軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九話『カリア・バードニック再び』

「えぇー……では酒場決闘ルールに従い、カリア・バードニック嬢。ルーギス両名の決闘を執り行う!」

リチャード爺さんの宣言と同時、途端に騒ぎ立てる野次馬。早くやれとばかりに酒入りの陶器をテーブルに打ち付ける者。良い肴だと追加を注文する者。はたまた、どちらが勝つかに金を賭けだす者。その様子は様々だが、誰もが無責任に面白がってることは間違いない。

というかリチャードの爺さん、あんたは一体何をやってるんだ。明らかに賭けの胴元を取り仕切ってやがる。

「おうルーギス。骨ぁ拾ってやるからよ。せめて一合くらいは持たせろよ」

この悪辣爺にはもはや何も期待する所はないということがよく分かった。いや、分かり切っていたことに間違いはないのだが。思わず、深いため息が漏れる。

腰元に返ってきた二本のナイフは、魔獣相手に手荒に扱ったからかぐらぐらと揺れ動く。打ち合いなぞすれば、それこそ根本から折れてしまいそうだ。

ちらりと、決闘相手と指名されたカリア・バードニックの様子を覗き見る。

ああなるほど。満面の笑みだ。しかもあれは喜色が含まれたものじゃない。悪だくみをしている時の笑みだ。救世の旅路でも、数度あの様子を見たことがある。

おかしい。何故、どうしてこうなった。俺は何も間違った事はしてないはずじゃあないのか。

酒場に入り、笑みを浮かべたカリア・バードニックに促されるまま席についた。他のテーブルより一段上。席料も通常より高いテーブルだ。俺は座った事もないが、騎士階級の彼女にとっては、大して高いものでもないだろう。

「えー……あの大型、どうやら無事討伐できたようで、おめでとうって言えばいいのかね」

「ああ。その報告書と、討伐の証として奴の魔核も騎士団に提出してやった。奴らは慌てふためいていたよ、バードニックの娘が功をあげたとな」

魔核。魔獣を司るモノ。魔獣そのものだという説もある。魔獣を殺した証明としては、これ以上のものはない。魔力が凝縮された物体で、未来では魔術運用にも利用されていた。

それを放り投げて来たと、カリア・バードニックは冷笑するように吐き捨てた。思う所があるのだろうが、その深さまでははかり切れない。

始まりは驚くほど平穏だった。世間話の延長のようなもの、むしろ未来の俺は此処まで彼女と平凡なやり取りをしたことがあったろうか。そう思えば、ある意味怖い平和だ。

しかしそれも、二杯目のワインが運ばれてきた所で流れが変わった。

「それで。貴様はどうしてあの場を去った?」

「どうして、って。俺なんかがあそこに残ってても邪魔でしょう。大体、あんただって毎度邪魔だ邪魔だと……」

そこで口を塞ぐ。違う。俺の事を邪魔だと言い続けていたのは彼女じゃない。未来のカリア・バードニックだ。少なくとも今目の前にいる彼女は、俺のことを邪険にしていた女ではない。同一人物であれど、だ。

カリア・バードニックは訝し気に眉をあげながら、口を開く。

「貴様、森でもそうだったが時々わけの分からないことを言い出すな。私は見ていろと言った。しかし貴様はそれに逆らった。落ちぶれたとはいえ騎士階級の私の言葉をだ」

雲行きが悪くなってきた。この女が、何を言いたいのかが、少しずつ分かり始めていた。

しかし、何故。それはよく分からない。

「……この国では、上の階級の者のいう事に逆らった場合、懲罰を受けますね。それを受けろと?」

視線を低くしながら、心情を伺うようにそう言った。

確かに、慣習に近いがそのような法は生きている。だから、カリア・バードニックが俺に懲罰を受けさせようと思えば、簡単だ。といっても、精々数日の重労働くらいだろうが。だが、言いつけを破られたことがそれほど腹がたったのか。やや疑問だ。俺の知る中でカリア・バードニックという人間は、そんな細かなことに口を挟む人間ではなかったように思う。

「勿論そうしても良い。だがそれは余りに狭量だ。それに、私はそんな事の為に此処にきたわけではない。ただ、確かめに来ただけだ」

ああそうだと、思い出したように彼女は言った。

「貴様、名前は?」

「……ルーギス。ただのルーギスですよ。泥臭い名前ですけどね」

「そうか。ではルーギス。貴様に聞きたいことは山とある。だが重要なのは一つだけだ、貴様は、何故私を助けた」

あの大型魔獣へと、飛び掛かった事を言っているのだろう。

何故。そう改めて問われると難しい。あそこで飛び出したのは、衝動的な、刹那的な感情に揺れ動かされたようなもの。しかしそれではとても彼女が納得しまい。彼女が首肯し、手早くここから出て言ってくれる理屈をつける事の方が重要だ。

なにせ先ほどから周囲の客の視線が痛い。こんな所で女、しかも騎士階級と話していたなんてことが大っぴらになると、後でどんな災難が待っているかわかったものじゃない。

だから、この時俺は、軽々とこう応えた。

「そりゃまぁ、美しいお嬢さんがいれば、手助けするのが男の性ってもんなんじゃないですかね」

一拍、無音が二人の間にあった。そして、カリア・バードニックは、その端正な顔つきから素晴らしく美しい笑みを浮かべて、言った。

「なるほど、侮辱だな」

「えっ……え?」

「マスター! 決闘の準備を! この男はたった今私を侮辱した。決闘にてその決着をつける!」

彼女のよく通る、通り過ぎる声が酒場を撫でる。

酒の入った男達はその声と、決闘という単語にまるで熱にでも浮かされたよう。即座にテーブルを引いて場所を作りながら、酒の追加を頼み始めた。

何故だ。何が侮辱だ、むしろ褒めたではないか。

「言っただろう。私は騎士階級だ。その私にか弱い婦女子に対するような言葉をかけるとはな」

頬がひくつく。上流階級の奴らはこれだから、苦手で仕方がない。

言葉の端を掬いあう様な事を日々やっている。そして、その整った顔つきに張り付く攻撃的な笑み。俺はこの顔の意味する事を知っている。このカリア・バードニックがこの表情を浮かべる時。それは、

「貴様が勝てば、此度の一件は許してやろう。だが、私が勝ったその時には」

俺に対し、理不尽な意地悪さを発揮する時だ。

「貴様は私の下働きだ。容赦なくこき使ってやろう」

今、理解した。この女、俺がどう答えても同様の流れにする気だったに、違いないと。