軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47 帰宅

「ヴィル様、申し訳ありませんが、すぐに帰る必要ができました」

焦燥感を覚えながら、そう切り出す。

ヴィルヘルムは突然の申し出に驚きながらも、すぐに対応する。

「わかった。部下に送らせよう。最後にもう一度確認するが、体調は問題ないんだね?」

「ええ、体調の方は。それと送らなくていいです。来た時と同じようにするだけですから」

「来た時と……?」

あれ?

あ、ヴィルヘルムは筋斗雲をそこまで便利な乗り物とは認識していないのか。

「とにかく対策はしているので。むしろ騒がれず、使用人たちにもやんわり私がいなくなったことを伝えていただければ、どうにでもなります」

「……そうか。わかった。深く聞かないが、貴方の安全は確保されているんだね?」

「はい、それはもう」

分身がすべて消えたのなら、私の意図しないところで緊箍児が再発動することもないだろう。

なら姿を消して筋斗雲で帰宅し、しれっと『ずっと屋敷にいましたけど?』な顔をして姿を見せるのがいい。……それでも怒られそうだけど。

なお、悪役令嬢ポジションの私だけど家族仲は良好だ。

「ボロボロになった制服の代わりは、すぐに用意できなかったんだ、すまない」

「ああ、これは……」

立ち上がった私の姿を改めて見て、ヴィルヘルムは申し訳なさそうな顔をする。

彼は、気を失った私をここまで運び、使用人たちに介抱させていたみたいだけど。

流石に公爵家の娘の衣服は脱がせなかったようだ。

私が怪我をしていない様子だったことも大きいだろう。

そういうところがまた信頼できる。彼に仕える人々からの忠誠心も高そうだ。

幸い、制服がボロボロといっても肌が極端に見えるほどではない。

……キメラのあの火炎を受けたのに?

金剛不壊の体って、実は体から数センチくらいを覆うバリアーだったりするのかしら。

孫悟空本人ならともかく、ギフトによる再現効果でオン・オフが可能だもの。

そういうものかもしれないわ。

「お気遣いなく。家に帰れば替えの制服くらい用意してありますから」

「そうかい? ならいいのだが……カーマイン嬢」

「はい、ヴィル様」

「改めて今回の件を貴方に感謝する。調査の協力以外でも、俺に何かできることがあるならば言ってくれ。必ず貴方の力になるから」

「……ありがとうございます。では、いつか頼りにさせていただきます」

「ああ、そうしてくれ。玄関までは見送っていいのかな?」

「いえ、そこの窓をしばらくしてから閉じてくれれば」

「窓?」

「はい。……この秘密も、いつか話す機会がありましたら話します。既に想像はできるかもしれませんけどね」

「……そうか。わかった」

ヴィルヘルムはこれ以上、私に対してできることはないと判断したのだろう。

寂しげな表情を見せる。

その表情で、こちらも少し切なくなってしまうのだから困ったものだ。

整った異性の顔立ちというのは、こういろいろと破壊力があるわね。

いえ、これは相手がヴィルヘルムだからこそか。

ただイケメンなだけならG4たちも一応そうだから。

「ああ、そうですわ。ヴィル様、貴方の弟君、領地に帰ってこられました?」

「ジークかい? ああ、帰ってきたよ。どうやら報告を聞いて急いで帰ってきてくれたみたいだ」

「……彼、間に合いました?」

「間に合う? いや、魔獣の群れが引いていったあとに駆けつけたみたいだね。それでも弟が帰ってきてくれたことは領民の皆の希望になったと思う。ジークはとても強いからね」

「そうですか」

アイゼンハルト卿が領地に到着したのは、私に緊箍児が発動したあとか。

王都からアイゼンハルト領は近いとはいえ、到着タイミングがかなり早い。

アイゼンハルト卿は相当、馬を飛ばしたようだ。

……でも、ヴィルヘルムの戦いには間に合わなかっただろうな。

私が参戦しなかったとして、キメラとの戦いが長期化していたとしても。

それでも森の奥にいるとわからないまま、アイゼンハルト卿が、兄ヴィルヘルムの場所を即座に突き止めて辿り着けるとは思えない。

目の前では領地を襲う狼の魔獣の群れだっていただろうし。

アイゼンハルト卿に役割があるとすれば、きっと領民を守るために奮闘し、狼の魔獣を多く倒すことだった。

その姿を領民たちだって目撃したはず。

のちにヒロインが『貴方が領民たちを守ったの、それは皆が見ていたわ! アイゼンハルトの人々に聞いてみればわかる! 貴方は誇り高い騎士なのよ!』という展開だ。

ウジウジと兄へのコンプレックスに悩んでいたヒーローのカウンセリングね。

彼の戦闘中に、魔獣の群れの様子が突然変化し、森に引いていく。

それはヴィルヘルムがキメラをどうにか倒すか、体内にある黒水晶を破壊した証。

群れのボスがいるかもしれない、それを追ってヴィルヘルムが森の奥へ向かった報告は、彼の部下から聞くことだろう。

そうしてアイゼンハルト卿は森の奥で戦っていたヴィルヘルムを見つける、か。

その時にまだ息があるのか、すでに事切れたあとなのか。

「ヴィル様は、弟君のことをどう思っていますか?」

「ん。そうだな。弟のことは」

私はヴィルヘルムの表情を見る。

「至らないことが多い弟だが、それでも実力のある男だと思っているよ。まだまだ、これから成長してほしいところが、たくさんあるんだけどね」

ヴィルヘルムはそう言って笑った。眩しい笑顔だ。その表情に暗いものはない。

次代当主の座を奪われるかもしれない弟を疎んでいないし、嫌っていないのだろう。

私からすれば甘いようにも思えるが、彼にとっては家族なのだ。

状況は見えた。

私が介入しなかった場合に起こったかもしれないことも。

「わかりました。それでは、ヴィル様。また会いましょう」

「……ああ、また」

ヴィルヘルムを見送り、私は部屋の扉を閉める。

すぐに窓辺に向かい、窓を開いて、その名を呼んだ。

「筋斗雲!」

窓のすぐそばに雲を呼び出す。

モクモクと白い霧が集まり、塊になっていく。

「成長の機会は失われたかもしれないけど。代わりにお兄さんが助かったわ。もうしばらくクソガキのままかもしれないアイゼンハルト卿。それでもきっと。よかったでしょう?」

私は頭に触れる。

そこには見えなくなっていても確かな手応えがあり、今も緊箍児は消えていない。

今回の行動で、私は手痛い代償を背負ったのかもしれないけれど。

「──後悔はしないわ」

たったこれだけの代償で、ヴィルヘルムを助けることができたのだから。

話してみて、彼の人柄に触れた。

彼が生き残ったことの価値の方が大きいだろう、きっと。

「よっと」

私は筋斗雲に乗る。そのまま出発する前に、と。

「火眼金睛、金剛不壊」

筋斗雲での長距離移動、普通に孫悟空の肉体前提っぽいのよね。

ほら、逆風とかいろいろと。

どうも周囲の空間ごと滑るように移動している気配なんだけど。

それでも完全に自然現象を無視はできないみたい。

乗る時にギフトをオンにするのは、シートベルトを締めて眼鏡をかけるみたいなものだ。

私は筋斗雲に乗って家へと帰る。

空の旅だ。来た時と違って心に余裕がある。

……家に帰ってから、やっぱり起きていた騒ぎを収めるのに苦労したのは、また別の話。