軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第115話  新人メイドはハイスペックの香り

祝福。

それはこの世界を司る謎システムの根幹をなすものだ。

人々は、神官やら巫女から、神の祝福を授けられ、天職を得る。

神は時々、その人それぞれに『お導き』という仕事をさせ、それを完遂することにより『魔法の石』を授ける……。

いや、仕事というとちょっと違うか。

とにかく、ミッションをやらせて報酬を支払っている。

これは後から聞いた話だが、この世界の神は『大精霊ル・バラカ』の他にも、今回シャマシュさんがイオンに祝福を授けた『夜天女神ヴァース』、さらに『太陽神メギ・ラマーナ』というのがいるらしい。

さらに、その神々により授けられる『魔法の石』の種類も違うのだとか。

大精霊が授ける『精霊石』

夜天女神が授ける『夜天石』

太陽神が授ける『太陽石』

まあ、なんともヒネリのないネーミングであるが、そういうものらしい。

どういう違いがあるのかをシャマシュさんに聞いたら、「三神は同格のように思われがちだが、実際には大精霊が飛び抜けてるよ。ヴァースが授ける『夜天石』はただの高純度な魔石だし、『太陽石』は攻撃くらいにしか使えないからな」……ということらしい。

ようするに、他で代わりの効くものでしかない夜天石や太陽石と違い、精霊石だけは特別。

はっきり言ってしまえば「エルフが特別」――ということらしい。

区分としては、精霊石は補助的なこと全般が得意……ということらしいが、確かに生活で使う分には、その補助的なことのほうが有用だろう。

なにより、若返りができるってのは、ものすごいアドバンテージだ。

閑話休題。

イオンが、夜天女神ヴァースの祝福を授かる。

皆が固唾を飲んで見守る中、一瞬こちらを振り返ったイオンが、小さく「天職、天職、天職」と呟き、天職板を確認する。

シャマシュさんが言うには、神によって多少出やすい天職に差があるらしい。

太陽神からは戦士系が。夜天女神からは魔術師系が。大精霊からはその他の補助職系が。

そういう区分なのだとか。

だから、余計にどういう職が出るかわからない。

やはり魔術師系なんだろうか。

イオンが、天職を確認してか一瞬驚きに目を見開く。

そして、長い睫毛を揺らし、ゆっくりと瞳を閉じる。

「……これは、どういう意味なのでしょうね。私は許されたのか、それとも――」

一人聞こえるか聞こえないかの声音で呟き、その閉じた瞳からこらえきれず涙が溢れ出す。

静まり返った室内(シェロー宅、八帖くらいのリビング)で、そんなイオンの一挙手一投足を見守る俺たち。いちおう、祝福を授けるというシチュエーションは、一種の儀式ということになるらしく、こうして厳かに見守るのが慣例らしい。ちょっと苦手だ。

しかし、どうしたんだ。

もともと、ちょっと情緒不安定な人だけど……。なんか変な天職授かっちゃったのか。詐欺師とか余裕で出るからな天職システム。夜天女神って神様自体もちょっとブラックな雰囲気あるし、暗黒的な天職が出てしまったのかもしれない。

復讐者(アヴェンジャー) とかさ。天職の暗黒面に堕ちる感じの……。

なんにせよ、想定外な天職が出てスーパーガッカリというのは十分ある。

みんながなんとなく何も言えずにいると、イオンが涙を振り払い、いつもの凛とした顔でこちらに向き直った。

「みなさん、ありがとうございます。私は今日ここに夜天女神ヴァースの御子として生まれ変わることができました」

頭を下げる。

祝福を授かった時の決まり文句的なものなのかもしれない。

天職がなんだったのか気になるけど、あんまりせっつくのは下品かしら。

「おめでとうなのです、イオン。私はエルフだから、夜天女神のことはわからないけれど、これから本当に生まれ変わったと思って、ご主人さまに尽くすといいのです」とディアナ。

「めでたいであります。祝福は祝福されるべきなのであります」とマリナ。

「おめでとう、イオン。昔のことは昔のこと、ちょっと私がまだこだわっちゃうことあるかもだけど、仲良くやっていきましょう」とレベッカさん。

「お姫さん……いや、イオン。本当に今日はめでたい日だ。おまえさんが生きていただけでなく、新しく祝福まで授けられた。きっとアイザックもあの世で喜んでいるだろう。あいつは、お姫さんの成長を喜び願っていたからな。お姫さんと出会うまで、あいつは同じ天職持ちがいなかったから、技術を継承できる喜びもあったんだろ。なんたって、あいつの実年齢は……いや、これは秘密のままがいいか」とシェローさん。

みんなが口々に祝辞を述べる。

てか、シェローさんが微妙にぶっこんでくる内容が気になるが今はいい。

「それで、天職はどうだったのー?」

レベッカさんが気になっていた部分を訊いてくれた。

通常は、いきなり天職を訊くのはタブーに近いらしいが、祝福の儀式の後は例外。

まあ、基本的に身内だけでやるものだからってのもあるだろうけど。

みんなが、ワクワクと期待に満ちた目で見つめる中。

イオンは意を決するように答えた。

「はい。私の……私の天職は――」

イオンはそこで逡巡するように一拍置いた。

やはりハズレなのか?

