軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

②ルウ家の女衆

「へえ……ここがルウ家の、総本山かあ」

俺は思わず、そんな風に感嘆の声をあげてしまった。

ルウの本家は、アイ=ファのねぐらから1時間ていど、太陽の位置から察するに、ひたすら南に下った位置に存在した。

目立って大きな建物は存在していない。

その代わりに、これまで見たきたどの場所よりも、数多くの建物が密集している。

もちろん、たっぷりと余りある空間に、余裕をもって建てられてはいるのだが、他の住居と比べればその差は歴然としていた。

中央に、黄色く踏み固められた広場みたいな空間がある。

学校のグラウンドの半分ぐらいの面積である。

それを取り囲むようにして、七つばかりの木造家屋が建ち並んでいる。

大きさとしては、どれもアイ=ファの住処より二回りほど大きいぐらいか。

たとえ13名の大家族であったとしても、こんなにたくさんの住居は不必要であるはずだ。

「……家を継ぐのは家長であり、その兄弟は妻を娶ると本家の近場に新しい居をかまえることになる。あれらの幾つかは、その兄弟の住処なのだろう」

ゴムノキモドキの葉で入念に包まれたギバのモモ肉5キロ分を手に、アイ=ファがそんな風に説明してくれた。

同じように肩ロース5キロぶんの包みを抱えつつ、俺は「なるほど」とうなずき返す。

「で、この真ん中の広場は何なんだ? ちょっとした運動会ぐらいならできそうなスペースだけど」

「うんどうかい? ……これは婚儀や葬儀のための場であろう。ルウの家に少しでも縁のかかった人間を集めれば、まあ100人を下ることもないだろうからな」

森辺の民総勢500名の内、その5分の1までもがルウ家ゆかりの人間なのか。

まあ、逆に言えばたった500名しかいない集落なのだから、外部の血を入れなければあっという間に親戚だらけになってしまいそうだな、とも思う。

「無駄口はもうよかろう。行くぞ」と進み始めたアイ=ファを追って、俺もその広場に足を踏み入れる。

そうして俺たちが広場の中心あたりにまで到達すると、七つの内の真ん中に据えられた建物の陰から、小さな人影がちょろちょろと走り寄ってきた。

「アイ=ファ! アスタ! ようこそルウの家に! 本当にずいぶん早かったんだねえ」

もちろんのこと、リミ=ルウである。

ちなみに、現在はまだ中天と落日の中間ぐらいの頃合いだ。

俺の感覚としては、午後の3時といったところか。

「ちょっと色々やることがあってな。もう始めちまってもかまわないか?」

「うん! それじゃあお客人のハガネをおあずかりいたします!」

アイ=ファは無言のまま、大小の刀を差しだす。

これはちょっと考えに入れてなかったので、俺は少々あわてる羽目になった。

「なあ、リミ=ルウ。俺は自分の刀で調理したいんだけど、それってやっぱりまずいことなのか?」

「ん? 肉切り刀だったら、うちにもいっぱいあるけど?」

「いや、俺の刀は特別仕立てなんだよ」

と、任侠映画のように腰あてに差していた三徳包丁を手に取ってみせる。

ちなみに本日も、Tシャツの上にカラフルなベストを着込み、腰あてを巻いているが足もとは白シューズ、頭には白地のタオルを巻きつけた、きわめてハイブリッドな装いである。

本音を言えば料理人の誇りたる白装束で挑みたかったのだが、あまり異国民であることを主張しすぎないほうがいいかなという考慮の末の、この格好だ。

で、俺の掲げた三徳包丁を物珍しげに眺め回しながら、リミ=ルウは「ふうん」と小首を傾げやる。

「だったら、かまどの間まではリミ=ルウがあずかるね! ハガネを身につけたままだと家に案内できないから!」

俺はほっと息をついて、三徳包丁と小刀を差しだした。

大刀を1本、小刀を2本、そして三徳包丁の計4本の刀を受け取ったリミ=ルウは、それを両手で恭しく掲げ持ちながら、「ではこちらに!」と、きびすを返した。

さあ、鬼が出るか蛇が出るか、と気合いを入れてルウ家の人々との対面に挑んだ俺であったが。その後わらわらと玄関口や建物の裏手から姿を現したのは――いずれもなよやかな女衆であった。

そうか。この時間、男連中はみんな森に出ているのだ。

少なからず肩透かしを食らった体の俺と、こちらは至って平常運転のアイ=ファの眼前に、6名ばかりの女衆がずらりと立ち並ぶ。

「お客人をお連れしました! ファの家のアイ=ファとアスタです!」

好奇心にきらめく6対の目線が、何の遠慮もなくぶつけられてくる。

この5日間、礼儀正しく黙殺されるばかりであった俺にとっては、それもまた意想外の出来事だった。

視線の集中砲火である。

13人家族なのだから、その半数が女性でも何らおかしいことはないのだろうが。しかし、何だか圧倒されてしまう。

一枚布の長衣を纏った既婚の女衆が3名。

胸あてと腰あてをつけ、髪を伸ばした未婚の女衆が3名。

ひとりは、老婆だ。しかしジバ婆さんではないのだろう。実にふくよかな体型をしていらっしゃるし、その立ち姿も元気いっぱいだ。しかも、何やら脂の匂いをプンプンさせている。

