軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第153話  決意は変なフラグの香り

次の日の朝。

俺は目覚ましが鳴るよりもわずかに早く目を覚ました。

いつものように歯をみがき顔を洗う。

グッと体を伸ばし、少し屈伸運動などしてみる。

体調は良さそうだ。睡眠も十分。

母親は夜勤に出ていて、まだ帰ってきていない。

このヒトツヅキが終わったら一段落だ。親孝行もしていきたい。

そのためにも、ヒトツヅキを生きてクリアしなきゃな。

なーんて言うと、死亡フラグっぽいか。

俺は母親に、3日間留守にすると書き置きを残した。

さすがにヒトツヅキの期間中、わざわざ家に戻ってきて寝るのも変だろう。

ヒトツヅキ中は修羅場だからな。

ヒトツヅキ中は出現するモンスターの種類も変わるらしい。

いつもここに出るモンスターはスケルトンばかりだが、ゴブリンやオークといった肉々しいやつも出現する。空を飛ぶやつや、魔獣系のやつ、あとはゴーレム的なのも出るとか。

戦ったことがないモンスターも多いだろうから、出たとこ勝負にならざるを得ない。

もちろん、前回の『此岸めぐり』の記録は神官ちゃんに照会してもらったが、さすがにどこも混戦だったようで、まともな資料が少ない。一つわかっているのは、三日目は雑魚はほとんど出ず、強力なボス級のが立て続けに出たということ。

どれくらい強いのかは戦ってみなきゃわからんが、あのルクラエラのサイクロプスと同じようなのが出るとなると、かなり厳しい戦いになるだろう。

さらに、ボス級の敵は時間湧きではなく、一体倒すと次が出るというパターンだったらしい。

それ自体はいい。むしろ大歓迎。

一体目にモタツイてるうちに、次々湧かれたらすぐ詰んじゃうからね。

ただ、その代わり、どこかのモンスタースポットでラストモンスターまで討伐しきるまでヒトツヅキは終わらないという仕様だったとか……。

不完全なデータながら、1000年前からの記録をさらってるんで、ほぼ間違いないらしい。

前回のラストモンスターを倒したのは、当然というか夢幻さんだったという。

これがどういうことかっていうと、どこかでお強い戦士たちがラストモンスターを倒してくれるならともかく、それぞれがモタツイていたら、時間の経過と共にどこもかしこも苦境に立たされるってことだ。

逆にいうと、ラストモンスターは一体しか出ないということでもある。

……ま、ゲーム的な演出として、誰が最初にラストモンスターを出して倒すか競争させる……というアレなんだろうな、これは。

ラストモンスターはどうだっていいが、他の場所の戦力がどうかよくわからない。

いちおう神官ちゃんを通じて、次のヒトツヅキは『此岸めぐり』の可能性が濃厚、心して準備されたし――という連絡回してもらったものの、実際どうなったのかは不明だ。

ま、うちはうちで、やれるだけのことをやるだけか!

