軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第30話 深海の欺瞞と純白の生贄

東京都千代田区永田町。

日本国の権力の中枢である首相官邸。

その地下深くに設けられた危機管理センターの一室は、地上とは隔絶された重苦しい沈黙と、僅かな空調の駆動音だけに支配されていた。

壁一面に張り巡らされたモニターは、今は全て電源が落とされ、黒い鏡のように出席者たちの険しい表情を映し出している。

唯一、中央の大型スクリーンだけが発光し、そこには惑星テラ・ノヴァからの最新レポートが表示されていた。

円卓を囲むのは、内閣総理大臣の 副島(そえじま) 、内閣官房長官、防衛大臣、経済産業大臣、外務大臣、そして内閣情報官――といった、この国の舵取りを担う「共犯者」たちだ。

彼らの手元には、極秘の赤いファイル——『テラ・ノヴァ・プロジェクト定例報告書』が置かれている。

「……まずは朗報からだ。日下部くん、報告を」

副島総理が重い口を開いた。

スクリーンの脇に控えていた日下部駐在員が一礼し、手元のタブレットを操作した。

画面が切り替わり、テラ・ノヴァの荒野で撮影された一枚の写真が映し出される。

そこには、青白く怪しい光を放つ鉱石の山と、それを採掘する電動ドリルの列が写っていた。

「ご報告いたします。

現地時間で昨日未明、特務開拓官・工藤創一氏より、新たな資源採掘に関する第一報が入りました。

FOB(前線基地)から北東へ15キロ地点に建設された『アウトポスト・ブラボー』周辺において、高純度の『レアメタル(Rare Metals)』を含む複合鉱脈の採掘が開始されました」

「レアメタル……!」

経済産業大臣が弾かれたように顔を上げた。

その表情には、隠しきれない歓喜と興奮が浮かんでいる。

「本当かね? 以前の隕石からの回収ではなく、鉱脈からの採掘なのか?」

「はい。工藤氏の報告によれば、埋蔵量は極めて潤沢。

成分分析の結果、ネオジム、ジスプロシウムといった 希土類(レアアース) に加え、チタンやコバルトに近い特性を持つ、地球外起源の未知の重金属も多数含まれているとのことです」

