軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27.花言葉は「幸せな思い出」

セシリアがいつも出向いている、市場や店が立ち並ぶ 王都(エリオプス) の中心部へ続く大通りとは逆方向。

喧騒を抜けると、そこは王都なのか疑わしいくらい、静かで人通りも少なくなっていった。

「……こっち側に来るのは初めてです」

「まあ、何もないからな」

2人並んで、ゆっくりと歩いた。段々と緑も多くなり、建物の数も少なくなっていく。

「クルトがあんなに泣いているところは初めて見た」

アルフォンスがぽつり、とそう呟いた。

「お前、そんなに使用人たちと仲が良かったのか」

「仲が良いというか。日中、大変そうならお仕事を手伝っていましたけど……」

「そうだった。お前は、領民の畑を耕すタイプの令嬢だった」

アルフォンスは、ふっと笑い声をあげた。そして、過去を思い出すように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……使用人の中で、俺のことを幼い頃から知っているのは、クルトだけなんだ」

その言葉に、セシリアは、目を伏せた。

通常、使用人は家にずっと仕えるものである。ウィンターズ伯爵家のリーナも祖父の代からずっと仕えていたはずだ。

使用人の方が、その家の子どもよりも、ずっと家のことを良く知っている、なんてことは多々ある。だからこそ、主人は全信頼を置くことができるのだ。

けれど、グレイブ公爵家は違う。

「両親と兄が死んだとき、別荘に一緒に付いてきていたベテランの使用人たちも一緒に殺されたんだ。当時、まだ執事見習いだったクルトだけは留守番だったから、無事でな」

グレイブ家の屋敷にいる使用人たちの年齢は、比較的若い。

家を取りまとめる執事が30代というのは、通常の家ではありえないのだ。セシリアは、何となく察していたことの答え合わせができたものの、何も言わずにアルフォンスの言葉の続きを待つ。

「アイツは、別の家に雇われることになったんだが、なぜか戻ってきてな。……なんだかんだ、アイツにも迷惑をかけたと思っている」

「でも、ずっと働いてくださってるんでしょう」

「給金がいいからだろう」

いや、アルフォンスの人柄だろう、とセシリアは思う。だが、それをセシリアの口から告げるのは何だか違う気がして、代わりにこう言った。

「直接言ってあげたら、喜ぶと思いますよ。クルトさん。泣くんじゃないですか」

「……調子に乗るから、絶対に言わない」

アルフォンスは、苦い顔をしてそう言った。

少しだけ、涼しい風が吹いた。季節は、もう冬に近付いていっている。セシリアは、ショールを羽織りなおした。

「寒いか?」

「……いえ」

その直後、くしゅん、とセシリアはくしゃみをした。やっぱり寒かったかもしれない、とセシリアが笑えば、ふわりと温かいものが肩に乗せられる。

「着ておけ」

それは、アルフォンスの上着だった。

彼に触れていたところから体温が伝わってくるようで、妙にどきどきする。風は強くないから、飛ばされることなんてないのに、ぎゅっと上着を抱きしめた。

「ずいぶんと涼しくなったな」

「はい」

歩幅を合わせて、緩やかな坂道を歩いていった。

石畳の道が続き、その両脇には野花がぽつぽつと咲いていた。登っていくにつれ、徐々に白い花が現れ始めた。

光を浴びて、花びらが淡く光り、風が吹くたびにふわりと揺れる。その様子に、セシリアは目を奪われた。

「……リコリスですか?」

「似ているが違う。ダイヤモンドリリーだ。……母の、好きな花だった」

その言葉と共に、アルフォンスはゆっくりと足を止めた。目的地に到着したらしい。

平地になっているそこには、あたり一面、無数のダイヤモンドリリーが咲き誇っていた。花弁の1枚1枚が陽光を受けて輝き、まるで本物のダイヤモンドのようにきらきらと煌めく。

