軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五百三十四話『最高の贈り物を貴方に』

ガーライスト王国王都アルシェ。

魔人による陥落から復興を遂げ、再び興隆を迎えようとしているこの都市は、今日歓呼の声に満ちていた。

男達は酒を飲みながら荷物を運び、娘たちは花束を持ってそれを迎える。音楽が街道に鳴り響き、画家は競って筆を取った。

今日は王女フィロスの親征軍、及び英雄ルーギス率いる先遣軍の帰還――凱旋式だ。

都市全てが盛大な祝賀会場だった。雲霞の如く人々は集まり、新たな時代の兆しを喜んだ。

一度は打ち崩されたガーライスト王国が、今や栄光を取り戻し、東方遠征を成し遂げた。英雄は刃の下に大魔を斬り伏せ、王女は仇敵たるボルヴァート軍を有利な条件で同盟国としたのだ。

此れを成功と言わずして、何と言うのか。

王女フィロスは黒色の軍服に身を包んだまま、民衆の歓声を受け止め街道を進む。通常の王族とは違い、馬車からではなく騎乗にて民衆に応えた。

己はお飾りではないのだと、そう主張するようだった。

吐息が、彼女の唇から漏れる。

「――ようやく、一息がつけましたね王女」

フィロスの少し後ろで馬を歩かせていた聖女マティアが、よく通る声で言った。多少の声では、この歓声の中周囲には聞こえない。密偵がいるかもしれない室内よりよっぽど話しやすかった。

「ええ、本当にようやくね」

ようやく、と言ったその言葉には、強い感情が込められていた。

一都市の領主から妾腹の王女として祀り上げられ、フィロスは常に砂の玉座にいた。

何時崩れても分からない足場で、必死に貴族や周囲勢力を牽制しなければならない日々は、一息つく暇すらもない。

けれど、これでフィロスは一つの成果をあげた。実績なき小娘から、君主としての義務を果たした者になったわけだ。

「とはいえ、片付けるべき課題や面倒事は山積みです。市民達は、栄光だけでは懐いてくれません。平和と食べ物がなくては」

「……そうね。分かっているわ」

聖女マティアの忠言に、お前もその面倒事の一つだと、フィロスは言わなかった。

幾ら強かな女狐とはいえ、フィロスはマティアを今失うわけにはいかない。一瞬だけ視線を彼女の指輪にやりながら、フィロスは唇を尖らせる。

フィロスにとって目下の課題は、新体制造りだった。

ルーギスが帰った以上、フィロスは戴冠を成し遂げる。名目上も、実質的にもこの国の主となるのだ。ガーライストは新王国を迎える事になる。

戴冠式によって、新王国は旧王国と決別するのだ。

そのためにも、新たな政治体制の構築は急務。

だがここで、一つ悩むべき問題がフィロスにはあった。

――即ち、誰の手に元帥杖を渡すかだ。

凱旋式と祝賀式典の一通りを済ませた後、今度は執務室の中で文字通り山となった羊皮紙を前にしながらも、フィロスは唇を唸らせる。

新王国を名乗る以上、軍の再編は必須事項。今までのように、緊急時だからと臨時編成で済ませられるものではない。

元帥は国家における軍事の頂点に位置する。もし下手な人物を置けば、それだけで国家は揺らぐだろう。

これはもはや政治の領域だった。簡単に決めてしまって良いものではない。

「失礼を致します、王女。戴冠式の日取りの事で」

候補の一人が、立派な髭を蓄えたこの男。

貴族の頭領ビオモンドール=ガガリ。

フィロスを担ぎ上げる際の動きが最も素早く、王都奪還戦においてもいち早く突撃を開始した功労者だ。

判断を急ぎ過ぎるきらいはあるが、有能である事に間違いはない。

今も政務の片翼を担っているのは彼だった。

「ビオモンドール。貴方、私が遠征先で死んでいたらどうしてた?」

ビオモンドールは殆ど考える事もなく顎髭を動かす。

「領地に籠って、再び時流を見てから動いたでしょうな。王女がお隠れになっては、王都を治める正統な後継者がいなくなる。混乱の渦中にあっては、王都にも価値はなくなるでしょう」

