軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

歓迎の祝宴②~宴の始まり~

中天から日没までの、およそ7時間。デルシェア姫はひらひらと宙を舞う蝶々のような軽やかさで、あちこちのかまどの間を見物していた。

その中でもっとも長きの時間を割いていたのは、やはり俺が陣取ったシン=ルウ家のかまどの間であるようだが。何せルウの集落には8つものかまど小屋が存在するため、行ったり来たりでせわしないことこの上なかった。

また、その半分ぐらいの時間は、ポルアースも同行していたようである。デルシェア姫の側が気安い言葉を使っているためか、両者はずいぶん親睦が深まっているように見受けられた。

しかしもちろんポルアースとしては異国の王女を相手に、最大限の敬意を払っているのだろう。俺の目にはいつも通りにこにこ笑っているようにしか見えなかったが、アイ=ファなどは「ポルアースは大したものだな」としみじみ評していたものであった。

そうしてじわじわと日没が近づいてくると、集落の広間が賑やかになっていく。

やはりドンダ=ルウも、早めに狩りの仕事を切り上げたのだろうか。下りの四の刻になる頃には、巨大なギバを担いだシン=ルウが帰還の挨拶をしてくれた。

「今日もご苦労だな、アスタよ。何も不都合なことはなかっただろうか?」

「うん、もちろん。準備は順調だから、祝宴の開始を楽しみにしててよ」

「そのつもりだ」と穏やかな微笑みをこぼして、シン=ルウは身をひるがえそうとした。そこにやってきたのが、デルシェア姫である。

「わーっ、これまた立派なギバだね! ねえねえ、これからすぐにそれを処置するの?」

「うむ。これは血抜きにも成功できたギバなので、牙と毛皮を収獲したのち、内臓を洗って肉も切り分けることになる」

「だったら、それも見学させてもらえない? 邪魔したりはしないから!」

シン=ルウが快諾すると、デルシェア姫は子供のように「わーい!」と喜んだ。

「ありがとうねー! ……あ、あんたはたしか、試食会とか吟味の会にも同行してたお人だよね! 男前だから、顔を覚えちゃった! ……って、あれ? 女の側から殿方の容姿を褒めそやすのも駄目なんだっけ? だったらごめんね! 今後は気をつけるから!」

シン=ルウは目を白黒させながら、「承知した」とだけ応じていた。

そしてデルシェア姫の背後では、ララ=ルウが真っ赤な髪を炎のように逆立てている。これでララ=ルウも、アイ=ファの気苦労を共感できたのかもしれなかった。

まあそんなささやかな一幕はありつつも、基本的に時間は穏やかに過ぎ去っていった。

しばらくして、あたりに夕刻の気配が漂ってくると、今度はルウの眷族や余所の氏族からも参席者が到着する。かまど番を出した余所の氏族からは、それぞれ見届け人の男衆を参席させることが許されていたのだ。その中から真っ先に俺たちのもとを訪れたのは、ラヴィッツの長兄とモラ=ナハムの凸凹コンビであった。

「あ、どうもおひさしぶりです。今日はモラ=ナハムもいらしたのですね」

「うむ……ナハムからは2名の女衆を出しているので、見届け人も2名出すことを許された」

参席者の人数を把握しておかなければならないため、そのあたりの事情は俺もわきまえている。余所の氏族からは、10名のかまど番と同数の男衆が参ずるという話であったのだ。前回の試食会においても親筋たるラヴィッツの長兄が出向いていたが、本日はそこにマルフィラ=ナハムらの兄であるモラ=ナハムも加えられたということであった。

そうしてモラ=ナハムが登場すると心を乱してしまう人物が、約1名存在する。モラ=ナハムはモアイ像のように無機的な顔を、その女衆のほうに向けた。

「フェイ=ベイム……息災そうで、何よりだ」

「な、なんでしょうか? わたしにだけ挨拶をするというのは、不相応でしょう?」

フェイ=ベイムが四角いお顔を赤くしてしまうと、モラ=ナハムは申し訳なさそうに目を伏せた。

「この場には、他に名を知る相手もいなかったので……仕事の邪魔をしてしまい、申し訳ない」

「べ、別にこれしきのことで邪魔になったりはしませんけれど……」

そんな両名のやりとりを、落ち武者のごとき風貌をしたラヴィッツの長兄はにやにやと笑いながら検分していた。

「ジャガルの王女とやらは、もう参じているのだな? では、モラ=ナハムのことも紹介しておくか。せいぜい美味い料理を期待しているぞ、お前たち」

そうしてモラ=ナハムたちが立ち去ると、他の氏族の男衆らも続々と挨拶に訪れてくれた。

バードゥ=フォウとチム=スドラ、ゼイ=ディンとリッドの家長、ガズの長兄とマトゥアの長兄、そしてベイムの家長――おおよそは、交流の深いお相手である。比較的、ガズの血族とはご縁が薄かったものの、まったく見知らぬ相手ではなかった。

