軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第66話  噂は高僧の香り

市場の朝は早い。

うちは布の店なので、せいぜい9時くらいに店を開けるのだけど、食材を売る店などは、6時には店を開け、昼には閉めている……なんてのも多い。

そうでなくても、市場では夕方には全員撤収完了してるのがデフォであり、うちも早いときは14時くらいには閉めてしまうし、遅くとも16時には撤収完了している。

お気楽極楽、最長でも9時から16時の7時間労働だ。

しかも、午前に剣やら馬の訓練をやる日は、昼くらいから店に顔を出す重役出勤であるからして、実働3時間とかもざらにあるのだ。

だが、これは異世界クオリティだからこその楽勝モード……というわけではない。

ない、と思う。

だって、よく日本人は働きすぎっていうし、これくらいの労働時間が人間らしい仕事量の限界ってもんよ。

そうでなくても、ニートのリハビリにはこんなのが丁度良い……。

店にはもうエトワが来ていて、開店の準備を始めていた。

準備といっても、しょせんは露天である。周りを掃除して、きれいに商品を並べて、あとは帳簿と釣銭なんかを確認する程度。

「ボスに姐さん方! おはようございます! 切れてた商品持ってきてくれました?」

俺たちに気付いたエトワが元気に挨拶してくる。今日はセーラー服ではなく、麻を藍に染めたワンピース。

素朴でなかなか可愛いじゃないか。

「おお、おはよう。全色持ってきてるよ。あといくつか試験的に売る品も持ってきてるから、あとで並べるぞ。よしよし」

エトワの頭を撫でながらブースに入る。

「ニ゛ャ~。またボスは猫扱いするんですから……。」

だって猫みたいなもんだしな。

これは雇用後しばらくしてから発見したことだが、エトワは撫でてやると、ニャ~とか言って目を細めて気持ち良さそうにするので、なかなか撫で甲斐があって楽しい。

最初は異種族が撫で回したりなんかすると、文化的にアレだった場合に問題になるかも? なんて考えていたんだが、エトワも「カナン族同士ではなであったり毛繕いをしあったりするのは、一般的なコミュニケーション手段です」と言っていたんで、もうあまり遠慮していない。

うちって動物飼うの親に禁止されてたから、猫とか飼ってみたかったんだよなぁ。

「せっかくだから、こう、頬とか喉のへんも撫でてくれると気持ち良いです」

ふふふ、最近ではリクエストまであるのだよ。

最初、弟子として来たばかりのころは、なでられることに、多少の抵抗感を示していたエトワだったが最近ではスッカリ気を許している。

モッフモフやぞぇ……。

ナデナデナデナデ……。

「ゴロゴロゴロゴロ」

ほっぺたから喉からなで回してやると、目をつむって気持ち良さそうに喉を鳴らし、スリスリと頭を擦り付けてくるエトワ。

やっぱり猫だった!

「……姫、どう思うでありますか?」

「そうね……。今までは新入りということで見逃していましたが、やはりエトワには序列というものをわからせる必要があるようなのね……。マリナ、やっておしまいなさい!」

「御意! うっふふふふ、覚悟するであります、ネコちゃんだからといって手加減できるほどマリナは器用じゃないでありますよ!」

モフモフに夢中になっていると、マリナが手をワキワキさせながら近づいてくる。

「ん? マリナもやりたいのか? いいけど、ガントレットは外せよ。ほら喉をこうなでてやると喜ぶぞ」

「ゴロゴロゴロゴロ」

「違うであります。そういうじゃないであります。マリナはエトワに一つ物申さばならんのであります」

「そんなのあとにして、ほらほら」

「こっ、こうでありますか……? あっ!? フッワフワであります! 姫の髪よりフワフワであります。」

え……?

マリナって普段ディアナの頭なでたりしてんの……?

いや、確かにあのプラチナブロンドの髪は触ってみたくなるけども。

「ゴロゴロゴロゴロ、ニ゛ャ~」

俺とマリナにナデナデされてご満悦のエトワである。

この淫乱猫ちゃんめ。

しばらくエトワをなでまわして、途中からは一緒になでているマリナの手までなでまわしていたが、ボツボツお客さんが来はじめたんで中断した。

ディアナが「マリナ、使えない子!」とか言って憤慨していたが、それは無視した。

◇◆◆◆◇

「主どの。申し訳ないのですが、実は今日休みを貰いたいのであります」

「ん? 珍しいな。いいよ別に」

「本当でありますか! ありがとうございます! では、ちょっと出てくるであります。店を閉めるころまでには戻るであります」

たぶんオリカの誕生日プレゼントを買いにいくんだろう。

マリナが奴隷になる前に、どういう性格だったのかは知らないが、こうやって自主的に願いを口に出すようになったのは良い傾向だと思う。

あいつは、元々なんというか「正しい奴隷像」とでも言うべきものに縛られている感じがあるからな。

半ば顔馴染みになった客から、新規の客、他の街から来た商人なんかに布や小物を売っていく、いつも通りの光景だ。

エトワが器用に布を注文された長さに裁断し、俺が金を受け取り、ディアナが布に祝福の文言を捧げながら客に商品を手渡す。

とかく忘れがちなことだが、ディアナはエリシェでは尊敬される種族「エルフ」だ(厳密にはハイエルフだが)。

そのエルフさまから「実りある人生になりますように」だの「ル・バラカがいつも見守っています」だの「メルフェルフォ・ミルミール・レイネー」だの声を掛けられるのは、市民にとってはとてもありがたいことなのだ(最も最後のは市民も意味がわかってなさそうだったが)。