会議室にどよめきが走った。

レアメタル。

それは「産業のビタミン」と呼ばれ、ハイテク製品や次世代自動車、そして最新鋭兵器の製造に不可欠な戦略物資だ。

だが、その供給は長らく中国などの特定国に依存しており、日本の経済安全保障上の最大のアキレス腱でもあった。

「素晴らしい……。実に素晴らしい成果だ」

経産大臣が震える手で眼鏡の位置を直した。

「国産レアメタル……。なんという甘美な響きだ。

これが安定供給されれば、我が国の半導体産業やバッテリー産業は、完全なる自立を果たせる。

工藤氏の『工場』の建設速度を鑑みれば、実用化レベルのインゴットが出荷されるのも時間の問題でしょう」

「……だが、手放しでは喜べんぞ」

冷水を浴びせるように発言したのは官房長官だった。

彼は腕を組み、天井を仰いだ。

「銅の時は『都市鉱山のリサイクル』で誤魔化せた。

木材は『ナノマシンによる促成栽培』で煙に巻いている。

だが、レアメタルは訳が違う。

日本列島にレアメタルの鉱脈など存在しないことは、世界の地質学者の常識だ。

いきなり大量の国産レアアースが市場に出回れば、銅の比ではない騒ぎになる」

「その通りです」

外務大臣が苦渋に満ちた顔で頷いた。

「特にアメリカは、先日の木材の一件以来、日本の資源動向に神経を尖らせています。

『日本はどこかから資源を密輸しているのではないか』と疑っているCIAが、この情報を掴めば、いよいよ『魔法使い』の正体を暴きに、強硬手段に出るでしょう。

銅のように『ゴミを混ぜてリサイクル品に見せかける』という手も、レアメタルでは通用しません」

「ではどうする? 指をくわえて見ているのか? 目の前に宝の山があるのに?」

防衛大臣が苛立たしげに机を叩いた。

「いいえ。策はあります」

官房長官が一枚の極秘資料をテーブルに滑らせた。

表紙には『南鳥島周辺海域における深海底資源開発計画(改定案)』とある。

だが、その中身は官僚たちが徹夜で作り上げた「完璧な虚構」だった。

「『深海』です」

「深海?」

「はい。近年、南鳥島周辺の深海底に、莫大な量のレアアース泥が眠っていることが確認されています。

技術的な課題とコストの問題で商業化には至っていませんが……これを隠れ蓑にします」

官房長官はニヤリと笑った。

日下部が手元のリモコンを押し、スクリーンに「捏造されたプレゼン資料」を映し出す。

そこには、最新鋭の深海採掘船のCG予想図と、もっともらしい採掘フローチャート、そして偽造された試掘成功のデータが並んでいた。

「政府として大々的に発表するのです。

『深海採掘技術のブレイクスルーにより、南鳥島沖でのレアアース商業採掘に成功した』と。

これなら、日本国内からレアメタルが湧き出てきても、地質学的な矛盾はありません」

「……なるほど。でっち上げか」

総理が唸った。

資料の精巧さに、思わず乾いた笑いが漏れる。

日本の官僚機構が本気を出して嘘をつくと、ここまでリアルになるのか。

「海洋研究開発機構(JAMSTEC)や資源エネルギー庁の調査船を総動員して、現地で派手にパフォーマンスを行わせます。

ダミーの採掘リグを浮かべ、タンカーを往復させる。

実際に泥を汲み上げる必要はありません。

『汲み上げたことにして』新木場の倉庫からテラ・ノヴァ産のレアメタルを出荷すればいいのです」

「アメリカ政府の上層部は、もちろん疑うでしょう。

『そんな短期間で技術的課題をクリアできるはずがない』と。

ですが、彼らにはそれを否定する証拠もありません。

『日本が極秘裏に開発した新技術だ』と言い張れば、それ以上は内政干渉になります」

「……アメリカ以外の国々、特にヨーロッパやアジア諸国には通用するでしょうな。

彼らは日本の技術力を過大評価している節がありますから」

経産大臣が同意した。

グレーゾーンを維持しつつ、実利を得る。悪くないシナリオだ。

「よし、その『深海プロジェクト』を進めろ。

予算は予備費から出す。嘘をつくなら、世界中が騙されるほどの壮大な嘘をつくんだ」

次に議題に上がったのは、テラ・ノヴァ側の「武力」の問題だった。

防衛大臣が深刻な顔で切り出した。

「工藤氏からの要請にもありましたが、現地の防衛戦力が限界に近づいています。

拠点が拡大し、鉄道網が伸びたことで、守るべき防衛ラインが長くなりすぎました」

「供給ラインが伸びれば、防衛ラインも伸びる。

工場も国家も同じだな」

官房長官が皮肉っぽく呟く。

リソースを拡大しようとすれば、それを守るためのコストが増大し、さらにリソースが必要になる。

無限の拡大再生産。

「バイターの脅威度も増しているそうだな」

「はい。敵の個体は大型化し、装甲も厚くなっています。

自動機銃(ガンタレット) だけでは対処しきれない局面も増えており、有人による機動防御が不可欠です。

自衛隊から追加の人員を引き抜いて構いませんか?」

「……許可する」

総理は即答した。

「中央即応連隊、第一空挺団、水陸機動団……精鋭部隊の中から、特に実戦的なスキルを持つ者を選抜しろ。

