軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第001話 係長、爺さんの家をもらう

「係長、ちょっといいですか?」

「山田君、ちょっと……」

今日も部下からの質問と課長からの催促が飛んでくる。

俺はこの会社の係長だ。

35歳でこの役職に就けたが、この出世が早いのか遅いのかはわからない。

だが、正直、後悔している。

最初は出世だし、役職手当も付くから嬉しかったが、いざ仕事をしてみると、部下と上司の板挟みで心が痛い。

しかも、そんな部下と上司の調整をしつつ、自分の仕事をしないといけないのだからはっきりいって、役職手当の1万円は割に合わなすぎる。

「ハァ……田舎で趣味の釣りをしつつ、スローライフとかしたいなー……」

今日も残業をし、昼間は何度も呼び出される課長の小言に耐え、夜は残業しながら部下の愚痴を聞いた。

疲れる……

がむしゃらに働いた20代は何も考えていなかった。

体力も気力も十分だったし、漠然とどうにかなるだろうと思っていたからだ。

しかし、30代になると現実が見えてくる。

身体の不調を少しずつ感じるようになり、老いていく感覚が始まった。

係長になったとはいえ、給料がそこまで上がったのかというとまったくだ。

金もないし、最近は楽しいと思えることも減ってきた。

今日も働き、明日も働く。

土日は家のことや疲れた身体を休めることで終わってしまう。

趣味の釣りをしたいが、そんな体力も気力も残っていない。

俺の人生はこれでいいのだろうかと思わないでもない。

だが、最近は何もやる気が起きないのだ。

もしかしたら嫁や子供がいたら違うのかもしれない。

でも、嫁や子供どころか彼女もいない俺には何も関係のないことだ。

仕事からの帰り道にそんなマイナスなことを考えつつも、明日仕事に出れば土日休みだと切り替え、コンビニで晩飯である弁当を買いに行く。

コンビニの弁当コーナーで健康のことを考えながらも結局、唐揚げ弁当を選んでレジを見ると、かなり人が並んでいた。

俺は仕方がないと思いつつも並び、自分の番を待つ。

そして、ようやく自分の前の制服を着た女子高生の番になり、もうすぐだなと思っていると、女子高生が目に見えて、焦り始めた。

「あれ? んん?」

女子高生は肩にかけているカバンを開け、何かを探している。

まあ、想像はつくが、財布がないんだろう。

マジかよ……

並んでいる間に用意しておけとも思うが、女性や老人は危ないからそういうことをしてはいけないとも聞いたことがある。

でも、早くしてほしいんだけどなー……

そのまま待っていると、女子高生は後ろの列をチラチラと見ながらめちゃくちゃ焦っている。

そんな女子高生を眺めながらレジに置いてある商品を見ると、ペットボトルの水だけだった。

100円じゃん……

しかも、水……

俺達、100円の水で待たされているのか……

「チッ!」

後ろから舌打ちが聞こえた。

すると、女子高生がビクッとし、そーっと並んでいる俺達を見てくる。

舌打ちはやめーや。

俺がやったと思われるじゃん。

女子高生は購入を諦めたのか、レジに置いた水に手を伸ばした。

俺はそれを見て、仕方がないと思い、財布から100円を取り出し、レジに置く。

「はい」

