軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5-35 後処理

サウス・ストラグの領主の屋敷。

主のいなくなったそこは、ひっそりと静まりかえっていた。

大半の人員には暇が出され、今残っているのは最低限の警備と事務仕事をする者たちのみ。

通常であれば、家督や財産を狙って押し寄せてきそうな親族や自称親族も、カーク準男爵の罪状から、連座を恐れて近寄ろうともしない。

そんな屋敷の一角、執務室にあるソファーに一人の老人が腰を下ろし、静かに窓から町を眺めていた。

その背中には積年の心労が積み重なって酷く草臥れて見え、その外見以上に老け込んだ空気を漂わせていた。

そんな彼に静かに声を掛けたのは、この状況を作った人物だった。

「クレンシー」

「フェリク殿下……ご無沙汰いたしております」

声を掛けられた老人――カーク準男爵家の家令であるクレンシーは速やかに立ち上がると、フェリクの前に膝をついて頭を下げた。

「既に知っているとは思いますが、ヨクオ・カーク準男爵は拘束しました。罪状はいくつもありますが……ここに戻ることはもうありません」

はっきりと告げられた言葉に、クレンシーはきつく目を閉じて暫し沈黙すると、深く息を吐き出した。

「……わざわざありがとうございます。カーク準男爵家はどうなりますか?」

「取りあえず座ってください。あなたのような老人に膝をつかせたままでは、話もしづらい」

それに答える前に座れとソファーを示すフェリクだったが、クレンシーは首を振った。

「いえ、 私(わたくし) は処罰を待つ身。どうかこのままで」

「あぁ、それはありません。対象者は自ら悪事に手を染めていた者たちのみ。ヨクオに命じられて行っていたことについては、実行者を処罰することはありません」

サラサに頼まれたこともあり、マディソンたちを罪に問わないと決めた以上、犯罪行為を自主的に行ったかどうかで区別して対象者を分けるしかない。

それに加え、すべて処罰してしまうと実務を行う者がいなくなるという、現実的な問題もあり、当主が王族の殺害未遂を起こした割に、今回のことで処罰された人物はさほど多くなかった。

「ご温情、大変ありがたいことですが、私もその対象としてよろしいのですか? 家令としてカーク準男爵家を取り仕切っていた私を」

「あなたはヨクオの無茶な命令を、できるだけ被害が少なくなるように取り仕切ってきた。よくやってきたと思いますよ。――座ってください」

再度フェリクに促されたことで、クレンシーは「失礼します」と言ってソファーに腰を下ろし、フェリクもその前に座ると、「さて」と仕切り直した。

「カーク準男爵家については、領地没収の上で降爵、騎士爵家として残す道も模索しましたが……まともな親族がいません。残しても国の益にならない以上、残す意味もありません。ご理解ください」