さらに、ガズラン=ルティムやギラン=リリンやラウ=レイといった、ルウの眷族の家長たちもやってくる。ルウの眷族からは数名ずつの女衆が宴料理の準備に駆り出されており、あとは本家の家長のみが参席を許されたのだという話であった。

そして最後にやってきたのは、族長筋から男女1名ずつ。そちらは、ゲオル=ザザとスフィラ=ザザ、ダリ=サウティと分家の末妹という顔ぶれであった。この分家の末妹は、かつてファの家に逗留していたグループのひとりである。朗らかで、ちょっと幼いところのある可愛らしい娘さんだ。

森辺の側の参席者は、これで総勢であった。

ルウの集落に住まう家人は全員参加であるので、これだけで80余名という人数になる。貴き方々をもてなすのに、十分な人数と顔ぶれであろう。

「今日はいささか、風変わりな顔ぶれとなりましたね。また、外からの客人が貴族や王族のみというのは、初めてであるように思います」

ガズラン=ルティムは、そのように語らっていた。

「ええ。北の集落の収穫祭では、ニコラやプラティカもいましたもんね。正確に言うと、ジェムドも貴族ではないようですが」

「ああ、祝宴にはジェムドも参席できるのですね。……思うに、フェルメスが試食会の場で鬱屈してしまうのは、ジェムドからも引き離されてしまうためなのではないでしょうか?」

「それはそうかもしれません。あのおふたりは、ずいぶん固い絆で結ばれているようですもんね」

そんな言葉を交わしている間に、ようやく宴料理の準備も整った。

刻限は――下りの五の刻の半である。祝宴の開始までは、あと半刻だ。

「アスター! 準備は終わったー?」

と、いきなりかまど小屋に飛び込んできたのは、リミ=ルウであった。

俺が「うん」と応じると、リミ=ルウは満面の笑みでアイ=ファを振り返る。

「それじゃあ、お着換えだね! アイ=ファも宴衣装を着るんでしょー? リミが手伝ってあげるから!」

アイ=ファは溜息をこぼしながら、前髪をかきあげた。

「私は婚儀の祝宴のみ、宴衣装を着るように取り決めたのだが……やはり今日も着なくてはならないのだろうか?」

「うん! ドンダ父さんたちが、そう決めたんでしょ?」

それは、ジャガルの方々をもてなすために宴衣装の着用を願いたいというジェノス城からの申し出を、三族長たちが受諾したのである。それで族長らは未婚の女衆に宴衣装を纏うべしという通達を下したので、アイ=ファもそこに含まれてしまうのだった。

「アイ=ファの宴衣装、ジバ婆も楽しみにしてるよー! ほら、早く早くー! 本家は幼子が集められてるから、ジーダのおうちねー!」

そうしてアイ=ファはリミ=ルウに引きずられるようにして、かまどの間を出ていった。他の女衆もそれに追従し、あとに残されたのは俺とガズラン=ルティム、それにイーア・フォウ=スドラのみである。

「あ、そうか。イーア・フォウ=スドラは伴侶があるから、宴衣装を着ないんだね」

「はい。かつての城下町の祝宴では着ることになってしまいましたが、今回は何も言い渡されていませんので」

「それじゃあ、外で祝宴の開始を待とうか」

3人でかまどの間を出ると、たちまちバードゥ=フォウとチム=スドラが近づいてきた。どうやらこちらの仕事が終わるのを待ち受けていたようだ。

「さきほど、デルシェアという王家の人間に挨拶をさせてもらった。他の者たちから聞いていた通りの人柄であるようだな」

「はい。裏表はないお人だと思いますよ」

「俺にも、そのように思えた。本当に、小さな幼子のごとき気性であるようだ」

沈着なバードゥ=フォウも、いくぶん苦笑気味の表情になっている。デルシェア姫は厨の見学でテンションがマックスに達していたため、バードゥ=フォウはいきなり元気いっぱいの姿を目にしてしまったわけである。

