか、普通の錬金術師ならそれが本筋。
それ以外となると――。
「美味しい料理ができる人が良いかなぁ……? 家事もしてくれたら、なお助かりますね。錬金術に専念できますから」
「りょ、料理か。それはあまり得意じゃないな。――そこは、一緒に付いてくるケイトに頑張ってもらうってことでどうだろう? ケイトは家事もできるぞ?」
私の希望にアイリスさんは困ったように目を泳がせると、隣にいるケイトさんの肩にポンと手を置いて前に押し出した。
対して、差し出されることになったケイトさんの方は、戸惑ったように目をパチパチと瞬かせ、アイリスさんの方を振り返った。
「え、あれ、本気だったの? アイリス?」
「ケイトさんですか。悪くないですが、それなら、料理だけじゃなくて店番もできるロレアちゃんの方が、一粒で二度美味しいですね」
「わ、私ですか?」
当事者を差し置いて、アホなことを言い合う私とアイリスさん。
「あの、サラサさん。お気持ちは嬉しいですが、私もそっちの趣味は……」
「も、もちろん、冗談だよ? あくまでパートナーと考えたら、だから。助かっているのは本当だけど」
ちょっと身を引くロレアちゃんに、慌てて言い訳。
でも、本当にロレアちゃんのサポートには助かっているから、レオノーラさんじゃないけど、気をつけておかないと、本当に婚期を逃しそうで怖い。
「アイリス、もし本当に店長さんとあなたが結婚するなら、私にとっても主家になるから、公私ともにサポートするのも当然だけど、オマケ的な扱いは嬉しくないかな?」
そしてケイトさんの方も、少し困ったような表情で、アイリスさんに苦言を呈する。
それを聞いたアイリスさんは、少し考えて、納得したように頷く。
「……ならば、私の方がオマケでも。名目上、正妻は譲れないが」
「そういう問題じゃないでしょ! まったく。店長さんにその気がないんだから」
そうです、そうです。
言ってあげてください、ケイトさん。
「まずは、店長さんにその気になってもらうのが先でしょ?」
……おや?
なんだか、雲行きが……。
「ふむ。正論だな。オマケで振り向かせようなどと、烏滸がましかったか」
「えぇ、そうね。まずはあなた自身の魅力を高めないと」
「い、いや、そういう問題じゃ――」
なんだかアイリスさんを応援するようなことを言ってますけど、ケイトさん、本気ですか?
ここは止めるのが、臣下としてのありようなのでは?
私に借金があるから、そう単純じゃないのかもしれないけどさ。
「ふむ。少し急ぎすぎたようだ。取りあえず、呼び方は元に戻そう。店長殿」
「あ、いえ、本質はそこじゃ――」
「店長殿に選んでもらえるよう、まずは花嫁修業を頑張るとしよう。頑張るから、期待していてくれ!」
「が、頑張ってください……?」
なんかおかしいと思いつつ、力強く宣言するアイリスさんに、思わずそう返す。
そんな、キラキラした瞳で見られると、『頑張らなくて良いです』とは言いづらいよ!
「うむっ! ――あ、いや、この場合は 花(・) 婿(・) 修業か? ケイト、どう思う?」
「そうね、アイリスの花嫁姿も捨てがたいけど、店長さんが花婿というのはちょっと違う気もするのよね」
「だが、稼ぎは確実に店長殿の方が上になりそうだぞ? ウチの領地から得られる税収など、大した額でもないしな」
「そこよね。ここは一つ、二人とも花婿というのはどうかしら?」
「なるほど、それもありだな。そしてそこに、ケイトも加わるわけだな!」
「それに関しては、また話し合うとして……」
「ん? なんだ? ケイトは花婿姿の方が好みか?」
「そうじゃなくて――」
何やら相談し始めた二人に、どうしたものかと戸惑う私の肩に、ポンと手が置かれた。
振り返れば、そこにいるのは、優しい笑みを浮かべたロレアちゃん。
「大変ですね、サラサさん」
「他人事だね、ロレアちゃん」
「他人事ですからね。サラサさんも頑張ってください。色々と」
ちょっと非難がましい目をロレアちゃんに向ければ、彼女はそう言い、ちょっと肩をすくめて笑う。
だが、他人事でいられたのはそこまでだった。
「お、何だ、ロレア。そんな――あぁ、そうか。すまなかった」
「え? 何がですか?」
「一人だけ仲間はずれは寂しいよな。大丈夫だ。別にもう一人増えても問題ない」
「い、いえ、私は普通に結婚する予定で――」
「遠慮する必要はないぞ? 当家は細かいことにこだわらないからな。できれば、第二夫人はケイトにして欲しいが……」
「あら? 私は気にしないわよ? ロレアちゃんが第二夫人でも」
「こ、困ります!」
「確かにな。家中の収まりは陪臣のケイトが上の方が――」
「そっちじゃなくて……!」
慌て始めたロレアちゃんを尻目に、私はそっと立ち上がると、静かにその場をフェードアウトしたのだった。