「え? でも……」

女子高生は俺とレジの100円を交互に見た。

「いいから」

「あ、あの……」

女子高生が遠慮がちに目を伏せるが、空気を読んだ店員が会計を済ませる。

すると、女子高生はおずおずと水を手に取り、店を出ていった。

それを確認すると、自分の弁当の会計をし、店を出る。

そして、家に帰ろうと思い、歩き出した。

「あ、あの!」

女性の声がしたと思い、振り向くと、そこにはさっきの女子高生が立っていた。

女子高生は整った顔立ちをしており、長い黒髪をポニーテールにしている。

「どうしたの?」

「あ、ありがとうございました! で、でも、財布がなくて……」

女子高生が手をもじもじさせる。

多分、家かどっかに忘れたんだろう。

「別にいいよ。そんなに高い物じゃないし」

たかが100円だ。

「で、でも」

「いいの、いいの。今日は気分が良いからおすそわけ」

本当はそんなことない。

というか、最近は気分が良い時があまりない。

「あ、ありがとうございます……あ、あの、お返ししますので連絡先だけでも……」

なんで100円でそこまでされないといけないのか。

逆に親とか出てきて、変な目で見られたら嫌だわ。

「本当に大丈夫だよ」

「あ、あの、何かやられてます?」

ん?

「何かって? 普通のサラリーマンだけど?」

「そ、そうですか……あ、あの、ありがとうございました! このご恩はいつかお返しします!」

女子高生はそう言って頭を下げると、走り去っていった。

俺はそんな女子高生の後ろ姿を眺めながら100円でオーバーだなと思ったが、まあ、もう会うこともないだろうと思い、帰路についた。

そして、家に着くと、換気扇の下でタバコを吸う。

「禁煙しようかなー……」

俺はもう35歳になる。

健康に気を付けないといけない年齢だし、部下の若い子達から臭いと思われたくはない。

そう思いながら白煙を吐くと、スマホの着信音が鳴る。

こんな時間に誰だろうと思い、画面を見てみると、父親からだった。

珍しいこともあるもんだと思い、電話に出てみる。

「親父か? どうした?」

『おう、タツヤ。爺さんが死んだぞ』

え?

「は? どこか悪かったのか?」

『俺もさっき知ったんだが、結構前から悪かったみたいだ。それで今日、救急車を呼んだみたいだが、ぽっくりだ』

マジかよ……

「あの爺さんが……」

俺の爺さんは偏屈な男で家族から煙たがられているところがある。

婆さんも俺が学生の時に亡くなっており、それ以来、爺さんは一人で一軒家に住んでいた。

『それで悪いけど、明日が通夜で明後日が葬式だ』

「わかった。明日は休むよ」

明日は金曜だから休みは一日でいい。

繫忙期ではないし、さすがにそれくらいはできるだろう。

『ああ。それとな……実は遺言状があって、爺さんのあの家はお前に譲るそうだ』

家?

確か親父と伯母さんが家を出た時に2人では広すぎるからって手狭な家に引っ越したっていうやつだろ。

平屋の3LDKだが、都内にあるから売れば高いぞ。

「なんで俺?」

『お前、爺さんに可愛がられてたからなー……嫌な遺産の話をするが、俺と姉貴には結構な金を遺してくれてたみたいだし、姉貴と話したが、あの家は遺言状通りにお前にやる。今の仕事場からそんなに遠くないし、ちょうどいいだろ』