◇◆◆◆◇

鏡を抜けて屋敷へ。

「おはよう、オリカ」

「だんなさま、おはようございます! もうみんな出てますよ!」

「オリカだけか? ディアナもいないなんて珍しいな」

「はい。なんでもハッパを掛けてほしいって頼まれたとかで、マリナさんに引っ張っていかれましたよ」

「ま、お姫さまだからな、いちおう」

オリカはキッチンでせっせと食事の用意をしていた。

今日のお昼と夕飯の分だ。テーブル一杯に食材が積み上げられている。

総勢60名分の食事を一人で準備するのはかなりしんどいはずだが、戦えないのは自分だけだからと、一人でやると聞かなかったのだ。

新人の騎士さんたちは、料理や食材を現地に運ぶのを手伝っている。

ここでは下ごしらえやお握りを作ったりがメインで、現地で巨大な鍋でスープを作り、肉を焼くのである。

「じゃあオリカも大変だけど頼んだぞ。手が足りなかったら言ってくれ。新人さんたちは、まだまだ戦闘では足手まといだから、こっちに回しても全然問題ないからね」

俺はそう言い残して屋敷を出た。

装備は万端。大親方が作った簡単なスケイルメイルと魔剣。

俺は武器の性能的にアンデッド系とは相性が悪い。その代わり、エネルギー吸収できる相手にはめっぽう強い。

ゴブリンやらオークは全部任せてくれという感じだ。

時間はまだ朝の7時。

ヒトツヅキは9時から始まる。神の御業だ。時間に狂いはなかろう。

「あ、神官さま。おつかれさまです」

神官ちゃんが、突貫工事で作ったアレコレをちょろちょろ見学してたんで声を掛けた。

今日は、神官服の上にオーバーコートのようなものを着て、帽子をちょこんと頭に乗せている。神官様の戦闘服ということだろうか。なんにせよ可愛い。

「ジローさん! おはようございます。話には聞いてましたが、すごいですね、これ!」

「ええ。なんとか準備間に合ってよかったです」

神官ちゃんが言っているのは、俺たちが対ヒトツヅキ戦の為に準備した兵器と土壁、そしてあっちこっちにある地面の穴のことだろう。穴というより小規模なクレーターと言うべきものだが。

この1週間の突貫工事でいろんなものを作った。

モンスタースポットから湧いてきたモンスターは必ず三叉にぶち当たるように、高さ2メートルほどの壁で通路を作った。

形で言うとΨの形だ。

これには、土のう袋が大活躍した。ただ土を積み上げても壁を作るのは難しいが、土のう袋に入れた土なら、お手の物だ。ホムセンで買ってきたスコップもなかなか良い仕事をした。スコップ一つでも、こっちのとではコスパが違うからな。

四叉路はそれぞれ巨大な板で壁を作り堰き止めることができる。

右への通路を仮にAとしよう。左への道がBだ。真ん中の道がC。

Cは真ん中の道なので、基本的にモンスターはここからこっちへ向かってくるが。通常ここは閉ざしておく。強そうなモンスターが出た時だけ開き、ノコノコと出てきた敵を破壊鉄球で討ち滅ぼす用の道だ。

AとBは常に片方を閉めておき、ワラワラとモンスターが通路に集まったところに、バリスタをお見舞いする。出口側を 先細り(テーパー) にしてあるんで、必ず出口で渋滞するはずなので、上手くいくだろう。

討ち漏らしは戦士たちで討伐する。

バリスタが効きにくい相手には、三叉路のAとBを開放し、二手に分かれた敵を出てきた順に倒す。

簡単にいえばそういう作戦だ。

壁を乗り越えてくるやつや、空を飛ぶやつ。こちらの思い通りに動かないやつもでてくるだろうが、そういうイレギュラーは当然あるものとして戦士を配置すれば、なんとかなるだろう。

大事なのは休憩を上手にとって、安全マージンをとって戦えるかどうかだ。

危険度が高い壁を閉ざしたり開けたりする仕事は、シャマシュさんの召喚魔獣にやらせる。遠距離から命令できるので、使い勝手がいい。

破壊鉄球の綱引き役もゴーレムだ。これはゴーレム二体で引く。

ただし、ゴーレムを五体も召喚してしまうと、さらに追加で召喚というわけにはいかないらしいんで、強いモンスターが出てもアイちゃんに頼れないのがタマに瑕だ。

「ジローさん、精霊石は私のほうでも5個割り当てられていますから、怪我や強化魔法なんかも任せてください!」

神官ちゃんが言う。

精霊石5個はありがたい。この国だか街だかの財政にとって、これがデカい金額かどうかはわからんが。

「あっはい。ディアナから聞いてるかもですが、うちでもかなりの量用意しましたから、足りなかったら言って下さい」

「普通の怪我でしたら、私の通常魔法でも治療できます。これだけの精霊石があるなら、たとえ『此岸めぐり』でも大丈夫でしょう」

「神官さまも来てくれましたしね」

実際、ポンコツエルフのディアナと違って、神官ちゃんはちゃんとした精霊魔法使いだ。結界魔法、回復魔法、強化魔法、付与魔法……数々の神秘的な魔法を操ることができる。

特に回復魔法は貴重だ。ディアナだと精霊石を使わなきゃならないから、ちょっとした怪我にエリクサー使わなきゃならないような非効率さがある。

その点、神官ちゃんなら切り傷ぐらいなら、たちどころに治療してしまえるはずだ。

「ああ、あと料理も飲み物も、お菓子なんかもたくさん用意してありますから、神官さまも食べてってください」

「はい! すでにいくつかいただいちゃいました」

そう言って、ポケットからカントリーマ○ムの袋を出してはにかむ神官ちゃん。

カントリーマ○ムは携帯食料としては、かなりエネルギー効率が高いと聞いて買っておいたのだ。普通に食べても美味しいしな。

神官ちゃんと別れ、ベースキャンプへ。

ベースキャンプでは、騎士さんたちが慌ただしく準備に追われていた。

新人さんたちにはクロスボウを支給してある。あれは、誰にでも扱えるものだし、威力もなかなかだ。

さらに、希望者全員に地下足袋を装備として支給したんで、みんな足元が地下足袋だ。正直すごく違和感あるが、これは元傭兵団達にも好評で、メンバーの八割が地下足袋という状況だ。地下足袋屋が開けるレベルだ。