「実のところ、父君のダカルマス殿下もそっくり同じ気性です。森辺の民と相性は悪くないように思うのですが……ガズラン=ルティムは、どのようにお考えでしょうか?」

「そうですね。私も異存はありません。あちらも森辺の民に対して、純然たる好意を抱いているようですしね」

そんな風に言ってから、ガズラン=ルティムは「ただし」と続けた。

「試食会で見た限り、使節団の人々はひどく気が引けている様子でした。我々はむしろ、そちらに心を砕くべきなのかもしれません」

「使節団の人々? 心を砕くとは、どのようにでしょう?」

「ゲルドの貴人であるナナクエムも、アルヴァッハの奔放な振る舞いにいささか心を痛めていたようでしょう? 使節団の人々は、それ以上に心を痛めているように見受けられました。王家の方々の奔放な振る舞いによって、自分たちがジェノスや森辺の人間に迷惑がられているのではないかという懸念を抱いているのではないでしょうか?」

そう言って、ガズラン=ルティムは穏やかに微笑んだ。

「アスタは王家の方々の振る舞いを、迷惑だと感じているでしょうか?」

「いえ。いささか人騒がせだとは思いますけど、個人的に迷惑だとは思っていません」

「私も、同じ気持ちです。そういった心情を伝えれば、使節団の人々も胸を撫でおろすのではないでしょうか?」

そういえば初めて王家の方々と対面させられた日にも、ロブロスは人目を忍んで俺に会いに来てくれたのだ。思えばその日以来、ロブロスとは腹を割って話していないはずであった。

「なるほど。それなら、ロブロスたちを安心させてあげたいところですね。ただ、王家の方々がご一緒だと、なかなか込み入った話もできなそうですが……」

「ええ。機会を待ちましょう。きっと王家の方々は、ひとつところに留まっていられる気性ではないでしょうからね」

ガズラン=ルティムがそんな風に言ったとき、広場にどよめきがわきたった。

森辺の道に面した側に、トトス車や騎兵の姿が垣間見える。城下町からの客人たちが到着したのだ。

トトス車は集落の入り口で停車し、そこから降りた3名の人影だけが広場に踏み入ってくる。それは2名の兵士を引き連れたメルフリードであった。

「失礼する。ルウの立場ある御方はおられようか?」

その声に招かれて、ドンダ=ルウがのしのしと進み出た。その左右を守るのは、ジザ=ルウとルド=ルウだ。

「しばらくぶりだな、メルフリードよ。……ずいぶんな大人数であるようだが」

「うむ。まずは見張りの兵士たちを交代させていただきたい。役目を終えた兵士たちはそのまま帰還させるので、事前に伝えた人数から変動は生じないはずだ」

そういえば、見張りの兵士たちは中天からずっと仕事を果たしていたのである。北の集落の収穫祭ではそのまま祝宴の時間まで仕事を継続していたが、交代できるならそれに越したことはないだろう。

ドンダ=ルウが了承を与えると、メルフリードの指示で後続の部隊が動き出した。硝子で覆いをした灯籠を携えた兵士たちが、広場を迂回して周囲の森に散っていく。見張りの役目を果たしていた兵士の数は60名ほどで、このたびも同じだけの交代要員が準備されたようだった。

「では、客人たちを迎え入れるので、席まで案内を願いたい」

「了承した。……おい」

「はいよ」と進み出たのは、ミーア・レイ母さんを筆頭とする数名の女衆だ。そしてその後から、デルシェア姫とポルアースもひょこりと姿を現した。今の今まで、どこかのかまどを見学していたのだろうか。

「客人らを迎え入れる! 道を空けよ!」

ドンダ=ルウの号令で、人々は広場の左右に分かれた。

俺もそれに続こうとすると、ドンダ=ルウが「おい」と呼び止めてくる。

「このたびの祝宴では、必ずや貴様にもかまどを任せるべしと言い渡されていた。ならば貴様も、しばらくは我々とともにあるべきであろう」

「はい。承知しました」

アイ=ファは、まだ着替え中なのだろうか。俺自身に不安なところはなかったが、アイ=ファのほうこそがやきもきしてしまいそうだった。

しかしまあ何か危険の迫るような場面ではないし、ルウ本家の3名とともにあれば安心だ。そして俺たちが広場の中央に移動すると、薄暗がりの向こうから他の族長筋の人々もやってきた。