確かに今の仕事はあの家から遠くない。

むしろ、今住んでいるボロアパートより近いくらいだ。

「いいのか?」

『ああ……お前もそろそろ身を固める年齢だしな』

身を固める相手がいません。

「そ、そうだな……」

『ハァ……とにかく、明日、明後日だからな。頼むぞ』

親父は何かを諦め、ため息をつくと、電話を切る。

俺はあの爺さんが死んだのかと思い、爺さんとの思い出を振り返りながら夕食のコンビニ弁当を食べた。

翌日は通夜があり、その次の日は葬式があった。

爺さんは90歳で十分に大往生だったこともあり、そこまで悲しみに溢れた葬儀ではなかった。

そして、俺は遺言状通りに爺さんの家をもらうと、爺さんの家で遺品整理をすることになった。

「結構、物があるな……でも、家電も家具も何もかも俺の家にあるものより良いものだ」

爺さんの家に来て、部屋を見て回っているが、良い暮らしをしていたみたいだ。

これならむしろアパートにある俺の物を処分した方が良いかもしれない。

「しかし、なんでこんなに金があるのかね?」

こんなところに家を建て、良い暮らしをしている。

さらには親父や伯母さんにも金を遺していたみたいだし、かなり稼いでいたようだ。

だが、爺さんがどこかで働いているなんて聞いたことないし、子供の頃、夏休みとかによくこの家に来ていたが、爺さんはいつも婆さんと一緒に家にいた。

「宝くじかなんかでも当たったのか、それとも在宅勤務だったか……」

真相はわからない。

俺はその後も部屋や家具を見ながら現在の自宅のものと見比べ、取捨選択していった。

そして、昼になると、コンビニで買ったおにぎりを食べながら一息つく。

「こんなもんか……これでドロップアウトして田舎でスローライフはできなくなったが、こんな良い家に住ませてもらってそれを願うのは贅沢ってもんだ」

大体の部屋は回ったし、引っ越しの計画は立てた。

ほぼこの家の物を使う感じで今のアパートにあるものはほぼ処分だ。

「あ……」

最後のおにぎりを食べていると、とある部屋に入っていないことに気が付いた。

「あの部屋はどうなっているんだろう?」

この家には開かずの間がある。

というか、爺さんの書斎だ。

親父が言うように爺さんは俺を可愛がってくれたし、内緒でお小遣いをくれるような優しい爺さんだった。

俺が就職した際には喜んでくれて、お祝いにかなり高そうなスーツを買ってくれたし、大事にされてきたと思う。

そんな爺さんは俺に対してほぼ怒ったことがない。

だが、唯一、怒ったことがあり、それがあの部屋に入ろうとした時だ。

その時のことはよく覚えている。

「もうさすがに怒らないだろ」

この家をくれるって言っていたわけだし。

俺はおにぎりを食べ終えると、化けて出るなよと思いながら立ち上がり、リビングを出る。

そして、廊下を歩き、奥にある部屋の前に立った。

「鍵がかかっているんだよな……」

昔、親父と飲んだ時に聞いたが、親父も入ったことがなく、常に鍵がかかっているそうだ。

婆さんが生きていた時に聞いても笑うだけで何も言わなかったらしい。

俺はそういったことを思い出しながらドアノブを握り、少しだけ引く。

すると、少しだけ扉が開いた。

「あれ? いや、そりゃそうか……」

爺さんがもういないんだったなと思いながらドアノブを引く。

すると、ぎーっという音を立てて、扉が開いた。

「え?」

扉の先はどこかの部屋であったが、まるで部屋の構造が違う。

というよりも変だ。

何故なら、部屋の広さが家の構造上、ありえないくらいの広さだったのだ。

この家のすぐ裏は民家であり、それを考えると、この部屋は6畳程度でないといけない。

だが、この部屋は少なくとも20畳以上あり、明らかにおかしい。

いや、そんなことはどうでもいい。

それよりももっと大事なことがある。

俺の目の前には真っ白なフード付きローブを着た長い黒髪の小さな女の子が黒猫を抱えて立っていたのだ。

「お待ちしておりました、タツヤ様」

少女は頭を下げると、すぐに頭を上げた。

「え? 誰?」

本当にだれぇー!?

爺さん、誘拐は良くないぞ!

あ、いや……まさかの隠し子!?

女の子は黒猫を抱えながら首を傾げ、俺を見上げている。

どう見ても10歳前後にしか見えない。

マズい! これは非常にマズい!

俺は35歳だ!

対応を間違えると、社会的に死ぬ!

会社を辞めたいとは思っていたが、社会から脱落したいとは思っていない!

「私はルリと申します。タツヤ様を補佐するために作られたホムンクルスでございます。よろしくお願いいたします」

ああ……置いてかないで。

一瞬でついていけなくなった……

これがジェネレーションギャップだろうか?

「ホムンクルス?」

どこかで聞いたことがあるような?

何だっけ?

「はい。ホムンクルスとは人造人間のことです。私はタダシ様に作られ、タツヤ様の補佐をするように言われております。何なりとお申し付けください。どんなことでも従います」

……何を言ってんだ、この子?