軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第42話 空飛ぶレア食材とチーフアナリストの悲鳴

探索者ギルド日本本部、地下3階の「配信管理センター」。

冷たい無機質な照明に照らされたフロアで、小島・シャルロット・ハナはデスクに置かれた胃薬の瓶を忌々しげに睨みつけながら、重いため息を吐き出した。

フロア内には、けたたましいアラート音が絶え間なく鳴り響いている。壁面の巨大モニターに映し出された日本列島の広域魔力レーダーには、海外のあらゆる方角からアビス・ラビリンス最深部へ向けて、無数の赤い光点が放物線を描いて集中していた。

「チーフ! 今度はロシアのSランクギルドからです! モスクワ支部から空間転移の申請……いえ、申請を待たずに強行突破しました! 質量およそ2トン、アビス・マンモスの鼻肉と思われます!」

「ノルウェーからも未認可の転移座標を検知! イギリス、イタリアのトップパーティーも空間魔法の詠唱を開始しています! 止まりません!」

オペレーターたちの悲鳴に近い報告が飛び交う中、ハナはこめかみを強く揉んだ。

昨日、アメリカのSランクチームが狩りたてのアビス・キングクラブを最深部へ直接送りつけ、ヒロトがそれを「濃厚蟹味噌リゾット」にして食した。その配信映像が、事態の引き金だった。

ハナのモニターには、世界中のダンジョンから最深部へ向けて放物線を描く、無数の赤い光点が映し出されている。目的はただ一つ、ヒロトに自分たちの獲物を調理させるためだ。世界最高峰の探索者たちが、ただ美味い飯を食う姿を見たいがために、国際的なダンジョン法を無視して狂奔している。

「……空間座標の乱れが許容範囲を超えつつあるわ。このまま最深部で無秩序な転移が連続すれば、環境マナが暴走して空間崩壊を引き起こす」

ハナは冷徹な判断を下し、手元の最上位暗号通信端末を素早く起動した。接続先は、最深部で魔道具のメンテナンスをしているはずの増田籐子だ。

『あら、チーフ。空から次々とお肉が降ってきて、物理的なスタンピード状態なんだけど。どうにかしてくれない?』

通信越しに聞こえる籐子の呆れたような声の背後では、ズドォォン! という重低音と、「またカニの足が降ってきましたわ!」というエミリアの緊迫した声が響いている。

「だから連絡したの。籐子、今すぐキャンプサイトの周辺に、ギルド本部からの特定座標以外を弾く空間結界を張って。並行して、安全な物品受け取り用の『専用転移陣』を構築してちょうだい。これからは、本部が検品と衛生検査を通した安全な食材だけを、公式のルートでそっちに送る」

『なるほどね。……まあ、いいわ。頭の上に謎の魔獣の臓物が降ってくるのは私のご免だし。すぐに組み上げるわ。ちょっと待ってて』

通信を切ったハナは、胃薬を水で一気に流し込み、フロア全体へ向けて血走った目で鋭い声を飛ばした。

「各国のギルド本部へ通達! 最深部への直接転移は即座に迎撃する! ……ああもうっ、食材を送りたいなら正規の手続きを通しなさいって伝えなさい!」

★★★★★★★★★★★

「……で、出来上がったのがこのお立ち台ってわけか」

ヒロトは、キャンプサイトの端に設営された直径3メートルほどの円形の魔法陣を見下ろした。

籐子がダンジョンのクリスタルと数種類の魔物の骨を組み合わせて即席で構築したそれは、青白い幾何学模様を空中に浮かび上がらせ、微かな魔力の粒子を漂わせている。

「ただの魔法陣じゃないわよ。ギルド本部の隔離ルームと完全に座標をリンクさせた『深淵デリバリー受け取り口』よ。これ以外の空間の歪みは、さっき周囲に張った結界で弾くように設定したわ」

ゴーグルを額に押し上げた籐子が、ふんぞり返って自慢げに胸を張る。

「まあ、飯を作ってる最中に上から3トンの肉が降ってくるよりはマシだな」

ヒロトは空を見上げ、やれやれと肩をすくめた。結界の外側にあたるはるか上空の岩盤付近では、今も時折、弾かれた空間転移の魔力が紫色の火花を散らしているのが見える。

「とりあえず、上からの脅威が去って一安心ですね。……おじさん、お腹空きました」

大剣を片手に上空を警戒していたエミリアが、ホッとしたように息を吐きながらペクリと鳴った腹をさすった。ユジンやクロエ、それに巨大な倒木の上で丸くなっていた久美子も、期待の眼差しをヒロトに向けている。足元のハクに至っては、すでにヨダレで地面に小さな水たまりを作っていた。

