作品タイトル不明
125 幕間 エミリア視点
ベラゴート領に踏み入った時、同行する二人が抱いていた懸念を私は感じていなかった。
だが、馬車が猿の魔獣らしき者たちに襲われ、彼らの感覚が正しいのだと知る。
私、エミリア・ラウゼンは他家の貴族令嬢より、少し趣味が特殊で。
領地を歩き、自然を散策するのが好きだ。
山には野性の獣が出ることもあるため、危機に対して人より多少は敏感だと思う。
そんな私より、さらにそういう気配の察知に優れているだろう二人。
そのうちの一人、ヴォルテール卿がベラゴート家の屋敷に踏み入った時に告げた。
「……臭うな。ラウゼン嬢、戦いになる。そのつもりでいろ」
「え?」
そう言われたのは、本当に屋敷に一歩入ったタイミングで。
まだ伯爵と対面してもいない時だ。
私は、どういうことかと問い返したかったが、グッと堪える。
すでに道中で彼らの感覚の正しさを知っていたからだ。
ヴォルテール家の名代、という名目で応接室に案内された私は、ベラゴート伯爵を待つ。
突然来たのだから何時間も待たされるかもしれない。
私が、ただの男爵家の使いとして来たならそうだろうが、この状況ではどうなのか。
ヴォルテールの名が有効だったのか、意外とすぐにベラゴート伯爵がやって来た。
事前に聞いていたような不自然さはなかったと思う。
使用人らしき男性が同行していて、彼は伯爵が座った後ろに控えていた。
「ベラゴート伯爵、突然訪ねてしまって申し訳ございません」
「ああ」
「今回、私はヴォルテール家の名代として訪ねさせていただいたのですが……」
「ああ」
ベラゴート伯爵と会話するのだが、どうにも反応が平坦だ。
男爵令嬢にすぎない私に怒るでも、見下すでもない。
かといって対等に人を見る人なのかというと、そうでもなかった。
ただ無機質な、人形に話しかけているような気分になってくる。
これは伯爵が、私の存在を認めていないからそういう態度なのか。
そう思った時、私の後ろに控えてくれていたヴォルテール卿が口を開いた。
「茶番だな。伯爵の意思があるようには思えん。ラウゼン嬢、立て」
「え……は、はい」
てっきり身分を隠されたまま話を進めるのだと思った。
「解けろ」
だけれど、ヴォルテール卿はギフトによって変質していた褐色の肌とダークレッドの髪色を元の色合いに戻してみせた。伯爵たちの目の前でだ。
「俺はラグナ・ヴォルテールだ。ベラゴート伯爵、お前の意思が残っているのなら答えるといい。お前の息子と娘はどこにいる? 俺たちは、お前の子供らを救いに来た」
「…………」
堂々と、 直截(ストレート) に目的を話す彼。
生来、そういう気質なのだろうことが伝わってくる。
ヴォルテール卿とは以前に一度だけ縁があった。
私より爵位が上の家の者に絡まれていたところを助けられたのが初対面だ。
あの時も、私を助けたことなど気にしていない様子だった。
いつだって堂々と胸を張って、まっすぐに生きているのだろう。
その感覚が常人より優れ、さらにギフトを授かっていて……。
他者を寄せつけない、というより他者より一段上に常に立っているような人。
高位貴族とはこういうものなのだと、そう感じさせる人。
彼と堂々と話しているスウェン様……カーマイン様も、やはり同じ高さにいる人なのだ。
「ベラゴート伯爵?」
伯爵の反応が薄い。
「この様子では偽者のなり代わりではないな。伯爵本人が操られているか。なら、その犯人の一派はお前だな?」
伯爵が連れてきた使用人をヴォルテール卿が睨みつける。
「……何をおっしゃるのやら。私はただの使用人で」
「そうか、よかったな。 火尖槍(かせんそう) 」
え。
ヴォルテール卿はギフトによって黒槍を取り出す。
「確か黒水晶だったか? それを砕けば伯爵は元に戻るか」
「……!」
あっという間に、なんと伯爵に向かって襲いかかるヴォルテール卿。
信じられない行動だった。