新たな羊皮紙を差し出す彼は、考える素振りすら見せずすらすらと答えて見せる。

詰まり、すでにそうなった場合を考え尽くしていたという事だ。

利己主義者で現実主義者。そして言いたい事を言う男。

新王国において、ビオモンドールこそが貴族達の頭領だ。彼を元帥とすれば、貴族連中を手懐けるのは容易い。

だがそれは、貴族派閥の影響力拡大を許すのと同義だった。

もう一人の候補が、旧ガーライスト軍の雄リチャード=パーミリス。新王国のガーライスト軍も、部隊長や兵の多くは旧ガーライスト軍の者らだ。

リチャードは未だ彼らから支持が高く、彼が元帥となれば、軍人達は新たな君主に一層の忠誠を誓うはず。

だが、だからこそ最も油断ならないのがリチャードだとフィロスは見ていた。

ビオモンドールは利益を重んじるだけだが、リチャードは君主を測る。

もし仕えるに足らぬと感じれば、容易く手の平を返すだろう。彼に忠義の心があるとは、到底フィロスには信じられない。

そこまで思ってから、フィロスは自然と頬に笑みを綻ばせた。

我ながら、よくもまぁ人を信じなくなったものだ。

一都市の領主に過ぎなかった頃は、領民も、家臣をも信じようと努めた。正しき姿を示せば、皆必ず正しく仕えてくれるだろうと信じた。

結果が、此の様だ。

人を疑う事と、人を恨むことをフィロスに教えてくれた男も、元帥候補の一人だった。

――ルーギス。大魔ヴリリガントを殺害した英雄。もはや王国の象徴が一つ。

彼が元帥杖を握って喜ぶのは紋章教だ。

ガーライスト王国と紋章教の繋がりはより強固なものになり、あの女狐は更に権勢を牛耳ろうと画策する事だろう。

フィロスは片眼鏡を嵌め直し、自分に言い聞かせた。

「これは政治、政治ね。天秤みたいなもの」

これからフィロスは女王となる。貴族派閥、旧ガーライスト軍、紋章教。主要となる三つの勢力の手綱を握り、均衡を図らねばならない。

そこに、個人的な感情が混じってはいけない。冷徹で冷静で絶対の判断を下さねば。

「……ブルーダー。いるんでしょう、ブルーダー」

護衛としてルーギスから貸し出されたブルーダーを声で呼ぶ。

彼お気に入りの護衛だとの事だ。裏切る事はないだろう。

実際彼女の腕は確かだった。数度密偵らしき者がフィロスの周囲を嗅ぎまわる事があったが、全員が針に貫かれて死んだ。

恐らくはフィロス周辺の情報収集役も兼ねているのだろう。彼女は何時も声が聞こえる近辺にいた。

「――へいへい。何ですかい王女様。飯ですか」

「違うわよ馬鹿。後で何でも食べていいから聞きなさい」

ブルーダーの声は酷く機嫌が悪そうだった。ルーギスが帰還したというのに、そちらに出向けない事によほど苛立っているらしい。

とはいえ仕事は仕事で割り切る辺り、根が傭兵だ。

「例えばね。貴方の雇い主のルーギスが、元帥になれって言われたらどう感じると思う。嫌がるか、喜ぶか」

ブルーダーは天井から茶色の髪の毛を垂れ下げさせて言った。

「嫌がるでしょうぜ。俺には向いてないとか、そんな責任は負えないとかね。何時ものやつです」

フィロスは小さく顎を引いて頷く。そう、ルーギスは嫌がるだろう。必ず拒絶する。何とかして役目を放り捨てようとするのは眼に見えていた。

どうしたわけか、彼は栄光を遠ざけようとするのだ。彼を元帥に推した所で、きっと彼の意向には沿わない。

それならばと、フィロスは目を細めた。

――必ずあの男の手に元帥杖を渡してやる。

フィロスは頬を大きく歪めた。白眼を三日月のように細ませて、思う。

ルーギス。お前が、私を玉座へと連れて来たのだ。弱小貴族の小娘を、お前は自分が利用するために王女とした。

そうして遂には、お前に利用される為だけに己は戴冠する。

こんな自身に対し、ルーギスが言葉に出来ぬ罪悪感を抱えている事をフィロスは知っていた。それはフィロスが王者への道を進めば進むほど、膨らみ続けるに違いなかった。

王者の道というのは、綺麗事ばかりではない。茨を踏み続け、いずれ首を落とされる事すら覚悟して前に進まねばならない。

その道を歩めと、ルーギスは言ったのだ。フィロスは、大いに笑う。

良いでしょう。お前がそう望むのなら、血だらけになって道を歩いてあげましょう。お前に栄光を与え、お前と共に歩んであげましょう。

そうして、全て終わった後にこう言ってやるのだ。

――血みどろになって、細やかな幸福すら投げうってまでお前に利用されたお陰で、無事立派な女王になれました。ありがとう。私の人生を台無しにしてくれて。

そう言われた時、あの男はどんな顔をしてくれるのだろう。

きっと、あの男には二度と消えない傷が出来る。私の傷は、死ぬまであの男を苛むだろう。

そんな確信が、フィロスにはあった。

「アハ、アハハハ! そうね、きっと嫌がるわ。でも、義務は果たして貰わないとね」

王女フィロスは、ペンを取って署名をした。元帥杖を渡すべき相手の名前が、羊皮紙には刻まれていた。