軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第20話 外交のポーカーと精油所のジレンマ

アメリカ合衆国からの「ジャブ」——国家安全保障会議(NSC)実務者協議における環境担当補佐官からの、「日本の先進的なバイオマス技術への関心」という名の探り。

その報告がもたらされた直後、永田町の首相官邸地下危機管理センターは、重苦しい沈黙に包まれていた。

大型モニターには、惑星テラ・ノヴァの前線基地(FOB)にいる工藤創一と、日下部駐在員の姿が映し出されている。

円卓を囲むのは、総理大臣、官房長官、外務大臣、経産大臣といった、いつもの「共犯者」たちだ。

「……やはり来ましたか」

総理が渋い顔でお茶を啜った。

予想はしていた。していたが、あまりにも早い。

新木場のプラントが稼働してから、まだ二ヶ月も経っていないのだ。

アメリカの 情報収集能力(インテリジェンス) の高さに、改めて戦慄する。

「向こうの言い分は、こうです。

『東京湾岸で観測されている異常な木材生産量と、それに伴う環境負荷データについて共有したい』と。

あくまで『環境問題』の皮を被っていますが、目が笑っていませんでしたよ」

外務省の担当局長が、疲労困憊の体で報告する。

ジャブとはいえ、世界最強の同盟国からの牽制だ。

下手に打ち返せば、次はストレートが飛んでくる。

「それに、動きは会議室の中だけではありません。

昨日、在日アメリカ大使館から『環境科学の専門家による新木場施設の視察』を打診されました。

さらに警察庁からの報告によれば、新木場のフェンス周辺で、外交官ナンバーではない不審な車両……おそらくCIAのフィールドエージェントと思われる人物が、頻繁に目撃されています」

「……外堀を埋めに来ているな」

官房長官が天井を仰いだ。

「共同研究」という名目で内部に入り込み、実態を暴く。

断れば「何か隠している」と確信させる。

典型的な揺さぶりだ。

『あのー、素朴な疑問なんですけど』

モニターの向こうで創一が、呑気に手を挙げた。

彼は油田奪還作戦の興奮も冷めやらぬ様子で、手にはまだ黒い油のシミがついている。

『もう正直に言っちゃダメなんですか?

「実はゲートがあって、異星テクノロジーで木材育ててます」って。

どうせバレるなら、こっちからオープンにした方が、変に勘ぐられなくて済むんじゃないですか?』

その言葉に会議室の全員が、「何を言っているんだ」という目で創一を見た。

外務大臣が、諭すように口を開く。

「工藤さん。

貴方は技術者だから、そう思うのでしょうが、外交の世界はそう単純ではありません。

もし『異星へのゲート』の存在を公表したら、どうなると思いますか?」

『うーん。

アメリカが「俺たちも混ぜろ」って言ってくるくらいですかね?

まあ同盟国だし、技術共有するくらいなら、別にいいですけど』

「それだけで済めば御の字です。

ですが世界は、アメリカだけではありません」

外務大臣は世界地図を指差した。

「中国、ロシア、EU……。

彼らが黙っているはずがない。

『宇宙条約』や『月協定』を持ち出し、こう主張するでしょう。

『宇宙および天体は全人類の共有財産であり、一国が独占することは許されない』と」

『ああ……「人類の共有資産」理論ですか』

「そうです。

彼らは国連を通じて、テラ・ノヴァの『国際管理』を要求してきます。

ゲートの管理権を国連平和維持軍(PKF)に委ねろ。

資源は公平に分配しろ。

調査団を受け入れろ……とね。

そうなれば日本は主権を失います。

貴方の工場も各国の監視下に置かれ、自由な建設などできなくなりますよ」

『うげっ。それは困ります』

創一は露骨に嫌な顔をした。

自分の作った工場に、国連の査察団だの、中国の技術者だのが入り込んで、「あれはダメだ」「これは規格違反だ」と口出ししてくる未来。

想像するだけでストレスで胃に穴が開きそうだ。

『俺の工場は俺のものです。他人に指図されたくない』

「でしょう?

