作品タイトル不明
84 異風
レギデーシュ商会の屋敷を抜け出し、筋斗雲に乗り、夜空へ昇る。
腰の袋には手に入れた黒水晶。
服装は動きやすいように騎士服とパンツスタイル。
念のために如意棒を抱えた状態。
いやぁ、つくづく公爵令嬢のすることじゃないわね。
夏季休暇だけだから、こんなことするのも。
きちんと学園に通っている間はお淑やかにするつもりなのよ。ええ、本当。
「それにしても」
やっぱり、この国。何やら暗躍している存在がいるらしい。
最終的に聖女とG4が解決する展開になるってことよね?
まぁ、乙女ゲーム世界論は、私が勝手に考察しているだけなんだけど。
でも、ギフトを授かったからにはそういうものかも?
筋斗雲の高度を上げて、如意棒を構えつつ、立ち上がる。
片手を目の上に添えて、遠くを視る孫悟空ポーズに。
さて。安全圏と思うけど、例の三人組はまだ近くにいるだろうか。
たぶん、馬車で移動とかしているんじゃないかと思うんだけど。
雰囲気があやしすぎ、かつ私の存在を知覚できているのが怖すぎで、ノータッチだった。
とてもすぐに襲撃される距離感には近づきたくない。
なんだかんだパッと動けないことがある私だけど……。
こういう時の『怖い』って感覚は大事にした方がいいわよね。
ただでさえ、ちょっと……いえ、かなり強気になりがちな私だ。
本家・孫悟空ならどうとでもなることでも、私の場合はダメな時がある。
隠身法と筋斗雲による高度、かつ火眼金睛での遠見で安全マージンを確保しながら、ひとまず街道周辺を探る。
ふと思い立って、私は腰に掛けた袋から黒水晶を取り出した。
中に黒い霧が封印されているような球体の水晶。
手の平の上に乗せた、その黒水晶に向かって私は。
「ばーか! おたんこなす! 先生の阿呆! このたわけ者! 悔しかったらここまで来てみろ、この間抜け!」
思いつくかぎり罵倒してみる。
いや、何をやっているのかというと、この黒水晶に盗聴・盗撮の機能なんかついていないかしら、と思ってね。
だってあの会話のあとでゴロッソ会長に渡された物よ?
絶対『発動すると暴走するか、自爆する』系っぽくない?
そして、その様を離れたところから観ながら『くくく、哀れな男です』とか言っているの。
これが王道の悪役ムーブって奴よ。
先生とやらに、その手下らしいルドロフ、マルガルフとやら。
私は直接、その姿を観ていない。ルドロフだけヴィルヘルムが目撃している。
いやぁ、頭脳系リーダーに体格のいいデカブツ、ときたら残る一人はスピード系かしら。
そんな露骨に悪役感を出さなくてもいいのに、って感じの。
ちなみに今世の私のビジュアルも、美女系でつり目、黙っていたら冷たい印象とか、怖い感じではあるのよ。いかにも悪役令嬢になれる感じの。黙っていれば美人だな、お前、という。
そう黙っていたら……。うん。まぁ、そこは置いておいて。
「……反応なしねぇ」
暴走したり、自爆間近になったりのゴロッソ会長に響く先生の声。
『くく、貴方はいい実験材料でしたよ、ゴロッソ会長、くはは!』とか。
そういうのを告げるボイス機能とかないのかしら。
いっそ叩き壊す? でもなぁ。噂の黒水晶の現物とか、ここで解明できたら一気にシナリオをぶち壊せそうな気がする。
そうしたら、あるかわからない私の破滅フラグもぶち壊せるかもしれない。
なんにせよ、けっこうなイベントを引いた気がするのよねー。
でも、雰囲気が終盤の敵キャラっていうか。
現時点で突撃したら危険そうな匂いがプンプンする感じ。
仲間を集めて、レベルを上げてから立ち向かわないとダメなタイプ。
少なくとも私の気配に気づいたらしき相手が二人は、ちょっとよくない。
「あ」
そんなふうに考えながら空を移動していた私。
そこでようやく夜を駆ける馬車を見つけた。
頼りない小さなランタンの灯りと月明りを頼りに街道を進んでいるようだ。
御者が一人、馬車と並走して馬に乗る男性が一人。
馬車の中はまだ確認できない。
はたしてアレが例の三人組なのかは不明だが、この近隣でこんな夜中に移動している馬車はあれしかない。
私は距離を取りつつ、その馬車の中が窓から見える位置を探る。
一目、認識していれば以後、火眼金睛で様子を探れるかもしれないのだ。
これは絶対、やっておいた方が今後のためになるはず。
「…………」
馬車の中を視る。かなり遠くから。
こういうのって『貴様、見ているな!』と見られているのに気付かれるパターンがある。
もし、そうなったとして、すぐに逃げる準備は万端だ。
孫悟空はわりと逃げるのである。いうほど最強じゃない?
