作品タイトル不明
第36話 太陽の恵みと星の深淵
惑星テラ・ノヴァ。
前線基地(FOB)の拡張工事は、日夜を問わず続けられていた。
鉄道網の整備、レアメタル鉱山での採掘、そして複雑化する生産ラインの構築。
工藤創一の指揮の下、工場は生き物のように成長し、その触手を荒野へと伸ばし続けている。
だが、その急激な成長は、ある深刻な副作用をもたらしていた。
司令室にあるメインモニターの前で、創一は腕組みをして、赤く点滅するグラフを睨みつけていた。
「……またか。電圧が安定しない」
グラフが示しているのは、基地全体の電力消費量と供給量のバランスだ。
消費を示す赤いラインが、供給を示す青いライン——発電限界ギリギリのところで張り付いている。
時折、大型の組立機や化学プラントが一斉に稼働すると、消費が供給を上回り、グラフが赤く染まる。
そのたびに基地内の照明がフッと暗くなり、インサータの動きが鈍くなる。
「蒸気機関(Steam Engine)を増設しても、追いつかないですね。
石炭の消費量も馬鹿にならないし、何より……空気が悪い」
創一は窓の外を見た。
湖畔にずらりと並んだボイラー群から、黒煙がもくもくと立ち上っている。
その煙は基地全体を薄暗く覆い、環境汚染(Pollution)の数値を悪化させていた。
汚染が広がれば広がるほど、遠くのバイターたちが刺激され、襲撃頻度が上がる。
悪循環だ。
「そろそろ、次世代のエネルギーが必要だ」
創一は決断し、緊急ミーティングを招集した。
集まったのは日下部駐在員、防衛隊の権田隊長、そして特別強化要員の鬼塚ゲンだ。
「……というわけで、電力事情が逼迫しています。
このまま工場を拡張し続ければ、いずれ大規模なブラックアウト(全停電)が起きます。
そうなれば、防衛システムであるガンタレットへの弾薬供給も止まり、最悪の場合、基地がバイターに蹂躙されます」
創一の説明に、権田が厳しい顔で頷く。
「それは困る。
電動ドリルを導入してから燃料補給の手間は減ったが、電気が止まれば採掘も止まる。
ライフラインの寸断は死活問題だ」
「そこで新しい発電方式を検討したいんですが……。
イヴ、周辺の資源探査状況はどうなってる?
特に『ウラン(Uranium)』だ」
創一が問うと、イヴの声がスピーカーから流れた。
『報告します。
広域スキャンの結果、現時点において基地の有効範囲内、および鉄道網の延伸可能なエリア内に、商業採掘可能な規模のウラン鉱脈は確認されていません』
「……うーん、ないか。残念」
創一はガックリと肩を落とした。
原子力発電(Nuclear Power)。
それが実現すれば、今の電力不足など一発で解消できる。
少量のウラン燃料棒で、蒸気機関とは桁違いのメガワット数を叩き出せる、夢のエネルギーだ。
だが、その単語が出た瞬間、日下部が過敏に反応した。
「ちょ、ちょっと待ってください、工藤さん。
ウラン……とおっしゃいましたか?」
「ええ。原子力発電の燃料ですからね」
「本気で……『核』に手を出すつもりですか?」
日下部の顔色がサッと青ざめる。
無理もない。彼は日本政府の人間だ。
「核」という言葉が持つ政治的な重み、アレルギー反応、そして国際社会(特にアメリカ)からの風当たりを、誰よりも理解している。
「いや、核兵器を作るわけじゃないですよ?
あくまで発電用です。
蒸気機関じゃ、もう限界なんですよ。
石炭を燃やし続けるのも環境に悪いし」
「ですが、ウラン濃縮を行うということは、技術的には核兵器製造への転用が可能ということです!
もしアメリカに『日本が異星でウラン濃縮を始めた』なんて知られたら……。
木材や銅の比ではない騒ぎになりますよ!
『疑惑』だけで国が一つ潰れかねない!」
日下部は必死だ。
資源開発は誤魔化せても、核開発疑惑は誤魔化しがきかない。
IAEA(国際原子力機関)の査察が入れば、テラ・ノヴァの秘密など守りきれるはずがない。
「それに、ウラン鉱石の採掘や精錬には、硫酸(Sulfuric Acid)を使う危険な工程が必要だと聞いています。
放射能漏れのリスクもありますし、廃棄物の処理はどうするんですか?
