軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十四話:暗殺者の妹

新たな店とその目玉商品について思索しながら自宅に帰る。

ムルテウでは中流の家族が使う借家を使っている。郊外であるため、値段の割に広く庭があった。

三人で住み、訓練もするために広く庭付きというのは外せない。

扉を開けると二人分の足音が聞こえた。

「お帰りなさい、イルグ様」

「戻ってきたのね、イルグ兄さん」

一人は、トウアハーデ領から一緒にやってきた使用人のタルト。もう一人は俺と同い年ぐらいに見える理知的な少女、マーハだ。

すらりとしており、艶やかな青髪が特徴的だ。

ムルテウではこの三人で生活を送っている。

自宅に戻ったからと言って、ルーグの名で呼ばれることはなく、イルグの変装を解くことも口調を戻すこともない。

仕事がら来客が多く、油断すればどこでボロが出るかわからない。

「遅くなって悪かったね。父上から新しい仕事を任されることになったんだ。……店を一つ任せられる。既存店を増やす方向じゃなくて、今までの店とはまったく別のことをする。何をするかは自由にしていいから、大変で、だからこそ胸が躍るよ」

「さすがはイルグ様ですね。まだ、こっちに来て半年なのにそんな大きなお仕事を任せられるなんて」

「兄の活躍は私としても鼻が高いわ。明日、お店で自慢するわね」

「いや、本格的に始動するまでは黙っていてくれないか。まだ秘密の案件になるからね」

俺の言葉に二人が頷く。

マーハは兄と呼んでいるが、父に隠し子がいたわけじゃない。

この地で俺が救った子だ。

……前々から暗殺を行う際にチームがいると考えており、彼女はその候補だ。

暗殺チームには最低条件として魔力を持っていることがあげられる。

通常、魔力持ち同士でしか魔力を持つ子は産まれないが、万人に一人ぐらいの割合で突然変異的に生まれる。

ムルテウはトウアハーデよりも何倍も人口が多く魔力持ちが見つかる公算は高かった。

その目論見があたり、マーハを見つけることができた。

彼女のいた孤児院は、街からの補助金目当てで運営しており、死にはしない程度の劣悪な環境で育て、ときには虐待までしていた。

マーハを引き取るのは簡単だった。

マーハ自身がそんな地獄から抜け出したいと思っていたし、孤児院の責任者が金目当てだったのでマーハが成人するまでに街から支給される補助金の二倍を出せば、あっさりと話がまとまった。