「そうだな。ゲートの試運転を待つ間に、賄いでも作るか」

ヒロトはアイテムボックスから長年愛用している使い込まれた中華鍋を取り出し、石造りのかまどの強い火にかけた。

「昨日の夜はチープなカップ麺だったが、昼は本格的なソース焼きそばが食いたくなってな」

ヒロトがそう前置きしながら食材を並べると、クロエが思い出したように扇子で口元を隠した。深夜に食べたあの背徳的なカップ麺の味は、生粋のお嬢様である彼女にとっても強烈な記憶として残っているようだ。

今日の賄いは、焼きそばだ。

ラードを引いた中華鍋が十分に熱されたのを確認し、太めの中華麺を投入する。ほぐさずにそのまま広げ、鍋肌に押し付けるようにして両面にこんがりと焦げ目がつくまでしっかりと焼き付けてから、一旦皿に取り出す。麺の表面を焼くことで、香ばしさが増し、後からソースを吸ってもベチャッとした食感にならないのだ。

続いて、別のフライパンに分厚く切った自家製の燻製ベーコン、ざく切りにした瑞々しい春キャベツ、そして彩りと食感のアクセントになるインゲンを入れて強火で煽る。ベーコンからジュワッと滲み出た脂が、キャベツとインゲンを艶やかにコーティングしていく。燻製の芳醇な香りが風に乗って広がり、ハクの短い尻尾がパタパタと小刻みに揺れ始めた。

野菜に火が通りすぎないうちに、先ほどの麺を戻し入れ、そこへあらかじめ合わせておいた特製ソースを一気に回し入れた。

ジュワァッ!

熱せられた鉄鍋にソースが触れた瞬間、ソースが焦げる甲高い音が響き、むせ返るようなエスニックの香りが周囲の空気を一気に染め上げた。

ソースのベースは、マレーシア産の甘辛いチリソース。そこにオイスターソースの深い海鮮の旨味、醤油の香ばしさ、中国黒酢のまろやかな酸味、そして中濃ソースのスパイシーなコクを独自の配分でブレンドしてある。

重い中華鍋を片手で軽々と煽り、ソースの水分を飛ばして麺の表面に完全に焼き付ける。

「よし、完成だ」

大皿にこんもりと盛られた焼きそばからは、食欲を直接殴りつけてくるような暴力的な匂いが湯気と共に漂っている。エミリアたちはすでに割り箸を握りしめ、食卓の前に座って臨戦態勢に入っていた。

「いただきますっ!」

エミリアが大きく口を開け、麺と具材を一緒に頬張る。

「んんっ! 麺の表面がカリッとしてて、中はモチモチ! これ、甘くて辛くて……なんだか不思議な味ですけど、すごく美味しいです!」

ユジンは無言で麺をすすり、額に汗を滲ませながらも「……っ、この辛味と酸味のバランス、反則ね。ジャンクなのに奥が深くて……箸が止まらないわ」と呟いて、すぐさま次の一口へと箸を伸ばした。シャキッとしたキャベツの甘みと、インゲンのキュッとした歯触りが完璧なアクセントになり、咀嚼のリズムを加速させる。