いくらなんでも通すべき義理か、筋というものがあるのでは、と。
「チッ!」
ギィイン! と硬質な音が鳴り、ヴォルテール卿が振り被った槍は受け止められた。
「ほう? お前の方は本物のギフテッドか?」
使用人の男性、ラグナ卿よりも幾分か小柄に見えたが、成人男性として十分な体格をしている。
その彼が、驚くことに大きな剣を取り出してヴォルテール卿の槍を受け止めたのだ。
その剣はどこか異質で、刀身が緩やかに曲がったものだ。
「お前たちの目的はなんだ? 各地で人をさらって、ギフテッドを集めているらしいな。そのうえ、今度は伯爵家の乗っ取りか? 俺の目と鼻の先で、よくも堂々としたものだ」
「……何を。これはお前が旦那様を襲おうとしから応戦したまで」
「茶番と言ったぞ。当の伯爵が心ここにあらずだ。彼を元に戻してからほざけ」
ギリリと槍と大剣を押し付けあったあと、音を鳴らして武器を弾く。
距離を取ろうとした相手の腹部を迷わず蹴り抜き、壁際まで吹っ飛ばしてみせた。
「がっ!」
壁に打ちつけられた相手を追い打ちをするでもなく、ヴォルテール卿は即座に伯爵に向かう。
黒槍を小脇に抱えてから伯爵の胸倉を掴み、その体を浮かせたかと思えば、衣服を引き千切るほどの剛力を見せつけ、伯爵の胸元を露わにする。
思わず悲鳴を上げそうになるが、どうにか堪え、その様子を見た。
伯爵の胸元には聞いていたように黒水晶のペンダントがあり、それがどうにも……。
根を張って(・・・・・) いるように見える。
まるで黒水晶が伯爵の体に侵食しているような。
どう考えても、まともな状態とは言えない。
ここに来て、やはりヴォルテール卿の言い分が正しかったのだと痛感した。
「その状態……伯爵? 大丈夫なのですか?」
「…………」
「答えないか。伯爵、取り外して平気な状態か知らないが、取るぞ」
「ハッ! させるか!」
壁に打ちつけられた相手がなおもヴォルテール卿の邪魔をしようとする。
だけれど、そこで。
「 三昧真火(さんまいしんか) !」
ヴォオオオオ!
「うわっ!? な、火炎だと!?」
なんと。ヴォルテール卿は両手が塞がった状態で、火炎を 口から(・・・) 吐き出したのだ。
まるで伝説にあるドラゴンが吐き出すブレスかのように。
「ラウゼン嬢、逃げられるようにしておけよ」
「は、はい!」
ヴォルテール卿は『ドラゴン』のギフトでも持っているのだろうか。
そう考えれば、その存在感の強さもそのように思える。
圧倒的な強者。王者の資質。それでいて、どこか聖なる者のように感じる不思議な存在感。
「ぐっ……」
「大人しくしていろ。焦るあたり、これが伯爵家の異変の原因か? なら奪って終わりだな」
「……余計な真似を」
「その言い草。お前は誰かの使いではなく、企んだ側の人間か」
「だったらどうだという!」
「余裕がないな。俺たちが今日ここに来たことは想定外だったか? ……伯爵以外にも隠していることがあるな? 探せばそれが見つかるとみた」
「……!」
図星だ。男の反応でそれがわかる。
ヴォルテール卿の直感はどこまでも冴えているようだ。
「伯爵家の兄妹か? それとも他にあるか。……他の線だな。いや、両方か」
「だ、黙れ!」
何もかも彼の前では隠せない。見抜かれてしまう。
そんな焦燥感に駆られたのが私にもわかった。
「……! ベラゴート! その男を追い払えッ!」
使用人だと名乗ったはずの彼が、伯爵に命令を下す。
私はもう、そのことにすら驚きを隠せないが、ヴォルテール卿が彼らに敗北するようにも思えなかった。それほどに彼の放つ強者の存在感が、私に安心感を与えてくれている。
「伯爵、意思があるのなら──」
ベラゴート伯爵は呼びかけに応じることもなく、グラリと体を揺らした。
次の瞬間、黒水晶から吹き出す黒煙。
目を奪われそうになるその異変の中から青い毛をした腕が振り抜かれるのを見た。
ドンッ!