「それにしても……。なんか、今日は妙に信心深そうな客が多いな? ディアナ目当てというか」

そうこうしている間も、なぜかディアナは握手を求められたり、赤ん坊の名付けを頼まれたりしている。全員女性だが、……なんだこれ。

「ボス、最近噂になってるんですよ。市場に徳の高そうなエルフさまがいらっしゃるって。ヒト族とターク族とカナン族を従えて、エルフの里のありがたい布を安く提供して下さっているらしい……なんて」

「そうなのか。……う~ん、確かにディアナは目立つからなぁ……。まあある意味シナリオ通りではあるんだが……。そうだとしても多くないか?」

今までも、ときどきはこういった客は来ていたから、別に違和感があるというほどでもないんだが……、それでも今日はいつもの倍くらい来ているような感じがあるな。

まあその分、商品が売れるから問題ないというか、結果オーライではあるんだが。

ディアナに赤ん坊の名前を付けて欲しいとせがんでいた若奥さんに、ディアナのことをどこで聞いたか尋ねてみた。

噂と言ったって、発信源があるんだろうしな。

「ええ、4丁目の奥さんが、最近噂の白い髪のエルフさまのこと、神官さまに聞いたらしいのよ。そしたら『あの方は私などより、ずっと高貴な方です。あの方の近くにいるだけでもル・バラカの恩恵を賜ることができるでしょう』と仰っていたって言うじゃない。それならば是非と思ってね」

神官ちゃん……。

今度、変なこと言わないように釘をさしたり、写真撮ったりしてこなきゃならんな。いや、今日行くか、いっそ。

◇◆◆◆◇

「ボス、出るんですか? それならば、噂の店をちょっと見てきて欲しいです」

「噂の店? むしろ今うちが噂の店になってるんじゃなかったのか?」

「いえ、うちの噂に便乗したのか、本物なのか確認して欲しいんですよ。私には仕入れ先のことはわかりませんし」

エトワの話によるとこうだ。

最初に耳にした噂は、ほとんどが「市場でエルフが布を売っているらしい」というものだったらしい。だが、少しずつ「市場でエルフの里の品を売っているらしい」というものが出始め、最近は「市場でエルフがエルフの里の品を売っているらしい」というものが主流であるのだそうだ。

そして、その真ん中の「市場でエルフの里の品を売っているらしい」というのが問題の『噂の店』である。

うちでは布を売る時「エルフの里の品」というフレーズを基本的に使っていない。仕入れは基本的に隠すべきところであるし(実際嘘だし)、エルフの里の品を喧伝することによって商人として悪目立ちしたくもない。

そういう意味では、例のポッチャリにベルベットを売ったのは2重の意味で失敗だった。相場よりかなり安く売ってしまったし、エルフの里で仕入れたとかベラベラ喋ってしまったからな。

まあ、あの時は高く売りつける為に、話盛るのに夢中だったから仕方ないんだが。

そういうのもあって、その後は特に気を付けるようにしている。

そんなわけで、うちでは一部の常連さん以外にはエルフの里という単語を使ってない(エトワにも厳しくそこは伝達してある)わけで、とすると別に本物のエルフの里の品を扱っている店ができたという可能性が高い。

そうでなければ、便乗でインチキの品を売っているか……?

「それで、どのへんの店なんだ? 急に出て来たってことは市場か屋台ってことなんだろうが……」

「あ、屋台みたいですよ。私もくわしいことは知りませんが、エルフの里のありがたい品を売っているそうで……。うちの店の噂とゴチャゴチャになってて詳細はわかりませんけど」

なるほどな、まあとにかく見に行ってみるか。

そうして、俺はディアナと共に問題の店を探しに出かけた。まあ、昼飯と神殿に行くののついでなんだけどな(エトワはお弁当をいつも持参している)。

問題の店は、思いのほかすぐ見つかった。

市場の食料品が売っているゾーンの近くの広場は、屋台がひしめき合うちょっとした屋台村になっている。

そこで昼飯としてエリシェの屋台では定番となっている3Y「焼きそば、焼き鳥、焼き飯」を食べながら、聞き込み調査をしたら、すぐ近くの屋台がそれだという。

運がいいな……と思いつつ、食事後にその店を見に行ったのだが――。