作品タイトル不明
56 捜索と救出
今回の参加者は、主に王立学園の一年生と二年生、一部の三年生の生徒がメイン。
パーティー会場は学園主催で、本物の社交界よりグレードが低い会場だ。
それでもダンスフロアはそれなりに広い。ほとんどの参加者はそこにいる。
休憩用の別室があるし、テラス部分も用意されている。
夜風に当たりたければ中庭のベンチを使ってもいい。
また現在、夜といってもそこまで深夜ではない。
午後に始まって、夕方を少し過ぎたくらいで解散するスケジュールだ。
とても健全な時間帯といえるだろう。
そんな状況であのようなやり取りがあるなんて。
いえ、実際はどういう状況かわからないけど。
「部屋数が多いわね……」
どこかの部屋に、女子生徒の誰かが連れ込まれた?
それとも、ただの戯れを聞いた私が勘違いしているだけ?
後者の勘違いであれば別にいいのだけど。
聞き分け能力、聞こえるけど使いこなす側にも判断力が要求されるのよ。
闇雲に捜しても見つかりそうにない。
しかも、トラブルなのかどうかもわからない。
ここは定番通りにいくしかないわね。
私は外に出て周囲を確認する。人の目がない場所に移動してから。
「 隠身法(おんしんほう) 、 火眼金睛(かがんきんせい) 」
金剛不壊(こんごうふえ) を始め、各身体能力の解放、その上で透明化。
ほぼフル解放状態になってから私は素早く窓の外側を移動していく。
パーティー会場のある建物だが、休憩用の部屋は多く、一階、二階の小部屋が使われている。
そのうちのどれかに先程のやり取りにあった声の主たちがいる?
廊下側から確認していくのは手間だから、窓側から確認ね。
一階より先に二階から。
「七十二変化、変われ」
各種能力解放するだけではなく、ドレス姿からも変身して、動きやすい格好になっておく。
ドレスアップも一瞬!
中身が孫悟空ですって言わなければ乙女ゲームっぽくない?
『ドレスチェンジのギフトです!』って言い張るの。人はそれを現実逃避という。
さらに例によって髪色も黒髪にしておく。
透明化は攻撃を食らったら解除するものだから解けやすいのだ。
孫悟空といえば、どちらかといえば透明化して潜入するよりも、小さな虫となって敵地に潜入する方がメジャーだと思う。
でもねぇ。変身はできるんだろうけど。
私が小さな虫になんてなりたくない問題がある。
なので、どちらかというと透明化の方を愛用するのだ。
「よっ、ほっ」
外側から二階のバルコニーまで登る。
各部屋にあるバルコニー同士は間隔が開いているため、飛び移るのは怖いものだが……。
今の私にはどうってことはない。
街中をパルクール気味に疾走した経験まであるのだ。
窓側から部屋の中を確認していき、問題が起きていないかを確かめていく。
同意の上で如何わしいことをしている男女とか見つかったら嫌だけど。
でも、事件に巻き込まれている子がいるかもしれないので背に腹は代えられない。
そういう事件が起きているとして、襲われるのがヒロインちゃんじゃない場合。
どういうパターンが考えられるだろう?
そういう事件が起きたと、あとから知ることでヒーローたちの護衛頻度が上がる?
人間としてはどうかと思うが、ヒーロー的にはヒロインの安否が最優先だろう。
何もこの世の事件すべてが乙女ゲームのものとは言わない。
普通に日常的に起きるトラブルかもしれない。
でも、こんな日にヒロインちゃんの周りで起きるトラブルはあやしいだろう。
聖職者キャラのベネディクト氏はどこにいる?
彼だけパーティー会場で見掛けなかったけど。
「火眼金睛」
左眼の視界をベネディクト氏に飛ばしてみる。
すると彼がいるのは、パーティーのある建物の二階のどこかの部屋だった。
部屋の中で一人、お祈りを捧げている?
何もこんな日に、そんな場所でお祈りなんて。
うちの国の宗教、そんな習慣なかったと思うけど?
