軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後編⑤

裁判の朝、リボンを結びながらそっと胸元から、自分の顔に視線を上げる。

「酷い顔………」

青白く痩せた顔、血色が悪い唇。ああ、嫌いな顔です。病いに負けている時の顔なのです。

ご機嫌よう、イリス・カメーリエでございます。

とうとうやってきました、断罪イベントの学園裁判当日。

「お嬢様、お髪はどうされます?」

「いつものように、お願い」

「…かしこまりました」

アンネに髪をとかされながら、涙が滲んでくる。

「ねぇ、アンネ」

「はい、お嬢様」

「学校に………いきたくないわ…」

「お嬢様…」

思わず弱音を吐くと、アンネの優しい顔が曇る。そうよね、いきなり言われたら困りますわよね?

「…お嬢様が学校に行きたくないなんて、おっしゃるのを初めて聞きましたわ…そう、いつも行きたいとばかりおっしゃっていた方が…っ」

「………アンネ…」

そう言うと、アンネは仕上げのリボンを結ぶと優しく微笑む。

「お嬢様、わたくしはお嬢様が常に努力されていたことを知っております。苦しくて、辛くて、それでもお嬢様は諦めなかった…病気に負けなかった」

アンネはそう言うとわたくしの瞳を見て力強くうなずく。

「積み重ねてきた努力は裏切らない!ですので絶対にお嬢様は大丈夫です!ずっと見てきたアンネが保証致します!」

いつものポジティブなアンネの姿勢に鼻の奥がツンとします。何というか、相変わらずヒロイン力が高いセリフを言うあたり流石です。もう、この人がヒロインで良いと思います。

いつも甘やかしてくれるのに、今日は甘やかしてくれないみたい。輝かんばかりの笑顔に、圧を感じます。

不思議と暗い気持ちが吹っ飛んでいたところに、部屋の扉の方からノック音がして顔をあげる。

「はい、誰?」

「失礼致します、お嬢様。お迎えに参りました」

「おはよう、ネルケ……アンネ行ってきます」

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

足取りは軽くは無かったが、押し潰される感覚は不思議と無かった。

***

登校をすると案の定、いつも以上に遠巻きにされてヒソヒソされています。多分、陰口のオンパレードなのではないでしょうか?

「イリス様っ!」

「ヴィオレ様、オランジェ様」

涙をいっぱいに溜めたおふたりがパタパタと駆け寄ってきて、少しホッとしまた。よそよそしくされたら泣いていたかもしれません。

「何故、こんな事に…」

「…こんな一方的な仕打ち、あんまりですわ!横暴ですっ!」

「わたくしなら大丈夫です、きっと、説明したら皆さんに分かってくださるわ…」

「イリス様、後ほどわたくし達も証人として法廷にあがります。…どうか、ご無理はなさらず」

「こんな裁判は間違っています!ぎゃふんと言わせてやりますよ!」

ふぬふぬと怒るオランジェ様と心配そうなヴィオレ様にわたくしは不覚にも泣きたくなる。ふたりは原作には出てこない。悪役令嬢のイリスの取巻きキャラとも違う。それでも、わたくしを心配してくれる友人がいることがたまらなく嬉しかった。

原作のイリスはひとりぼっちでこの裁判に出るからだ。今は弁護人にお兄様達もいらっしゃるし、何かあっても主治医のグラナード先生がいらっしゃる。ネルケやアンネだって…

裁判長のユリウス様も見守ってくださっている…………はず。たぶん、たぶんですけど。

「お嬢様、法廷の準備が整ったようです」

「………場所は、法学部学舎第一大講堂」

法学部学舎第一大講堂は、シュタム王国の司法裁判所を模した大講堂です。司法裁判所の仕組みを解説したり、実際に疑似裁判の実習の場でもあります。断罪イベントの場でもあります。

「お兄様達は?」

「既に講堂に、」

朝から悪目立ちしてしまいますから…流石、お兄様達です。女子生徒に絡まれたくないから裏口から行ったのでしょう。わたくしも裏口から行けば良かった…。

「お嬢様、講堂は冷えますのでこちらを」

「ありがとう………っ」

膝掛けを受けとると、ふと迫り上がる吐き気に口元をハンカチで押さえる。

「大丈夫ですか!?お嬢様」

「………っく…大丈夫よ。ネルケ、桶の準備だけお願いできる?」

「はい!」

吐くのだけは我慢しないと。嫌だわゲロりん令嬢とか言われるの。とにかく法廷ではハッタリをかまさないと…できますかしら?もう既に泣きそうなのですが。

講堂に入るとやはり少し肌寒い。傍聴席は満席で、全生徒、職員たちが続々と座っています…学園裁判なんて、滅多に起きる事ではありませんからね。被告人になるだけでも不名誉となる、貴族達によっては一生の笑い話の種となります。既に、わたくしを見てせせり笑う生徒の姿もあります。

「………みて、イリス様。相変わらず車椅子姿で、どう言うつもりかしら」

「成績不正なんて貴族令嬢の面汚しですこと、まあ結局、学園裁判にかけられるんですから…」

耳に飛び込んでくる罵詈雑言に身を固くしながら、わたくしは証言台の前まで車椅子を押してもらい法廷を見回しました。右側を見ますと、お兄様達がこちらに手を振り、グラナード先生も静かに頷いてくれたので、少しホッとします。

