作品タイトル不明
118 ベラゴート伯爵領
ラウゼン領は領都の他は、点々とした民家・集落で、他は畑や山・川などといった様子だったが、伯爵領ともなると領地の広さも変わってくる。
ベラゴート伯爵領へ入り、ヴォルテール領へ向かう街道ではなく、伯爵領の中心、領都へ向かう。
ラウゼン家の馬車でだ。
私が髪の毛を変化させた白馬と合わせて、二頭立ての馬車にしている。
アンリエッタさんは今のところ、馬車の中にいるわ。
馬車をすり抜けて置いて行かれるかと思ったけど、自然についてきているわね。
本人の認識の問題かしら?
「通行税を求めているようです」
グラムザルト王国では、領主が領地に対する様々な権限を有している。
領地を通るのに通行税を求める権利もあるのだ。
そのために関所というか検問というか、そういう場所を設置している様子。
ただ、これは絶対にどこの領地、街道でも行われているわけではない。
通行税を嫌って人が離れ、流通が途切れては本末転倒だからね。
人の出入りを制限したい場合などで、こういった処置をすることがある。
仲の悪くなった隣の領地から人を入れないようにするとかね。
それに、重要な道を閉ざして、国全体に不利益をもたらすようなことになれば、王家が動く理由になってくる。
そうなれば追い詰められるのは領主の方となるため、難しいところだ。
それに人件費・維持費も嵩むので、いたずらに通行税を徴収していいとは限らない。
日本で例えるなら、高速道路や東京湾を横断する橋を通るのに通行料を払う感じ?
その様子から、以前から関所があった様子ではない。
臨時対応で検問を用意している、といった体だ。
ベラゴート伯爵家に起きたことと、はたして関係あるのか。
「……領都に入る道に規制を入れているようだな」
「ヴォルテール領方面では、この動きは把握していなかった?」
「領地 境(ざかい) では、そういう話は聞いていないな」
「そうなのね」
領内に入るのは構わないけど、領都に向かうのは人を絞っている、か。
通行税は、領主が発行した特別な証明書、いわゆる通行 手形(てがた) 的なものを渡された商会がお金を支払わずとも素通りできる場合もある。
「どうする? 俺とお前なら、上から侵入できるだろう」
「貴方がやったらバレバレになるじゃない? ナラグ(・・・) 」
「お前が隠せばいいだろう? スウェン」
ちなみに私とラグナ卿は偽名だ。
私は継続して村娘『スウェン・ウーコン』、今はエミリア嬢の使用人スタイル。
ラグナ卿はアナグラムで『ナラグ』を名乗る。
褐色肌にダークレッドの髪色となり、これで紅孩児っていうんだから狙いすぎである。
天然でやっているのが恐ろしいわ。
何を言っているのかというと、つまり〝最〟の方の……ゲフンゲフン。
孫悟空(スェンウーコン) と合わせて 聖嬰大王(シェンインダワン) とか、 紅孩児(フォンナンハイ) をもじることも考えたけど、流石にやめておいたわ! 理性!
「どの程度の額か調べてからね」
ちなみにベラゴート家への先触れはまだ出していない。
先触れを出すにも電子メールとはいかないから、人の手を借りることになる。
領地の状態が定かではなかったので、人を送ることを控えたのだ。
先触れは、あとで私が運び手に変装するなり、ミニを飛ばして手紙を投函するなりすればいい。
通行税は、用事のない領都へ行くには割高だったが、常識を逸脱したような高額ではなかった。
でも、間違いなく人の出入りは減らされているだろう。
ただ、それだけではあやしいと言える根拠にならない。
あくまで領主の判断で、権限を有していることだからね。
通行税を払い、領都へつながる街道に入る私たち。
「…………」
しばらくすると、それは私にもわかる感覚となった。
「…… 臭う(・・) な」
「私にもわかるくらいね……」
私の場合は臭いを感じとれるわけではない。
ただ、領都に近づくにつれ、空気が淀んでいる感覚を覚えた。
これって、かなりアレな状態じゃない?
