軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第32話 深海の錬金術と熱狂する列島

季節は巡り、半年が経過した。

惑星テラ・ノヴァの荒野には、いまや巨大な産業都市の如き景観が広がっていた。

地平線まで伸びるコンクリートの防壁。

複雑怪奇なパイプラインとベルトコンベアの迷宮だ。

北東のアウトポスト・ブラボーから伸びる複線化された鉄道網には、長大な貨物列車がひっきりなしに行き交い、満載された青白く光る鉱石——『レアメタル鉱石』を、中央精錬所へと運び込んでいた。

電気炉が唸りを上げ、化学プラントが白煙を吐く。

『塩素処理(Chlorine Processing)』を経て、不純物を取り除かれた鉱石は、純度99.9%のインゴットへと姿を変え、専用のコンテナに詰め込まれていく。

それらは再び列車に載せられ、ゲートのある 新木場接続点(ジャンクション) へと吸い込まれていく。

工藤創一は司令室のモニターで、その物流の奔流を眺めながら、満足げにコーヒーを啜った。

「順調だな。日本側も、そろそろ準備が整った頃か」

彼が作り出した異星の富は、ゲートをくぐり、地球という巨大な市場を揺るがす爆弾となろうとしていた。

東京都千代田区、帝国ホテル。

そのメインバンケットである『孔雀の間』は、立錐の余地もないほどの人と熱気で埋め尽くされていた。

詰めかけたのは国内外の報道陣、経済アナリスト、そして大手メーカーの役員たち。

カメラのフラッシュが絶え間なく焚かれ、無数のレンズがステージ上の一点に向けられている。

ステージの中央には、『南鳥島周辺海域におけるレアアース泥開発・成果報告会』という巨大な看板。

そしてその下に並んで立つのは、副島内閣総理大臣、経済産業大臣、そして日本財界の重鎮——海道重工会長、海道龍之介だ。

定刻。

会場の照明が落ち、スポットライトが演台を照らす。

副島総理が力強い足取りでマイクの前に立った。

その表情には、一国のリーダーとしての自信と、歴史的な瞬間に立ち会う高揚感が漲っている。

「……本日、日本国民ならびに世界に向けて、極めて重要な発表を行えることを誇りに思います」

総理の声が、静まり返った会場に響き渡る。

「長年、我が国の悲願であり、経済安全保障上の最大の懸案事項であった『資源問題』。

本日ここに、その解決に向けた決定的なブレイクスルーが達成されたことを宣言いたします」

総理が右手を上げると、背後の巨大スクリーンに映像が映し出された。

漆黒の深海。

強力なLEDライトに照らし出された海底を、巨大なキャタピラを持つ重機が掘削し、パイプを通じて泥を吸い上げている。

そして海上では、『海道重工』のロゴが入った最新鋭の資源採掘船が、黒い泥を脱水・精製し、輝く金属塊へと変えていく様子が映る。

もちろん、これらは全てフェイクだ。

映像の海底はCGとセット撮影の合成であり、採掘船の内部で行われているのは、新木場から極秘裏に運ばれたテラ・ノヴァ産インゴットの「積み替え作業」に過ぎない。

だが、その映像の完成度は完璧だった。

この半年の間、海道重工が総力を挙げて作り上げた「虚構の真実」だ。

「南鳥島沖、水深6000メートルの海底に眠る、無尽蔵のレアアース泥。

これまで、その採掘は技術的・コスト的に困難とされてきました。

しかし!

産官学の連携、そして海道重工の持つ世界最先端の深海技術により、我々はついに『商業ベースでの連続揚泥・精錬システム』を確立いたしました!」

オオオオオッ……!!