とはいえ、もういまさら準備することはそう多くない。

やることといえば個人的な装備や心の準備。腹ごしらえ。戦闘の流れの確認。雑談。

みな、思い思いにそんなことをやっている。

不安げな者、落ち着きのない者、談笑する者、神に祈る者。いろいろだ。

だがやはり不安げな子が多い。そりゃそうだ。人類の厄災「ヒトツヅキ」を戦うのだ。もともと戦士だった元傭兵団の子たちはともかく、新人さんたちは戦いに無縁で生きてきたのだし、不安なのも仕方がない。

なにもかも予定通りとはいかないだろうが、ヒトツヅキに関しては、なんだかんだ言っても1000年のノウハウがある。

自分は物的な支援はしたけれど、現場ではレベッカさん達に基本任せる。戦術のことは俺も一緒に考えたけど、運用についてはもう全部お任せだ。船頭多くして船山に登るとも言うしな。

俺は一介の戦闘員として戦うつもり。

ふっふふ。今朝の魔剣は血に飢えておる。

ナマモノは任せ給え。

そのあと、みんなに一言ずつ話しかけながらウロツキ廻って、最後にディアナとマリナのところに辿り着いた。

◇◆◆◆◇

「オッス」

「……ご主人さま、私のところに来るまでに、ずいぶん遠回りして来たのです」

ディアナがむくれて言う。

確かに、他の人たちに挨拶してから最後に来たからな。

「さっきまで姫の鎧を着付けていたからなのでありますよ」

マリナが笑う。

ちょうど俺が広場に来た時に、マリナがディアナの鎧を着せている最中ではあった。

だが、もちろんそれが遠回りした理由じゃない。

「てか、別に理由という理由はないんだ。二人は身内だから最後にしただけ。いや、もうみんな身内だけどさ」

オーナーとして、身内だけと親しくしているわけにもいかないからな。

これから、三日間の長丁場だ。俺なんかが話しかけて激励になるのかどうかはともかく、必要なことだろう。

ディアナはパレード用に用意した、ドレスと鎧が一体になったものを着ている。

ディアナは最後衛だから危険になる可能性はかなり低いだろうが、ヒトツヅキである。いちおう防具ぐらいは装備しておいた方がいい。

マリナはいつもの装備だ。ハルバードは新人の騎士さんに譲ったんで(俺から貰ったものだからと、かなり渋々だったが)、最近はミョルニールハンマー一本である。マリナのハンマーは、さすがはボス級ドロップ品というべきか、シャマシュさんが召喚したゴーレムクラスなら一発で粉々にする威力がある。

今回も、大いに活躍してくれることだろう。

「あー、二人に言っておくことがある。というか、今主要なメンバーにはもう告げてきたけど、お前らは特に無理しそうだから――」

言うかどうか悩んだが、出したほうがいい情報というのもある。

「実はな。俺はこの世界では死んでも生き返るらしい」

「え?」

「へ?」

ポカンとする二人。

うん。まあそうだよね。電波だね。

「夢幻の大魔導師によると、俺はこの世界では『プレイヤー』という身分で、『プレイヤー』は死ぬことがないんだってさ。だから、どういうことかっつーと、もしこのヒトツヅキで、俺が死にかけたり死んだりしたとしても、取り乱したり、無理して助けに来たりとか不要だってこと」