ただ現在のベネディクト氏は、私が聞いたやり取りを把握している様子じゃなさそう。
彼用のイベントじゃなかった?
それとも彼がどこかへ移動する際に騒ぎを聞きつけるとか?
ヒーローの活躍がありそうなケースだけど、それをヒロインちゃんが見ていないなら意味が薄いだろう。
いや、もしかしたら助けられる方の女子生徒がモブじゃない可能性もある。
こういうエピソードがあって彼が好きになったの。
でもヒロインちゃんが彼の相手なら私、身を引くわ! どうか幸せになってね!
というキャラ付けの友人キャラがいてもおかしくはない。
その場合は下手に私が動かない方がいいかもだ。
でも、状況の確認はしておかないと。
緊箍児(きんこじ) を外すためにイベントは奪い合いなのである。
ヒーローズに遠慮している場合ではない。
バルコニーをひょいひょいと跳び渡りながら、窓の外側から二階の部屋を確認していく。
さっきの騒ぎを起こしていた声は、男性側も女性側も聞こえない。
あの様子ですぐに収まった?
女性側が無事に逃げられた可能性もあるわね。
「ん……んぐ」
ん? 不穏な声を聞いた。くぐもった声というか。
不自由で窮屈そうな声だ。ただ誰かが呻き声をあげただけかもしれないけど。
たぶん二階で合っている。
でも、もしかしたら窓の外から見ただけじゃわからない状態?
誰かを閉じ込めておいて、一旦場所を離れたとか?
アリバイ作りのために。そういう可能性もあるわね。
でも、それなら今、被害にあった誰かは一人の可能性がある。
「事件なんて起きていない方がいいんだけどね……!」
私は声のした方に寄りつつ、さらに耳を澄ませる。
「んん……ぐ」
意識を集中したからか、その声に聴覚のピントが合う。
だいたいの場所が掴めてきた。
やっぱり様子のおかしい声だ。
でも、幸いなことに、その声の周りに他の人の声はない。
……閉じ込められているのか、拘束されているのか。
嫌な想像が掻き立てられる。早く行かないと。
「うぅ、んん……」
泣くような声に変わった気がする。より、はっきりと。
その声がしたのは、二階に並んだ部屋でも、奥の方に位置する場所からだった。
その位置がますます嫌な感じを強める。
「この部屋ね」
窓から見る限り、室内に人影はない。
だけれど孫悟空の聴覚が中にいる誰かの声を聴いている。
「 穿牆術(せんしょうじゅつ) 」
壁抜けの術で窓を開かずに通り抜け、室内に侵入する。
部屋の中から見渡しても、やはり人影はない。
「んん……」
か細い声が聞こえる。どこから?
声のする場所を探り、私は部屋の中をくまなく捜す。
すると火眼金睛が壁のある一点を光って見せた。
真実を見抜く眼の力が働いたということは、まさか隠し扉?