もうひとりは、中年女性だ。俺の親ぐらいの世代だろうか。こちらも実に健康的な丸っこさを有しており、おまけにけっこう背も高い。筋金入りのおっかさんという感じである。

そして――あとは、のきなみ若かった。

俺より年長そうなのが2名。

そのうちの、長衣を着ているほうの1名が小さな小さな赤ん坊を抱いている。だが、どちらも20歳そこそこだろう。

それに、俺と同い年ぐらいのが1名と、俺より若そうなのが1名。

これで総勢6名だ。

赤ん坊とリミ=ルウを入れれば、計8名。

「そっちがティト・ミン婆で、隣りがミーア・レイ母さん。それにジザ兄のお嫁さんのサティ・レイと、赤ちゃんのコタ。あとはヴィナ姉とレイナ姉とララ姉だよ!」

「おいおい、そんないっぺんに紹介されたって……」と、そこで俺は心臓をバウンドさせる。

「……おい、今、レイナって言ったか?」

「はい?」

不思議そうに首を傾げたのは、俺と同い年ぐらいの娘さんだった。

森辺の民にはちょっと珍しい黒髪を、おさげみたいにふたつにくくっている。背が小さくて、ちまちましていて、無邪気そうな表情がちょっとリミ=ルウに似ていて……そしてやっぱり、浅黒い肌に青い瞳をしている。

(……そりゃそうだよな。何を考えてるんだよ、俺は)

それはただ、たまたまこの娘さんが俺の幼馴染と同じ名前をしているというだけのことだった。

だけど、玲奈とは全然似ていない。玲奈はもっと子どもっぽい顔をしていたし、髪はショートヘアだったし、ここまではっきりとした美人でもなかった。まあ、小動物みたいに愛くるしい顔ではあったが。唯一似ていると言えるのは、その、俺の肩ぐらいまでしかない小柄な体型ぐらいのものだ。

「ごめん。何でもない。俺の知り合いと同じ名前だったから、つい反応しちまっただけなんだ」

「まあ。わたしと同じ名前のご同胞がいらっしゃったのですか?」

これまたリミ=ルウとそっくりな感じで、無邪気に微笑む。

ああ――その笑い方は、ちょっと玲奈にも通ずるところがあるのかもしれない。というか、きっと玲奈は年齢よりも無邪気で子どもっぽいところがあったから、そういう部分がこの娘さんやリミ=ルウと共通しているだけなのだろう。

「……ファの家のアイ=ファと、この男は家人のアスタだ。今日はリミ=ルウに願われて、ルウの家のかまどを預かるために出向いてきた」

と、いつもよりは少しだけ硬い声で、アイ=ファがそんな風に宣告の声をあげた。

脂の匂いを発散させている老婆が、「ようこそ、ファの家のアイ=ファとアスタ」と、その風貌にぴったりの柔らかく太い声で応じる。

「ルウの家は、あなたがたを歓迎いたします。ララ、狩人の衣をお預かりなさい」

「えー? あたしが!?」と、リミ=ルウを除けば一番ちっこい女の子が不満そうな声をあげた。

いや、年齢は13、4歳ていどであろうけども、身長なんかはさっきのレイナという娘より大きいぐらいなのかもしれない。

男の子みたいに強情そうな顔つきをしており、手足も胴体も細っこいが、何となく他の女衆よりも研ぎすまされた雰囲気をかもしだしている。頭のてっぺんでくくった髪はリミ=ルウよりも鮮やかな赤色で、瞳は海のように鮮烈な青。

渋々ながらも前に進み出て、アイ=ファから毛皮のマントを受け取るララという娘を横目に、たしかティト・ミンとかいう婆さまがにっこりと破顔する。

「早い時間からかまどの間を使いたいとのことでしたので、脂しぼりの仕事も早急に片付けておきました。あとはどうぞご随意に。ええと、もともと今日のかまどを任されていたのは……」

「リミと、ティト・ミン婆と、レイナ姉だよ!」

「そうだったね。リミと私、それにレイナがあなたがたのお手伝いをいたします」

「はい。ありがとうございます」

拍子抜け、とはこのことだろう。

俺としては敵地に乗り込んできたぐらいの意気込みであったのに、ここの人々は――何というか、みんな温和で、きわめて友好的な様子なのだった。

少しでも面白くなさそうな顔をしているのは、さきほどのララという赤毛の女の子ぐらいで、あとはみんなにこにこと微笑んでいる。水場や道端で会う人々なんかと比べたら、その違いは明らかだ。