二人、特にマリナあたりは無茶しそうな気がしてならないから、こうしてクギを刺しておかねばならん。

まあ、マリナもディアナもクランメンバーだし、死んでも生き返るのかもしれないが、それとこれとは話は別だ。

戦闘員がクレバーさを失って数を減らせば戦線は崩壊する。

ここを守りきれなければ、隣の村やエリシェに被害が出るだろうし、そっちでは誰も復活はできないのだ。

それなのに、戦っていたはずの騎士隊メンバーが全員余裕でご存命で、神殿でボーっとしてたなんて事態になったら、それこそ裁判沙汰だ。

「マリナはその命令は守れないであります」

マリナがキッパリ言う。すでにマリナは俺の奴隷ではない。パレード前に契約を解除して、再契約していない。

だから、命令に従う必要もない。ないんだが――

「いや、絶対に従ってもらう。てか、マリナだってもう騎士隊の中じゃあ古株なんだし、後輩のこと考えなきゃだよ。俺のことはいいから」

「マリナは主どののほうが大事であります」

またまたキッパリ言うマリナ。

言われたこっちが恥ずかしくなるくらい、真っ直ぐだ。

「死ぬのは痛いであります。生き返るかどうかは関係ないのであります。マリナは、主どのと姫を護る騎士なのでありますよ。だから、マリナが主どのを見捨てたりなんて絶対にできないのであります」

真っ直ぐに目を見てマリナは言い切った。

こうなったらマリナは折れない。頑固者だ。

「そっか……うれしいよ。うれしいけど」

嬉しいけど、ちょいと困る。

それじゃあ俺が安心して死ねない。死んでもいいつもりで戦えない。

いや、死ぬつもりもないけど、戦闘中はどうしたってハイになりがちだ。ハイになったら、そのテンションのまま戦いたいのだ。

ヒトツヅキはモンスターがじゃんじゃん出るんだし、楽しめるところは楽しみたい。モンスターとの戦闘は、元がゲームだからか、けっこう楽しいのだ。

よし。可哀想だけど、マリナは反対側の戦線に配置しとこう。

「私はどうせ戦えませんですし、マリナに任すほかないのです」

ディアナがつまらなそうに言う。どうせって……。

「ディアナにはディアナの戦いがあるよ。精霊石もたくさん用意したしさ」

「どうせ私は簡単な術しか使えないのです。神官が使ったほうが有意義なのです」

「なんでクサってんの……」

実際、神官ちゃんのほうが奇跡の代行者としての腕は上だろう。あっちはプロ中のプロ。この道50年以上の大ベテランだ。

「ディアナは精霊魔法ってより、姫としての精神的支柱だからさ。お前がみんなを応援するだけで、士気が上がるんだから、そっち頑張ってくれればいいよ。これは誰にもできない仕事だ」

「…………それもきっとイオンがやったほうが上なのです」

「なんでクサってんの……」

イオンの正体は、主要メンバーと傭兵隊メンバーには教えてある。

最近はイオンも明るさを取り戻して、みんなで仲良くやれているが、それはそれとして、皇族なのは確かなのだ。

ヘティーさんあたりは、ディアナよりもイオンに対する忠誠度のほうが高いだろう。元々、皇族を護る聖騎士だったってんだからな。

元傭兵団のみんなも、イオンに対してのほうが馴染みがあって姫度が高いかもしれない。

騎士サーの姫としては、イオンに完敗かも……。

う~ん。

ここで言うと、変なフラグっぽいからひと段落してからって思ってたけど――

「じゃあ、ヒトツヅキが終わったら――」

軽く言おうとしたが、微妙に言いよどんでしまった。

こういう言葉を口にするのは難しいものだ。

男だったら誰でも。

「終わったらなんなのです?」

「主どの、顔が真っ赤であります!」

つい、照れちゃったりして。やっぱり慣れないことってスマートにはできねぇ。

「――ヒトツヅキが終わったらさ、け、けけ結婚でもすっか!」

「え?」

「へ?」

我ながら爆弾発言だった。

2人は間抜けな声を出して硬直したあと、掴みかかってきた。

「ほ、ほほほほほほんきですか!」

「どっちとでありますか!」

「なんでとつぜん! こんなとこで言うのですか! いまさら冗談と言っても聞かないのですよ!!」

「重婚もみとめられているであります!」

2人にガクガクと揺さぶられる。

まさか、こんなリアクションがあるとは思わなかった。

「ちょっとマリナ、私を差し置いてなんであなたまで結婚しようとしているの?」

「当然であります。主どのはマリナのことも大好きなんであります」

「いつも姫、姫って言ってるくせに、今回はずいぶん出てくるじゃない」

「主どのだけは独占させないといつも言ってたはずでありますが?」

鼻と鼻がふれあうほどの近距離で睨み合う2人。

2人は仲良し……なのは確かだけど、マリナは頑固なところあるからなぁ。

「俺は出会ったころから、2人とも好きだよ。どっちか選べと言われても困るし、この国じゃあ、必ず一人に絞らなきゃならないなんて法律もないからさ。結婚するなら二人共だ」

