作品タイトル不明
27.夏至祭(1)
夏至祭当日がやってきた。
今日は、太陽が昇っている時間が一年で一番長くなる日だ。
総務部の平の事務員は、今日は完全にオフだった。
事務方は前日までの事前準備が主な仕事で、当日のパレードやトーナメントの運営や一般客の応対はすべて騎士の役割、と分担されている。
だから私とライラはモード先輩のお言葉に甘え、朝から女子寮の先輩の部屋へお邪魔して、お化粧をしてもらい、髪も結ってもらっていた。
壁にはレナード様や王都の俳優のポスターがたくさん貼ってあり、出窓にはもこもこのぬいぐるみたちが、飾り棚の上にはずらりと香水や化粧品のびんが並ぶ、甘い香りのする部屋。
他にも二人の先輩たちが来ているので、そんなに広くはない部屋はぎゅうぎゅうだ。
先輩は、彼女のお下がりのグリーンのドレスを着てドレッサーの前に座った私の髪を、器用に編みこんでくれている。
最後に、私が持参した花の形の髪飾りを、ぱちんとつけてくれた。
少し離れてじっくりと私を見回すと、先輩は大きく頷いた。
「思った通り、このドレスはあなたにぴったりね。グリーンの布地に、薄茶色の髪と金色の瞳が映えてるわ。この髪飾りも似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
アクセサリーどころか、私の全身がレイさんの瞳の色の緑のドレスで包まれていて、かなり恥ずかしい。
レイさんがこのドレスを見たら、なんて思うかしら?
でも、先輩にきれいに髪を編んでもらえ、こうして褒めてもらえるのはうれしかった。
背後では別の先輩たちが二人がかりでにぎやかにおしゃべりしながら、ライラの赤い髪を整えている。
今日は、女子寮のあちこちの部屋でこんな光景が繰り広げられているのだろう。
辺境の女子だけの貴族学院で勉強漬けの青春を過ごした私にとって、おめかしして夏至祭に行くというのは初めての経験だった。
それに、夜になったらレイさんに会い、二人で花火を見るのだ。
そのことを想像するだけで、心臓が騒ぎだして落ち着かなくなった。
モード先輩が眉をひそめた。
「やだ、あたしチークをつけすぎちゃったかしら? エルウッドさんの頬が真っ赤になっちゃった」
「いえ、違うんです、大丈夫です!」
あわてて先輩に笑顔を向ける。
「ありがとうございます、モード先輩。ドレスをくださっただけでなく、髪まで結っていただいて」
改めてお礼を言うと、先にドレスに着替え黒髪も美しく結い上げている彼女が、にっこり笑った。
「いいのよ。あたしもここに入ったばかりのときは先輩に色々教えてもらったもの。エルウッドさんとシンクレアさんが、次に入ってくる後輩に同じようにしてあげればそれでいいわ」
鏡ごしのライラと視線が合う。
笑みを交わして、一緒に「はい」と返事をした。
父が亡くなり、叔父に屋敷を追い出されて、私は一人ぼっちで騎士団に入った。
しばらくは職場でも一人だったけれど、今は優しい先輩と、大好きな友達がいる。
好きな人もできて、夜には一緒に花火を見られる。
窓の外は快晴で、森には夏の爽やかな風が吹き渡っていた。
今日は夏至祭にうってつけの日だ。
叔父とセリーナ姉様の横領現場を押さえる「ねずみとり作戦」が成功するかどうかだけが心配だったけれど──
大丈夫、しっかりと準備をしたもの。
きっとうまくいくわ。
自分に言い聞かせるように胸の中で呟くと、本当に何もかもうまくいく気がしてきた。
全員の身支度が終わった。
ライラは、私が肩からかけているぱんぱんに膨らんだショルダーバッグを見ると、呆れた顔をした。
これはモード先輩が貸してくれたドレス用の華奢なバッグなのだけれど、絶対にこんなに物を入れることを想定して作られていないだろう。
