軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第69話  娼婦はアクトレスの香り

夕方になってマリナは意気消沈した様子で戻ってきた。

結局その後、目的の品は手に入れることができなかったのだろう。出かけた時と同じく手ぶらである(ハルバードは持っているが)。

レベッカさんの話では、レースは廃れたアイテムという話だし、マリナの行動範囲じゃあ見つけられないのも無理ないだろう。エリシェ中探しても見つからないということはないはずだから、どこかにはあると思うが……。

まあ、とりあえずマリナに探し物はなんだったのか聞いてみるか。

「それで、なにを探してたんだ? 朝、オリカとプレゼントの話ししてただろ。オリカへ贈る物、探してたんだろ?」

ちょっとわざとらしいかな?

「主どの、知ってたんでありますか。実は、レースのハンカチを探していたのであります。売っている店は見つけたんですが、なぜか売ってくれなくて……。他の場所を見てまわったんですがどこにも見つけられなかったんであります……。それで最初にみつけた店に戻ったんですけど、戻った時には店がなくなってて……」

マリナはあっさり白状した。白状したってのはおかしいか。別に秘密にしてたわけでもないんだろうし。

さて、どうしよう。

これで「はっはっは! そんなこともあろうかと、俺が手に入れておきましたン!」などと、インチキ業者から手に入れたレースをそのまんまマリナに渡すのは容易いが、オリカへのプレゼントに使うであろうものに、品質的に微妙な品を渡すってのは気が引ける所。

別にインチキ業者から手に入れた品だからってのはいいんだが、どうせなら良い物であるほうがいい。大切な誕生日に贈るものならなおさらだ。

とはいえオリカの誕生日は来週。まだ焦る必要はない。

「レベッカさん知ってます? エリシェでレースのハンカチ売ってそうなところ。この際、中古でも新品でもいいんですが。廃れたってことだから、新品はさすがに厳しいかな」

「そうねぇ……。実際に売ってるところ知ってるわけじゃないけど、売ってそうなところなら心あたりあるわよー? 明日でもよければ案内してもいいけど」

さすが困った時のレベッカ様。

俺もエリシェはある程度はいろいろ見て周ったけど、しょせん表通り専門の男。裏通りの怪しげな店はまだまだ未探索だし、看板が出てないタイプの店に至っては存在すら気付いてないのも多いだろう。

そもそも最初に行った奴隷商館にしたって、ギルドで場所とどんな建物かを聞いてなかったら、未だにその存在に気付いていなかったに違いない。

翌日、午後から俺とレベッカさんの2人で、レースの売っている店を探しに出かけた。

マリナはお留守番。

もちろんマリナも! と、付いてきたがったが、昨日一日オフだったのだから、あまり甘やかすのもよくないんで、心を鬼にした。

……ってのは言い訳で、ただ単にレースを手に入れてからマリナに売るときに、銀貨一枚より高かった場合、やつが受け取らない可能性が高いんで連れてこなかっただけである。

もともとはけっこう高い品だったという話だしな。

ディアナは「私もオリカの誕生日プレゼントを用意してくるのよ」とか言って、フラリと消えた。あいかわらず自由なやつだが、放っておいても大丈夫だろう。オリカに何を用意するのか若干の興味もあるしな。

「じゃあ、行きましょうか。ジローと2人で歩くのはなんだか久しぶりみたい」

「そういえばそうですね。最近はディアナかマリナかどっちかがだいたい引っ付いてましたし。まあ、だいぶ訓練も進んで強くなってきた実感ありますし、街中ならもう護衛は要らないかもしれませんね」

「あーら、油断してると危ないわよー? 戦士系の天職極めた人が相手だったりしたら、まだまだジローくらいじゃどうにもなんないわよ?」

「そしたら全力で逃げますよ。逃走用にマキビシでも用意しとこうかな……」

実際には街中で戦士系極めた人に襲われる心配なんかないんだけどな。レベッカさんが言っているのは、あくまで心構えの問題で。

そんなことを話ながらエリシェの街を歩き、高級品を扱う店が軒を連ねる通りを物色し、中古服屋を廻り、レベッカさんが知り合いに聞き込みしたりした結果――――。

「どうやらここに売っているらしいわよジロー。なんとなく入りにくい雰囲気ね」

「……そうですね」

娼婦用の服飾店である。

店の立地は娼館通りと言われる、エリシェの中でもなかなかにアングラな一角である。

もともと、この世界では娼婦や娼館自体はありふれたものらしい。まあ、世界で最初に生まれた職業が娼婦だっていう有名な話もあることだし、当然っちゃ当然か。

だが、エリシェはミルクパールさんという女性の市長の力によって発展した街。歴史もこれといってあるわけじゃない。そういう背景の都市では、あまりこの手の風俗は発展しないことが多いらしく、実際エリシェでは娼館の数が他の帝国都市と比べて少ないのだそうだ。

