作品タイトル不明
35.小さな結婚式会場で-02-
料理長シュミットが経営する店の1つ、シルバー・ヒルシュを貸し切ることができることなんて、きっとこの先の人生無いだろうと思う。
アルフォンスは、真っ白なドレスを纏ったセシリアを見て、目を見開いて固まる。
ぱっちりとした二重が露わになった。瞳は少し潤んでいるようにも見える。
「……その顔、初めて私が騎士団本部にお邪魔した時にそっくりです」
セシリアは、彼の表情をじっと見つめた。自分が予想外の行動を取るたびに彼が見せる、この無防備な顔が、大好きだった。
「そんな昔のこと、覚えてるのか」
「半年前のことでしょう? 貴方との思い出は、全て心に刻まれていますよ、アルフォンス様」
セシリアは、アルフォンスを見上げる。
いつもの真っ黒な軍服も格好いいけれど、真っ白な慶事用の騎士服が一層、彼の眩しさを引き立てる。キラキラと輝く金色の髪も、深緑に輝く宝石のような瞳も。神様が全てを懸けて作ったようなその顔も。
やっぱり、星のようだな、とセシリアは思う。
「眩しいですね、アルフォンス様は」
「俺も、ずっとセシリアが眩しい」
それでも、今は手が届く。
お互いの手は、自然と絡み合った。どちらから、ということもなく。言葉など必要なかった。ただ手を取り合うだけで、2人の心は通じ合うのだ。
そして、重厚な扉がゆっくりと開かれた。
中からは、柔らかな光があふれ出し、その瞬間に、大量の花びらが舞い降りてきた。まるで祝福の嵐のように、色とりどりの花びらが2人を包み込む。ゲストたちが一斉に投げたのだ。
「おめでとう!」
「よっ、最高のカップルだ!」
歓声が四方八方から上がる中、セシリアは少し緊張しながらも、アルフォンスの手を握り直し、ゆっくりと歩き始めた。
「花びらが……すごいですね」
「……俺はこんなに派手なのは好みじゃないが」
アルフォンスは周囲を見回しながら、微かに眉をひそめた。しかし、その表情の裏には喜びが隠れていることをセシリアは知っている。
「でも、こうして皆が祝ってくれるのは嬉しいことだと思いませんか?」
彼女が笑いながら言うと、アルフォンスは口元を少しだけ緩めた。
ゲストたちの顔は見知った顔ばかりだ。
街の人々や騎士団の仲間たち、そしてウィンターズ家も勢ぞろいしている。
「えっ、市場の店主のおばさん!」
「ふふ、セシリア様が結婚式挙げるなんていうからねぇ。わざわざ休業してきちゃったよ!」
おばさんは屈託のない笑顔で手を振る。見れば、市場ではいつもお世話になっていた店主たちもずらりと並んでいるではないか。
セシリアもまた、嬉しそうに彼女たちに手を振り返した。
向かいを見ると、騎士団の団員たちが騒ぎ立てている。
「団長! めちゃくちゃカッコいいです!」
「だんちょ~! こっち見て~!」
「……おい、アイツら黙らせてきていいか」
アルフォンスが険しい顔で低く言う。その様子にセシリアは笑いをこらえきれず、彼の腕を軽く叩いた。
「もう、物騒な顔やめてください!」
アルフォンスが何か言い返そうとしたが、突然大号泣する声が聞こえてきたため、そちらを向いた。
グレイブ家の使用人たちの中、ひと際目立っている男がいたのだ。──執事のクルトである。
「うぉおお……旦那様、奥様ぁ……!」
「クルト様、あの、新郎新婦より目立たないでください……」
諫めるマリーの声まで、こちらに筒抜けである。
涙でぐちゃぐちゃになったクルトが、こちらに向かって叫んでいるのを見て、セシリアとアルフォンスだけではなく、周囲も軽く引いていた。
アルフォンスは呆れたようにため息をつく。
「なあ、なんでアイツは俺らを差し置いて、あんなに泣いているんだ」
「……はは」
だが、セシリアも他人のことは言えなかった。
遠くでは、涙とは無縁のウィンターズ一家が料理を食べまくっていたからである。
確かに、こんな高級料理を食べる機会はないけれども、口いっぱいにステーキを詰め込んだヴィルヘルムと目が合い、セシリアは思わず他人のフリをしたくなった。
お願いだから、手を振らないで欲しい。
「私の家族も大概でした……」
「まあ……シュミットの料理は美味しいからな」
「はは」
誓いの言葉もない。式次第があるわけでもない。ただ、真っ白なドレスとタキシードに身を包んだ2人がお世話になった人たちと談笑するだけの時間。
いつもと変わらない話をするだけなのに、空気が明るい色に染まっていくようだった。