会場から、どよめきが起きる。

「確認された資源量は、日本の年間消費量の数百年分に相当します。

ネオジム、ジスプロシウム、コバルト、リチウム……。

ハイテク産業の血液とも言える重要鉱物のすべてが、我が国の排他的経済水域(EEZ)内から、安定的に、かつ大量に供給可能となります!」

フラッシュの嵐が巻き起こる。

歴史が変わる瞬間だ。

資源小国と呼ばれた日本が、一夜にして資源大国へと変貌を遂げたのだ。

続いて経済産業大臣がマイクの前に立った。

彼は手元の分厚い資料を掲げ、事務的かつ重々しい口調で「裏付け」を語り始めた。

「本プロジェクトの遂行にあたり、政府は南鳥島周辺海域を『特定重要資源開発区域』に指定いたしました。

すでに海上保安庁より航行警報(NAVAREA XI)を発令し、関係船舶以外の立ち入りを制限しております。

また、JAMSTEC(海洋研究開発機構)による海底地形データの精査も完了し、環境省との協議の上、環境アセスメントもクリアしております」

大臣は、さらに決定的な一言を付け加えた。

「加えて、遠洋まぐろ漁業協同組合などの関係漁業者とも協議を行い、漁業補償契約の締結も完了しております。

採掘船団の母港となる小笠原諸島の港湾整備予算も、本年度の補正予算に計上済みです。

……つまり、すべての法的・物理的手続きは完了しており、明日からでもフル稼働が可能な状態にあります」

会場の空気が変わった。

単なる「実験成功」の発表ではない。

法整備、航行警報、漁業補償。

これらの生々しい行政手続きの完了報告こそが、このプロジェクトが「絵空事」ではなく、すでに動き出している巨大な現実であることを証明していた。

次に海道会長がマイクの前に立った。

半年前、孫娘の命と引き換えに魂を売った老人は、今やその役割を完璧に演じきる名優の顔をしていた。

「海道重工会長の海道です。

……長かった。実に長い道のりでした」

海道は感慨深げに語り始めた。

「深海という過酷な環境。泥に含まれる成分の分離。コストの壁。

数え切れないほどの困難がありました。

しかし、我々の技術陣は諦めなかった。

『日本を資源のない国とは言わせない』。

その執念が、このシステムを生み出したのです」

彼は手元のケースを開けた。

そこには青白く輝くインゴットが鎮座していた。

テラ・ノヴァのアウトポスト・ブラボーで採掘され、創一の工場で精錬された、純度99.9%のレアメタル合金だ。

「ご覧ください。

これが『海道式・深海精錬法』によって抽出された、国産レアメタル第一号です。

品質は世界最高水準。不純物は皆無。

価格も、現在の国際市場価格の『半値』以下で提供可能です」

ざわっ……。

会場の空気が凍りつき、次の瞬間に爆発した。

「は、半値!?」

「価格破壊だ! 市場が崩壊する!」

記者たちが叫び、速報を打つためにスマホを叩く。

これこそがテラ・ノヴァの真の恐怖だ。

価格競争力において、地球上のいかなる鉱山も勝負にならない。

「なお、この画期的な採掘・精錬技術については、安全保障上の観点から、日本政府と海道重工による『国家秘密特許』として指定いたしました。

技術の詳細は一切非公開とさせていただきます」

経産大臣が釘を刺す。

これで外部からの検証は不可能になった。

「深海」というブラックボックスの中に、テラ・ノヴァという真実を永遠に沈めるための最終ロックだ。

その夜。

日本のテレビ局は、どのチャンネルもこのニュース一色となった。

『News Japan Prime』のスタジオ。

メインキャスターの男性が、興奮気味にフリップを指している。

「驚きのニュースが入ってきました。

『夢の国産資源』が、ついに現実のものとなります。

政府と海道重工は今日、南鳥島沖の深海から、レアアースなどの重要鉱物を商業ベースで採掘することに成功したと発表しました」

画面には、南鳥島沖に展開する(ダミーの)採掘船団の空撮映像と、海上保安庁による厳重な警備の様子が映し出されている。

既成事実は完璧に作られていた。

「コメンテーターの山田さん。これは、どれほど凄いことなんでしょうか?」

「いやあ、革命的ですよ。

これまで日本は中国に首根っこを掴まれていましたが、それが今日から逆転するんです。

見てください。ニューヨーク市場ではレアメタル関連銘柄が暴落しています。

逆に日本の商社株や自動車株は急騰。

中国外務省の報道官が『日本の発表には重大な疑義がある。市場の秩序を乱す行為だ』とコメントを出しましたが、これは彼らの焦りの裏返しでしょう」

「なるほど。

では、同盟国アメリカの反応はどうでしょうか?」

「はい。先ほど速報が入りました」

キャスターが手元の原稿を読み上げる。

「米国務省の報道官は『日本の資源開発における技術的進歩を注視している。同盟国のエネルギー安全保障の向上は歓迎するが、市場の透明性と国際法の遵守を期待する』との声明を発表しました。