「いえ、元々大旦那様と旦那様が 穎脱(えいだつ) にすぎたのです。残る親族の方々では、更に家名を汚すだけに終わるでしょう」

ヨクオは特に酷かったが、さすがは親族というべきか、残っている者たちも似たり寄ったり。

調査結果を聞いたフェリクとしては、この一族から先代、先々代のような傑物が何故輩出されたのかと、不思議に思うほどだった。

もし家が残ったとしても、心を入れ替えて殊勝になることなどほぼ考えられず、かなりの確率で再度、問題を起こすであろう。

そのようなことで再び国に迷惑を掛けるのであれば、今回改易されていた方がマシであると、クレンシーはそう考え、再び深くため息をついた。

「今代が平凡でさえあれば良かったのですが……先代の優秀さも、子育てには発揮されなかったようですね」

「町の発展に力を注ぎすぎました。せめて優秀な教育者を付けることができれば良かったのですが、このような地方では……」

「貴族の子供をしっかりと叱れる教育者は貴重ですからね。幸い私に付けられた教育者はしっかりと叱ってくれましたが。――何度殴られたことか」

フェリクはその時のことを思い出したのか、クツクツと笑う。

「ミリス師ですか。彼女は特殊です。王族に苦言を呈すことができる教育者はいても、手を出せる者などどれだけいるか……。当家では望んでも得られぬ師です」

「私に付ける時も随分と渋られたそうですよ? 『不満があるなら、いつでも首にしろ』という台詞を口癖のように仰っていました」

「それでも殿下は、首にされなかった」

「そんな権限、私にはありませんから。さすがに拳で殴られた時には父に直談判に行きましたが……結果はたんこぶが一つ増えただけでした」

息子の訴えを最後までしっかりと聞いた国王だったが、その上で『お前が悪い』と鉄拳制裁。『もっと学べ』と勉強時間を増やされることになった。

「そのことで機嫌を損ねたミリス師からは色々と無茶な課題を出されましたが……自身の成長に繋がったことは確かですね」

オフィーリアからすれば、元々乗り気ではなかったフェリクの教育に、更に時間を奪われることになり、錬金術に費やす時間が減少。

講義に掛かる時間を減らすため、課題という形を取ったのだが、フェリクは不平を口にしつつも、出された課題はしっかりと熟した。

それ故、なんだかんだ言いつつも面倒見の良いオフィーリアの負担は減ることもなく、結果、優秀な生徒を一人育て上げるだけに終わっていた。

「ミリス様の半分でも優秀な教育係が、当家でも得られれば良かったのですが……。契機は、サラサ様に手を出したことでしょうか?」

「以前ヨクオが問題を起こした時から、注視はしていました。ロッツェ家の領地に手を出そうとしたことが発端で、サラサさんは要因の一つ、でしょうか。――それなりに重要な、ですが」

フェリクとしては、ロッツェ家の借金問題も苦々しくは思っていたが、貴族家同士の問題に、王家が首を突っ込み一方に肩入れすることはできない。

多少のアドバイスをすることも考えたが、ロッツェ家の陣容ではそれを上手く生かせるとも思えず、別のきっかけを探すかと思っていた際に、図らずも割り込んできたのがサラサであった。

フェリクが手を出さずとも、自身の知識と技術、そして人脈により借金問題を解決したのを見て、フェリクは考えを変えた。

「そろそろ時期的にも限界かと思いましたので、“試す”ことにしました」

「私を王都へお呼びになったのも、その一環ですか」

「それは正しくありませんね。呼んだのはサウス・ストラグの責任者です。カーク準男爵本人が来て対応できるなら良し。こちらに残った場合でも、あなたなしで無難に仕事を熟せるのならそれもまた良し。――実際には、残念な結果に終わったわけですが」

“試す”と言ったフェリクではあるが、実際にはその時点で、ほぼ完全にヨクオのことは見限っており、クレンシーのことは最後の一押し。

そして案の定、ヨクオはフェリクが領内で活動していることに気付く様子すらなく、あっさりと羽目を外す。

だが、いきなりサラサを殺そうとしたことは、さすがに想定外だった。

国策として増やそうとしている錬金術師、それも優秀な人物に手を出すことの危険性は、少し考えれば解ること。

せいぜいお店に対する嫌がらせぐらいだと思っていたフェリクは、慌てて部下を派遣することになり、予想外の手間を取られることになったのだった。

「まさかあそこまで愚かとは思いませんでした。私の失策でサラサさんが命を落としたりしたら、私がミリス師に殺されてしまうところでしたよ」

オフィーリアがサラサを気に入っていることは、フェリクも十分に理解している。

ヨクオに先んじてサラサの所を訪れていたのも、それがあったから。

サラサの実力は理解していたが、戦えるのがサラサ一人で、周囲には人質として使えそうなロレアや村人たち。

ヨクオが形振り構わなくなれば、サラサに危害が及ぶ危険性は十分に考えられた。

「私もまさかあそこまでとは……申し訳ございませんでした。それで、この町はどうなるのでしょうか?」

「しばらくは代官を置き、直轄地として統治することになるでしょう。その後は……サラサさんに任せるのも面白いかもしれませんね。なかなか優秀ですよ、彼女」

フェリクが微笑みながら口にした、本気とも冗談ともつかないその言葉に、クレンシーは少しだけ目を瞠った。

「錬金術師養成学校の卒業生でしたか? 優秀なのでしょうが、彼女は平民だったはず。殿下の方針には沿っているのでしょうが、急な改革は貴族の反発を招くと思われますが」

「私は何も貴族を排そうとしているわけではありません。もっと真面目に学び、必死になって能力を上げろと言いたいのです。少なくとも、私程度には」

「ははは……ミリス様にしごかれたあなた様ほどとは、厳しいことを仰る」

その『私程度』が凡人には到底為し得ない努力であることを知るクレンシーは、乾いた笑いを漏らし、首を振った。

「少なくとも努力はできるでしょう? 我が国を弱国とは思いませんが、強国とも言い難い。もっと危機感を持ってもらわねばなりません。それにサラサさんについては、平民を貴族に取り立てるわけではありませんしね。さほど難しいことではありません」