「 魔術師(ウィザード) 」

おおっ。魔術師! 自分以外では初めてかも。

ぜんぜんハズレじゃないじゃん!

夜天女神は魔法使い系天職が出やすいとかいうの、本当だったんだな。

いや、シャマシュさんが魔術教えてたんだっけか。

「そして…… 将軍(ジェネラル) 」

おおっと、マジか。

てか、ダブルジョブ!?

再度、同じ天職が出たりするんだな。

いや、文字通りの『天職』なんだから、当たり前っちゃ当たり前か?

しかし、将軍で魔術師か。魔将軍じゃん。

怖や怖や。

「……さらに……、 聖騎士(パラディン) です」

トリプルじゃん。

聖魔騎士将軍じゃん。やべえ。

もともとは将軍だけだったのに、充電期間が功を奏したパターンなのか?

そういえば、最初から天職はある程度狙って出せるとかなんとかって言ってたようにも思うけど……。だったら最初からそういう修行してからのほうがいいってことになるんじゃ?

いや、そのへんは宗教観の違いか。神の祝福を小賢しく利用するなんてケシカランみたいな……。

まあ、ともあれ結果オーライだ。

レア職トリプル大歓迎。魔術師は別にレア職ではないらしいけど。

「イオン……将軍と聖騎士だなんて、まるで――」

レベッカさんが表情をこわばらせる。

将軍と聖騎士の両持ちといえば、 件(くだん) のイケメン。

「おお、アイザックと同じだな! あいつの教えが……イオン、お前さんの中に生きているってことだろう。はっははは、今日は宴だな!」

なるほど。

アイザック氏との訓練のなかで、聖騎士の素養を、シャマシュさんとの生活のなかで、魔術師の素養を養ったということか。

まあ、しかし、なんにせよめでたい。

もともと祝福を授かった日には宴を開くのが慣例だという。

やろうやろう。

「……うっ……うう」

「ん?」

どこからともなく嗚咽が聞こえる。

「……うう……よかったよイオン……」

振り返ると……やっぱりシャマシュさんだった。

ほんとに涙脆いなこの人!

いやぁ、しかし魔術師に将軍に聖騎士か。

さすが元は一国のお姫さまってことか、すごいポテンシャルだ。

いよいよ、屋敷に軟禁してメイドやらせてる場合じゃなくなってくるな……。

◇◆◆◆◇

簡単なパーティを開いたあと、俺はキッチンでマリナと片付け作業に勤しむオリカを見ていた。

パーティはうちの屋敷の庭で開催した。

まあ、パーティといってもささやかなものだ。だが、日本のお菓子やら酒やらなんやらが並ぶので、ある意味ではけっこうゴージャスでもある。

長く生きているシャマシュさんも、元王族であるイオンも、これには驚いていた。

初めて食べる日本のお菓子。

この世界(俺はエリシェしか知らないが)は、食べ物は全般的に美味しく安いが、しかし甘味だけは少しだけ弱い。

なんてったってチョコレートがないのである。

そんなわけで、安いチョコでも大人気だ。

あと、酒も日本から持ってきたほうが基本的に安い。量販店で売っている業務用の焼酎やウイスキーなんかは、かなりお得なので屋敷でもストックしている。うちはけっこう酒飲みが多いし、シェローさんと飲む時などは、かなり消費が早いからな。