この閉鎖環境で放射能汚染が起きたら、逃げ場がありませんよ」
正論だ。
現実的なツッコミに、創一も言葉に詰まる。
「まあ……そう言われると痛いですね。
確かに、ウランの取り扱いは面倒です。
遠心分離機(Centrifuge)を何台も並べて、濃縮ウラン(U-235)を取り出す確率も低いですし」
現実のプラント建設と運用コストを考えると、今の基地規模では荷が重いかもしれない。
『マスター。日下部様の懸念は合理的です』
イヴが助け舟——いや、冷静な分析を投下した。
『現在の技術レベルと資源状況において、原子力発電への移行は「時期尚早」と判断されます。
ウラン鉱脈の不在、濃縮プロセスの複雑さ、そして政治的リスク。
これらを考慮すると、別の手段を講じるべきです』
「やっぱり? ウランは、まだ早いか……。
じゃあ、どうする?
このまま蒸気機関を増やし続けるか?
それとも石炭を固形燃料(Solid Fuel)に加工して、燃焼効率を上げるか?」
創一が未練がましく言うと、イヴが補足情報を提示した。
『マスター。
もしウラン鉱石の確保にこだわるのであれば、一つだけ手段があります』
「え? あるの?
さっき『鉱脈はない』って言ったじゃないか」
『地表にはありません。
ですが、星の深部——マントルに近い領域には重金属が沈殿しています。
それを直接掘り出す技術が存在します。
——『コアマイニングドリル(Core Mining Drill)』です』
モニターに、見たこともない巨大な掘削機械の設計図が表示された。
高さ数十メートル。
まるで要塞のような威容を誇るそのドリルは、地面に巨大な穴を穿ち、星の 核(コア) から直接資源を吸い上げるという。
『このドリルは地殻を貫通し、マントル層から「コアフラグメント(Core Fragment)」と呼ばれる未分化の資源塊を採掘します。
採掘速度は1秒間に約15フラグメント。
埋蔵量は無関係。星そのものが寿命を迎えるまで、実質的に「無限」に資源を供給し続けます』
「無限……!?」
権田が息を呑む。
資源枯渇の概念がない採掘機。
夢のような話だ。
『採掘されたコアフラグメントは、専用の「粉砕機(Pulveriser)」で特殊処理を行うことで、様々な資源に分離されます。
標準的なデータによれば、20個のコアフラグメントを処理することで、以下の資源が得られます』
イヴがリストを表示する。
・鉄鉱石:8個
・銅鉱石:8個
・石炭:4個
・石:8個
・レアメタル鉱石:4個
・原油:32単位
・水/鉱水:各16単位
・パイロフラックス(Pyroflux):4単位
『そして約32%の確率で……ウラン鉱石が1個生成されます』
「へー! なるほど!
福袋みたいだな。掘れば掘るほど、全部の資源が勝手に出てくるわけか」
創一は目を輝かせた。
鉄も、銅も、原油も、そしてウランまで。
これ一台あれば、資源不足の悩みから解放されるかもしれない。
「いいじゃないか、イヴ!
それを作ろうよ!
ウラン鉱脈を探し回るより、ここで座って掘ってる方が楽だ!」
『……お待ちください。
この技術には、極めて高い運用コストと未知のリスクが伴います』
イヴが冷水を浴びせるように、スペック表の隅にある数値を拡大した。
【消費電力:25 MW(メガワット) 】
「……ん?」
創一の目が点になった。
「25メガ……?」
『はい。25MWです。
これはドリル本体のみの消費電力であり、付随する粉砕機や選別ラインの電力は含まれていません』
「……えっと、今のうちの工場の総発電量って、いくらだっけ?」
『蒸気機関をフル稼働させて約12MWです。
常用負荷は8MW前後で推移しています』
「…………」
沈黙。
全員が顔を見合わせた。
「ぜ、全然足りないじゃん!!」
創一が叫んだ。
今の工場全体を動かしている電力の、倍以上の電気が、たった一台のドリルを動かすために必要なのだ。
まさに桁違い。
エネルギーの化け物だ。
「馬鹿高いな!
