作品タイトル不明
48.【番外編】
トーコが本格的に、辺境で治療院を開く前の出来事。
薬師ガルドは、森の中でうずくまっていた。
「ここまで……か……」
彼がいるのは大樹の下。
薬草を摘みに森の中に入ってきた。
しかし、不幸にも地震が発生。
さらにタイミングの悪いことに、大雨の影響で地盤が緩んでいたらしい。
結果、大樹がガルドに向かって倒れてきて、その下敷きになってしまったという次第だ。
「…………」
大樹の下敷きになった彼は、しかし、抵抗する気をなくしていた。
彼は思い出す。
『もう……薬師なんて時代遅れなんだよ』
自分の息子に、先日そう言われたのだ。
彼は己の店を継がせるため、技術と知識を、息子にたたき込んでいた。
時には、強い言葉で息子を叱りつけた。
全ては、良い薬師になってほしいから。
しかし息子は、自分の全てを拒んだのである。
『聖女や聖者様がいる。治癒の魔法があるんだ。薬草なんて必要ないだろ!』
……悔しかった。
自分が積み上げてきたことを全否定されて、それを否定することができない自分が。
ガルドは常日頃思っていたのだ。
薬師なんて、この治癒の魔法がある世界に、果たして必要なのだろうか……と。
「…………」
息子から、世界からも、拒まれたガルドは、死を選んだ。
生を手放そうとした……そのときだった。
「大丈夫ですかっ?」
「おまえは……?」
見慣れぬ女だった。
貴族とも、平民とも判断しにくい。
こぎれいさはあれど、しかし着ている服はドレスではない。
貴族女が森に一人で入ってくることも考えにくい。
「通りすがりの医師です」
「イシ……?」
聞いたことのない単語だった。
「治癒師のようなものです」
「……そうか」
ガルドは目を閉じる。
「ほっといてくれ。おれはもう……生きる気がないんだ。このまま腐って死にたい……いたたたた!」
女はガルドの傷口に何かを垂れ流していた。
「一体何をするのだっ」
「消毒です」
「消毒だとぉ?」
この女はガルドの傷を消毒した。つまりは、助けようとしてるということだ。
「助けはいらんといっただろうが! 薬師なんてもう、必要ないのだ!」
「必要ですよ。薬師の薬がなければ、そうでない人たちを、たすけられない」
女はそう言って、離れていった。何かを切ったり、持っていたもので何かを組み合わせている。
その間、ガルドは女の言葉を反芻していた。
(そうでないひとたち……だと。どういうことだ……)
困惑する間、女は黒い粉を、木の近くにまく。
「シルフィ。防御を。子供の貴方の魔法では、威力不足ですから。守るだけで」
「きゅっ」
女が黒い粉の側に座り、何かをしてる。
かっかっ、と何かを打ち付ける音。
すぐに、衝撃がやってきた。
爆音とともに、自分にのしかかっていた木が、どこかへと飛んでいったのである。
「げほげほ……何してやがる……っておい!」
女は爆発を近くで受けたせいか、体中に火傷を負っていた。
「あんた……おれを助けるために、火薬を調合してたいのか!」
火薬に火を付けて、その爆風で、木をどけたのである。
女の細腕では、木を動かすことはできない。
しかし……。
「そんなことすれば、こうなることくらいわかっただろうが!? 火傷で死ぬぞ……!?」
「だい、丈夫……だって、 薬師(あなた) がいるんでしょう?」
……女は弱々しく微笑む。
彼女が指さす先には、ガルドが採ってきた、火傷に効く薬草。
ガルドの調合した薬なら、自分を助けられる。
それを見込んで、彼女は危ない橋を渡ったのだ。
……薬師である、この自分の力を見込んで。
「……これきりだ」
ガルドはすぐさま火傷に効く薬を調合する。
すぐさま、火傷に塗っていく。
現実では絶対にありえない、魔法の薬を、ガルドは恐ろしい速さで調合し、付与した。
倒れ伏す女の応急処置を終えたあと、ガルドは大きく息を吐く。
「素晴らしい腕ですね」
自らが死にかけているというのに、女は自分を褒めてきた。
「こんな素晴らしい薬……地球じゃお目にかかれません。やっぱり……薬って凄いです。治癒師がいなくても、人を救うことができる」
……はたと、ガルドは気づく。
確かに治癒の魔法は存在する。
だからといって、薬師は、薬は……必要なくなったわけではない。
この世界の全員が治癒の魔法を使えるわけではない。
そうなったとき、一体誰が彼らを救うというのだ。
「……ありがとう、あんたのおかげで、助かったよ」
「? それはこちらのセリフなのですが……」
おそらく女は、こちらの事情なんてまったく知らない。
でも、いや、だからこそ、その言葉がガルドに届いたのだ。
「ガルドだ。薬師をしてる。あんたは?」
「トーコ。医者です」