「ようやく到着か。俺はすっかり、腹が空いてしまったぞ」

すでに王家の方々とお目見えしているゲオル=ザザは、気安い笑顔でそのように語らっていた。ただし本日は、ギバの毛皮を頭からすっぽりかぶった、彼本来の姿だ。

スフィラ=ザザやサウティ分家の末妹は、宴衣装の姿である。ダリ=サウティは鷹揚に微笑みながら、俺のすぐ隣に陣取ってくれた。

しばらくして、トトス車から降りた貴き方々が広場に踏み入ってきた。

それを導くのはミーア・レイ母さんを筆頭とするさきほどの女衆たちで、客人たちの左右には2名ずつのジャガルの兵士が並んで歩いている。

女衆らは俺たちの目の前で横合いに退き、客人たちと族長らが正面から向かい合う。メルフリードがその間を取り持つべく、声をあげた。

「こちらがジャガルの第六王子、ダカルマス殿下である。……王子殿下、こちらが本日の祝宴の場を提供してくれたルウの家長にして森辺の族長たる、ドンダ=ルウになります」

「おお、あなたが! 本日はこちらの無理な願い出にご快諾をいただき、心より感謝しておりますぞ!」

やはり森辺の集落にあっても、ダカルマス殿下はダカルマス殿下であった。

その福々しい顔ににこやかな表情をたたえながら、エメラルドグリーンの瞳で族長たちを見回していく。恰幅はいいが背丈は160センチ足らずであるので、ドンダ=ルウたちとの身長差が甚だしかった。

「……客人らを歓迎する。まずは、席のほうに」

今度はドンダ=ルウが先頭となって、客人たちを導いた。

儀式の火のための薪の山を迂回して、本家の母屋へと近づいていく。母屋の前にはとりわけ広々と、敷物が広げられていた。

王子や王女という身分にある方々を、地べたの敷物に座らせることになるわけであるが、これは事前に了承をいただいていた。というか、どのような形で客人を迎えるべきかと相談したところ、「これまで通りの様式で」という答えをもらうことになったのだ。

「ただ、王家の方々の周囲には帯刀した兵士が控えることを、ご了承いただきたい」

ジェノス城の側から提示された条件は、それのみであった。

ということで、敷物の後方にはその兵士たちが立ち並ぶ。デルシェア姫と同行していたロデたちを含めて、総勢は6名だ。

ダカルマス殿下はにこにこと笑いながら履物を脱ぎ、敷物の中央にででんと着席した。その右側にジャガルの人々が、左側にジェノスの人々が並んでいく。

ジャガル陣営は、ダカルマス殿下とデルシェア姫、ロブロスとフォルタ、書記官と1名の小姓で、総勢は6名。ジェノス陣営は、メルフリードとポルアース、エウリフィアとオディフィア、そして王都の外交官フェルメスで、総勢は5名。フェルメスの従者であるジェムドは、敷物の外でつくねんと立ち尽くした。

「では、森辺の習わしに従って、祝宴の挨拶をさせてもらう。……まずは客人らの名と身分を確認させてもらえるだろうか?」

ドンダ=ルウの要請に従って、ポルアースがジャガルの貴賓たちの素性を告げた。それを聞き届けてから、ドンダ=ルウはあらためて広場のほうに向きなおる。

「それではこれより、歓迎の祝宴を始めたく思う! ……この祝宴は、ジャガルの貴き身分にある者たちと正しく絆を深めるための祝宴となる! まずは、その名と姿を見覚えてもらいたい!」

そうしてドンダ=ルウは、客人たちを1名ずつ紹介していった。

貴き方々の紹介が終わったら、今度はルウの血族ならぬ人々の紹介だ。本日は血族ならぬ人々も客人ではなく、ともに客人をもてなす立場であったものの、やはりルウの集落で祝宴を行うからには、その名や身分を告げておく必要があったのだった。

「そしてファの家からは、家長のアイ=ファと家人のアスタ……家長は、まだ準備に手間取っているのか?」

ドンダ=ルウがうろんげに声をあげると、「いや」という凛然とした声とともにアイ=ファが現れた。

その瞬間、広場に軽いどよめきが走る。あたりはすっかり宵闇に閉ざされてしまっているものの、森辺の民の視力であればアイ=ファの美しさを見て取ることも難しくなかったのだろう。

俺などはもう正面からアイ=ファを迎えたものだから、ひたすら心臓を騒がせるばかりであった。

腰まで垂らされた金褐色の髪に、それを覆う玉虫色のヴェール、普段とはちょっとデザインの異なる胸あてと腰あてに、俺が贈った髪飾りと首飾り――そしてさまざまな飾り物に彩られた、アイ=ファの美しさである。