俺は十二歳と孤児を引き取るには若すぎるが、バロール商会で働いていること、そしてバロールが俺の身柄を保証することで資格を満たし、こうして三人で暮らし始めている。

「上着を預かります。イルグ様」

「任せるよ」

タルトがかいがいしく世話をしてくれる。

こちらに来てから、タルトには本当に助けられている。タルトがいるから、やるべきことに専念できる。……そして、口には出さないが精神的にも助けられていた。

ルーグになってから心が育ち、前世ではなかった感情が芽生えている。

それは弱さも生んだ。寂しい、心細い、不安。そんなことを考えてしまうことがある。でも、タルトがいてくれれば、そんな感情が吹き飛ぶ。

家族がいるというのはいいものだ。

「イルグ兄さん、今日はタルトと一緒に夕食を作ったの」

「それは楽しみだね。マーハの料理は美味しいから」

「ええ、楽しみにしていていいわよ。自信作だから」

マーハを引き取ったのが四か月前。

彼女は虐待を受け続けていたので衰弱していた上、人間不信になっていた……だからこそやりやすかった。

結局のところ、そういう人間ほど信じられる誰かを探しているものなのだ。

暗殺者として学んだ洗脳術を駆使して、彼女の心に潜り込んで俺に対する親愛と忠誠心を植え付けている。

おかげで、こうして兄と慕うまでになった。

「店ではうまくやれているかな?」

「もちろんよ。イルグ兄さんの顔に泥は塗れないわ」

衰弱から回復し、精神が安泰した後はしばらく教育を実施し、昼は俺のコネでバロール商会で働くようになった。

マーハは商家の娘で両親が夜盗に殺されるまでは高度な教育を受けていたし、頭がいい。

残念ながら、戦闘センスが欠けており、実行部隊としての適性は低い。

だが、情報収集、物資調達、後方からの支援を任せられるようになるだろうし、自分の身を自分で守れるぐらいには鍛えてやれる。

「マーハなら、商人としての右腕にもなってくれそうだね」

「そうなって見せるわ。イルグ兄さんが望むなら」

そして、バロール商会で働かせているのは布石の一つでもある。

俺がこの街を出たあと、マーハにはムルテウに残ってもらうつもりだ。

この地で作り上げる情報網をイルグ・バロールの仕事ごと引き継ぐ、そして彼女には必要な情報や物資を集めて送ってもらう。

そのためにはバロール商会で働いてもらうのが一番いい。

基礎を学べば、俺の秘書として引き抜く。今から立ち上げるブランドも将来的には彼女に任せることになるだろう。

焦らず、じっくりと育てていこう。

マーハが鼻歌を奏でながら、スープと肉料理とパンを持ってきてくれる。

三人で食事を開始すると、マーハがじっと俺の顔を見ていた。

早く感想が聞きたいのだろう。スープを口に運ぶ。

「マーハ、ベーコンステーキも、スープも美味しいよ。ベーコンを焼いたときの脂をスープに使ったのかな?」

「よくわかったわね。とてもいいベーコンだから脂まで美味しく食べたくて」

「私はイルグ様からマーハの世話を任せられているのに、逆に教わることも多くて自信がなくなりそうです。でも、負けません。特に、料理は! ささ、私が焼いたパンプキンパイも食べてください!」

対抗意識を燃やしているタルトを見て、俺とマーハは笑う。

タルトに同年代の友達ができて良かったと思う。

タルトの場合、反射神経と動体視力に優れ、体の使い方がうまく実働部隊に向いている。逆に難しいことを考えるのは苦手だし視野がせまいので後方での支援には向かない。

後方部隊に向いているマーハとは綺麗に役割が分かれていて面白い。

暗殺を行うときには、俺とタルトが実行し、マーハが支援する形になるだろう。

雑談を交えながら、楽しく食事が進んでいく。

「それで、イルグ兄さんはどんなお店を作るつもりなの?」

答えはあるが、改めて頭の中を整理する。

必要な条件が二つある。

一つ、儲かること。これは絶対条件だ。この事業は失敗できない。

二つ、貴族相手に需要がある商材であること。本業である暗殺に利用するなら、そちらのほうがやりやすい。

その条件を満たすのはあれしかない。

「女性に喜ばれる店を作ろうと思う。化粧品をメインにして、保存が効く甘いお菓子も置きたい。とはいえ、初めから手広くやると売りがぼやけるから、最初は化粧品に特化させるよ」

購買意欲が強いのは男性より女性だ。

貴族だと、さらにその傾向が強くなる。

貴族の令嬢や婦人は美と甘いものに貪欲で、化粧品や美味しいお菓子は食いつきがいいだろう。

……加えて、彼女たちは特別扱いが大好きだ。もし、この国でも有数の化粧ブランド代表が、貴方のためだけに作った特別な化粧品やお菓子を用意し、自ら訪れるなんて聞けば、リスクなんて考えずに喜んで屋敷に招いてもらえるだろう。

さすがにその場でターゲットを殺せば怪しまれるが、どんな堅牢な屋敷や城であろうと、俺なら、一度中に入り、その内部構造や結界の配置、警備体制を見ることさえできれば、いつでも忍び込めるようになる。

「あっ、化粧品も甘い物も素敵です!」

「いいと思うわ。最近、景気がいいし化粧品の需要は多いと思うの。でも、化粧品のお店だってムルテウには多いわ。なにか、圧倒的な強みのある商品が必要よ? ……綺麗になるためのものだし冒険はできないもの。よほど特別な理由がない限り、有名なブランドのものを買ってしまうわ」

