軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十二話:暗殺者は出発する

父から話を聞いて、その三日後に出発が決まった。

二年間をムルテウ領でバロール商会の息子として過ごせば、一人前と認められトウアハーデの仕事を任せられるようになる。

医術と暗殺術、その両方が一人前になって初めて、外での試練を行うという決まりであり、十二で外にでるのは歴代最年少、十五で試練を受けた歴代最強のトウアハーデである父よりもさらに三年早い。

そして、最後の試練に出発する前に親族だけを集めて、祝うのが通例らしく、今日は宴が開催されていた。

ここでいう親族というのは、俺の家族、そして分家たちのこと。

分家筋とは月一程度しか会わないが顔と名前は全員覚えている。

なにせ、貴重な戦力。

分家は本家ほど濃い血を引いていないが魔力持ちだ。戦争になり、国から招集を受ければ彼らを率いて戦うことになる。

加えて、暗殺家業は万が一にも失敗し、犯行が露見しないように鍛え抜かれた本家の者しか行わないが、医術は分家も引き受けてくれている。

できるだけ、仲良くしたい相手だ。……だというのに、さきほどから強く睨まれている。

あれは、四つ上の従兄。ロナハだ。

母と俺、タルトが作った料理には目もくれず、ロナハはひたすら酒をあおっていた。

そんなロナハが突如立ち上がり、酒を呑み干すとグラスを投げつけてくる。

その険悪な視線から警戒していたので、グラスを割らないように柔らかく受け止めて、机に置く。

その行動が余計に気に障ったのか、こめかみの血管がぴくぴくしていた。

「認めねえ! 次の当主がそんなガキなんて、俺は認めねえぞ!」

前々から、そういうことを考えているとわかっていた。

態度に出ていたからだ。

たまにある分家との合同訓練でも、良くない絡み方をしてきた。

こうした祝いの席となり、いよいよもって不満が爆発したのだろう。……俺の後ろに控えているタルトがわずかな殺意を放ったので、ハンドサインで諫める。

ロナハの父が怒鳴り声をあげようとするが、父はそれを不要と言い、口を開いた。

「ふむ。ロナハはルーグの何が不満なのだね?」

「ルフの次は俺が当主になるはずだった! それが、こんな弱そうなガキだなんておかしいだろう! 俺のほうが強い! 俺こそが次の当主になるべきだ」

ルフというのは、俺が生まれたときには故人となっていた兄、あるいは姉だ。父と母は不自然なほどにルフの話題を出さないし、記録もなく性別も年齢も俺は知らない。

おそらく、ロナハはルフが死んだことで当主の座が転がりこんでくると思っていたからこそ、俺のことが疎ましくて仕方ないのだろう。

……あまりいい気分じゃないな。

父が言葉を続ける。

「それが君の言い分か。悪いが、君はトウアハーデには向いていない。根本的なところでずれている。君の言い分ではもっとも強いものがトウアハーデの当主だと主張しているように聞こえるが、トウアハーデは暗殺者。そもそも戦闘に陥る時点で三流だ。我々が戦闘技術を磨くのは、万が一のための保険に過ぎんよ」