かつて家長であるドンダ=ルウからの嫁入りの要求を突っぱねたアイ=ファと、得体の知れない異国人(実は異世界人)である俺を目の前にして、何とも余裕たっぷりの対応ではないか。

「ねぇ……その前に、ひとつだけ確認しておきたいんだけどぉ……」

と、妙に艶っぽい声が投げかけられてくる。

若いが俺よりは年長で、そして赤ん坊を抱いていないほうの女性だ。

栗色の長い髪を、右側でひとつにくくっている。胸もとと腰もとしか隠していないその身体も、むやみに色っぽいラインを描いている。

「ファの家のアスタ。あなたは、異国のお生まれよねぇ? それなのに生まれを名乗らないのには、何かわけでもあるのかしら……?」

「いえ。別に隠しているわけではないんですけども」

このあたりのことは、けっこう早い段階でアイ=ファと話し合っている。

身の証しを立てられない俺は、今後どのようなスタンスでこの世界と関わっていくべきか。その選択肢はそんなに多くなかったので、判断に困ることはなかった。

「どうも俺の生まれた国は、この地では全然知られていないみたいなんですよ。……俺の生まれは、日本という国です」

俺とアイ=ファが選んだ道。それは「正直に話すこと」だった。

「今から5日ほど前に、俺はモルガの山麓の森辺で目を覚ましたんですけど、どうして自分がこんな場所にいるのか、見当もつかないんです。ここの人たちは日本なんていう国は知らないっていうし、俺のほうもアムスホルンなんていう大陸の名前は聞いたこともなかったし。それなのにこうしてきちんと言葉は伝わるし。何がなんだか、いまだにさっぱり分からない状態なんです」

嘘を通せば、いずれボロが出てしまう。

そして、万が一にもこの世界に俺と同じ境遇の人間がいた場合、みすみすそれを逃してしまう結果にもなりかねない。

だから俺は、わからないことはわからないまま、自分の素性をさらけ出していくことにしたのだ。

ただひとつ、「死んだはずなのにこの世界で生き返っていた」というスペシャルに素っ頓狂なポイントだけは伏せておこう、というのはアイ=ファとも見解の一致を見た。

「ふぅん……アムスホルンを知らない、異国人? ……そんな人間が、こんな大陸の真ん中で、ねぇ……?」

妙に間延びした喋り方も、ついでにとろんとした流し目も、やたらと扇情的なお姉さんである。

だけど、そのような疑念を呈してくるということは、案外この中で一番警戒心が強かったり、頭の回転が速かったりするのかもしれないな、と俺は心のメモ帳に書き留めておくことにした。

「俺にもさっぱりわからないんですけどね。それで、森の中で出会ったこのアイ=ファが、色々と世話を焼いてくれたんです。まあ、俺みたいに森辺の掟もわかっていない人間を野放しにするのは危険だ、と心配してくれたのでしょう」

「へぇ……あなたってそんなに気立てのいい娘さんだったのねぇ、ファの家のアイ=ファ。あなたは男衆みたいにギバを狩ることにしか興味がないのかと思っていたわぁ」

それは別に悪意を感じさせる物言いではなかったが、アイ=ファに顔をしかめさせるぐらいの挑発的な響きは含んでいた。

もちろん何も答えようとしないアイ=ファに流し目をくれながら、お姉さんは「うふふ」と笑う。

「まあ、何にせよ、今日は楽しみにしてるわよぉ? それに、あなたたちは大事なジバ婆のために来てくれたのだものねぇ? 何だか父さんは嫌な顔をしていたけど、わたしたちはみんなあなたたちを歓迎しているし、感謝の気持ちも持っているわ。それは本当よぉ?」

「はあ。恐縮です」とか間抜けな返事をしてしまう俺に、今度はそのぽってりとした唇に指先をそえて、くすくすと笑い声をたてる。

どんな仕草でも色気を付随させなきゃ気が済まないのだろうか。

「……わたしは、ヴィナ。ルウの家の長姉よ。次姉は黒髪のレイナ、三姉は赤毛のララ。そして末妹のリミ。男の兄弟は、森から帰ってきたら紹介するわぁ」

その、ほどよく脂ののったなめらかな腕が、今度は年配の女性陣を指し示す。

「今からあなたのお手伝いをする、先代家長の嫁、ティト・ミン。……つまりはわたしたちの祖母ってことね。その隣りが、わたしたちの母であり家長ドンダ=ルウの嫁である、ミーア・レイ。そして、長兄ジザの伴侶であるサティ・レイと、その子コタ。あなたたちが情けをかけようとしている曾祖母のジバは、家の中で眠っているわ。……どうぞよろしくねぇ、ファの家のアイ=ファと、アスタ」