軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プロローグ:暗殺者は転生する

旅客機のシートに深く腰掛けていた。

海外での仕事を終わらせ、日本へ帰還するところだ。

暗殺者なんてものはフィクションの中にしか存在しない。

それは、大多数の人々にとっての常識だろう。

だが、冷静に考えてみてほしい。

殺害より効率的で迅速な敵の排除方法はなく、金と権力を持つ者ほど排除したい敵は多い。

需要があれば、供給があるのも当然。

だから、私のような暗殺者が存在する。

「……最後の仕事もいつも通り終わった」

その暗殺者稼業も今日で引退だ。

当代最高の暗殺者と呼ばれ、某国の大統領ですら”病死”させた私も老いには勝てない。

次の仕事も決まってある。

かつて、暗殺者に必要な技術を学んだ施設で教員となる。

暗殺者を教育するには極めて高度で専門的な技術と、けっして情報を外にもらさない口の堅さが求められる。

そんな人材はそうそういない。

これからは才能を見出された子供たちを育てていく。

そして、私のような暗殺者を作り出す。

そう思っていたのだが……。

残念ながら、その話は私を油断させるためのでっちあげだったらしい。

旅客機が爆音と共に大きく揺れる。

どんどん旅客機の高度が落ちていく。

「使えなくなった道具は口封じのために処分するのは理解できるが、たった一人を殺すためにここまでするかね。……こうでもしないと殺せないと思われているのなら、それなりに評価はされているようではあるが」

改めて、老いたと思う。こういう事態を予測できなかったのだから。

客席から立ち上がり、パニックに陥った乗員たちをかき分け音がしたほうに走る。

コックピットルームの扉をハッキングして中に押し入る。……当然、ここにくるまでに邪魔をする者はいたが眠ってもらった。

コックピットルームでは機長と副長の頭が吹き飛んでいた。

それだけならまだいい。

暗殺者には多種多様な技能が求められる。旅客機の操縦ぐらいはできる。

……機長、副長の頭と一緒にコンソールが爆破されていなければの話だが。

「今までさんざん誰かの命を終わらせてきた。いつかは私の番がくるとは思っていたが、ここまで豪華な墓を用意されるとは」

目を閉じる。

どんな状況でも、生き残る可能性が0.01%でもあれば最善を尽くす。それがポリシーだ。

ありとあらゆる経験と知識を総動員し最善手を探す。

……まだ、できることはある。

どんどん高度は下がっていく。

この旅客機をうまく着陸させることは無理でも、私一人だけ生き残ることは可能だ。

「思ったより早かったか。きっちりと根回しをしていたのだね。……まいってしまうよ」

窓の外には、ミサイルを積んだ戦闘機が迫っていた。

現在は市街地の上を飛んでいる。

このままでは旅客機が市街地に墜落し、多大な被害を出してしまう。そのまえに木っ端みじんにするつもりだ。

計算ではあと十分ほど、到着までにかかるはずだが、裏から手をまわしているようだ。

ミサイルが発射された。

惜しいな、ただ墜落するだけであればまだ打てる手はあったのに。

目を閉じる。

空対空ミサイル、AIM-92。

こんな旅客機、破片すら残らない。

あれなら痛みを感じることすらないだろう。

……悔しい。

組織の道具として、感情を殺し、ただ忠実に命令を果してきたのに裏切られた。

死ねと言われれば、その使命すら果たすぐらいの忠誠心はあった。

その忠誠心を踏みにじられたことで、初めて組織と自分の人生に疑問を持ってしまった。

もし、次の人生というものがあるのなら、だれかの道具ではなく、自分のために生きよう。

この技と知識と経験を己のために使えば、きっと……。

そう願いつつ、最後の一秒まで生き残るための必要な手順を取り続けた。

目を開く。

そこは神殿だった。

しいて言うなら、パルテノン神殿に似ている。石造りの古びた白い神殿。

現状分析をしよう。あの状況で助かるはずはない。

だとするなら、さっきのは夢か?