「……!」
ヴォルテール卿の体が吹っ飛ばされる。
黒煙の向こうには青い毛の獣と人を混ぜたような姿になった者がいた。
「まさか、伯爵……? なぜ、そのような姿に」
青毛の獅子のような出で立ちとなった伯爵。
姿を変えられてしまった? それともこれは。
「腑に落ちんな」
「ヴォルテール卿!」
私は壁側に飛ばされた彼のもとに駆け寄る。
「いったいこれは……」
「操られているのだろう。あれは伯爵本人だ。姿が変わったのは……ギフトならあるのだろう」
確かにヴォルテール卿やカーマイン様も姿は変えられていたけれど。
あのような異形の姿に変わるとは。
「だが、そこではない。操っているのは、おそらくあの黒水晶ではないな」
「え?」
「となると、お前のギフトか。おい、お前。名乗ることを許してやる」
「……どこまでも偉そうだな」
ヴォルテール卿が黒槍を構え直し、私を背に庇ってくれる。
「名乗るほどでもない。お前はラグナ・ヴォルテールと名乗ったな……。ヴォルテールの小倅か」
「名乗りもしないのか? 俺から逃げるか、あるいは俺たちを逃がすと。ここで殺す気概も、その実力もないか。……ハッ」
ヴォルテール卿が挑発するように笑う。
その挑発にカチンと来た様子を見せる男。
「いい気になるなよ、クソガキ」
「そのガキにお前はこれから打ち倒され、膝を突く。伯爵を襲い、乗っ取ろうとした罪だ。死罪は免れん。せめて 苦しんで(・・・・) 死ぬがいい」
両者が武器を構え、睨み合い、対峙する。
獣のような姿になった伯爵は、その姿からは似つかわしくない大人しさだった。
本当に、まるで人形のように。
男の命令のままに動き、それだけ、ということなのだろうか。
「黒水晶でギフトが使える。または封じられたギフトの化身が現れる。そこまではいいが、伯爵の意思を奪っているのはお前だ。お前をここで殺せば伯爵は救われる。容赦はせん」
「……足手纏いを抱えて、二対一の状況だ。わかっているのか?」
「たかが二人の相手だろう? 数に入るものか」
ヴォルテール卿は心底そう思っているようで、その気配に男も圧倒されていた。
けれど、邪悪な笑みを浮かべてから男は告げる。
「いつ、お前の相手が二人だと言った?」
「何?」
「── 花果山(・・・) 奴役魔猿(どえきまえん) 」
男が何事かを唱えた瞬間、室内にいくつも立ち昇る黒煙。
その中から出てきたのは、道中で馬車を襲った猿の魔獣たちだった。
『ウギィィ!』
「……あれをけしかけて来たのもお前か」
「ハッ! だったらどうする? お前も伯爵と同じように俺の配下になるか?」
「配下だと?」
「そうだ! お前は、 こちら側(・・・・) だろう? その気配がする」
「…………」
ヴォルテール卿は男を冷めた目で見据えつつ、現れた魔獣を威圧し、距離を置かせる。
「どうだ? 大人しく俺の配下にならないか? そうすれば領地の半分はくれてやるぞ」
「お前はバカか? 俺はヴォルテール家の長男だぞ。領地でなびくわけがない」
「ハ……。だが、俺が神より授かったギフトの名を聞けば膝を突くよりない!」
「……なんだそれは?」
訝しげな声を上げるヴォルテール卿。
ここは私も同じ気持ちだった。ギフトの名で膝を突くとは。
「俺が授かったギフトは『 混世(こんせい) 魔王(・・) 』! 俺は! 魔王だ!」
堂々と。そんなことを言ってのける相手。
ヴォルテール卿は思わずといった風に、背に庇っていた私を振り返る。
「どう思う? ラウゼン嬢」
「わ、私に聞かれても……」
魔王だなんて。確かに響きは恐ろしいけれど、なんか、あんまり……。
「とはいえ、魔王か。── 面白そうだ(・・・・・) 」
あ。この人は、魔王に対して脅威を感じて震えるよりも、強敵の出現に心躍るタイプだ。
……一緒にいる人は大変そうだな、と。
どこか現実逃避するような気持ちを私は抱くのだった。