俺は生誕の日にもその姿を目にしたばかりであったが、だからといって胸の高まりを抑えられるものではなかった。

アイ=ファの肢体は狩人として鍛え抜かれているが、女性らしいやわらかな曲線はまったく失われていない。むしろ、そうして鍛え抜かれているからこそ、アイ=ファには唯一無二の魅力が生じているのだった。

この場に参じた人々だって、そのほとんどはアイ=ファの宴衣装を見知っているはずであるが、それを目にするのは数ヶ月ぶりであるのだ。だからきっと、俺に負けないぐらいの驚嘆や感慨を噛みしめることになったのだろう。そうしてざわめく人々のことを、アイ=ファはいつも通りの凛然とした眼差しで見返していた。

「……ファの人間は、以上となる。続いて、ガズの血族からは――」

と、ドンダ=ルウは素知らぬ顔で言葉を続けた。

俺の隣に並んだアイ=ファは、その桜色に輝く唇を俺の耳もとに寄せてくる。

「リミ=ルウがやたらと髪の形にこだわったため、参じるのが遅くなってしまった。……まさかこの短い時間に、厄介な事態が生じたりはしておらぬだろうな?」

「う、うん。まったく、なんにも、問題はなかったよ」

「……では何故、そのように心を乱しているのだ?」

「それはまあ、察してもらえたら幸いかなあ」

アイ=ファはしばし考え込んだのち、やおら頬を赤くして、俺の足を蹴ってきた。俺が生誕の日にもどれだけ心を乱していたものか、無事に思い出すことがかなったのだろう。

そうしてようやくすべての人間の紹介を終えて、ドンダ=ルウはまた重々しい声を張り上げた。

「我々は貴き人間に対する礼節などろくにわきまえていないし、今日はそのような気づかいも必要ないと言われている。しかし、本日招いたジャガルの客人たちは、ジェノスにとっても重要な客人となる。かなう限りの敬意を払って、決して諍いなどを起こさないように心がけてもらいたい。……そちらから、何か言葉はあるだろうか?」

メルフリードは「いや」と答えかけたが、そのかたわらからダカルマス殿下がぴょこんと立ち上がった。

「では、わたくしからひと言だけ! ……本日は森辺の祝宴にご招待をいただき、心より感謝しておりますぞ! わたくしは美食を求める道楽者に過ぎませんが、森辺の方々の調理技術には心より敬服しております! また、森辺の方々がどれだけ清廉で、かつ勇猛であり、魅力的なお人柄を備えおられるものか、かねてより聞き及んでおりました! 特別な礼儀作法などはいっさい必要ありませんので、わたくしともデルシェアとも親しく交流を結んでいただけたらありがたく思います!」

言いたいことを言いたいだけ言って、ダカルマス殿下はどすんと着席した。

デルシェア姫をはさんだ向こう側にいるロブロスは、頭痛でもこらえるようにこめかみを押さえている。俺にはそれほどおかしい挨拶だとは思えなかったが、きっと王族の人間としてはそれなりに破天荒な振る舞いなのだろう。

「……では、祝宴を開始する! 儀式の火を!」

ミーア・レイ母さんを筆頭とする女衆が、薪の山に火を灯した。

そこから噴きあがった炎の見事さに、ダカルマス殿下とデルシェア姫ははしゃいだ声をあげる。そして、別の女衆らが貴き客人たちに酒杯を配り始めた。ジャガルの貴き方々に土瓶のラッパ飲みをさせるわけにはいかないということで、事前にジェノス城から届けられていた品である。

「母なる森と、父なる西方神、そして西方神の兄弟たる南方神に、祝福を!」

「祝福を!」という唱和がされると、書記官や小姓が仰天した様子で身をすくめた。それぐらい、森辺の民の活力というのは尋常でないのだ。

ともあれ、祝宴の開始である。

ドンダ=ルウに呼びつけられて、俺とアイ=ファも敷物に座することになった。

「いや、噂に違わぬ盛況さでありますな! まだ何の料理も口にしておらぬのに、心臓が高鳴ってやみませんぞ!」

ダカルマス殿下はご満悦の表情であり、デルシェア姫もそれは同様であった。

それと相対するのは、族長筋の人々とファの人間だ。そしていくらも待つこともなくトゥール=ディンとゼイ=ディンがやってきて、オディフィアの瞳を輝かせた。

「あ、あの、わたしたちもこちらに参じるように言い渡されたのですが……お邪魔をしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん。かまいませんでしょう、王子殿下?」