いやぁ、どうかしら。孫悟空が最強のイメージって日本の方が強いわよねぇ。
ナニのせいとは言わないけど! とにかく原典の孫悟空は、わりと逃げる。
そのあとで天界から助っ人を連れてくるのだ。
今の私が連れてこられそうな助っ人枠はヴィルヘルムとラグナ卿くらいだけど。
さて。馬車の中の人物だが……。
一人の男性の姿が見えた。
紳士的な服装を身に纏い、丸型の眼鏡をかけている。
年齢は三十歳前後くらい? もっと若くも見える。
先生なんて呼ばれているけど、学園で教師をしていても不思議じゃなさそう。
ちなみに顔立ちは美形の類だと思うけど……。
聖女の攻略対象って雰囲気は感じない。これは私の偏見かもだけど。
最大の特徴と思えるのは……ピンク色の髪だ。癖がついた長髪をしている。
顔立ちが美形なため、男性であってもピンク髪が似合っている様子。
「あの髪色って……」
いや、どうなんだろうか、この世界。
私だって深紅の赤髪なのだ。異世界らしくカラフルな髪色は普通のことである。
でも、あれほど見事なピンク髪って今まで一人しか見たことないような。
私が意識していなかっただけで、もっといるのかもしれないけど。
ヴィルヘルムの婚約者候補、メリッサ・コーデル伯爵令嬢と同じ色合いに見える。
ええ? そんなにわかりやすく関係者なことある?
メリッサ嬢がヴィルヘルムたちの婚約者候補であるとすると、コーデル伯爵家には家督を継ぐ人物が他にいるのは当然だ。
もしかして彼はメリッサ嬢の兄とか、そういう? いえ、年齢的に微妙なラインだろうか。
家によって家督を継ぐ時期は大きく変わる。
成人してからすぐに継ぐ場合もあるにはあるが……親が現役の場合はそうとも限らない。
近縁の者である可能性は充分にあるが、コーデル伯爵家について私が把握していることは少ない。
でも、コーデル家の者だとすると、ヴィルヘルムを狙う理由がどこかに転がっていそうではある。
大人しくしていても家同士はつながるはずとはいえ、だ。
実は妹のために動いているとか?
メリッサ嬢は弟のジークヴァルト推しらしい。趣味がわる……ゲフン。
そこでシスコンお兄ちゃんが、ジークヴァルトに家督を継がせるために、ヴィルヘルムを亡き者にしようとした、とか?
家族ぐるみで、そういう感じだとすれば、ジークヴァルトと良い仲になるヒロインちゃんに飛び火する可能性は大いにある。
乙女ゲーム読みするなら、あの人物がコーデル伯爵家関連の可能性、大きいと思います。
そのあたり、どうでしょうか、観音菩薩様。
とくに西遊記は関係なさそうですけど。
「…………」
かなり遠くから観察していた私。
だけど、不意にその男が窓の外に視線を向けた。
ドクン。
「……!?」
すると、どうしたことか。
その視線に私の内側から、なんとも言い表せない感覚が湧いてくる。
何? この感覚は一体なんなの?