セシリアは、周囲の温かい空気に包まれて、口角が上がりっぱなしだった。
「なあ」
ふと、隣にいたアルフォンスが静かに口を開いた。
「セシリア、俺と出会ってくれてありがとう。セシリアと出会ったおかげで、俺の世界は明るくなったから」
「……!」
その言葉は、今まで聞いたどんな言葉よりも深く、セシリアの心を貫いた。彼の真剣な瞳が彼女をまっすぐに見つめている。
「こちらこそ。私もアルフォンス様と出会ってぱっと世界が変わりましたから」
「俺に出会って?」
「そう、実はそうなんですよ?」
セシリアはそっと答えた。
今までは周囲を優先して、空回りばかりする自分自身があまり好きじゃなかった。幸せになっていいのか、とアルフォンスは悩んでいたが、セシリアもまた、幸せになるのが下手な人間だった。
(私だって、貴方の心に触れて、少しずつ変わることができたんだ)
セシリアは、アルフォンスと出会った夜会の日のことを思い出していた。
あの日に見たアルフォンス・グレイブは、とても美しく、同時に恐ろしい存在だと思った。月を背景にした立つ彼は、冷たく、孤高の騎士団長だったはずだ。
だが、今では違う。彼は、怖いけれども、誰よりも優しくて、格好いいのに、可愛くて、とても強いのに、ずっとずっと繊細な人だから。
(そして、それを知っているのは、私だけだから)
騎士団長に対して少しおこがましいかもしれないが、彼を守りたいという気持ちがセシリアの胸に沸き上がってくる。
セシリアは数歩下がってアルフォンスと距離を取った。
と思うと、助走をつけてアルフォンスに向かって駆け出した。両手を広げ、まっすぐに彼の元へ飛び込んでいく。
溢れだした感情は、もう止まらないのだ。
「アルフォンス様! 大好き!」
「うわっ、お前……急に抱きついてきて……っ!」
アルフォンスは驚きながらも、しっかりと彼女を抱きしめ返した。その温もりに、セシリアの心は満たされていく。
「わ……っ、えっ……」
次の瞬間、彼女は胴体を持ち上げられ、ぐるぐると回される。彼の力強い腕に抱かれ、ドレスの裾がふわりと広がる。
「調子に乗っている奴は、こうだ!」
彼は楽しそうに笑いながら、彼女を軽々と持ち上げている。
「お前、軽いな! ちゃんと食べてるのか」
「ええ、1日4食ですから」
「はは、そうだったな」
(アルフォンス様が、こんなに笑うところ、はじめて見た)
彼の無邪気な笑顔は、普段の厳しい表情からは想像もつかない。子どものような純粋な笑顔で、セシリアを見つめていた。
そして、しばらくセシリアを振り回したあと。
アルフォンスは「俺が、」と遠慮がちに言葉を紡ぎながら、セシリアを下ろした。エメラルドの瞳でじっと彼女のことを見つめる。
「……愛している、と言ったら」
彼は、騎士服に刺さっている剣を指さした。
「この剣で俺を殺すか?」
セシリアは、ふっと笑う。
それは、夜会の時に言った彼の冗談であり、セシリアの告白の意趣返しだろうか。
だが、慶事用の装飾の付いた模擬刀に当然殺傷能力は無い。
「いいえ、残念ながら、その剣では殺せませんから」
「そうか、それは残念だったな」
分かっていて聞いたのだろう。
そういう、可愛いところも好きだな、とセシリアは思う。と同時に、先ほどの『愛している』が時間差で心に広がっていく。
(愛してる、なんて)
セシリアは思う。
きっと、アルフォンスは知っているのだろう。永遠など無いことも、絶対というものが存在しないことも。
それは、セシリアもまた同じだった。
今までの人生で、ずいぶんと世間ずれをしてしまった。
婚約破棄をされて、十分現実を見たのに、今更何を思うというのだろう。永遠の愛も真実の愛も、世の恋人たちがささやく甘ったるい言葉も、全ていつかは終わるものだ。
目に見えないものを信じて、それにしがみつくなんて馬鹿馬鹿しいと、ずっと思ってきたはずなのに。
(それでも、貴方となら信じてみたいとも思う)
真実の愛、なんて不確かなものを簡単に誓えるほど、セシリアは子どもではない。
でも、そんな不確かなものも、確かに存在するのだと、手を取って教えてくれたのは、いつだって貴方だったから。
「──……私も愛しています。この先も、ずっと」
「うん、俺も愛している。この先も、ずっと」
2人は強く抱き合い、笑い合う。それ以上、言葉は必要なかった。
そして、誰に誓うわけでもないのに優しくキスを交わしたのだった。
『白い結婚』の旦那様と紡ぐ、最後の1か月・完