作品タイトル不明
第六百二十五話『王者問答』
人間王メディクと大英雄アルティア。
共に一時代を築き上げ、人類史に燦然たる名を刻んだ者達。歴史を神話とし、伝説として語る大陸の人間であるからこそ、両者の名は人々の口を伝い受け継がれる。時に其れは信仰すら彼らに与えた。
数多の大魔をねじ伏せ、仲間たちと共に人類の時代を造り上げたアルティア。しかし魔性の世界において、人間世界の道筋を切り開いたのはメディクだ。彼は武技という言葉すら無かった時代に、単騎で魔性と渡り合い勝利を重ねた。
互いに異なる時代に生きた綺羅星の如き英雄。人類の柱石達。
だからこそ、こうも語られる。
――ではどちらがより強く偉大なのか。
決して実現するはずのない歴史上の与太話。好奇心溢れた者が、想像を膨らませるのが精一杯のはずだった。
今その両者が、王都アルシェにいる。
「超越――妙技『精霊殺し』」
光の如き超加速が地下道を駆け抜ける。瞬きすら許されない刹那の速度から、ますます加速を続けメディクは宙を走った。
人類が編み出した原初の秘奥が、人類の救世主へと注がれる。一つではない、ただ一瞬の内に、数多の矛先が打ちぬかれる。
「メディク。君では人類を救うのに力不足だろう」
アルティアの長細な神剣が、視界に入れる事すらできないメディクの妙技を打ち落とし続ける。もはや一瞬で、重ねた合数など数えれないほど。
音にすらない残響が、重なり合って耳を劈く。
しかしこんなもの二人にとっては噛み合いですらない、言葉の応酬に近しい。
「当然で確信で明白だ。人類全てを救えるなら、俺はもっとマシに生きれたぜ。それにな、人間は誰かに救われるために生きてるんじゃねぇ」
数度打ち落とされた矛を構えなおし、大きく印象的な瞳をメディクはぎらつかせる。もはやそこには、懊悩や甘さのようなものは無い。一切の弛みは削ぎ落されている。
ルーギスと相対した時のメディクとは別人の容貌にすら見えた。
否、これこそが人間王メディクの貌なのだ。
彼が生きたのは魔性の全盛。大魔が割拠し、数多の魔の王が名乗りをあげた時代だ。それを生き抜き人間国家を造り上げた王が、ただ温厚であれるものか。ただ情け深い人間であるものか。
王は時に傲慢でなくてはならない。無慈悲な力を望み、人類の矛であるを欲し、ゆえに破壊される日まで戦わなくてはならない。
それこそが、王者としての責務であればこそ。
「なら、君は何のために生きると言う。飼われ、明日を希うためだとでも?」
「いいや、明日死ぬ心配をしねぇで、上手い飯を食って。幸せに生きる為以外にねぇだろうが。お前の救いが、其処に繋がってると俺は思えんな」
筋肉を纏ったメディクの身体が、空間に溶けていくように見えた。彼とアルティアが発する膨大な殺意が、凶たる熱となって地下空間を食らっている。
僅かに射しこむ陽光が、怯えたように姿を揺らめかせた。
「それに、純粋にてめぇは気に入らねぇ。魔性に芯から染まった様がな」
メディクは狂暴さを発露させるように歯を剥いて笑った。頬を自然につりあげる。瞳は炯々と光を発していた。
「ただ魔を持って生まれただけの魔性と、弱かったが生き延びた人間。どちらがより種として強いと思う。てめぇらは時に哀れみすらもって俺達を見つめるがな。滑稽で憐憫で失笑だ。
俺は今一度傲慢を取り戻そう。てめぇの力以外のものに頼らねぇと生きていけねぇ惰弱な魔性共。自惚れた哀れな動物よ。種として強いのは人間の方さ。人間で最も強いのは、この俺だ」
「へぇ」
アルティアは感嘆したように声を出した。いいや事実、メディクに一定の感心を示したのだ。
何故なら彼は闘争の本質を誰よりも理解している。
時に人間も魔性も、正義と悪を叫ぶ。どちらが正しい側で、どちらが誤った側であるのかを主張するようにだ。誰しもに思想があり、宗教があり、国家があり自らを形作る信念がある。
だが闘争の本質は其れでは無い。あるのは勝利か敗北か。生か死かの。二者択一。競争があるのみであり、適者のみが生存する。そこに思想のような不純物が混ざる要素はない。