「いえ、違います。さきほどまでのは現実。あなたは当代一の暗殺者でありながら、間抜けにも自分が暗殺されたのです。ぷっ、くすくす」

白い髪で、同じく白い貫頭衣を着た女性が微笑む。いや髪と服だけじゃない、肌も瞳も何もかもが白い。

何より美しい。

ありとあらゆる要素が黄金比で作られたあまりにも完璧すぎて、人から逸脱した存在。

なのに、このすべてを台無しにするフランクな口調はなんなのだろう。

「……ふむ、いろいろと説明してもらっていいかね?」

「死んだあなたの魂を招きました。ちなみに私は女神です。えっへん」

「ほう、女神とやらはいちいち、死人を呼び出して談笑するのかね。死人の数を鑑みると、神というのは、星の数ほどいるのか暇なのか……あるいは、私を呼んだことに特別な意味があるのかね?」

「その通り。普通なら、魂にさっさと染みついたものを漂白して、リサイクルです。私たちも暇じゃないので」

嫌な予感が当たってしまった。

さきほどから、表情筋の動き、声の抑揚、発汗、そういった要素で真偽を確認しようとしている。

だが、女神とやらは不自然なまでに自然すぎて、まるでこちらが読もうとしているポイントを知り尽くし、演技されているような気持ち悪さを感じる。

似たようなことを私もできるが、ここまで完璧にはできない。というより、人には不可能な領域。

その事実が、少なくとも目の前にいる存在が人ではないと確信させる。

「ならば、私を呼んだ理由を聞かせてもらおう」

自分で言っていて、ありえないという思いはある。それでも、現状を踏まえるとそう認めないといけない。

なら、余計な疑いは要らない。

「利口だね。君には選択肢がある。一つは、魂を漂白されて見知らぬ誰かに生まれ変わること、おぎゃー。もう一つ、私の依頼を受ける代わりに知識と経験を残して別世界に転生する」

前者は、それはもう私じゃなく別人だ。

後者であれば、それはある意味この人生が続くということと同義だろう。

人生が続くというのは魅力的だ。

人を殺す道具として生きてきて、最後は持ち主に裏切られて命を落としたからこそ、最後の最後に後悔してしまった。

もっとも、この女神とやらが私を選んだ理由を考えれば、頼まれる依頼は一つしかなく、あまり好ましくないのだが。

「依頼とやらの話だが、誰を殺してほしいのかね?」

「話が早くて助かります。さすがはこの私が見込んだ魂ですね。剣と魔法のファンタジー世界で勇者を暗殺してください。期限はあなたが生まれて十八年後までに」

「剣と魔法の世界? 勇者? それは空想のものではないのか」

問いかけるのと同時に、その世界の情報がまとめて流れこんでくる。

世界の仕組み、魔法というものの定義、その時代の文化、技術水準、勇者について……なるほど、これは私の世界とは別ものだ。

「勇者というものは英雄であるのだろう? なぜ、殺す必要がある?」

「十六年後、勇者は魔王を倒して世界を救ったあと、その力を私利私欲に使って世界を大混乱に。魔王以上に容赦なく、的確に。そして十八年後には世界が滅びちゃいます。だから、さくって殺しちゃってください」

