軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1.騎士団で働かせていただきます

王都で騎士団長をしていた父が殉職した。

私がその知らせを聞いたのは、卒業式の前日だった。

辺境の貴族学院に入れられていたために、葬儀には間に合わなかった。

何日も馬車を乗り継ぎ、ようやく生まれ育った王都の屋敷へ帰ったときには、すべてが終わっていた。

「アシュリーか。今さら帰ってきてももう遅い。兄上の葬儀も埋葬も済んでいるし、この屋敷は私たち家族のものだ。お前の部屋はない」

くすんだ金髪、右目に黒の眼帯、鷲鼻に、痩せぎすの針金のような体の、私の叔父バイロン・エルウッド。

幼い頃以来会っていなかった彼は、姪の私に冷たくそう言った。

過去の任務で負傷して右目を失ったという話は父から話には聞いていたけれど、昔の気難しそうだけど優しかった叔父の面影はもうどこにもないことにショックを受けた。

生まれ育った屋敷の玄関ホールに立ち、私は旅装のままで叔父に尋ねた。

「ど、どういうことでしょうか? この屋敷は、父が私に遺してくれたはずでは……」

言いながら自信がなくなってゆく。

私の父アレン・エルウッドは、ここルゼリア王国の王都の森にある騎士団本部で長年騎士団長をつとめた立派な人物だった。

けれど私は父とはまったく違う、できそこないの娘。

長く伸ばして三つ編みにしている薄茶色の髪も、ありふれた金色の瞳も、平均的な身長だがどう鍛えても筋肉のつかない非力な体も、私を産んですぐに亡くなった母にそっくりらしい。

まるで獅子のように雄々しく、〈金獅子〉と呼ばれ讃えられた騎士団長の父とは、まったく似ていないのだ。

さらに持久力も瞬発力もないので、絶望的に騎士には向いていない。

かといって魔力もなく、この国で開発が盛んな魔法アイテムの開発者という道も選べない。

貴族学院の成績は可もなく不可もなくといった程度で、特に頭がいいわけでもない。

本当に呆れるくらい、何もとりえがなかった。

こんな私に父が遺してくれたものなど、もしかしたら、一つもないのかもしれない――

その悪い予感は的中した。

叔父が断言した。

「兄上は、この屋敷と財産のすべてを私に譲渡すると遺言状にはっきり書き残していた。娘のお前には、 金(・) 貨(・) 十(・) 枚(・) を遺すそうだ」

叔父は飾り棚の上に置かれていた布袋を無造作につかむと、ぽいっと私に投げわたした。

あわててそれを受けとる。

十枚の金貨――貴族の娘が侍女として王宮に出仕したときの初任給程度の金額だ。

この先一人で生きていかなければならないとしたら、すぐになくなってしまうだろう。

いや、これだけでも私のために遺してくれたのだから、感謝するべきかもしれない。

「あらアシュリー、ようやく帰ってきたの?」

「セリーナ姉様」

大階段から、銀色の髪と青い瞳の女性が下りてきた。

一つ上の私の従姉、セリーナ姉様だ。

彼女とも子どもの頃以来会っていなかったが、美しく成長していた。

騎士団本部で 回復職(ヒーラー) をしていると噂で聞いていたけれど、私服もヒーラーらしく、マーメイドラインの清潔感あふれるドレスだ。

でも……一見慈悲深そうな彼女が、子どもの頃から何度も私を陰でいじめていたことは、忘れたくても忘れられない思い出だった。

セリーナ姉様は大階段の上から、私を見下ろした。

憐れむようなまなざしだが、口元は笑っている。

「かわいそうなアシュリー。せっかく僻地の学院を出ても行くところがなくなってしまったのね。その上、婚約者まで失って」

「え……? ロバート様に何かあったのですか?」

驚いて尋ねる。

二つ年上のロバート様は、遠い親戚で子爵家の三男で、ものごころついたときからの私の婚約者だ。

飛び抜けて美男子というわけではないけれど、穏やかで優しい性格。

たまに会うと一緒にお茶を飲み、他愛のない話をした。

相手の子爵家からぜひにと持ちかけられたこの縁談に、父様も否やはなかったようで、私もそういうものだと思って過ごしてきた。

セリーナ姉様は、美しい顔を意地悪く歪めて笑った。

「先方から、ロバート様とあなたの婚約を解消したいという申し出があったのよ。アレン伯父様という後ろ盾を喪ったあなたと結婚しても仕方がないと思ったのでしょうね」

「……そんな……」

このお屋敷も父様の財産もすべて叔父の手に渡り、その上、長年の婚約者にまで見捨てられてしまったなんて──

私は、本当に一人ぼっちになってしまった。

セリーナ姉様は青ざめる私を面白そうに眺めていたが、ぱん、と手を打った。

「そうだわ! あなたも騎士団で働いたらどう?」

「……騎士団で?」

「おお、セリーナ、お前はなんと優しい子なんだ。だが、アシュリーは優秀なヒーラーのお前とは違うんだぞ? 無能な者が騎士団に入ったら私が迷惑するんだ」

叔父は眼帯をしていない左目をしかめ、私を見た。

わがエルウッド家は七代前から続く騎士一家だ。祖父も曽祖父も、そのご先祖様もみんな騎士。

私の父は、その中でも騎士のトップである本部の騎士団長にまで昇りつめた。

叔父も騎士だったが、若い頃の怪我が原因で、今は本部の経理部長として働いている。

「あら、なにもお父様のいらっしゃる経理部に入れてあげてなんて言ってないわ。アシュリーはもう十八で成人の年齢だもの、入りたければ自分で入ったら? とりえのないあなたにもできそうな仕事……そうね、総務部にでも入ったら?」

「はっはっはっ。それはいいな! 総務部には気の利かない連中しかいないが、アシュリーにはピッタリかもしれないな」

騎士団で働く?

私は、はたと動きを止めた。

……それ、すごくいいアイデアだわ!

従姉に蔑まれ、叔父に笑われながら。

私ははっきりと言った。

「はい、そうさせていただきます」

「なんだと?」

叔父がぎょろりと私をにらむ。

びくっと身を縮めながらも、再度宣言した。

「私は騎士団で働かせていただきます! それでは失礼します」

呆気にとられる二人に背を向け、もう私の帰る場所ではなくなった屋敷を後にした。

小さな頃から、私にはひそかな夢があった。

それは「騎士団に入る」という夢。

人々を守る騎士にずっと憧れていたが、非力な私には、到底なれないと諦めていた。

けれど、事務職員も立派な騎士団の一員だ。

幸い貴族学院は私の事情を考慮して、一足先に卒業証書と成績証明書を渡してくれた。

就職するのに何も問題はない。

屋敷も財産もなく、長年の婚約も解消され、私はすべてを失った。

けれど考え方を変えれば、私はこれから自由に好きな道を選べるということだ。

私は屋敷を出た足で、王都の中心部の馬車通りから乗り合い馬車に乗り、騎士団本部を目指した。