父の言うことは正しい。

戦闘になっている時点で、対象に殺意を持っていることがばれており、暗殺はほぼ失敗している。

強さも重要な要素ではある。

強ければ、ことが露見しても強引に結果を出すことができるし、包囲網を突き抜けて生き残ることができ、やり直しが効く。

だが、強さが一番重要と言うのであれば暗殺者には向かない。理想はあくまで誰にも気取られることなく近づき、相手に認識されることなく殺すこと。

「うるせえ、正々堂々、正面からぶっ殺せばいいだろ!」

頭が痛くなってきた。

そもそも、トウアハーデの仕事というのは王族の依頼のもと、表だって処分できない害悪を秘密裡に排除すること。

万が一、トウアハーデによる暗殺が発覚した場合、王家は容赦なくトウアハーデを切り捨てるだろう。

王家からの依頼だということを絶対に認めず、トウアハーデの凶行として処罰される。

絶対に表ざたにしてはいけない。

そこからわかっていないなんて。

ロナハの父が頭を抱えている。……まあ、気持ちはわかる。

「ロナハ、言いたいことは山ほどあるがね。仮に、君よりルーグが強ければ、次期当主として認めてくれるのか?」

「もちろんだ。だがっ、俺のほうが強けりゃ、次期当主の座、譲ってもらうぜ!」

目をぎらぎらと輝かせ、口の端を吊り上げる。

十二の子供相手になんて大人げない。

「いいだろう。では、やりたまえ。今すぐ」

「へっ? ……あっ、あが」

ロナハが間抜けな声をあげた。

なぜなら、俺が魔力を纏わせたナイフを奴の喉元に押し当てていたからだ。

皮が一枚切れて血が流れる。……殺そうと思えば、殺せていた。そう、戦闘にすらならず、ロナハは死ぬ瞬間まで何が起こったかが理解することもなく死んでいる。これが暗殺だ。

「どうやら、ルーグは君よりも強いらしい。これで満足してくれたかな?」

「うっ、うっ、あっ、あれ」

あっけない。

俺は会話の流れからこうなると予測し、ロナハの注意が父に向けられていたのを利用し、気配を消して奴の死角に潜んでいた。

後は父が開戦の合図をすると同時に音もなく近づけばいいだけ。

「きっ、きたねえぞ」

「それが暗殺者なのだ。我々は騎士とは違う。さきほども言ったが、ロナハはトウアハーデを勘違いしているようだ……ルーグ、ナイフをしまいなさい」

言われた通りナイフを鞘に納める。

すると、ロナハの筋肉が膨れ上がった。

「俺は、参ったとは言ってねええええええええ!」

そうして、鬼のような形相で殴りかかってくる。

……まったく、どうしてこれでトウアハーデを継げるなんて思ったのか。

その腕を躱し、腕を添えて、腰に乗せて背負い投げ、背中から落とし、奴が硬直したところを関節技で固める。

奴は暴れようとするが、完全に固めており抜け出せない。それでも無駄な抵抗をするので折る。ごきりと鈍い音がなり、彼は抵抗を止める。

「がああああああああああああああああ」

騒がなくてもいいのに。すぐにつながるよう綺麗に折った。魔力持ちの彼ならトウアハーデの治療を受ければ三日もあればくっつく。

「そうしてみてわかっただろう。普通に戦ってもルーグのほうが強い。……さきほど強さは一番重要ではないと言ったが、必要ではある。戦闘になった時点で三流ではあるが、もしものときの備えがあるから大胆な手が使えるのだよ」

戦闘にはならないようにする。

だが、絶対に戦闘をしてはいけないという条件では使える手がひどく狭まる。

だからこそ、父は俺を鍛えた。……まあ、俺の場合は勇者以外を真っ向からねじ伏せるぐらいの力がなければ、勇者を暗殺なんてできないという事情もあるが。

ロナハを見る、心が折れていた。

これ以上暴れることはないだろう。

「どうだね、皆の衆。うちの息子はなかなかだろう? 医術、暗殺術、どちらも私を上回る天才だと保証するよ。今の動きも良かった。暗殺者として正しい」

父がそう言うと、淀み沈んだ空気が明るくなる。

さすがにロナハの両親は複雑な顔だが、それ以外の面々は頼りになる後継者だと俺を褒めている。

たぶん、父はこの演出のためにロナハを諫めるふりをしながら煽っていたのだ。

ただ、あとでロナハのフォローは必要だ。

彼は、いずれ俺の部下になるのだから。

いよいよ、出発の前日になった。

土産をもってロナハを訪ねる。

「なんだ、てめえ。嫌味でも言いに来たのかよ」

「そうじゃない。ただ、落ち込んでいるかと思ってな」

口調は、父や母相手に使う丁寧なものではなく、あえて武骨なものにしていた。

彼相手にはこちらのほうがいい。こういうタイプは、低く丁寧な物腰で接するとお高く留まっていると感じてしまう。

「……落ち込んでなんかねえよ。自分が情けなくて苛ついてただけだ。四つも年下のガキにいいようにされてな」

「それを言えば、父なんて三十年下のガキにいいようにされた」

「あの噂、ガチだってえのか。歴代最高のトウアハーデを十二で倒すとはな。はじめっから、俺にゃ、どうしようもなかったってことか」

自嘲気味にロナハは笑う。

「そうだな。ロナハが何をしたところで俺には勝てない。……だが、勝つ必要もない。俺が当主になれば、よりトウアハーデは栄える。部下になれば今以上の待遇を約束する。俺には負けたが、それなりには強い。去年、王都で若手騎士の出場する大会を観戦したが、二十名の参加者のうち、ロナハより強いと確信できるものは四人だけだった。それぐらいに優秀だ。俺はロナハが欲しい。トウアハーデの騎士として、戦場での活躍に期待する」