「勇者は魔王を倒したあとは不要というわけか」

どこか、親近感のようなものがある。

「別においたしなければ、ほうっておくんですが、そいつが仕出かすことは、許容範囲をぶっちぎっちゃうんです。ぷんぷん!」

魔法という技術が存在し、一部の人間の身体能力はこちらの世界を凌駕する世界。

中世と近世の間という技術レベルで、魔法という一点が異常に発達している。

そこで、勇者を殺すためだけに転生か。

「魔王を殺した勇者が不要になったから処分する。では、今度は勇者を殺した私が不要になるのではないかね?」

「言ったでしょう。おいたをしなければ放っておくと。それに、あなたにはそんな力はありませんし、そんな力を与えられるなら、初めからあなたを選びはしないですよ」

神様は私の顎に手をあて、妖艶に微笑む。

「暗殺者を選んだのは、人と言う枠内で勇者を殺せるのは、戦士でも騎士でも魔術士でもなく、暗殺者だけだからですよ」

「なるほど、では私は規格外の化け物を、規格内のただの人間のまま殺さないといけないのかね」

さきほど与えられた常識とやらに、その理由とやらは刻まれていた。

その世界に産まれる人間の性能には限界がある。

勇者とは、その限界を大きく突き抜けた存在であり、生まれたときから圧倒的に優れた存在だ。

そして、女神とやらはその勇者以外に特例を作ることができず、勇者は同時に一人しか存在できない。

勇者が暴走すれば止められるものはいない。”戦闘”では誰一人勇者には叶わない。

だからこその”暗殺”か。

「勇者とやらの化け物っぷりは、あなたからもらった情報で理解した。そのうえで言おう。殺すだけならできる。ただし、人の枠の上限に近い性能は必要だ」

「うん、そのあたりは協力しますよ。人の枠内での理論上最強のスペック……それにランダムなはずのスキルを選ばせてあげます」

脳裏に浮かんでくる、無数のスキル。

剣と魔法の世界では、人は生まれたときに最大で五つのスキルを与えられる。

星の数ほどあるスキルから、1~5個をランダムで。

それを自由自在に選べるのは大きい。

強力なスキルを選べるというメリットだけじゃない。

組み合わせることで大きな力を発揮する。

「スキルを選んではくれないのかね?」

「私たち、力が大きすぎておおざっぱで、細々したこと考えるの苦手なんですね。少ない力をやりくりとか鳥肌がでちゃいます。……三日あげますんで、スキルの勉強をして五つ選んじゃってください。もっとも、私の依頼を受けてくれるのであればですが」

「受けよう。私はまだ人生を続けたい。その前にいくつか聞かせてほしい。もらった常識では、女神は世界に過度な干渉ができないようだが、別世界から私を転生させるのはそれに当たらないのかね?」

「ええ、セーフです。たまたま魂不足でよその世界から補充して、たまたま魂の漂白が甘く記憶と知識が残っちゃって、たまたま高性能の体で、たまたま運よく強いスキルを引けちゃっただけです。まあ、そんな枠内だと、どうあがいても”普通”は勇者に勝てないんですけどね」

わかりやすい。

あくまで、通常ルールでありえる範囲でやろうってわけだ。

「次だ。十八年以内に殺せということだがね。準備が整い次第始末していいのかね?」

「あっ、それ駄目です。せめて、勇者が魔王を殺すまで待ってください。魔王は勇者でないと殺せないので、それをすると世界が滅びちゃいます」

「わかった。最後だ。……私とおなじような餌で釣られて転生する魂はどれほどいるのかね?」

私だけが勇者を暗殺するために記憶をもって転生するなんて考えにくい。

女神の立場なら、手駒は多く用意する。少しでも確率をあげるために。

「へえ、さすがは名うての暗殺者。ちゃんと状況が見えてますね……答えはノー。少なくとも、今はあなただけです。いくら私だって、こういう偶然をいくつも起こすわけにはいきませんから」

今は……か。

これは油断できないな。

「最後にだ。あなたは世界を救ってほしいのか、それとも勇者を殺してほしいのか。……もし、前者であれば勇者を殺さずに世界を救えるなら救っていいはずだ」

「もちろん、世界を救ってほしいのです。ええ、勇者を殺さなくて救えるのなら、それもいいですね。……できるのなら」

女神は意味ありげに笑い答えた。

これ以上の質問を許さないという意思が伝わってきた。

「わかった。受けよう。私は、剣と魔法の世界に転生する。一つ、要望がある。転生する先は、それなりに裕福な家がいい。技と体を鍛える環境がいる」

「ああ、そのことなら心配はいりません。だって、異世界で一番の暗殺者の家に転生しますから、暗殺貴族トウアハーデ家の跡取りへと。というわけで、せっせと人の枠で最強を突き詰めてください。スキルが決まったら、転生させますから」

女神が消えた。

そして、私は笑う。

生まれ変わっても暗殺するとはね。

それも、生前のどんなターゲットよりも難易度が高い暗殺を。

続きがあるなら、自分の意思で決めると誓ったが、初っ端から誰かの道具になるとはなかなか皮肉が効いている。

だが、文句を言うつもりはない。

十八年という猶予があり、たった一つの殺しをするだけで、終わったはずの人生の先、という報酬をもらうのだから。

私は、今度こそ自分の意思で生きて、そして幸せと言うものを探し、手に入れるのだ。