ミルクパールさんが娼館を認めていないとか、モグリ営業とか、そういうわけではないのだそうだが……。

とにかく、問題の服飾店は娼館通りの一角にあった。

真昼間だというのに、セクシーな格好をしたいわゆる「立ちんぼ」のお姉さんがジロジロと遠慮なく目線を送ってくるし、娼館に遊びにきてる男性客もついでにジロジロと興味深げに見てくるしで、なかなかいたたまれない。

――――やはりこういうところは1人で来るべきところだな。

異世界の文化ってのは、こう、多少の授業料を払ってでも体験するべきだと思うしな……。

プロが相手ならノーカンだって話だし……。明日は休みじゃグフフ。

「ダメよ、ジロー」

とつぜん俺を見つめて断じるレベッカさん。

「えっ、なにがですか?」

「とにかくダメ」

はっ、まさかエスパー!?

俺が娼館に心動かされていたのが見破られたのかっ!? だって、立ちんぼのお姉さん、思いのほか美人なんだもん。商売もそこそこ上手くいってて、ちょっと遊ぶお金くらいなら余裕で捻出できちゃうんだもん。

それを禁止する権限はレベッカさんにはないはず。こうなりゃ意地でも突貫しちゃる。

「ハーイ、ジロー? イエス? オア ノー?」

怖い!

にこやかだけど目が笑ってない!

「オ、オーイエース! ハウメニーいい顔!」

俺はサクッと敗北し、件の店に逃げるように吸込まれていった。

そう、もともとの目的を見失ってはいけない。

俺はレースを探しにきたのだ。

決して男の遊園地のチケットを予約しに来たわけじゃない。

店内は他の古着屋同様薄暗かった。

ま、この世界の明かりってロウソクが基本だからな。古着屋でなくても、大抵の店は薄暗いわけだが。

本当に明るくしたかったら、日光を上手に取り入れる必要があるけど、古着屋でそれやったら商品が紫外線で劣化しまくり。

そんな理由で、昼間でも薄暗いのだ。

商品を検品するのに非常に問題があるが、店側からすれば、商品が劣化しないうえに、商品の粗も見えにくくなるんだから一石二鳥。

客からすれば、よく見えなくて困るが。

店の広さは、学校の教室を半分に割ったくらいあるだろうか。想像していたのよりは広い。娼婦向けの商売なんて規模小さそうなのに、商品数もそれなりにありそうだ。

商品は――当然、娼婦用の服飾店なのだから、娼婦が買い求めるような……いや、娼婦が仕事をする時に自らを着飾る為のアイテムが売っている――はずなのだけれども。

「レベッカさん、ちょっと聞いていいですか? こっちではこういう感じが一般的な嗜好なんですか?」

「わ、私に聞かれても……。これ、メイド服よね? なんで仕事着がこんなところに売ってるのかしら。こっちには看護服もあるし……。あ、娼婦用の店じゃなくて、仕事着のお店だったのねー。わー」

きっとそうだ、そうに違いないと一人で納得顔のレベッカさん。

違うよ……全然違うよ……。

ここは娼婦御用達の店に間違いありませんよ……。

仕事で着る制服のみならず、貴族が着るような豪奢なドレスもありますし、奴隷が着る貫頭衣、果てはカナン族の民族服(セーラー服ね)までありますよ……。

いやぁ、進んでるなぁエリシェ!

いや、エリシェが進んでるんじゃなくて、帝国人が進んでるのかな。それともこの世界が全体的にこんな感じだとしたら、逆に怖いわ。

イメージプレイが基本だなんて!