俺はキッパリ言った。

実にクズ感溢れているが、地球の一国家であるだけの日本の法律を、こんな未来の遠い星である異世界で適用する必要性は皆無だ。

これまでずっと慎重にやりすぎて我慢してきたのだ。

そろそろみんなとの関係だって一歩進めていきたいのだ。

結婚という手段を取るのは、俺の覚悟の表明と言えた。

ただ肉体的な関係だけを求めるなら、今の関係のままそうなることも別に不可能でもなんでもなかったんだから。

「ほんとうのほんとうでありますね? マリナ、信じちゃってもいいんでありますか? 本当にマリナとも結婚してくれるんでありますか?」

半ば茫然としたディアナと違い、マリナは思ってたよりもグイグイと確認してきた。

マリナは変わった。

少し前までヘトヘトで自信皆無だったころのマリナとは比べものにならない。何が違うかっていうと難しいが。

一口で言えば、やはり強くなった……のだろうな。

……まあ、こうして質問攻めにしてくるあたり、やっぱり完璧に自信があるってわけじゃあないだろうけども。

「本気の本気だよ。結構前から考えてはいたんだ。まあ、このタイミングで言うつもりもなかったけど。ディアナはどうなんだ?」

「ご、ご主人さま。わ、私……私は……うれしくて……ほんとうにうれしいのですけれど……突然すぎて頭が整理しきれないっていうか」

ディアナは半分パニックみたいになっている。

まあ、俺もそういう素振り、ほとんどしなかったからなぁ。でも、古い世界では、付き合うという段階とかなかったって話だし、別に言うほど突飛な話でもないだろうに。

「……タイチョーはどうするでありますか?」

マリナが声を殺すようにして訊いてくる。

レベッカさんとも同じように長い仲だ。

「うん。レベッカさんさえ良ければって思ってるよ」

もともと、シェローさんにもレベッカさんのこと、頼まれているしな。

あの時は、覚悟なんてこれっぽちもなかったが、今は違う。

日本のほうでの生活に、夢幻さんのおかげとはいえ、余裕ができたってのも大きい。

騎士隊の戦力も整ってきた。店も順調だ。

「そ、それならっ――」

ディアナが顔を上げ、なにか言いかけた直後。

空に浮かぶ月を見上げていた騎士さん達がざわめき始めた。

俺たちも話を中断して、空を見上げる。

腕時計で確認すると、時間はちょうど9時になったところだった。

今やすっかりと合わさり一つになった月。

サイズが違う赤と白の二つ月が、空に合わさり浮かび、まるでドーナツのようだ。

月と月が明滅する。

二つの月が重なり合い、完全に一つになる。

月を中心にして十重二十重の光の輪が浮かび上がり、周辺に瞬く星が異常な速度で動き、輪を描くような形に瞬く。

こんなに晴れわたった昼間でもわかるほどの輝きだ。

そして、一つになった月と、光の輪が脈動する度に――

「あ……ああっ……!」

ディアナが両腕で身体を抱くようにして呻く。

両脚ががくがくと震え、今にも倒れそうだ。

「ひ、姫! 大丈夫でありますか?」

マリナが寄り添い、背中をさする。

ディアナは尋常でない量の汗を額に浮かべ、震えている。

「こ……理が反転するのです……! あの星の並びは『此岸めぐり』……! あの、山でのそれよりも大きい……星が暗転するほどの力なのです……!」

振り絞るように言うディアナ。

やはり『此岸めぐり』だったか。そうでない可能性もあったのだが、残念だ。

もうこうなってしまっては、やるしかない。

レベッカさんの号令の下、騎士さんたちが配置につく。

シャマシュさんが召喚した魔獣も配置についている。

月が完全に一つに混ざり合い、禍々しい真紅にその姿を変え、空はその色をモノクロームの鈍色に変えた。

星そのものが未知なるものへ変化したかのような、大スペクタクルだ。

「理が反転しました……。始まるのです」

ディアナの呟きがトリガーとなったかのように、森を掻き分けてモンスターたちが殺到する。

世界の災厄『ヒトツヅキ』。

それが遂に始まったのだった。