……慎重な言い回しですね」

「歓迎しつつも、釘を刺している感じですね」

「ええ。

専門家の間では『アメリカ情報機関(CIA)が、あの深海採掘映像の解析を始めているのではないか』という見方も出ています。

あまりにも急激な技術革新ですからね。

今後、日米間での水面下の駆け引きが激化する可能性があります」

日本中が熱狂する裏で、不穏な影が差し始めていた。

会見終了後。

帝国ホテルのVIP控え室。

表舞台での熱狂とは裏腹に、室内の空気は冷たく、静まり返っていた。

ソファに深く沈み込んだ副島総理はネクタイを緩め、大きく息を吐いた。

「……終わったか。

大芝居だったな」

「お疲れ様でした、総理」

日下部が冷たい水を手渡す。

総理はそれを一気に飲み干した。

「しかし、海道会長。堂々たる演技でしたな」

向かいに座る海道龍之介は白髪を撫でつけ、苦笑した。

「演技ではありませんよ、総理。

私は本気です。あのインゴットの輝き……あれは日本の未来そのものです。

たとえ出処が深海だろうが、宇宙の果てだろうが、関係ない」

海道の目には狂気にも似た強い光が宿っていた。

孫娘サクラの回復という奇跡を目の当たりにしている彼にとって、テラ・ノヴァの技術は絶対的な信仰の対象となっていた。

「それに、嘘を真実にするための準備は万端です。

南鳥島沖には、我が社のダミー採掘船団を展開済みです。

衛星写真で見ても、完璧に操業しているように見えます」

「頼もしい限りだ」

総理は頷いた。

だが、その表情は晴れない。

「だが、これからが正念場だ。

日下部くん、アメリカの反応は?」

日下部がタブレットの暗号化通信を確認し、顔を上げた。

「国務省のコメントは定型的なものでした。

ですが……CIA東京支局周辺の通信量が跳ね上がっています。

彼らはすでに動き出しています」

日下部の声が低くなる。

「我々の傍受した情報によれば、彼らは『深海映像』の違和感を拾おうと、フレーム単位での解析に入ったようです。

また、JAMSTEC内部の 協力者(エス) に対しても接触を図っている形跡があります。

『本当に、あんなデータが存在するのか?』と」

「……狸どもめ。

やはり簡単には騙されてくれんか」

総理は窓の外の東京の夜景を見下ろした。

無数の光が瞬いている。

その光の一つ一つが、テラ・ノヴァからのエネルギーで輝き始めている。

「賽は投げられた。

もう後戻りはできない。

我々は、この嘘という名の虎に乗って、走り続けるしかないのだ」

「ええ。

工藤氏が工場を動かし続ける限り、我々もまた止まることは許されません」

日下部はポケットの中のスマートフォンを握りしめた。

そこには工藤創一とのホットラインが繋がっている。

同時刻、テラ・ノヴァ。

アウトポスト・ブラボーの管制塔で、工藤創一はタブレット越しに日本のニュースを見ていた。

NHKの海外配信だ。

『日本、資源大国へ! 深海の奇跡!』

『レアメタル、半値で供給へ!』

画面の中で満面の笑みを浮かべる総理と海道会長。

そして、自分が掘り出した鉱石が「深海の恵み」として崇められている様子。

「……ぷっ。あはははは!」

創一は腹を抱えて笑った。

「すげえな、おい!

深海だってさ! 設定が凝ってるなあ!

航行警報まで出して、漁業補償までしたって?

そこまでするか、普通」

彼は涙を拭いながら、イヴに話しかけた。

「見ろよ、イヴ。

俺たちの仕事が、地球じゃ大ニュースになってるぞ。

まあ、名前は出ないけどな」

『……マスター。

貴方の功績が隠蔽されていることに、不満はありませんか?』

イヴが淡々と尋ねる。

「全然?

むしろ好都合だよ。

俺は有名になりたいわけじゃない。

そんなことより、これで日本政府からの支援がさらに手厚くなるなら万々歳だ」

創一は窓の外を見た。

レアメタル鉱山の採掘機が、夜通し稼働している。

その向こうには、彼が計画している「次なる拡張エリア」が広がっている。

「資金も資材も、たっぷり入ってくる。

これで心置きなく『次の研究』に進めるぞ」

彼の手元には新しい技術ツリーのアイコンが光っていた。

レアメタルが解禁されたことで、アンロック可能になった上位技術。

『モジュール(Modules)』

『エネルギー兵器(Energy Weapons)』

『原子炉(Nuclear Power)』

「さあ、忙しくなるぞ。

地球の人たちがレアメタルごときで騒いでる間に、こっちはもっと先の未来を作るんだ」

創一はニヤリと笑い、ヘルメットを被った。

彼の目には、もはや地球の政治劇など映っていない。

あるのは、無限に広がる工場の青写真だけだ。

嘘と真実、熱狂と冷静。

二つの世界は見えないパイプラインで繋がりながら、それぞれの欲望を飲み込み、加速していく。

深海の底に沈められた真実が、いつか怪物のように浮上する、その日まで。

第二部 国家戦略特区「テラ・ノヴァ」編完