軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百十話『定められた運命』

「早いわね、来てしまったわ。旧王国の軍勢が」

ガーライスト王国が都アルシェ。その中心部に鎮座する宮殿で、声を発したのは新王国の女王たるフィロスだった。

黒のドレスに身を包み、華奢な身体で足を鳴らす。軍議室の中、女王の言葉に反応出来たものは少ない。

来る事は分かっていた、しかしいざ来たとなればその事実を呑み込むこと自体が困難だったのだろう。

軍議室の中は何時もより数多くの灯りに照らされ、明るさを増している。それが余計に皆の心に影を落とした。

貴族の頭領ビオモンドールが、眉間の皺を指でほぐしながら言う。

「マティア殿の交渉はやはり、破綻に終わったという事でしょうな。もはや戦役は避けられますまい。民達も察し取っているのか、不安の声や根も葉もない噂が広まっております」

「いいや、それにしては時期が早すぎる。交渉の結果を待っていたとは思えないね。嫌になる。最初からこうするつもりだったんじゃあないのかな」

ビオモンドールの言葉を継いだのは、フィン=エルディス。彼女は碧眼を大きくし、表情を一切緩ませないまま吐息を漏らした。大きな卓上に広げられた地図を見ながら、少しでも好材料を探そうとしているようだ。

軍議室で卓を囲む人間は、ガーライスト王国は勿論、紋章教、エルフ国家ガザリアの主要人物も集まっている。もはや彼らは同盟関係というよりも、運命を一つにした共同体に近しい。此処まで関係性が強くなった以上、旧王国側がどれか一つを見逃すという事はないだろう。

だからこそ、流す冷や汗の数は同じだ。

「とすればますますルーギス達が心配ね。勿論、死ぬとは思ってないけれど。此れが敵の罠だったなら襲撃を受けてる事は十分あるんじゃないかしら。それで連絡が取れない状況とか」

「……何にしろ、彼らが間に合うと考えるような希望的な見方はしない。いいわね」

フィアラートは黒い髪の毛を僅かに震えさせて言った。自分自身にそう言い聞かせ、手足が無暗に動きそうになるのを留めているようだ。フィロスもそれを理解していたからこそ、すぐに話を切り替えた。

「物見によれば敵は八万を数え、反面こちらは三万にも届かないわけよね。その中で、軍と紋章教の精神的支柱の二人がいない。個人的には絶対に戦争なんてしたくないわね。それも要塞でもない王都での戦いなんて」

地図に目を落とし、改めて王都周辺をフィアラートは見渡した。周辺地形は主に平野部であり、大軍の行動を制限するような自然物はない。本来王都を守るための砦は、敵方の手にすでに渡った。王都は丸裸というわけだ。

となれば後は王都の防衛機能に期待するしかないが、一度魔人の手によって陥落した此の都市は未だ復興途中。旧王国軍の脅威に対処するため外壁と塔の補修こそ終わっているが、それでも要塞や砦のような盤石さはなかった。

「けれど此処で引くわけにはいかないだろうフィアラート。ルーギスは間違いなく此処に帰ってくる。その時魔性に都市を奪われていれば、彼は一人で戦ってしまうかもしれない」

嫌になるね、とエルディスは付け足した、フィアラートにもその想像は容易く浮かぶ。

統制者ドリグマンに王都が陥落させられた際にも一人で潜入すると言い出したルーギスの事だ。もし此処で王都が旧王国軍の手に渡ればどうなるか分かったものではない。

少なくとも、己やエルディスが望む方向に物事が進まないのは確かだとフィアラートは瞼に強く力を込めた。

「では……。当初からの想定の通り、籠城しかありますまい。決戦では捻りつぶされる。一日ももたない」

悲壮さを微塵も感じさせない声色で、ビオモンドールが迷いなく言い切った。実際の所、それくらいしか手段はないと判断したのだ。

何せ平野で自軍を超える軍勢と相対するなどというのは本来自殺行為だ。サーニオ会戦の再現というわけにはいかない。幾ら大魔ゼブレリリスを討伐したとはいっても、その立役者がいないのでは軍に勢いはなかった。

無論、籠城が適切な手段かと問われれば素直に頷きがたい。言葉を受け取ったフィロスの表情からもそれはにじみ出ていた。

「ボルヴァートとイーリーザルドに要請した援軍の件はどう?」

「反応は悪くありません。やはり大魔を討伐した事は大きい、援軍に正当性も出ます。しかし、両国共に未だ平時に戻ってはいない。素早い動きは期待できないでしょう」

西方のロアが敵に回った以上、味方に付けられそうなのは東方の雄ボルヴァート朝と、南方国家イーリーザルド程度のもの。

彼らにしてみてもガーライスト王国が疲弊するだけならともかく、協力体制を築いた新王国側がただ破れさるのは旨味が無い。その点を突いて多少の援軍を寄こさせようというのがフィロスの考えだった。

三か国間の疑似的な協力体制は大魔や魔人に対してのものだけだったが。戦後にも体制が維持される事は皆の望む所だ。魔性の戦役によって得るものなど何も無く、ただ人類は失っただけなのだから。