「違うのですか?」

「どうもロッツェ家の継嗣と婚約しているようでして。ロッツェ家に入ればサラサさんも貴族、陞爵させてこの町を任せることは可能です」

優秀な錬金術師は、貴族としては是非にでも取り込みたい人材。

クレンシーはそういうことであれば、十分に婚姻はありうるだろうと考え、自身の情報との齟齬に首を捻った。

「確か、ロッツェ家には男児がいなかったと思いますが……?」

「長女のアイリスさんとですよ」

「お、女同士ですか……」

「錬金術師ですしね。跡継ぎができるなら、国としては問題ありません」

禁止こそされていないが、かなり珍しい同性同士の婚姻。

クレンシーは戸惑ったように言葉に詰まったが、フェリクは問題ないと首を振り、肩をすくめて言葉を続けた。

「――最低の男を見て、嫌になったのかもしれませんね」

フェリクはロッツェ家の事情を思い出し、そんなことを口にしたが、実際、その想像はほぼ正しかった。

貴族故に不本意な婚姻も覚悟していたアイリスだったが、その相手がホウ・バール。

性格最悪な上に、結婚してしまえば家を乗っ取られかねない現実。

そんな絶望的な状況のところに現れたのがサラサである。

ホウ・バールとの結婚を叩き潰し、借金問題を解決し、更には結婚することで家に利益がある相手。

有能、且つ性格も悪くない。

ホウ・バールと比べれば、天と地。

そんなサラサに、同性であってもアイリスがうっかり惚れてしまう――まで行かずとも、『結婚しようかな?』ぐらいになってしまうのも仕方のないところだろう。

「しかし、少し残念ですね。それがなければ、サラサさんを私の妻としても良いかと思ったのですが」

フェリクがポツリと漏らした言葉に、クレンシーが目を剥いて身動ぎした。

「なっ! さ、さすがにそれは難しいかと。授爵するよりも反発が大きいでしょう」

「彼女は孤児院出身です。適当な貴族の隠し子にしておけば良いじゃないですか。それに実力も確かです。ミリス師の後押しがあれば不可能ではありません」

『さる貴族の落とし胤』としたうえで、高位貴族と養子縁組してしまえば、嫁ぐ上での身分の問題はなくなるし、貴族であればそう珍しい話でもない。

だが、それが可能となったところで、むしろ最も嫌がるのはサラサ本人であろう。

素敵な人との結婚を夢見る彼女であるが、それでもフェリクは対象外。

彼と結婚するぐらいなら、確実にアイリスを選ぶだろう。

そしてそれはフェリクも理解していたようで、苦笑して肩をすくめた。

「ま、実際には無理でしょうが。どうも私、彼女には敬遠されているようで」

「ほぅ、殿下がですか? 女性に好まれる外見をされておりますのに」

「彼女は外見以外を見ているようで。外見や地位に寄ってくる女性には辟易しますが、本当の私を知った上で受け入れてくれる女性とは出会えない。難しいものです」

何だかそれっぽいことを言っているが、サラサが敬遠しているのはその微妙な陰険さ。

それを知った上で受け入れてくれる女性は、ちょっと貴重すぎるだろう。

それなりにフェリクとの付き合いが長いクレンシーもフェリクの心根は知っていたが、それを直言はせず、言葉を飾る。

「殿下の聡明さは凡人にはなかなか理解が難しいのですよ」

「ふっ、お世辞は不要ですよ。フフフ」

「いえいえ、本心ですよ。ははは」

そう言って一頻り笑ったフェリクたちだったが、やがて二人してため息をつき、表情を改めた。

「それで、ここの代官に関してですが……」

「はい。最後のご奉公として、赴任されるまでには引き継ぎ資料を揃えておきます」

「それなのですがクレンシー、あなた、代官になりませんか?」

「わ、私が、ですか? しかし、カーク準男爵家なき今、私はただの平民です。そんな私が代官になれば、カーク準男爵家のご親族の方々が色々とうるさいと思われますが……」

「官僚には平民もいます。親族の方も、文句を言うような者たちは 既(・) に(・) 存(・) 在(・) し(・) て(・) い(・) ま(・) せ(・) ん(・) ので、心配する必要はありません」

「………」

その言葉に含まれる意味にクレンシーは僅かに息を呑み、『そういうところが敬遠されたのでは?』とチラリと思ったが、それを口に出したりはせず、沈黙を守る。

「あなたが断るならば、こちらで選んだ代官を派遣することになります。まともな人物を選ぶつもりですが、どのような施策を講じるかは代官次第です」

暗に町の方向性などに変化が生じるかもしれないと言うフェリクに、クレンシーは目を伏せた。

そんな彼の脳裏に先々代、先代との思い出がよぎる。

小さな宿場町を発展させるため、寝る間も惜しんで共に働き、汗を流し、議論を戦わせ。

ヨクオとの記憶が色褪せたものなのに比べ、その思い出のなんと鮮やかなことか。

そうやって作り上げてきたサウス・ストラグが、自分たちが理想としたものとは変わってしまうかもしれない。

そのことを突きつけられた今、クレンシーに選択の余地はなかった。

「代官、引き受けてくれますか?」

「……謹んでお受けいたします」

再度確認したフェリクに深々と頭を垂れた彼の目尻から、静かに涙がこぼれた。