「昨夜の野蛮な味とは違って、随分と複雑で奥深い焼きそばですのね。……わたくしも、もう少しいただけます?」

クロエもすっかり魅了された様子で、空になった自分の皿をスッとヒロトの方へ差し出した。

ハクも専用の木桶に入れられた味付けなしの焼きそばを、豚の脂の匂いに興奮しながらガツガツと飲み込んでいる。

全員が一気に皿を空にし、食後の余韻と麦茶の冷たさを味わっていたその時だった。

籐子が作った円形の転移陣が、シュンッという澄んだ音と共に眩い光を放った。

「お、本部の検品を終えたデリバリー第1号が来たみたいよ」

籐子の声に、全員の視線が転移陣へと向かう。

光が収まると、そこには巨大な木箱が置かれていた。木箱にはギルド本部の厳重な封印シールと、フランス語で書かれた豪奢なメッセージカードが添えられている。

『敬愛なるマドモアゼル・Cへ。我々パリ本部の誇るAランクチームが、アルプスダンジョンにて極上のコカトリスを仕留めました。専属シェフの腕前、とくと拝見いたします』

「あら、わたくしの国のチームからですわね」

クロエが少し誇らしげに微笑む。

ヒロトが木箱を開けると、氷魔法で完全に温度管理された中から、綺麗に血抜きと内臓処理が施された、七面鳥ほどの大きさがある丸鳥が現れた。

「コカトリスか。魔獣の鶏肉は弾力が強くて旨味が濃いからな。よし、こいつは丸焼きにするぞ」

ヒロトは手早く準備に取り掛かった。

まずは、鶏の腹の中に詰めるスタッフィングだ。先ほどのかまどで、生ニンニクと粗挽きの黒胡椒を強烈に効かせたガーリックライスを炒める。それを、ローズマリーやタイムといった香草と一緒に、コカトリスの空洞になった腹の中へパンパンに詰め込み、竹串とタコ糸でしっかりと入り口を縛った。

鳥の表面にオリーブオイルをたっぷりと塗り、粗塩とスパイスを丁寧にすり込んでいく。

「籐子、アレ使うぞ」

「任せて! 全自動魔導燻製機、オーブンモード起動!」

籐子が金属製のキャビネットのボタンを押すと、内部の魔力回路が起動し、最適な温度まで急上昇した。ヒロトはダッチオーブンにコカトリスを入れ、蓋をせずにそのまま魔導オーブンへと放り込む。

あとは魔法の力で均等に熱風が循環し、完璧な焼き加減に仕上げてくれるはずだ。

約1時間後。

オーブンの扉を開けると、最深部の空気が一変した。

「……っ!」

エミリアが両手で口を覆い、ユジンがゴクリと息を呑む。

鉄鍋の中には、皮が見事な飴色に焼き上がり、パリパリと微かな音を立てているコカトリスの姿があった。表面に塗られたオイルと鳥自身の脂が落ち、底でジュージューと焦げる音を立てている。ローズマリーの清涼感のある香りと、暴力的なニンニクの匂いが混ざり合い、つい先ほど焼きそばで満腹になったはずの胃袋を再び激しく刺激してくる。

ヒロトは重い鳥を大皿に移し、鋭い包丁で腹のタコ糸を切り裂いた。

ブワァッ!

閉じ込められていた熱気が解放され、中から湯気を立てるガーリックライスが顔を出した。米粒は、コカトリスの濃厚な肉汁と脂を限界まで吸い込み、黄金色に輝いている。

「切り分けるから、皿を出せ」

ヒロトが包丁でモモ肉を切り離すと、透明な肉汁が滝のように溢れ出した。分厚い肉と、腹に詰まっていたガーリックライスを取り分け、それぞれの皿に乗せる。

「いただきますわ!」

クロエが真っ先にナイフを入れ、皮付きの肉を口に運んだ。

「……素晴らしいですわ。皮の香ばしさと、この野性的なお肉の弾力……噛むほどに旨味が溢れてきますの!」

「このお米、ヤバいです!」

エミリアがガーリックライスを頬張り、感動のあまり身悶えしている。

「お米がお肉の旨味を全部吸ってて……ニンニクがガツンと来て、もう、最高です!」

ユジンも無言で肉と米を交互に掻き込み、久美子に至っては肉を両手で掴んで無心に齧り付いている。ハクも自分用の木桶に入れられた巨大な骨付き肉を、バリバリと骨ごと噛み砕きながら幸せそうに喉を鳴らしていた。

ヒロトは自分の分の肉をかじり、冷えた炭酸水を煽った。

「悪くない。フランスの連中も、いい仕事してるな」

岩の上に置かれた配信端末の画面は、『美味そうすぎる』『俺のギルドも今から狩りに行くぞ!』『ヒロト・イーツ最高!』という世界中の探索者たちのコメントで、滝のように流れ続けていた。

熱狂の渦と化していくそのコメント欄を眺めながら、俺はまた忙しくなりそうな明日に向けて小さくため息をついた。