嘘偽りない気持ちだ。

騎士というのは、家督が継げない貴族の次男や三男、あるいはごくまれに生まれる一般人の魔力持ちのみによって結成される常備軍であり、そこに名を連ねるには厳しい試験をクリアしないといけない。

有事のときのみ招集される貴族たちより、戦いを専業としているため練度は高い。

そんな精鋭たち二十人と引けを取らないどころか、上位に位置する実力。

短気すぎて暗殺者には向かないが、トウアハーデの駒の中で強さだけならロナハは頭一つ抜けている。

加えて、こう見えて医者としての腕も悪くない。

「おい、てめえ、それで褒めているつもりか」

「ああ、そうだ。ついでに勧誘している」

「ばっかじゃねえの。誰が自分より強い同年代が四人もいるって言われて喜ぶんだ? けど、まあ、悪くはねえな。変に気を遣っておだてられるより、率直に言われたほうがマシだ」

「これは土産だ」

「……こいつは剣か。信じられないほど軽いな。それに斬れ味もいい。魔剣かなんかか?」

「ああ、ロナハにはナイフよりこちらのほうが似合う。暗殺者より騎士が向いている。性格的にも体格的にもな。そして、騎士の仕事だってトウアハーデにはある。いずれ、俺の部下になればその剣を騎士として振るってほしい」

ロナハは剣を腰に吊るしてから、大きく息を吐く。

「はん、帰れ帰れ」

勧誘は失敗か。

ロナハの性格を考えれば、こういうやり方が成功しやすいと踏んだのだが……。

扉に手をかける。

「おまえが、二年後に帰ってくるころには俺はもっとマシになってるよ。言われてわかった。俺は暗殺みたいなちまちましてんのは似合わねえ。おまえが欲しがっているような騎士ってのになっておく、そっちはそっちでうまくやれ」

「ああ、お互いに頑張ろう」

なるほど、こういうタイプはこういう素直になれないところもあるのか、

覚えておこう。

何はともあれ、優秀な騎士を手に入れた。

俺が当主になった際には有効活用しよう。

屋敷に戻ると、ロナハのことはどうなったかと父が聞いてきた。……まさか、この行動まで読まれるとは。

でも、この父ならありえるとも思ってしまう。

その翌日、両親と領民たちに見送られて馬車で出発していた。

隣町で、別の馬車に乗り換える予定だ。

「無理についてくる必要はないぞ? 俺が不在時にでも分家連中におまえの訓練を頼めるし、ムルテウは商業都市だ。こっちとは違いすぎる」

「そんなことは関係ありません! 私はルーグ様の専属使用人ですから。どこへだってついて行って、ルーグ様のお世話をします」

タルトも同行している。

なぜか、大荷物を持って鼻息を荒くしていた。

……そういえば、昨日は母がタルトを部屋に呼んで長々と話していたな。きっと、あの母のことだ。タルトにあることないことを吹き込んだのだろう。

馬車を乗り換える前に、染料を使い、母譲りで自慢の銀髪を隠す。

これから二年間、イルグとして過ごす以上、ルーグとの関連性は見せるわけにはいかないからだ。

そういう絡みもあり、タルトは連れて行かないほうがいいのだろうが、使用人なら誤魔化せないことはない。

それに向こうでは忙しくなる。使用人がいてくれたほうが楽だ。あとでタルトにも簡単な変装をさせよう。

「ルーグ様、ムルテウが楽しみですね」

「そうだな」

さあ、ムルテウの商業都市はどんなところだろう?

父と二年で、世界を知り、人脈を作り、情報網を得て、商人として成功すると約束した。

同業者から暗殺者を差し向けられるぐらいには成功したい。狙われる側というのは面白そうだし、相手によっては勉強になる。

たった二年で、ここまでの成功をするのは普通の手段では不可能だ。

だからこそ燃える。すでに俺は頭のなかで、そのためのプランを作り始めていた。

イルグ・バロールとしてやるべきことをやり切るとしよう。