それと、警察庁からもSATの隊員を派遣していただきたい。

対人戦闘……つまり敵国の工作員が侵入した場合を想定すれば、警察の制圧技術が必要です」

堂島警備局長は静かに頷いた。

「承知しました。

彼らも平和な日本で訓練だけを繰り返す日々に、鬱屈としていたところです。

本物の『引き金』を引ける場所を提供すれば、士気も上がるでしょう」

議題は国際情勢へと移った。

内閣情報官が手元の資料を読み上げる。

「アメリカ以外の動きについて報告します。

最大の懸念事項である中国ですが……動きが加速しています。

彼らはアメリカが日本の『木材』について騒いでいることを察知し、独自の情報網で新木場周辺を探り始めています」

「テラ・ノヴァの存在に気づいているのか?」

「いえ、現時点では『日本がナノマシンによる革新的な促成栽培技術を確立した』と信じ込んでいるようです。

皮肉なことに、我々のついた嘘を彼らは真に受け、それを『国家の脅威』かつ『盗み出せる技術』だと認識しています」

「産業スパイか」

「はい。ナノマシンの件が本当なら、彼らにとっては核兵器以上の価値がありますから」

「……分かった。

アメリカには『深海の欺瞞』で時間を稼ぎ、中国には防諜体制を強化して対抗する。

見るべき敵は、その二カ国だ」

総理が総括し、全員が頷いた。

そして会議の空気は一変した。

最後の、そして最も重く暗い議題が残されていたからだ。

厚生労働大臣が恐る恐るファイルを広げた。

「……『医療用キット』に関する報告です」

部屋の空気が数度下がったように感じられた。

資源や軍事は、まだ「国益」という大義名分で割り切れる。

だが、これは違う。

これは「生命」と「倫理」の領域を侵犯する禁断の果実だ。

「日下部くん、現在の備蓄状況は?」

「はい。工藤氏からの納品により、今月で備蓄数は36個に達しました。

これらは全て、都内の極秘施設にて厳重に保管されています」

「36個……。

たった36個で、世界を買えるかもしれん数だな」

厚労大臣は震える声で続けた。

「これまでに実施された臨床試験……いえ、人体投与の症例リストを報告します。

被験者は計4名。

全員が現代医療では回復不能と診断された『絶望的な症例』でした」

モニターにカルテの概要が表示される。

【症例1:鬼塚ゲン(50代男性・特別強化要員)】

症状:末期の膵臓癌、全身転移済み。余命数日。

結果:全腫瘍の完全消滅。臓器機能の若返り。

経過:肉体年齢は20代相当まで回復。超人的な身体能力を獲得。再発の兆候なし。

【症例2:自衛隊員(30代男性)】

症状:訓練中の事故による右脚大腿部からの切断。

結果:投与後約1分で骨格、筋肉、皮膚が完全に再生。

経過:リハビリ不要。即座に歩行可能。健康状態は事故前を上回る「全盛期」の数値を示している。

【症例3:元政治家(70代男性)】

症状:重度のパーキンソン病。寝たきり状態。

結果:脳神経系の完全修復。振戦、固縮の消失。

経過:認知機能も含め、50代の頃の鋭敏さを取り戻している。

【症例4:国民栄誉賞作家(60代女性)】

症状:糖尿病性網膜症による全盲。

結果:網膜および視神経の再生。視力回復(両目1.5)。

経過:基礎疾患である糖尿病も完治。全身の血管年齢が若返っている。

そして日下部が合図すると、スクリーンに短い動画ファイルが再生された。

それは症例2の自衛隊員の記録映像だった。

訓練事故で右足を失った30代の男。

彼が医療用キットを投与された直後の映像だ。

『ううわぁぁぁ……!』

男の絶叫と共に、切断面から骨が伸び、筋肉が編み上げられ、皮膚が覆っていく様子が早回しのように映し出される。

グロテスクだが、神々しいまでの再生。

次のカットでは、その男が義足なしで全速力でグラウンドを走っていた。

そのタイムは、事故前よりも速かった。

映像が終わり、会議室に重苦しい沈黙が落ちた。

「……以上4名。

全員が完治し、副作用は一切確認されていません。

それどころか、共通して『全盛期の肉体への回帰』……つまり若返りと身体機能の向上が見られます。

再発傾向はゼロ。

健康状態はむしろ、投与前より遥かに良好です」

厚労大臣の声が、わずかに上ずった。

「……今のところは」

「今のところは、とは?」

総理が問い返す。

「はい。ここが重要です。

劇的な効果は確認できましたが、長期的な予後は全くの『未知数』です。

書き換えられたDNAが、数年後にどう変異するか。

あるいは、同じ個体に二度目の投与を行った場合、拒絶反応が起きないか。

……工藤氏は『安全だ』と言いますが、我々人類の医学では検証不能な領域です」

「……なるほど。

100%の成功率だが、その先は闇か」

総理が重く呟いた。

ただの万能薬ではない。

人類という種の限界を、強制的に突破させる劇薬だ。

「さて、症例者を出したということは……次のステップに進むということかね?