そこに旧王国一人だけが暴れ回られては堪らない。

「彼らが僕らの援軍に駆けつけるのは、僕らが旧王国の攻勢を持ちこたえた時だけじゃないかな。人間はそういう打算が好きだろう?」

「否定はしないわ。けれど、国家とはそういうものでしょう」

エルディスは肩を竦めてフィロスの言葉に応じた。エルフの価値観とは違うとそう言いたげだった。何時にも増して棘のある言葉遣いだ。

どうやら随分と苛立っているようだと、フィロスは人知れず目を細める。

ルーギスの行方が分からずに動揺しているのは何も軍だけではない。むしろフィアラートとエルディスこそが最も被害を受けているかもしれなかった。彼女らも抑え込んではいるのだろうが、言葉の調子や所作の細かい点から感情があっさりと見て取れてしまう。

当然の事かもしれない。カリアもそうだが、フィアラートにしろエルディスにしろ、もし彼が望むなら国家などどうでも良い人間だ。彼がいない時にはいやに不安定な様子を見せる。

あの男め。面倒事ばかり残してくれる。もう少し真面な人付き合いは出来ないのか。

フィロスは唇を歪ませ、軍議室の面々の顔を視線で貫く。

「……ルーギスもマティアも必ず帰還すると私は信じています。常に斥候を放ち、連絡が取れる体制を造りなさい。耐え忍び、敵の勢いを殺した所で援軍を迎える。反撃はそこからよ」

フィロスは敢えて果断な口ぶりで言う。この場で彼女の言葉に口出しをする者はいなかった。此の方策が成就するか否かという点は置いておいても、他に方策がない。結局の所、無難に取るべき手段を取るしかないのだ。

フィロスは片眼鏡を傾かせて、此処にいない元帥の姿を思い浮かべた。彼ならば、一体どういう方策を取ったのだろうかと胸で問うてみる。

後がなかったとはいえ、二倍の戦力差で突撃を敢行した彼の事だ。案外、今回の場合であっても同じことを主張したかもしれない。

――そうして、恐らく彼が言うならばそれは通っていただろう。

彼にはそれだけの力があった。腕力や権力の問題ではなく、人を焚きつける力というべきか。無理難題を無茶無謀を、言葉一つで人に受け入れさせてしまえる。

魅力、とはフィロスは言いたくなかった。当初散々な目に陥らせてくれ、その上堂々と己を利用すると言った相手が魅力的だなどと口が裂けても言葉に出来るものか。

一度胸中で言葉を練り直してから、フィロスは小さく頷いた。

要は人が破滅に心惹かれるようなものなのだ。

多くの場合人間は平穏と安定を望むが、時に賭け事であったり酒類であったりと、平穏とはほど遠い欲求を有するもの。

ルーギスからはその匂いがするのだ。破滅願望があるのではないかというほどに命を省みず行動し、その上で生き残る。だからこそ人の耳目を集め、人を引き寄せる。

本当に、嫌な相手だ。フィロスは椅子に座り直し、ビオモンドールを含めた軍人や貴族らが今後の計画を推し進める様子を見つめる。どういうわけか、途端にそれらが他人事のように思えてしまった。

己の王国の事であるはずなのだが。

いや、違うか。フィロスは眼の疲れを取る素振りで、天井を見上げた。新王国は己の王国などではなかった。

――あの大悪がフィロスを利用して造り上げた、彼の王国だ。

「――お前が好きな破滅的な状況が今此処にあるのだから、早く戻ってきたらどうなのよ」

思わず、フィロスは誰に言うでもなく呟いた。いいや、投げかけるべき相手がこの場にいないというだけだ。

だがフィロスもビオモンドールも、他の者らとて絶望しきっているわけではなかった。

敵は大軍だが都市が城壁を持つ以上守る側には優位がある。それにマティアの設置した砲台や、フィアラートの戦場魔術、エルフ達の精霊術はむしろ守勢にこそ脅威を発揮するものだ。

勝つことは出来ない。だが敵に魔性が在ったとしてもある程度持ちこたえる事は出来るはず。

――フィロスの推察は誤りではない、とそう言えるだろう。攻城兵器や大規模魔術を用いない限り、攻城戦は至難と言える。

速度を何より優先した旧王国軍は攻城兵器など持ちえない。城壁を打ち崩せるほどの魔術を放てるのは一握りの者だけだ。

それに主軸たる者らがいないとはいえ、フィアラートもエルディスも紛れもない英雄の一角である。ビオモンドール、またフィロスに至っても凡庸な人間ではない。でなければ曲がりなりにも一国を領有できるわけがない。

問題だったのは、二点。

旧王国軍においても、勇者と英雄がいた事。

――そうして今まで表舞台に立とうとしなかったかつての大英雄がいた事だ。

大英雄アルティアの思惑を裏切れた者は、今までに二人。

アルティアに最も愛されたが故に刃を届かせたオウフルと、アルティアに愛されなかったが故に立ち向かう運命にある彼。

彼らが失われた戦場で、アルティアに対抗しえる者はいない。

故に――彼女らの運命はすぐそこに迫っていた。