中に入っているのは今日のために入念に用意した持ち物ばかりで、どうがんばってもこれ以上は減らせなかったのだ。
「アシュリー、仕事に行くんじゃないんだから……そんなに何が入ってるの?」
「えっと、ペンとか、色々……ほら、せっかくの夏至祭だし、お客さんもたくさん来るから、気がついた改善点はすぐにメモしたいじゃない?」
「真面目ねえ。せっかくの夏至祭なんだから、仕事なんて忘れて楽しみなさいよ」
「あはは……」
私は笑ってごまかした。
叔父の件があるから半分は仕事のようなものだけど、ライラにはこの「ねずみとり作戦」は秘密にしている。
ハリーさんと横領の件を調べてくれた彼女に隠し事をするのは気が引けたが、なにしろ闇魔法を使う魔導士が関わっているのだ。
大事な友達を危険にさらすわけにはいかない。
「さて、そろそろ行きましょうか」
モード先輩が言うと、みんなが立ち上がった。
ドレスを着てお化粧をしてきれいに髪を結いあげて、どの瞳もキラキラと輝いている。
これからはじまる夏至祭への期待と不安に、私は胸を高鳴らせた。
寮を出て、私たちは夏至祭のメイン会場である本部棟前の広場へ向かった。
いつもはひっそりとした森の中の 舗装道路(ペーブメント) に、今日は一般のお客さんがたくさん歩いている。
道沿いの木々にもカラフルなガーランドや夏の花のブーケが飾られ、お祭り気分を盛り上げていた。
飾ったのはもちろん総務部だ。
昨日は総務部総出で、広い騎士団内のすみずみまで飾りつけをした。
とても大変だったけれど、こうして楽しそうに道を歩くお客さんたちを見ると、がんばってよかったなとしみじみ思う。
歩きながら、私は心の中で今日の「ねずみとり作戦」を復習した。
本部棟の東にある聖堂では、ヒーラーたちによる「治癒の会」が終日開かれている。
無料で救護部隊のヒーラーの回復魔法をかけてもらえるという、主に高齢者に大人気の催しだ。
建前は無料だが寄付金は募っていて、毎年かなりの額の寄付金が集まるらしい。
ルシアン王子が目をつけたのはその寄付金だ。
午前中に集まった寄付金を、経理部長も把握する形で、わざと聖堂の一室に手薄な状態で保管する。
番人は、聖堂の管理をする九十歳の老人ひとりだけ。
もしも叔父かセリーナ姉様が魔導士を連れてその部屋に現れたら、潜んでいた近衛騎士たちが一斉に現場を押さえるという作戦だ。
私の役目は、会場でセリーナ姉様や魔導士の姿を見かけたら、すぐにルシアン王子に連絡するというもの。
そのためにあらかじめ渡されていたのが、さっきモード先輩につけてもらった、髪飾り型の魔法アイテムだった。
花の形をした髪飾りの中心に嵌めこまれた魔石を押しながら話せば、たとえば騎士団の端と端ほど距離があっても、ルシアン王子に声が届くそうだ。
一方通行で、王子の声を受信することはできないけれど。
頭の横に着けた髪飾りにそっと触れながら、私は作戦の成功を祈った。
本部棟前の広場は、すでに人でいっぱいだった。
広場に左右対称に設置されている噴水にも、本部棟や屋内訓練場の扉にも、夏の花がこぼれそうなほど飾られている。
食べ物や飲み物、輪投げや射的などの出店も所狭しと並んでいて、早くも行列のできている出店もあった。
色々な食べ物のいい匂いが漂ってきて、食欲を刺激される。
本部棟の食堂の料理長も 出店(しゅってん) していて、夏至祭限定のスペシャルメニューが食べられるらしいので、あとで必ず立ち寄ろうと思う。
そして、広場の中央には、本部棟の鐘楼にまで届きそうなほど背の高い 柱(ポール) がそびえ立っていた。
美しいリボンと花々と葉で飾られ、堂々たる存在感を見せつけている。
このポールを囲んで、午前は子どもたちが、午後は大人たちがダンスをする。