パーティが終わった後、主役であるイオンには片付けの免除を言い渡した。

今は、庭のテーブルにキャンドルを灯して、シェローさん、レベッカさん、シャマシュさん、ディアナの5人でおしゃべりを楽しんでいる。

オリカは働き者だ。

オリカに屋敷を任せていて、問題があったことはほとんどない。

要望なんかも、俺に直接かマリナを通してちゃんと言ってくる。

そして、マリナも働き者である。

家にいるときは、だいたいいつもオリカの手伝いをしたり馬の面倒を見たりしている。

そういう点で、ディアナは全くダメだ。性根がお姫さまなので、手伝うという概念が存在してない。髪も長いし家事にも向いていない。俺も勘定に入れていない。

しかし、まあ忠誠……というと大袈裟だけど、報いなければなるまい。

オリカはルクラエラ旅行の時も一人で留守番しててもらったし。

「オリカ。なんか欲しいものある? 俺にしてほしいこととか」

ちょうど片付けの為に横を通りかかったオリカに、ストレートに訊く。

欲しいものといっても、屋敷での仕事に関しての必要品なんかは、もうとっくに揃えてある。仕事上の過不足はほとんどないはずだ。

そして、イオンという部下もできる。

イオンに関しては、天職がアレだったから、これから騎士隊もやることになるだろうが、さしあたっての本職はメイドだ。

人手が増えれば仕事も分散して、楽になるはずだ。

「メイドとしてではなく、オリカの個人的なお願いでいいぞ」

「えっ!? 急に、なんでですか、旦那さま」

「なんでって……そうだな。部下ができたお祝い……かな。今日からオリカがメイド長だよ」

どうみてもただの思いつきです。本当にありがとうございました。

「メイド長……。イオンさんのほうが、私なんかより相応しいと思いますけど……」

「なんで」

「だって、あんなに綺麗だし。私みたくドン臭くないし……」

うーむ。すでにイオンに気後れしてるのか……。

ああ見えて、二人はほとんど同い年のはずだが、確かにイオンは少し陰はあるが華やかな美人でスタイルもいい。

オリカはオリカでかわいいけど、魅力のベクトルが違うのもまた事実……か。

でも、屋敷の仕事ではぜんぜん関係ないのも、また事実。

「へーい、オリカ。あんなポッと出の新人にそんな気後れするなよ。この屋敷をずっと見てたのはお前なんだから。オリカは、掃除に洗濯、馬の世話も料理も買い物も全部ちゃんとこなしてくれて、いつも助かってるよ。これから先輩として、教えてく立場なんだからさ、シッカリしろって。それに、イオンはあれでもオリカと 同い年(タメ) だよ」

あんまりそう見えないけど、二人共17歳だ。

誰かに、ハンカチを贈らせたほうがいいかもしれない。

「同い年……。そうですね、私が先輩……。がんばる……がんばります」

ギュッと拳を握り、なにか決意を新たにするオリカ。

「じゃあ、気合が入ったところで、改めて、なんか欲しいものあるか?」

「ホントに、なんでも……いいんですか?」

上目づかいで少し声音を抑え、そんなことを言う。

ん? 今なんでもって言ったよね? と言質を取られる流れ!

「俺にできることなら」

冗談はさておき普通に答えて、返事を待つ。

オリカは、少しだけ申し訳無さそうに言った。

「……旦那さま、お忙しいのは承知してるんですが……。お勉強を見てもらえませんか?」

◇◆◆◆◇

オリカの願いは、俺に日本語の勉強を見て欲しいというものだった。

想像以上にささやかな願いだ。そういえば、最近はほとんど見てやれてなかった。

日本語の勉強用に教材はそこそこ渡してあるが、結局のところ先生がいなければ独学では厳しい。異世界語⇔日本語のテキストも辞書も存在しないのだから。

個人的にはもっとワガママで贅沢な頼みでも良かったんだが、本人が希望してることだからな。

「……かれもひとなり、われもひとなり。……どういう意味ですか、旦那さま」

「俺もあいつも同じ人間。同じ人間なのだから、あいつにできたことが自分にもできないはずがないって意味だよ。他には、人間同士なんだから他人相手に必要以上にへりくだったりする必要はないみたいな意味もあるかもな」

夜。一日の仕事が終わってから、寝る前の少しの時間をオリカと勉強する時間に割り当てた。

子ども向けの教材を使っての授業だ。まだひらがなとカタカナ主体だが、読み書き自体はかなりできるようになってきたんで、今日はコトワザや格言について教えている。

オリカは俺と出会う前、もっと言うと天職を授かった時から「他言語を習得しよう」というお導きが出ていて、その関係もあって、日本語を勉強させているのだ。

まだ、お導きの達成には至っていないようだが、この調子でいけば、そう遠くはないだろう。

順調にいってオリカの日本語習得の目処がたったら、まずは本を翻訳しようと思う。

そんで、次に余裕ができたら、地球の格言やことわざなんかを異世界向けに翻訳した本を出版してみたらどうだろうと画策している。

格言ならそんなに翻訳も大変ではないし、読むのも簡単だ。内容的にも、十分通じるだろう。なにせ、地球の格言本だって古今東西のが集められてんだからな。

……ぶっちゃけ、売れるという意味ではエロ本なんかのほうが無難なのかもしれないが、それはそれでコストも掛かりそうだし、公序良俗に反するってんでタイホされそうな感じもある。

普通のマンガを持ってきて勝手に翻訳して海賊版として売ってしまうという手も考えたが、マンガを知らない人間にとってマンガって初見で読めるものなんか? という不安がある。

なにより、マンガなんかは海賊版だとしてもコストが掛かり過ぎるだろう。一冊二〇〇ページは必要になるし。コストという意味では写真集やエロ本も同じだ。

ちょっと大変かもだけど布をメインで販売している関係で、洋裁の本を翻訳してもいいかもしれない。コストがかかるだろうから貸出しでいいし、売るとしても一冊五万円級の価格を付けてもいい。趣味の本だし、それでも少しは売れるだろう。

格言の本は、オリカに原稿を作らせてそれをスキャン、プリンタで印刷して三〇ページ程度のコピー本を作成する。製本はホッチキスで十分だ。原価はせいぜい五〇円くらいでできる。

この世界は本は高めだから、そんなのでもそれなりに儲かるだろう。

「えっと、旦那さま。とんびにあぶらあげをさらわれるって? とんびってなんですか? あぶらあげ?」

難しい顔をして本を読んでいたオリカが顔を上げて質問してくる。

鳶に油揚げを攫われる……か。鳶も油揚げもない世界の人間には意味不明か。いや、現代日本人的にもいまいち理解しにくいコトワザかもしれない。

「それは別に覚えなくてもいいかな……」

うん。ある程度、取捨選択が必要だな。