嫌な予感とか、嫌な気配とか、そういうのじゃない。
なんだか 懐かしい(・・・・) 。
なのに、それがいい意味ではなく、不快で、ざわざわして。
感じているのは…… 怒り(・・) 。
え? え? これは絶対、私の感覚じゃあない。
私の感性から生まれてくるものじゃない。
だったら、この感覚はまさか……孫悟空のもの?
ギフトには意思が宿っているの?
息が詰まる。でも体を乗っ取られるとか、そういうのじゃない。
ただ、胸がざわつく。怒りを感じる。
私は胸元の服をぎゅっと片手で掴み、押さえつける。
「……!」
膨れ上がった私の内側から生まれる何かは相手に気取らせるには十分だった。
馬車と並走していた大柄の男が馬を止め、警戒の姿勢を取る。
御者をしていた存在感の薄い男が、警戒した様子を見せる。
馬車の中にいる男は……呆けた様子だった。
そのあとでニィッと意地悪く微笑みを浮かべる。
何その悪役っぽい顔! これはまずい!
すぐに逃げた方がいいわ!
隠身法を見破っている様子はないけれど、膨れ上がった存在感には気付かれた。
ラグナ卿と同じだ。匂いでわかるとか、その類かもしれない。
『風よ』
御者をしていた男が囁いた声を拾う。
孫悟空の耳だから聞こえた遠くの距離だ。
同時に火眼金睛が、明らかに異質な風を見抜く。
この世界、魔法はあるが、攻撃魔法として使用できるなんてレベルのものは、ほぼない。
一部のギフト持ちが辛うじて、という具合だ。
けれど、その男、おそらくマルガルフと呼ばれた男……が放った風はそんなレベルではなかった。
生きているかのように風が私のいる方向に向かって放たれる。
ただ、向こうも正確な位置を掴んでいるわけではないらしい。
盗み聞いた会話からして、あのマルガルフが風使いらしいとは掴んでいた。
ギフトによってなんらかの強化がされた風。
風によって〝面〟での制圧攻撃をしかけてきている。
それは私の位置を正確に把握できていない証拠だ。
「ひゃあ!」
火眼金睛で襲いくる風を躱しながら、さらに距離を取る。
まだ胸の内に湧き上がる〝怒り〟は燃え盛ったまま。
これ、絶対乙女ゲーム系じゃなくて西遊記系の何かじゃない!?
紅孩児のギフト持ちであろうラグナ卿の時には感じなかった。
でも、あの男の目を見た瞬間、湧き上がった。
筋斗雲で無軌道に動き、風を躱す私。
いよいよ迫ってきた時には如意棒を消して、両手を伸ばした。
「 抓風法(そうふうほう) !」
風をつまんで匂いを嗅ぐとかいう、私じゃ活かせないと思っていた法術を使う。
追い縋る風をつまむというより掴み、孫悟空の剛力でねじ切った。
そうすると、どうにか風を霧散させることに成功する。
「……!?」
まさか、放った風がそんな形で霧散させられるとは思っていなかったのだろう。
推定マルガルフはひどく驚いた様子を見せる。
私は当然、そのままピュンと筋斗雲で逃げ去る。
孫悟空の耳で相手の声を拾えないほど離れてから、追手がないことを確かめる。
「はぁ……はぁ……」
いやぁ、怖かったぁ。
安全マージンをこれでもかと取っていなかったら危なかった!
呼吸を整えたところで、念のため地上に降り立ち、縮地の術を使って、私はヴィルヘルムが待つ場所へ帰還したのだった。
うわぁん、ヴィル様、あの先生って人がいじめてきましたわぁ! とか思ってみるテスト。
いえ、そんなことしないけどね、私は。