軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第28話 赤き金属の奔流と洗浄される富

惑星テラ・ノヴァ。

鉄道の開通から数日が経過した前線基地(FOB)は、かつてない「物流クライシス」に見舞われていた。

それは 不足(ショート) ではない。逆だ。

圧倒的なまでの「 過剰(オーバーフロー) 」である。

ポッポーッ!!

南部の銅鉱山から戻ってきた貨物列車が、けたたましい汽笛を鳴らしてステーションに滑り込む。

巨大なインサータが唸りを上げ、貨車から赤茶色の鉱石を掴み出し、ベルトコンベアへと放り込む。

だが、そのコンベアは、すでに動いていなかった。

「……止まった」

司令室のモニター前で、工藤創一は頭を抱えた。

「またかよ! 銅板ラインが詰まってる!」

画面上の製錬エリアは、赤色のランプが点滅していた。

倉庫代わりの鋼鉄製チェストが満杯になり、行き場を失った銅板がコンベアを埋め尽くしている。

そのあおりを受けて、100台近い電気炉(Electric Furnace)が、一斉に稼働を停止した。

フゥゥゥン……

炉の駆動音が消えると同時に、基地全体の電力消費グラフがガクンと落ちる。

負荷が急減したことで、逆に電圧が一時的に跳ね上がり、稼働中の化学プラントや研究所の照明がチカチカと明滅した。

『警告。電力グリッドの負荷変動を検知。

銅製錬ラインの停止により、余剰電力が不安定化しています』

「くそっ、工場は生き物だな……。

一箇所が詰まると、血圧がおかしくなる」

創一はイライラと貧乏ゆすりをした。

銅が詰まると、同じ原石から出る石材の処理も止まり、結果として鉄や石炭のラインにまで影響が出る。

かといって、せっかく掘った資源を捨てるのも忍びない。

「……日下部さん。

これ、なんとかなりませんか?

もう基地の倉庫はパンク寸前です。

俺のインベントリも銅板で埋まってて、重くて動けません」

通信ウィンドウの向こうで、日下部駐在員が眼鏡を光らせた。

彼は東京の執務室にいるが、その手元には、すでに分厚い計画書が用意されていた。

『ええ、工藤さん。お待ちしていましたよ』

「へ?」

『その「嬉しい悲鳴」をです。

以前の会議で決定した通り、溢れた銅資源の「放出」オペレーションを開始します。

ゲートを開いてください。

日本側の受け入れ態勢は万全です』

「おお! やってくれるんですか!

助かります! 全部、持っていってください!」

創一は救世主を見る目で、日下部を見た。

彼にとって今の銅板は、ただの「ラインを詰まらせる邪魔な赤色の板」でしかなかったからだ。

東京湾岸、新木場エリア。

表向きは「内閣府・次世代リサイクル研究センター」の看板を掲げた厳重な警備区画。

その巨大倉庫のゲートが開き、異星からのベルトコンベアが接続された。

ガガガガガガッ……

流れてきたのは、眩いばかりに輝く純度99.99%の 銅板(インゴット) の山だ。

テラ・ノヴァの電気炉で精錬されたばかりの、不純物を一切含まない最高級の銅。

それが滝のように、日本の倉庫へと雪崩れ込んでくる。

「……壮観だな」

現場で指揮を執る経産省の官僚が、ゴクリと唾を飲み込んだ。

目の前にあるのは、ただの金属ではない。

数億円、いや数十億円の札束の山だ。

「よし、作業開始!

『 成分調整(キャリブレーション) 』を急げ!」

彼の号令と共に、作業員たちが動き出した。

だが、彼らがやっていることは、通常の常識とは真逆だった。

彼らは別のトラックから降ろされた「ゴミ」——廃電線、焼け焦げた基板、錆びた銅パイプなどのスクラップを、このピカピカの銅板の山に放り込んでいたのだ。

「ああ、もったいない……」

現場の冶金技術者が、涙目で嘆いた。

「こんな宝石みたいに綺麗な銅を、わざわざ汚いスクラップと混ぜて溶かすなんて……。

技術者として、心が痛みます」

「我慢してください、先生」

視察に来ていた日下部が、冷徹に諭した。

「そのまま市場に流せば、即座に足がつきます。

テラ・ノヴァの銅は、地球上のどの鉱山とも、微量元素の 比率(フィンガープリント) が異なる可能性があります。

それに、あまりにも均質すぎる」

日下部は、溶解炉へと運ばれていく銅とゴミの混合物を見つめた。

「だから混ぜるんです。

日本中から回収した『 都市鉱山(アーバン・マイン) 』のスクラップと混ぜ合わせ、成分を平均化し、由来を曖昧にする。

我々はこれを、『トレーサビリティの希釈』と呼んでいます」

「……資源ロンダリングとは言わないんですね」

「人聞きが悪い。あくまで『規格の標準化』ですよ」

日下部は薄く笑った。

溶解炉が轟音を立て、異星の銅と地球のゴミが混ざり合い、ドロドロの液体となって吐き出されていく。

それは冷却され、新たな「日本産電気銅」として刻印を打たれた。

出自を消された富が、ここから世界市場へと流れていく。

数日後。

ワシントンD.C.、ホワイトハウス。

大統領執務室(オーバル・オフィス) では、またしても頭の痛い報告会が開かれていた。

「……で、今度は何だ?