◇◆◆◆◇

レースは店の最奥の一角にヒッソリと並べられていた。

イメージプレイに使う以外には、これといって需要がないのだろう。ディスプレイにやる気が感じられない。

おそらく、貴族がまだレースを身につけてブイブイいわせてたころは、「レース身に着けて庶民を見下してる貴族の令嬢と仕事のできない庭師の男という設定でお願いします」とかいう需要もあったに違いないが、レース自体が忘れ去られた、――いわば、遺物と化した昨今では、店側も持て余す一品となってしまっていることだろう。

まあ、そうなるとマリナがピンポイントでレースのハンカチを欲しがる理由が謎になるんだが……。

とはいえ、レースは服に身に着ける物が中心だが種類も様々で、量もそれなりにあった。

目当てであるレースのハンカチも見つけた。例のインチキ業者が持っていたレースと比べると、繊細で正確な作りで、見るからに手の込んだ物が多い。

とりあえず、これらはみんな買うことにしよう。

わざわざ帝都にまで行って仕入れることを考えれば、多少割高でも うま味(・・・) があるぞ……。

さて、レースを買うことを決めたところまではいいが、今度はどのように買うかが問題になる。

こっちの世界ではほとんどの店で値札を付けていない。価格とは基本的には店主との商談で決まるものであり、店主自身も定価を定めているわけではない場合がほとんど。

もちろん採算分岐点となる金額は把握しているだろうが、逆に言うとそれぐらいしか決めてなかったりする場合も往々にしてあるわけだ。

今回この店での買い物は、なんというかアウェーである。

だって、ここは娼婦専用と言っても過言じゃない店。そこに仕入れに来た商人丸出しの俺。

もちろん、ハンカチを数枚買うだけなら、「欲しがってる娘がいまして」とかなんとか言って善良な市民のフリをすれば、相場か、多少高い程度で譲ってもらえるだろう。

だが、仕入れに来た商人だと思われたら、吹っ掛けられるのがこの渡世というもの。

だって商人が欲しがるってことは、それが商材になるって言ってるようなものなんだから……。

さあ、本当にどうすっか。

店主の親父も痩せ型で頭頂部まで禿げ上がり、通常状態で額に青筋浮いてるような、もっとも厄介そうなタイプだしな。いや、見た目で判断しちゃ悪いけど、実際、このタイプは頭の回転が速くやりにくい人が多い…………と思う。

「レベッカさん、だいたいの予想でいいんですけど、ここの服やレース、だいたいどれくらいの金額だと思います?」

声を落として聞く。

相場に関してはまだまだレベッカさんのほうが詳しい場面も多い。

「そうね、うーん。服はよく見るとあんまりキレイじゃないし、銀貨1枚もしないんじゃないかしら。高くても白銅貨5枚とかー? だいたい仕事着がそんなに高かったら売れないでしょ? レースだってもうずっと前に廃れてるんだから、白銅貨1枚っくらいじゃないのかなー」

おう。根本的な勘違いだけど、仕事着じゃないんですってばレベッカさん。

いや、娼婦の仕事着って意味じゃあ、確かに仕事着ですけど……。

とすると、仕事着でいいのか?

わけわからなくなってきた!

「なるほど、僕はもう少し高いかなと思ってますが、間を取っても白銅貨8枚くらい、レースは白銅貨3枚といったところでしょうかね」

「ん? 服も買うの?」

「そうですね。オリカが着てるメイド服って一着コッキリなんで、ここのやつ買ってこうかなと。あと、ちょっと興味があるやつもいくつか……」

いくつか買って、ディアナとマリナに着せて、写真撮りたいとかストレートには言えない。サイズは把握済みだから、本人いなくてもなんとかなるしね……。

もう一度、店主を観察する。

テーブルの上に雑然と置かれたグラス、そして酒瓶。

ん? 昼間っから飲んでるのか? まあ、こんなところで娼婦相手の店やってる人だし、酒ぐらい昼間から飲むか。

日本的な価値観で考えたら負けだ……。

だが、これは使える。これでいこう。

題して、お祭り商談作戦。

レベッカさんにも手伝ってもらわなきゃならないが、作戦の内容を話したら面白そうとわりと乗り気。

普通に買やぁいいのに、余計な小細工ばかりやりたくなるのは、商人の天職のせいか、それとも詐欺師の天職のせいか、それとも俺のもともとの性質なのかな。