「隣の領地で、このような状態になっているとはな」
「ええと、何がどうなのでしょうか」
エミリア嬢は感じられないらしい。
アンリエッタさんもよくわからない様子。
私とラグナ卿だけが感じたのは、ベラゴートの領都を中心とした空気の淀みだ。
「なんというか、空気が悪いのよ。まさに何かが起きている雰囲気というか。妖気漂うというか、あやしい感じ。実際、アンリエッタさんが言うような奇怪な事態が起きているのだろうし」
「スウェンは、アイゼンハルトで魔獣や幽鬼の類を見たのだろう? このような空気に満ちていたのか?」
「いえ、あの時はすでに魔獣そのものが暴れていたところに到着したから。湖の時も、そのものを見ているから空気感まではわからないわね……」
狼の魔獣にキメラ、バンシーの群れ、がしゃどくろ。
私が遭遇してきた 魑魅魍魎(ちみもうりょう) の類だ。
魔法とギフトがあるファンタジーな異世界だからって、今までそんなものと出くわすことなんてなかったというのに。
「この地にも魔獣が溢れていて、それを秘匿されているのかしら」
「そうかもしれないな。或いは伯爵家の動きを隠すためかもしれない」
なんにせよ、これは大きな問題だ。
ラグナ卿という戦力が同行しているのは、かなり重要になりそう。
「騎士団を連れてきて調査した方がいいと思う?」
「敵の陣営によるだろうな。スウェンの勘では、俺が出ていかなければ危険なほどの相手がいるということだろう? もし、そんな奴がいれば、並の騎士では相手にならない」
強さへの自信があるのね。
トップクラスの戦力しか相手にならないとすれば。
ギフテッドのG4か、ヴィルヘルムのような実力者か。
軍隊・騎士団の方が強いイメージは前世の世界だけだ。
こちらの世界ではギフテッドの戦力が、場合によってはだけど、どう考えても騎士団より上な気がしてならない。
私も身外身法を使えば一人で集団をどうにかできそうだし。
ラグナ卿なんて火炎で打ち払えば一般人はどうしようもなさそう。
だからこそ少数精鋭。
敵が数で来るようならば、こちらも対応するが。
そうして緊張感を持ちながら馬車が街道を進むと、一際濃く、ザワザワとする気配を感じた。
以前の感覚と突き合わせると、別に三蔵一行が近くに来たわけではないと思うが……。
何かしら?
「馬を止めさせろ。走っているところを襲われるより、敵を迎え打つ方がいいだろう」
「は、はい」
ラグナ卿の指示に従い、男爵家の御者に馬車を止めさせる。
「エミリア嬢とアンリエッタさんは馬車の中にいてね」
「わかりました……ですが、何かが来るのですか? 賊でしょうか」
「そこまではわからないのだけど。私も気配は感じるのよ」
おかしいわね。賊というなら話し声なりを私の耳が拾ってもおかしくない。
しかし、今回は気配を強く感じるというだけで、話し合うような気配がない。
かといって単独の敵ではなさそうで、かなりの数が迫っている気がしている。
「スウェン」
「……なに?」
「お前は、ラウゼン嬢と馬車、御者を守れ」
「じゃあ、迫ってくる〝何か〟は」
「俺の獲物だ。今回は大人しく見ていろ」
ラグナ卿がそう言って豪快に笑う。
安心してしまうような力強さだ。アニキ、やっちゃってください!
「 火尖槍(かせんそう) 」
彼の手に黒槍が現れ、火の粉が舞う。
初手から火炎を放つわけではないらしく、まずは槍術で対峙するか。
やがて、私たちの前に現れた敵の正体は。
『ウキキィッ!!』
『ウキィイイッ!!』
「…………」
……猿だった。魔獣の猿、 魔猿(まえん) の群れだ。