25メガって、蒸気機関30台分以上だぞ!?
そんなの動かしたら、一瞬でブレーカーが落ちて全停電だ!」
『左様です。
コアマイニングは電力インフラが十分に整った後の「エンドコンテンツ」に近い技術です。
現在の貧弱な電力網で導入すれば、破滅を招きます』
さらにイヴは、警告ウィンドウを追加した。
『加えて、地殻深部への干渉は、惑星固有のバイブレーション(地殻振動)を誘発する恐れがあります。
シミュレーションでは、コア深部より未知の低周波反応を検知。
……これが何を意味するのか、現時点ではデータ不足です』
「未知の反応……」
創一の背筋に、冷たいものが走った。
この星には、まだ自分たちの知らない「何か」が眠っているのかもしれない。
星の心臓を突っつくというのは、そういうことだ。
「……くそっ。
世の中、上手くいかないもんだな」
創一は溜め息をついた。
ウランを手に入れるためにコアマイニングをしたいが、コアマイニングを動かすための 電力(ウラン) がない。
完全に「鶏と卵」の状態だ。
「そうですね。
ウラン鉱石は、利用するには濃縮プロセスも含めて大量に必要ですし……。
今はまだ高嶺の花ということでしょう」
日下部が、どこかホッとした様子でまとめた。
彼にとっては、核開発のリスクが遠のいたことが何よりの朗報だ。
「となると、やはりクリーンなエネルギーに戻るべきかと。
太陽光発電(Solar Power)です」
イヴが代替案を再提示する。
『太陽光パネルと、蓄電池(Accumulator)の組み合わせによる電力供給システムの構築です』
「ソーラーか……」
創一は腕を組んだ。
太陽光発電。
燃料不要。メンテナンスフリー。排気ガスなし。騒音なし。
まさに理想的なクリーンエネルギーだ。
だが決定的な弱点がある。
「場所を取るんだよなぁ……。
それに、夜は発電できない」
『はい。
太陽光パネル1枚あたりの出力は、ピーク時で約60 kW(キロワット) 。
大規模な発電所を作るには、広大な土地をパネルで埋め尽くす必要があります』
「なるほど。土地はある。太陽もタダだ。
一番現実的だな」
日下部が頷き、計算機を弾き始めた。
「ええと、1枚60kWとして……1000枚並べれば一気に60MWの大電力になりますね!
これならコアマイニングも動かせるのでは?」
『訂正します』
イヴが即座にツッコミを入れた。
『日下部様、その計算は「常に昼間である」という前提です。
夜間は発電量がゼロになります。
蓄電池への充電分を考慮した「実効平均出力」は、1枚あたり約42kWとなります。
したがって1000枚設置しても、常時供給できる電力は42MW程度です。
さらに工場のベース電力を差し引けば、コアマイニングを動かす余裕はギリギリです』
「あ、あれ……?
意外とシビアですね……」
日下部が苦笑いする。
ソーラーは場所を取る割に、エネルギー密度が低いのだ。
「まあ、それでも蒸気機関よりはマシだ。
地道に行きましょう」
創一は頭を掻いた。
派手な巨大ドリルへの憧れを捨てきれないが、現実はシビアだ。
「じゃあ方針転換だ。
『ソーラーパネル大量設置計画』を発動する!