木材の次は、金属か?」

ロバート・“ボブ”・ウォーレン大統領は、不機嫌そうにコーヒーカップを置いた。

目の前には商務長官と、CIA長官エレノア・バーンズが立っている。

だが二人の表情は対照的だった。

商務長官は明るく、エレノアは苦々しい。

「はい、大統領」

商務長官がタブレットを提示した。

「先週から市場において、日本からの銅地金の供給量が急増しています。

品質は極めて良好。

おかげで高騰していた銅価格が落ち着きを見せ、テスラやゼネラル・モーターズ(GM)などのEVメーカーが大喜びです。

彼らのロビイストからは、『日本からの輸入枠をもっと拡大しろ』と矢の催促が来ていますよ」

「日本経済が元気なのは、いいことじゃないか。

同盟国が潤えば、我々の負担も減る」

「問題は、その『出処』です」

エレノアが低い声で割って入った。

「日本には稼働中の銅鉱山はありません。

100%輸入に頼っているはずです。

それなのになぜ、『輸出国』のような振る舞いができるのです?」

「……ふむ」

ウォーレンは目を細めた。

確かに不自然だ。

木材の時と同じパターンだ。

資源のない島国から、資源が湧き出している。

「で、分析結果は?

また『魔法の銅』なのか?」

「いいえ」

エレノアは首を横に振った。

悔しそうに、一枚の分析レポートをデスクに置く。

「我々の科学班が徹底的に調べましたが、結果は『シロ』です。

成分には様々な産地の銅の特徴が微量に混在しています。

チリ産、オーストラリア産、インドネシア産……。

さらに微量のプラスチック残渣や、 稀少金属(レアメタル) の痕跡も見られます。

……つまりこれは『スクラップから再生された銅』です」

「リサイクル品だと?」

「はい。科学的に見て、それ以外の結論はありません」

ウォーレンは呆気にとられた。

日本が国を挙げてゴミ拾いをした結果、世界市場を動かすほどの銅が集まったと言うのか?

「日本政府は、『都市鉱山からの高度な回収技術が確立された』と発表しています。

商務省としては、安くて高品質な銅が手に入るなら、歓迎すべきことです。

下手に疑って供給を止めれば、産業界からの反発は必至です」

商務長官が釘を刺す。

CIAがどれだけ怪しもうと、経済の論理がそれを押し潰す。

日本はアメリカ国内の「欲」を味方につけていた。

「……分からんな」

ウォーレンは首をひねった。

木材は怪しい。

だが銅は、理屈が通ってしまう。

リサイクルで世界を救う?

出来すぎた話だが、否定する証拠がない。

「引き続き監視を続けろ。

だが……産業界の顔色も窺わんとな。

日本は上手く立ち回っているよ。

我々の胃袋を掴んで離さない」

一方、東京。

首相官邸の地下では、日下部が端末の口座残高を確認し、静かに息を吐いた。

「……着金確認。

第一弾の売却益だけで、今年度の予備費を超えました」

モニターの向こうの創一に報告する。

『おお! やった!

これで予算不足解消ですね!』

「ええ。

アメリカ政府も、銅に関しては産業界からの圧力もあり、強い措置には出られないようです。

『ゴミ』を混ぜた甲斐がありました」

日下部は安堵したが、その表情には僅かな影があった。

資金は確保できた。

だが大量の物資が動き、巨額の金が動いたことで、世界中の情報機関の「盗聴アンテナ」が、より強く日本へ向けられたのを感じていた。

物流データのノイズが増えすぎたのだ。

もはや「目立たずにやる」フェーズは終わりつつあるのかもしれない。

「工藤さん。

これで当面の資金および資材調達には困りません。

防衛費も、貴方の食費も、そして……『次の研究』への投資も、無制限に行えます」

『了解です!

カツ丼はともかく、これで心置きなく進めますね』

創一は手元の技術ツリー画面を開いた。

資金の憂いがなくなった今、彼が目指すのは、より強力な破壊力——すなわち火薬の道だ。

『じゃあお言葉に甘えて。

次は『爆薬(Explosives)』と『崖用爆薬(Cliff Explosives)』の研究を始めます。

工場の邪魔になる崖を、ドカーンと吹き飛ばして整地したいんで』

「爆薬ですか」

『はい。

硫黄と石炭と水で作れます。

まあ、ちょっと……いや、かなり大きな音がしますけど、大丈夫ですよね?

地下だし』

「……多少の振動なら、地震大国ですから誤魔化せます。

派手にやってください」

日下部は許可を出した。

アメリカを経済で煙に巻き、次はテラ・ノヴァの地形を爆破で変える。

日本と異星の共犯関係は、銅の輝きと火薬の匂いと共に、より強固なものへと進化しようとしていた。

リサイクルという名の資源ロンダリングは成功した。

だが、その莫大なエネルギーの奔流は、確実に「眠れる敵」たちを呼び覚ましつつあった。

勝利の代償は、静寂の喪失だった。