作品タイトル不明
第六話 腹黒クルーガー・オンブラ
トントントン
談話室のドアを叩く音と扉が開いたのは、同時だった。
「クルーガー様。女性の部屋に入る際は、こちらが入って良いと言うまで待つものです」
トワレが苦言を呈しても、当の本人は全く気にしていない。
スタスタとリベルタの傍まで行くと、
「君が、リベルタ・ベリッシモ伯爵令嬢?」
と聞いてきた。
リベルタは、彼の顔に見覚えがあった。
『この少年は、腹黒である』
脳裏に前世の記憶が流れた。
フレルトルートを進む上で最難関が、彼、クルーガーだ。
賢者としての前世を持つ彼は、よく言えば感情に左右されない大人。
悪く言えば、成果の為には手段を選ばない腹黒である。
女性と間違われるほどの美貌と珍しい白銀の髪が特徴的な彼は、トワレと同じ年の十四歳。
乙女ゲームでは、聖女の教育係として補佐に就く先輩ポジションだ。
表面上は誰にでも平等な人柄だが、裏を返せば、誰にも興味がない。
何を隠そう、入学当初彼に初めての恋をして無残に散ったのがトワレだ。
他にも多くの女子生徒が告白したが、『お友達からなら』という返事に踊らされ、『ただの知人』のまま終わっていった。
きっと、誰の名前も覚えていないだろう。
ただ、親しげに微笑みかけてくる女性には、それ相応の微笑みをオートマチックに返していただけだ。
そのクルーガーが、聖女という興味しか湧かない対象と出会ったことで、他の人間にも関わりを持ち始め本当の意味での大人に成長していくストーリー。
クルーガーは、フレルトと共に、聖女のお世話係を命じられるメイン攻略対象だ。
平民だった聖女が授業スピードに追いつけないだろうと、三人だけのクラスが編成される。
だから、常に、三人一緒。
フレルトとの逢瀬を邪魔する彼を、何度抹殺してやろうと思ったことか分からない。
しかし、クルーガーに真っ直ぐに見つめられたリベルタは、彼の瞳の中に輝く星を見つけ目が離せなくなる。
それは、彼が興味を持った人間を観察する時に使う『鑑定眼』だったからだ。
「おかしい……こんな事は、今まで一度もなかった……」
普通なら、相手の魔法レベルから健康状態まで、ありとあらゆる情報が、レポートのようになって脳裏に映し出される。
しかし、今、彼の頭の中に浮かぶものは、『白紙』。
真っ白なシミ一つない状況は、逆に綿密に目一杯書き込まれた情報より恐い。
それは、未知。
何者でもなく、何者にでもなれる存在を、何かの形に当てはめることなど出来ないのだ。
「ありえない……」
リベルタから何も読み取れないことに、クルーガーは、首を傾げる。
それに倣うように、リベルタも首を傾げた。
合わせ鏡のような動きに、横で見ているトワレが笑いをこらえる。
クルーガーが誰かの手玉に取られるのを、今まで見たことがない。
しかし、超変人リベルタを前に、彼の思考はすでに乱され始めている。
「クルーガー様、今日は、マジックバッグの件で話しにこられたのでは?」
侯爵家の三男であるクルーガーに、トワレも一応礼儀をわきまえ敬語で話す。
本当なら、さっさと座れと怒鳴りたいくらいだ。
不満げな顔のトワレを一瞥し、クルーガーは、渋々リベルタの横に座った。
「例の物を見せてもらおう」
「こちらです」
対面に一人で座ることになったトワレは、口を尖らせながら、試作品のマジックバッグを机の上に置いた。
まだ、何が起こったか分かっていないリベルタは、クルーガーの横顔を凝視し、百面相のように表情を変えている。
意外と男前?
でも、目が笑ってない?
もしかして、『鑑定眼』で何かバレた?
どーでもいいけど、バッグ、乱暴に扱わないで!
あ、私、伯爵令嬢。
この人、侯爵子息。
若干だけど、私、格下だった!
最後に驚いたように口に手を当てるリベルタに、トワレは、腹筋を総動員して笑いを我慢する。
「君、全部声に出てるよ」
呆れ顔のクルーガーだが、心の窓全開で嘘がつけそうにないリベルタに、何故か不快感はなかった。
前世を含めると百年の記憶がある彼にとって、人間とは、うつろいやすく脆い存在だった。
少し揺さぶりをかければ、直ぐに手のひらを返し、すり寄ってくる。
しかし、この子猫のような瞳を持つ少女は、裏も表もなく、ちょっと突けば小さな爪を出してシャーシャー鳴くような抵抗を見せる。
一捻りに出来そうでできないのは、その愛らしさを傷つけることに、罪悪感を抱くからだ。
「俺の名は、クルーガー・オンブラ。君達の研究に加えて欲しい」
クルーガーは、初めて名乗り、ここに来た理由を述べた。
現在、マジックバッグの容量は、実質量の二倍が限度。
それも、リベルタの緻密に描かれた魔法陣がなければ実現できなかった。
しかし、実用化するには、更に数倍の効果を持たさなければマジックバッグとしての意味がない。
そこで、様々な魔法に精通するクルーガーの登場だ。
彼自身、前世の記憶があることは公表していない。
しかし、学園創立以来の天才という呼び名は、国内外に聞こえるほどの名声を誇っている。
学園側からの依頼で致し方なく来てやったのだが、なかなか面白そうな試作品に、改良点などを述べてやろうと珍しくクルーガーも意気込んだ。
しかし、
「あ、お断りします」
というリベルタの即答に、
「は?なんで断る?」
クルーガーは、生まれ変わって以来初めて、年相応の困惑を見せた。
「だって、男子って、面倒くさいから」
「はぁ?」
「女子のおしゃべりを、無駄だって顔で見てくるし」
「いや、確かに、あれは、無駄だろ」
「ほーら、そーゆーとこ」
喪女リベルタの前世は、仕事以外では引き篭もりの廃人ゲーマーだった。
交流は、せいぜいゲーム情報交換板でのチャットくらい。
しかし、転生してトワレや寮の女子生徒と交流するようになって、女子のダラダラした長話の楽しみを覚えたのだ。
それをつまらない視線で見てくる男子とは、なるべく距離を置きたい。
「分かった。じゃぁ、ここでは、建設的な長話をしようじゃないか」
クルーガーは、マジックバッグを手に取ると、
「先ず、魔法陣を刺繍する場所による変化は、調べたのか?」
と質問した。
「え?場所?」
「そうだ。今は、内側の側面に施されているが、これを底に施すことで、出し入れのしやすさが格段に上がる」
「なるほど……」
「それに底板を頑丈にすれば、耐久性も上がるだろう」
「ほうほう」
「糸の素材と色による変化は調べたのか?」
「えー、面倒くさい」
「今は白い絹糸のようだが、これでは、布地に同化しすぎて効力が半減しているはずだ」
「えーー!半減!」
次々と改善点を指摘するクルーガーに、気づけばリベルタは、前のめりで討論を繰り広げるようになっていた。
「乗せられやすいんだから」
トワレは、チョロいリベルタを馬鹿で可愛いなと思いながら、二人の会話をメモすることを忘れなかった。