激しいダンスを最後まで踊り切れた人には花冠と賞金が贈呈されるという耐久レースのようなもので、毎年たくさんの人たちが我こそはと参加し、疲れ果てて足が動かなくなるまでダンスに興じるのだ。
騎馬隊によるパレードも予定されていた。
楽隊と共に、各師団の精鋭騎士が馬に乗り騎士団内をゆっくりと一周する。
お目当ての騎士を間近で見られるまたとないチャンスであり、女性たちに人気のイベントだ。
贔屓の騎士には花を投げるという慣習があるから、今日が終わるまでには、ペーブメントは花だらけになっているだろう。
「緑陰の騎士」レナード様がパレードに登場するのは一番最後で、その時間帯には混乱が起きないよう、騎士見習いによる交通整理と誘導が行われるらしい。
けれど、一番の目玉はやはり屋外訓練場で開催される、騎士たちによるトーナメントだった。
馬上槍試合の部と剣術試合の部があり、レナード様は剣術試合に出場する。
去年の夏至祭で彼が優勝し、華々しくデビューを飾った試合だ。
あの試合は今でもまぶたに焼きついている。
レナード様の剣技は本当に美しかった。
長身だが細身の彼が、鮮やかな剣術で体格のいい屈強な騎士たちを倒していくさまに、胸が震えた。
非力な私でも、やりようによっては強敵に挑むこともできるのだと、そう教えられ、勇気づけられた気がして。
あの日以来、レナード様は私の憧れだ。
トーナメントの会場の席は、すでにあらかた埋まってしまっているようだった。
まだ試合開始の何時間も前なのに、熱心なファンはいい席を取ってそこで待つようだ。
もしかしたら今日は、遠くから豆粒のようなレナード様しか見られないかもしれない。
それでも、レナード様の雄姿を再び目にすることができると思うだけで心が浮き立った。
ライラと私は、本部棟前の広場でハリーさんと合流した。
「やあ、ライラ、エルウッドさん。今日はよろしく」
ハリーさんはそう言って爽やかに笑った。
金髪に短いあご髭に青い瞳のハンサムな人だ。
今日はもちろん経理部の制服ではなく私服で、ハイネックの白シャツに黒のベストとトラウザーズを合わせ、胸にはライラの瞳の色のブラウンのポケットチーフというお洒落な出で立ちだ。
そしてライラも、ゴールドのドレスに青の髪飾りという、パートナーを意識したコーディネートをしている。
華やかな色のドレスは、赤い髪にはっきりとした顔立ちのライラによく似合っていた。
私は完全にお邪魔虫なのだが、ライラが今日はぜひ一緒に回ろう、ハリーさんもそのつもりだ、と言ってくれたので、ご一緒させてもらうことになった。
さすがに夜まで邪魔はできないので、どこか適当な所で別れるつもりだ。
私たちは手近な出店を見て回り、輪投げをしたり、デニッシュをかじりながら子どもたちのダンスを眺めたり、手品を見たり、楽隊の演奏を聴いたりした。
けれどもあまりにも人が多く、休憩用のベンチもすべて埋まっていたので、本日は関係者以外立ち入り禁止の本部棟に入って少し休憩することにした。
「はぁ……楽しいけど、人が多すぎるわよね。みんなそんなに『緑陰の騎士』が見たいのかしら」
ライラはロビーの椅子にぐったりと座って言った。
椅子はたくさん並べられているのだが、みんな考えることは同じのようで、人ごみに疲れた騎士や職員たちであらかた埋まっていた。
ライラの後方の椅子にも、休憩中の騎士たちが背中を見せて座っている。
ハリーさんは飲み物を買ってくると申し出てくれて、ふたたび建物の外へ出ていた。
私はライラの隣の椅子に腰を下ろした。
「もちろんみんな見たいでしょうね。レナード様はかっこいいもの」
「あら、そんなことを言っていいの? あのランチの彼……レイさんが妬いちゃうわよ?」
そのとき、背後の騎士が身じろぎをしたような音がした。
私も動揺しながら答えた。
「や、妬いたりしないわ……レイさんは私のことなんて、なんとも思ってないもの」