エウリフィアが優雅な微笑みとともに問いかけると、ダカルマス殿下もまた「もちろん!」と応じた。

「トゥール=ディン殿とその父君は、ジェノス侯爵家の方々ととりわけ深い絆を結んでおられるのでしょう? どうぞわたくしどものことなどはおかまいなく、祝宴をお楽しみくだされ!」

そんな風にのたまうダカルマス殿下の笑顔を、ドンダ=ルウは無言でじっと見据えている。初対面となるこの王子殿下が評判通りのお人柄であるか、しかと見届けようとしているのだろう。

そしてダカルマス殿下は、そんなドンダ=ルウたちにも満面の笑みを振りまいた。

「それにしても、四方をこれほどの森に囲まれているというのは、壮観でありますな! まるで神話やおとぎ話の中に踏み入ったような心地でありますぞ!」

「……神話やおとぎ話?」

「勇壮なる狩人の一族に、美々しい女性たち! そんな人々に囲まれながら、夜の森で祝宴を繰り広げるなど、石の都の人間には神話やおとぎ話も同然ということです! ……余所から移り住んできたというアスタ殿ならば、この気持ちもご理解いただけるのではないでしょうかな?」

「はい。自分は森辺で暮らし始めてからもう2年になりますが、いまだにそんな心地にとらわれることがあります」

「そうでしょうそうでしょう! あなたなどは、おとぎ話に登場する戦士そのものの風貌でありますしな!」

と、ダカルマス殿下が目を向けたのは、ゲオル=ザザであった。他の男衆は狩人の衣も纏っていないし、ギバの毛皮を頭からかぶったゲオル=ザザがもっとも勇壮に見えるのは必定である。

「ザザの集落では、誰もがこういった狩人の衣を纏っている。ドムの狩人などはギバの頭骨をかぶる習わしであるので、いっそう客人らを驚かせてしまうやもしれんな」

「え?」と目を丸くしたのは、デルシェア姫であった。

「その声……もしかして、あなたは先日の試食会に参じておられた御方なのでしょうか?」

「うむ。その際も、名前ぐらいは名乗ったように思うが。三族長グラフ=ザザの子、ゲオル=ザザという者だ」

ゲオル=ザザがギバの上顎を持ち上げて不敵な笑顔をさらすと、ダカルマス殿下も「なんと!」とのけぞった。

「あなたが、あの御方であられたのですか! いや、これはすっかり見違えましたな!」

「見違えたと言えばあなたですわ、アイ=ファ様! 最初にお見かけしたときは、思わず息を呑んでしまいましたもの!」

デルシェア姫の無邪気な声に、ダカルマス殿下は「うむ?」と視線を巡らせた。

そうしてアイ=ファの姿を見て、不思議そうに小首を傾げる。

「アイ=ファ殿とは、こちらの御方かな? はて、名前には覚えがあるのだが……」

「嫌ですわ、お父様。最初にお会いした日にもきちんとご挨拶をいただきましたし、アイ=ファ様はそれ以降の試食会でもずっとアスタ様とご一緒におられたでしょう?」

ダカルマス殿下はぽかんとしてから、さきほどにも負けない勢いでのけぞった。

「なんとなんと! あなたがあの、武官の格好をされていた女性であると? これはまた……驚愕ですぞ! 目を奪われるような美し……あ、いやいや! とにかく、驚きです!」

「そうか。お父様は、武官の装束を纏ったアイ=ファ様しかお目にかかっていなかったのですものね。わたくしはファの家で普段の姿を拝見していたから、まだしも驚きを抑えられたのでしょう」

そう言って、デルシェア姫はアイ=ファににっこりと笑いかけた。

「それではお父様に代わって、わたくしが賞賛させていただきます! あなたこそ、神話やおとぎ話に登場しそうなお美しさですわ、アイ=ファ様! わたくしが殿方であったなら、ひと目で心を奪われていたに違いありませんもの!」

それはデルシェア姫にとって掛け値なしの本音であり、なおかつ心からの賞賛であったのだろうが――外見を褒めそやされることを好まないアイ=ファは、感情を殺した面持ちで「いたみいる」と目礼を返すばかりであった。

かくして、貴き方々を迎えた森辺の祝宴は、宴料理が届けられる前から賑々しくスタートを切ったわけである。