パーティー会場にこんなものを仕込むなんて……。
犯罪の臭いがプンプンするわ、お師匠様。
「……ねぇ、そこに誰かいるの?」
私は相手を怯えさせないように、おそるおそる話しかける。
「……!」
壁の中から小さく息を飲む音。
孫悟空の聴覚でなければ聞こえないだろう。
「この辺りかしら? 私の気のせいかしら?」
あえて、すっとぼけた言い方をするのは、相手の警戒心を解くためだ。
加害者の仲間と思われては話がややこしくなるだろう。
「ねぇ、大丈夫? 誰かいるの? どこにいるの?」
何も知らない体で話しかける。
「んん! んん!!」
にわかに騒ぐ音。意識はある様子だが、どう考えても身動きが取れていない。
ここはどうするのがベストか。
安心させてあげたいし、状況的に囮を使った罠ってこともないだろう。
被害者をこうした誰かが来る前に速やかに事態を解決したい。
でも、同時にこんなことをしでかした連中をここで確保しておきたい。
ここで被害者優先にしていては加害者を野放しにしてしまう。
この場合、加害者をきっちりと拘束するのも大事だろう。
しでかしたことが臭い香水どころの騒ぎではないのだ。
野放しにしていては新たな被害が出てしまう。
「誰かそこにいるのね! 安心して! 私が、すぐに助け出してあげるから!」
「んん!」
声は壁の中から聞こえる。火眼金睛がその壁を光って見せている。
隠し部屋があり、そこに誰かが捕まっている状況だ。
如意棒で壁を叩き壊してもいいのだけれど。
ここは私の能力上、やれることがある。
火眼金睛で探り当てた場所に、人差し指と中指で剣指を結び、指差す。
「 指化法(しかほう) 、 開(かい) !」
呪文を唱えると、淡い光が生じ、カチャリという音が聞こえた。
さて、今すぐに助けだしてあげたいところなのだが。
状況が許すなら優先順位を後回しにさせてもらう。
術で開いた隠し扉の向こうには、やはり拘束された女子生徒がいる。
ドレスを着ていることから今日のダンスパーティーの参加者で間違いない。
隠し部屋は狭いスペースのようだ。
「んぐ……」
相手の女子生徒は目隠しまでされている。
口には猿轡。両手を縛られている状態で横たわっている。
「大丈夫よ、安心して。必ず私が助けてあげるからね」
私は話しかけつつ、彼女の猿轡を外す。
「開」
固く結ばれているだろう縄などが術によって、あっさり解けていく。
なお今の私、透明のままの状態だ。
「かは……」
火眼金睛と隠身法だけを解除し、見た目をただの黒髪の女子にする。
彼女の目隠しを外してあげて、改めて声をかけた。
「大丈夫?」
「は……はい、なんとか……」
「そう。怖かったわね。ところで、貴方は無理矢理この状態にさせられていたってことでいい?」
「はい、その。声をかけられて……わけもわからないまま、何か変な薬のようなものを嗅がされて、そうしたら体が動かなくなっているうちに……、この状態でした……」
「なるほど。それ以外に妙な薬を飲まされたとか、そういうことはない?」
「それは……はい……」
「わかったわ。貴方の名前は? はっきり言える?」
「エミリア、です。エミリア・ラウゼン……男爵家です……」
「そう、エミリア。意識ははっきりしている様子ね」
「はい……」
「貴方のことは必ず助けてあげるから。少しだけ寝ていなさい?」
「え……?」
「私を信じて、目を閉じていて。必ず助けるわ」
「は、はい……?」
困惑しながらも頭が回っていないのか。素直に目を閉じてくれる。
私は髪の毛の先を少し噛み切り、吹き出す。
「 瞌睡虫(かしすいちゅう) 、眠れ」
毛が小さな虫型になり、彼女の鼻の頭に向かう。
すると、たちまち彼女に眠気をもたらし、あっという間に眠らせてしまった。
「隠身法、火眼金睛」
エミリアと私を一緒に透明化して、さらに髪の毛を一本抜く。
「七十二変化、変われ」
毛の一本が拘束されたエミリアの姿へと変わる。
あとは開いた隠し部屋を元の状態へと戻して、剣指を指す。
「封!」
これでエミリア救出前の状態へと元通り。
「身外身法」
うなじの毛を一本抜き、一体の等身大分身を作る。
「命令、エミリアの安全を確保。姿を隠して彼女を運んで、人目のつくところに横にならせておき、姿を隠したまま待機。彼女の護衛を続けて」
「…………」
等身大の分身はコクリと頷き、エミリアを抱え上げると、たちまち筋斗雲に乗って窓の向こうへ飛んでいった。
……ミニ・カーマイン状態だと、ウキッ! と返事するのに、等身大になるとなぜ大人しくなるのかしら。
「とりあえず心配だけど、安全は確保したとして」
今の命令なら緊箍児発動で術が強制解除されても、誰かがエミリアを見つけてくれるだろう。
本当は責任を持って私が彼女の保護をするべきなのだが……。
「こっちは流石に本体の私が対応しないとね」
私はエミリアを襲って、拘束して隠した相手を待ち構えることにした。