追加の人員で、実験台を増やすのか?」

「……はい」

日下部が意を決したように発言した。

「次は子供です」

「子供……だと?」

防衛大臣が眉をひそめた。

倫理的な防波堤が、音を立てて崩れようとしていた。

「対象は、ただの子供ではありません」

日下部は一枚の写真をスクリーンに映し出した。

車椅子に乗った儚げな少女の写真だ。

年齢は10歳前後。

酸素吸入器をつけ、虚ろな目をしている。

「名前は 海道(かいどう) サクラ。10歳。

先天性の重篤な心臓疾患と免疫不全を患っています。余命は半年もありません」

「海道……?

まさか、あの『海道重工』の?」

経産大臣が息を呑んだ。

海道重工。

日本の重工業界のドンであり、防衛産業、インフラ、宇宙開発まで手掛ける巨大コングロマリット。

その会長である海道龍之介は、財界のフィクサーとも呼ばれる大物中の大物だ。

「そうです。彼女は海道会長が目に入れても痛くないほど溺愛している、唯一の孫娘です」

「待て待て、日下部くん。

経済界の大物の孫娘?

それは……実験なのか?」

総理の目が鋭くなった。

単なる医学的なデータ収集ではない。

そこには、もっとどす黒い政治的な意図が透けて見える。

「実験兼、 懐柔(かいじゅう) 要員です」

日下部は悪びれずに答えた。

「テラ・ノヴァ・プロジェクトは拡大の一途を辿っています。

もはや政府の隠し予算と、一部の官僚機構だけで回せる規模ではありません。

今後、『深海採掘』のカバーストーリーを補強するためにも、民間企業の協力が不可欠になります。

偽装した採掘船の手配、プラントの建設、物流の偽装……。

それらを秘密裏に請け負ってくれる、強力な『味方』が必要です」

「……そのために、海道重工を取り込むと?」

「はい。

海道会長は孫娘の病気を治すためなら、全財産を投げ出す覚悟を持っています。

世界中の名医に見放された彼女を、我々が救うのです。

『医療用キット』という奇跡を使って」

日下部の声は冷徹だった。

「工藤氏の言葉を借りれば……この薬の原料である『バイオマター』は、異星生物の巣を焼き払わなければ手に入りません。

何かを得るには、何かを燃やさなければならない。

我々もまた、倫理を燃やして国益を得るのです」

「……人質、いや、『借り』を作らせるわけか」

官房長官が低い声で笑った。

「悪魔の取引だな。

だが理に適っている。

今後はカバーストーリーにも企業を使って、技術の小出しをする必要がある。

ここらへんで致命的な『弱み』を持つ味方を、財界の中枢に作っておくのが定石だ」

総理は目を閉じ、少女の写真を見つめた。

純白のドレスを着た、死にかけた少女。

彼女を救うことは善行だ。

だがその裏には、国家の存亡をかけた冷酷な計算がある。

「……許可する」

総理の声が会議室に響いた。

「海道会長に接触しろ。

ただし、あくまで極秘裏にだ。

『政府の最先端医療研究の特別枠』としてオファーを出せ。

成功すれば、海道重工は我々の手足となる」

「はい。成功率は……現時点のデータでは100%です。

その後の彼女がどうなるかは、神のみぞ知るですが」

「ならば進めろ。

純白の生贄を祭壇に捧げ、巨人を我々の陣営に引き入れるのだ」

会議は終わった。

深海という嘘で世界を欺き、少女の命というカードで財界を支配する。

工藤創一がテラ・ノヴァで工場の煙を上げている間、地球側の大人たちは嘘と策謀で、その煙を覆い隠そうとしていた。

日下部はファイルを閉じた。

次の仕事は、財界の怪物との腹の探り合いだ。

彼のポケットの中で36個の奇跡が、まるで爆弾のように重く存在を主張していた。

「工場は成長しなければならない」。

その言葉の呪いは、いまや国家そのものを侵食し始めていた。