光の粒が舞い上がっているようにさえ見える。セシリアは息を飲み、その幻想的な光景に目を見張った。

「ここは……」

セシリアがアルフォンスに尋ねようとした時、ふと気が付く。

花畑の中心には、静かに墓石がたたずんでいた。

「はじめは、公爵領に作ろうか悩んだんだが……。騎士団長をしていた父に合わせて、王都に滞在することの方が多かったから、こっちに墓を建てたんだ」

あまりに幻想的なその光景に、セシリアは現実にいる感じがしなかった。まるで、天国と現世の間にいるような感覚だった。

セシリアは、ゆっくりと墓石に近付いていく。

「……ここに、アルフォンス様のご家族が眠っているんですね」

「ああ」

セシリアは墓の前にそっと膝を付いた。

「グレイブ前当主……」

「やめろ、改まって」

セシリアが改まって言葉を口にすると、アルフォンスは少し照れくさそうに顔を歪めた。

「アルフォンス様だって、私の家族に改まって挨拶してたじゃないですか!」

「それは、なんか……ほら、違うだろ」

自分だけ格好つけるなんてずるい、とも思うが。

確かに、改まった言葉遣いは自分らしくないか、とセシリアは笑った。形式張った言葉よりも、自分らしく率直に話す方が、彼らにも気持ちが伝わるだろう。

「……はじめまして。アルフォンス様のお父様、お母様、お兄様。今までご挨拶に伺えず、すみません」

セシリアはぺこりと頭を下げる。周りに咲くダイヤモンドリリーがそよ風に揺れて、さわさわと音を立てた。

「皆さまがとても素敵な方で、アルフォンス様に沢山の愛情を注いできたことは、よくわかります……本当に、お会いしてみたかった」

セシリアには分かる。アルフォンスの両親も、兄も、アルフォンスに負けず劣らず優しく素敵な人に違いない、と。

もう彼らに絶対に会うことができないのが、どうしようもなく、苦しくて悔しくて仕方がない。

セシリアは、アルフォンスの上着をぎゅっと握りしめた。

「アルフォンス様は、とても素敵な方です。本当に、私にはもったいないくらい。だから──」

結婚させてください、と言いたい唇が震えた。

結婚の許可をもらう言葉は、こんなにも緊張するものなのか。

セシリアは、ウィンターズ領で、父に跪いたアルフォンスの姿を思い出す。彼が自分の父に、真剣に結婚を申し出たその時も、彼は緊張していたのだろうか。

セシリアは、深呼吸をした。

「……だから、どうか。結婚を許していただけると、嬉しいです」

震えた声で、セシリアは墓の前で頭を下げる。セシリアの横に、微かな気配を感じた。

「……いいぞ、許す」

「ちょっと、アルフォンス様に聞いてるわけじゃないんですけど!」

「俺の両親だったら、きっとそう言う」

アルフォンスは、墓石に手を添えると息を吐いた。懐かしそうな笑みを浮かべて、彼は言う。

「……多分、今の俺を見たら笑われると思うな」

「どうしてですか?」

「昔の俺は、弱々しかった。こんな性格じゃなかったし」

こんな性格、とはどの性格のことを指しているのだろうか、とセシリアは思い首を傾げる。

「……兄の真似をして、一人称を俺にした。口調を強く、舐められないようなものに変えた」

「ああ、だから『僕』」

「……?」

酔った時に、自分のことを『僕』と言ったアルフォンスを思い出す。彼が思い出したら恥ずかしさで死んでしまうかもしれないから、セシリアは黙っておくことにした。

アルフォンスは、自分自身が強くあらねばと奮い立たせてきたのだろう。だから、勘違いされることも沢山あるけれども。

「本質は、何も変わってないんじゃないですかね。アルフォンス様ってすっごく優しいですから」

「そうか?」

「そうです」

辺りに咲いたダイヤモンドリリーを見ながら思う。

彼がこの丘に咲き誇るダイヤモンドリリーをこうして守り、育ててきたこと――その優しさが、彼の本質であることをセシリアは知っている。風に揺れる花々が、肯定するかのように、ふんわりと揺れていた。

「……父さん、母さん、兄さん。俺は、今、とても、幸せです……幸せなんだ」

彼の声は、風に乗って空へと消えていく。その言葉が、家族に届くことを祈るかのように、彼は目を瞑り、静かに言葉の意味を噛み締める。

「だから、そこで見ていて欲しい。騎士団長として、公爵家当主として、これからも立派に成長していく、アルフォンス・グレイブを」

そう言って、アルフォンスは立ち上がった。彼が立ち上がったのに合わせて、セシリアもまた立ち上がる。

アルフォンスが少し先を歩いていくのをセシリアは追いかけた。

その時だった。

ダイヤモンドリリーが眩い光を放つ中で、アルフォンスはゆっくりとセシリアの方を振り返った。

彼の金色の髪もまた陽の光を受けて、優しく煌めいた。風吹いて、白い花びらが舞い上がる。

その中に佇むアルフォンスは、まるで妖精か天使の類のようで────

あまりに美しい光景に、セシリアは思わず息を飲む。

「なあ」

アルフォンスが瞬きをして、ふわりと微笑む。

「──……結婚式を挙げないか」

セシリアは目を見開いて、アルフォンスを見つめた。

それはそうだ。だって。

「……私たちって結婚したのは、もう1年以上前ですよ」

『白い結婚』契約時は、アルフォンスが遠征に向かう、という理由で教会からの結婚式の提案を一度断っている。1年以上経って、改めて結婚式を挙げるなんて教会が許すだろうか。

(……もし本当に結婚式を挙げるってなったら、貴族も呼ばなきゃいけないよね。私、全然人脈無いけど)

どっと冷や汗をかいたセシリアに、アルフォンスは半笑いしながら首を横に振った。

「教会で挙げるわけじゃない。レストランでも借りて、親しい人だけを呼んで、小さな結婚式をしよう」

「……!」

十分に現実を見たセシリアは、世の中の令嬢のようなロマンチックな考えはとっくの昔に捨ててしまったはずだった。

素敵な恋をして、ロマンチックなプロポーズをされて、結婚式では永遠の愛を誓って。そんなものは夢物語で、憧れなんて無かったはずなのに。

(いや、嘘だ。本当はどこかで憧れていたんだ。私も)

真っ白なドレスを着て、大好きな人たちに見守られながら、この人の隣を歩くことができたのならば。

(……なんて、素敵なんだろう)

セシリアの答えは1つしかなかった。

結婚式の日取りは、使用人たちの手によって1か月後に決まった。