イヴ、パネルと蓄電池の量産ラインを組んでくれ。
銅板と鋼鉄、それに電子基板をフル投入だ!」
『了解しました、マスター。
建設予定地として、基地の南側に広がる平原を指定します。
ロボットステーション(Roboport)による自動建設網の展開を推奨』
「ああ、そうだな。
いちいち俺が手で並べてたら、日が暮れる。
建設ロボットにやらせよう」
創一は気持ちを切り替えた。
地味だが確実な道。
太陽の恵みをエネルギーに変え、工場の血管に流し込む。
それが今のテラ・ノヴァに必要な「正解」なのだ。
◇
翌日から、基地の南側エリアで大規模な工事が始まった。
だが、そこで働く作業員の姿はない。
代わりに空を舞っているのは、無数の小型ドローン——『建設ロボット(Construction Robot)』たちだ。
ブーン、ブーン……。
蜂の群れのような羽音を立てて、ロボットたちが資材倉庫と建設予定地を往復する。
彼らが抱えているのは、畳一畳分ほどの大きさがある青いソーラーパネルだ。
創一がタブレット上で描いた 青写真(ブループリント) に従い、ロボットたちは正確無比な動きでパネルを地面に設置していく。
カシャン、カシャン、カシャン。
整然と並べられていくパネル。
1枚、10枚、100枚……。
あっという間に赤茶色だった大地が、人工的な青色に染め変えられていく。
その光景は、さながら「青い海」が出現したかのようだ。
「……壮観ですね」
視察に訪れた日下部が、感嘆の声を漏らした。
「人間がやるより遥かに早くて正確だ。
これがロボット工学の力ですか」
「ええ。
彼らは文句も言わず、バッテリーが切れるまで働き続けますからね。
俺はただ、指図をするだけです」
創一は満足げに眺めていた。
この「放置していても勝手に出来上がっていく」感覚こそが、工場長の至福だ。
パネルの列の間には、巨大な『蓄電池(Accumulator)』が規則正しく配置されている。
日中に発電された余剰電力はここに蓄えられ、夜間の電力を賄う。
イヴの計算によれば、パネルと蓄電池の黄金比率は「25:21」。
このバランスを守ることで、24時間安定した電力供給が可能になる。
「これで昼間の蒸気機関は停止できます。
石炭の消費を抑え、汚染も減らせる。
一石二鳥ですね」
「まさにエコだ。
アメリカの環境保護団体に見せてやりたいくらいですよ。
『日本は異星でメガソーラーを成功させた』ってね」
日下部が冗談めかして言った。
だが、その横で権田隊長は険しい顔で、広がり続ける「青い海」を見つめていた。
「……しかし、工藤さん。
これだけ敷地が広がると、防衛が大変ですよ」
「え?」
「見てください。
ソーラーパネルを守るために、壁を数キロメートル単位で延長しなければならなかった。
巡回ルートが長くなりすぎて、隊員の負担が増しています。
それに……この青いパネル、空から見たら目立ちすぎませんか?」
権田が空を指差す。
確かに赤茶色の荒野に広がる巨大な青い方形は、上空から見れば絶好の的だ。
もし敵対的な航空戦力がいれば、格好の爆撃目標になるだろう。
それにパネルの隙間に入り込んだ小型のバイターが、ケーブルを齧る被害も出始めている。
「うーん……。
まあ空からの敵は、今のところいないし、バイター対策はタレットを増やすしかないですね。
痛し痒しか」
創一は苦笑した。
何かを得れば新たなリスクが生まれる。
工場の宿命だ。
数日後。
数千枚のパネルが敷き詰められ、発電所が稼働を開始した。
司令室の電力グラフが安定した緑色を示す。
供給能力には十分な余裕ができた。
「よし! 電力問題解決!」
創一は伸びをした。
これで工場の稼働率を100%に戻せる。
いや、それ以上だ。
「電力が余ってるなら、もっと機械を増やせるな。
電気炉を増設して、精錬スピードを上げよう。
それと……あの計画も進められる」
「あの計画?」
権田が尋ねる。
「『レーザータレット(Laser Turret)』ですよ」
創一はニヤリとした。
「弾薬を使わず、電力だけでビームを撃つ防衛兵器。
これがあれば弾切れの心配もなくなるし、射程も威力もガンタレットより上だ。
消費電力が高いのがネックだったけど、今の発電量なら配備できる」
「ビーム兵器……!
SF映画の世界だな」
「ええ。
バイターどもに文明の 光(レーザー) を浴びせてやりましょう」
電力という血液を得て、工場はさらに強大化していく。
太陽の恵みを吸い上げ、それを破壊の光に変える。
創一の野望はとどまるところを知らなかった。
だが、イヴのログには不穏な一行が刻まれていた。
『地殻深部より、微細な低周波振動を継続検知。
パターン解析不能。
……まるで何かが呼吸をしているようなリズム』
星の深淵で眠るものが、地上の騒がしさに目を覚まそうとしているのか。
今はまだ青いパネルの海が、静かに空を映し出しているだけだった。
嵐の前の、穏やかな光景として。