左側は、原告側のヴァールハイト先輩、ヴィント先輩、エーデル君がこちらを冷たい目で睥睨しています。後ろの傍聴席の最前列にはヒロインさんがいますね。 書記官の席にはスピネル先輩も魔術補助としていらしてます。魔術補助とは法廷で使う魔術の執行人で、虚偽がないか、証拠品の鑑定役と裁判の記録係をするのです。

一通り、見回していると、二人のラッパを持った生徒たちが法廷に入室して、ラッパを高らかに鳴らす。芸術科の方かしら、見事に揃ったファンファーレですこと…。

「定刻になりました。裁判長、並びに副審が入廷されます。皆さまご起立ください」

わたくしは、膝掛けを車椅子の肘掛けにかけると、よろよろと立ち上がりました。長時間は無理ですが、立ち上がるのはできますので。

裁判官が座る席は一際高い位置にあり、専用の扉から黒衣に身を包んだ3人の裁判官が入場します。裁判長のユリウス様、第一副審の学園長先生、第二副審はフリードリヒ先生の3名ですね。裁判長は生徒会長、裁判長の補佐をするのが第一副審の学園長と第二副審の教員代表者です。ゲームでも同じメンバーで、凄い既視感です。

「これより、イリス・カメーリエの成績と待遇の不正行為の是非を問う審理を開始する。イリス・カメーリエ」

「はい………」

「これは貴女を裁く学園裁判だ。裁判と言ってるが現在、貴女は推定無罪の状態であり、原告は貴女の追求する権利はあるが、貴女自身も自分の身の潔白を証明する権利がある。我々裁判官は学園自治の制度と規則に沿って中立の立場で、この審理の裁定を下す。それを理解したならば、これより宣誓を」

「………はい、裁判長様。わたくし、イリス・カメーリエは良心に従い、真実だけを述べ虚偽を述べないことを誓います」

「よろしい、被告人は着席を」

「………はい」

正直、宣誓を噛まないで言えてホッとしました。脚はガクガクで、奥歯もカタカタ言っていたのでバレたらどうしましょう。恥ずかしいです。

「原告、弁護人、貴方達もこの審理において嘘偽りなく誠意を持って裁判にあたること。また、主治医からの診断で、被告人に過度な圧迫や心身のストレスが掛かるような行為はしないよう要望書が出されている。我々三審はそれを受理した。くれぐれも言動に注意するように」

「なっ……!」

原告側のヴァールハイト先輩達が、怖い顔で睨んできたので、思わず身をすくめました。正直、怖いです。なんで、あんな親の仇にでも会ったかのように睨んでくるのでしょう?

「原告側、被告人を睨みつけないように」

「そもそも、紳士がか弱い令嬢にする態度じゃないよね。キルシュヴァウム君、ラヴェンデル君、ナルツィッセ君。今度やったら反省文を提出して貰いますからね」

ユリウス様の指摘と学園長先生のふんわりとした、けどかなりパンチが利いた言葉に原告側はぐぬぬと悔しそうな表情になっています。右側を見れば、お兄様達が怖い笑顔を浮かべています。あれ、多分…どう後で料理してやろうか考えている顔ですわ。わたくしを馬鹿にした従兄弟が、お兄様達にお仕置きされて領地から出れなくなった時に似ています。

グラナード先生があらかじめ要望書を出してくださったのね…正直、大きな声で怒鳴られたりしたら怖かったのでホッとしました。後で御礼しないといけませんね。

「それでは、第一の議題である成績不正の有無について審理を開始する。では原告側の主張から述べよ」

「はい、原告側は被告人。イリス・カメーリエの成績不正を主張致します。彼女は年間35日以上も授業を欠席し、レポート、論文も第三者による執筆である可能性があり信用性が乏しく、学園側との忖度があったのではないかと我々は疑っています。この裁判でそれを白日のもと真実を明らかにしたいと思います。」

…これは口頭弁論ですわね…にしても信じられない主張ですわ。確かに、欠席日数はそれぐらいですが…学園側の忖度?なんですのそれ?

「弁護側は原告側の主張を全面的に否定し、原告側の妄想と曖昧な推論に対して、被告人の成績が正当なものであると主張致します」

シュバルツお兄様の声に、原告側のヴァールハイト先輩方は眉を顰めてます。まあ、そうですよね。要約すると、「頭がおかしな言い掛かりつけてきたので白黒ハッキリつけてやる」って喧嘩売ってますものね…。

「各々の主張は了解した。これより証人尋問と証拠品の検証を始めたいと思う。原告からは証人がでるようだが?」

「はい、コルネリ・エーアトベーレ嬢を証人として要請しています。」

「それではエーアトベーレ嬢、入廷を」

「はい」

傍聴席の方から声が聞こえて振り返るとひとりの女生徒が立ち上がる。明るい茶色の髪をキッチリ結え、サイドはお姫様カットしており、眼鏡がよく似合ういかにも才女といった涼やかな容貌は間違いなく同じクラスのコルネリ様ですわ。

話しかけたことも、話かけられたこともありません。休み時間はいつも勉強しているイメージの方で…ヴィオレ様達とお喋りしていると、時たま睨んでくる方です。当然、ゲームにも出てこない方です。

こんな展開知りません…!

この裁判、どうなるのでしょうか…。