だからこそメディクは言ったのだ。ただ気に入らないと。命の奪い合いに、それ以上の思考は不要だと斬り捨てた。
「俺より数百年後に生まれた小娘が。俺を知らねぇで人類の頂点に登ったなんてのは笑わせる」
「家畜の王は言う事が違う。君が何を造り上げたか分からないでもあるまいに」
アルティアは、ぽつりと託宣でも告げるように言った。しかしその瞳にだけは、紛れもない興味が映り込んでいる。
アルティアの人間国家統一にも光と闇があるように。当然、メディクの人間王国にもまた闇があった。
有史以来、人間が国家を保有するにはメディクの登場を待つ必要がある。逆を言えば、それまで人間は大陸の数多の地方に定住しない、また大きすぎる群れを持たない生物であったという事だ。
集まれば魔性に食われ、定住すれば目をつけられる。人間にとって生き抜く術は常に動き続ける事。それは古来から続く彼らの習性だ。
だがメディクの出現によって、人間世界は一変する。彼らは一地方に定住する事を覚え、当たり前に明日が来る日々を知った。
熱狂と膨大な力を有する王の存在が、彼らの生き方すらも変貌させたのだ。
だが弱き人間が一か所に集まり移動しないというのは、時に魔性にとっても有利に働く。何せそこに餌場があるのだ。それに人間は勝手に増えていく。
人間の生き方が変わったのと同時に、魔性もまた人間への認識を変えた。
人間は――家畜に出来る。一か所に集めれば簡単に増えてくれる。
メディクが絶命した後、人間がどうなったかなど想像に易い。
「君の出した結論が私には不可解だよ。君がいなくなっただけで、王国は失われた。私がいなくなっただけで、統一帝国は崩壊した。
人間の本質は数百年が経っても変わらない。率いる王と、率いられるその他。彼らは――飼われた羊と同じだ。多くの願いと多くの歩くべき道を持ちながら、率いられなければ足を止める。なら常に彼らを率いる者が必要だろう。
人間王メディク、聞こうか」
アルティアは自ら歴史に斬り込んで、問う。間違いなくかつて人類最強の地位にあり、人類全てを率いた王。人間世界の絶対者であった者。
ある意味で言えば、かつて唯一己と同じ地平を見た者へアルティアは問いかけた。
「君は信じているとでもいうのか。彼らが自ら戦い、自ら意志を持って踏み出すとでも」
「――論じるまでもねぇ。泥を呑もうと、挫折に打ちのめされようと、万人に否定されようと、人は自らを幸福とするべく生きる事が出来る。
お前は見なかったのかあいつらを。魔をもってなお人間と名乗るあいつをだ」
初めて彼を見たとき、メディクは哀れみを持った。己の不甲斐なさが、あのような人の子を産み落としてしまったのだと悔やみすらした。己は間違っていた、人を信じてはいけなかったのだとすら思った。
だが、彼は違った。彼は時代の奔流に呑み込まれたのでも、思想の言いなりになったのでもなく。自らの意志で立っていた。それでいて、未だ前に進もうとする。
素晴らしい。メディクは喝采する。人は強くなった。想像も出来ない程に強く、自ら茨の道を踏破する意志を持った。
ならばメディクには先人として、果たすべき義務がある。
「精霊を殺し、巨人を殺し、竜を殺した。だが――」
メディクの極限の殺意が凝縮されていく。空間が波打つほどの熱量と意識が、彼の矛には宿っていた。まるで今この時が生の全てであり、他に時は無いと語るかのよう。
最期の一瞬。前後から断裂された勝負の時。
「――神はまだ殺しちゃいねぇ。ちょいと、首を置いていってもらおうか」
人間王メディクと大英雄アルティア。歴史が語る二人の殺戮が、此処に初めて成った。
ふと、全くの同時。
両者の殺意に隠れるようにして陽光が遮られる。しかし其れは決して雲や影によって、覆い隠されたのではなかった。
より強い光に、宙が覆われている。知る者であればすぐに気付く。陽光すらを陰らせる煌めきなどこの世に一つしかない。
光より光らしく、陽光より輝き、視界に映るもの全てを魅了するその煌めき。
――宝石が、王都の宙に煌めいている。