女の子の二人には受けがいいようだ。

タルトとマーハには試作品が出来たら使ってもらおう。

それにしても、マーハは鋭い。化粧ブランドほど新規参入が難しいものはない。品質より、ブランドが重要な商品なのだ。

「そっちも考えてあるよ。実は、この話がなくてもいつか売り込もうと思っていたアイディアがあるんだ。……それは圧倒的な魅力を持つ」

「まだ、秘密というわけね。楽しみにしておくわ」

「教えて良くなったら、私にも使わせてください!」

にぎやかな夕食は悪くない。

トウアハーデにいたころを思い出す。暗殺稼業なんてやっているのに、トウアハーデの家族は温かかった。そして、この食卓も同じぐらい温かい。

……今でこそ、こうしてにぎやかで楽しく食事ができるが最初の頃のマーハはふさぎ込むし、怯えるしで大変だった。

あの日々を乗り越えたから今がある。

食事が終わるころ、ノックの音が響いたので、入ってくるように言う。

「夜分遅くにすみません。今日も来てしまいました」

そう言って現れたのは、バロールの息子ベルイド。

イルグの腹違いの兄で三つ年上だ。

彼は不治の病である癌を患っていたが、その治療は終わっている。

もう、ここに来る必然性はない。それでもほぼ毎日決まった時間に訪れる。

その手には菓子折りがあり、後ろには護衛の大男がいた。

タルトとマーハ、二人とも女の子らしくお菓子は好きなので土産自体は嬉しいが、彼の来訪は複雑な気持ちになる。

「ベルイド様、ちょうどいい時間ですね、今から授業をするところでした」

この兄の目的は、タルトとマーハのために行っている授業に同席すること。

暗殺というのは幅広い知識と技術を必要とする。

薬学、科学、物理学、心理学。経済学に法律。

これらは必須であり、少しずつ二人に教えていた。

彼がこの家に通って治療を受けているころに、授業を見てひどく興味を持ったのだ。

「今日は何を教えてくださるのですか?」

「昨日の物理学の続きです」

「それは楽しみです。物理学は特に好きですよ。身近にある当たり前だと思っていた現象、その理由が理解できる」

「それが物理学の醍醐味です」

「ああ、そう言えば、おめでとうございます。新店舗を任せられると聞きました。あれはバロール商会では、最も実力がある若手に任せられる仕事です。成功させれば、将来的に幹部となることは確実ですね。助けが必要なら声をかけてください。全力でサポートします」

不思議な人だと思う。

トウアハーデの秘密を知っているのはバロールだけであり、ベルイドは俺のことを妾の子だと思っている。

ふつう、出来のいい弟が現れて、父に重宝されれば嫉妬をしたり、後継者の座を奪われると焦り、反発するものだが妙に懐いてくる。

相手が相手だけに邪険にはできない。

まあ、タルトとマーハのついでで手間がかかるわけでもない。さすがに授業のあとの訓練までは見せられないが、授業を聞かせる程度なら構わない。

それに俺は彼が嫌いじゃないし……利用価値がある。

彼は優秀な商人であり、未来のバロール商会の主だ。コストを払ってでも仲良くなっておく価値がある。

「では、今日の授業を始めよう」

三人に手作りのテキストを配る。

こうして、誰かを育てるというのはなかなか楽しいものだ。

生徒はみんな熱心で教える側としても気合が入る。

授業をしながら新店舗で扱う化粧品、その目玉商品について考察を続ける。

あれが作れれば、この世界の化粧の在り方が変わる。

この世界にはなく、俺の世界ではそれをするのが当たり前だったもの。

そう、やり方さえ間違わなければ、この世界でもすべての女性が化粧をするときに、それを使うことが当たり前になる。

そうなれば、生み出す利益は天文学的なものになり、イルグ・バロールの名を知らぬものはいなくなる。それほどのものを作ろうとしていたのだ。