だからこそ今は、まだ『異星』というカードを切るわけにはいかないのです。

少なくとも、日本が既成事実を積み上げ、アメリカと密約を結んで、日米主導の体制を固めるまでは」

官房長官が引き取った。

彼は手元のメモを見ながら、淡々と今後の方針(答弁の型)を読み上げた。

「アメリカに共有するのは最後の手段です。

まずは、以下のカバーストーリーで徹底抗戦します。

1.技術の根幹は『ナノマシンによる次世代促成栽培』である。

2.詳細なデータについては『特許申請中、および安全保障上の理由により非公開』とする。

3.環境データは『第三者機関を通じて限定的に共有する』が、施設の立ち入りは『知財保護のためお断りする』。

4.国際共同研究については『時期尚早であり、まずは国内での検証を優先する』」

「……鉄壁ですね」

「ええ。のらりくらりと躱す。日本のお家芸です。

『嘘はついていないが、真実は語らない』。

実際に新木場の温室ではナノマシンを使っていますから、あながち嘘ではありません。

『異星の植物』ではなく、『遺伝子改良した地球の植物』を、『特殊な 触媒(ナノマシン) 』で育てている。

これなら、ただの技術革新の範疇です」

『分かりました。

じゃあ俺は今まで通り、現地で工場長をやっていればいいんですね?』

「はい。

ただし、トップシークレット扱いは厳格化します。

工藤さん、貴方の顔写真や個人データが流出しないよう、イヴさんにも情報セキュリティの強化をお願いしてください」

『了解です。

イヴ、頼んだぞ』

『承知しました、マスター。

ネットワーク上のあらゆる痕跡を監視・ 消去(キル) します』

とりあえず、外交方針は決まった。

時間を稼ぐ。

その間に日本側は、既成事実を積み上げる。

「さて、嫌な話はこれくらいにして」

経産大臣が、パッと明るい顔で話題を変えた。

彼は手元のタブレットを操作し、一枚の分析レポートを表示させた。

「明るいニュースに行きましょう。

工藤さん、先日の作戦で確保した『原油』のサンプル分析結果が出ましたよ」

会議室の空気が、一気に華やぐ。

黒い黄金。日本の悲願。

『お、どうでした? 品質は』

「 極上(スイート) です」

経産大臣の声が弾む。

「硫黄分が極めて少なく、軽質で流動性が高い。

中東の軽質油をも凌駕する最高品質の原油です。

これなら精製も容易ですし、ガソリンやナフサ(プラスチック原料)の収率も非常に高いでしょう」

「素晴らしい……!」

総理が感嘆の声を漏らす。

資源のない日本にとって、これほど嬉しい報告はない。

「すでに石油連盟や元売り各社には、極秘に打診を始めています。

新木場に陸揚げされた原油を、京葉工業地帯の製油所へ運ぶルートを確保中です。

……そこで工藤さんに相談なのですが」

経産大臣が身を乗り出した。

「テラ・ノヴァ側での『精製』についてです。

原油のまま運ぶのも良いですが、ある程度、現地で精製して製品として持ち込むことは可能ですか?

例えば、ガソリンや軽油、重油に分けていただければ、そのまま自衛隊の車両や艦船に使えますし、備蓄もしやすい」

期待に満ちた視線が集まる。

工藤創一なら、あの魔法のような工場で、あっという間に巨大コンビナートを作ってくれるのではないか。

そんな期待があった。

だが、モニターの中の創一は、困ったように頭をかいていた。

『あー……。

それがですね、ちょっと問題がありまして』

「問題? 技術的な障害ですか?」

『いえ、技術というか…… 仕様(スペック) の問題ですね。

イヴ、現状の技術ツリー(Tech Tree)を表示してくれ』

創一の横に、複雑な分岐図のようなホログラムが表示された。

彼は、その一部、液滴のマークが描かれたアイコンを指差した。

『俺が今使える石油精製技術は、この『基礎石油精製(Basic Oil Processing)』だけなんです』

「基礎……ですか?」

『はい。

これは原油を100%、『石油ガス(Petroleum Gas)』に変換する技術です』

経産大臣が首を傾げた。

「石油ガス……? LPガス(プロパン)のようなものですか?」

『似ていますが、もっと広義の「軽い留分」ですね。

俺の工場の規格では、ここからプラスチックや硫黄を作ります。

ですが……この技術だと、重油(Heavy Oil)や軽油(Light Oil)は抽出できないんです』

「えっ!?」

専門知識のある経産官僚たちがざわめく。

通常の原油精製(常圧蒸留)では、沸点の違いによって、LPガス、ガソリン、ナフサ、灯油、軽油、重油、アスファルトなどが分離される。

それがガスしか出ないとは、どういうことか。

『ナノマシンによる強制分解みたいなものです。

原油の成分を、すべて一番使い勝手のいいガス状の炭化水素に、バラしてしまうんです。

工場運営には、それが一番効率的なので』

「そ、それは困ります!」

防衛大臣が悲鳴を上げた。

「我々が欲しいのは、戦車やトラックを動かす 軽油(ディーゼル) や、ジェット燃料(灯油)、護衛艦の燃料(重油)なんです!

ガスだけあっても、エンジンが動きません!」

「プラスチックの原料になるのはありがたいですが、産業界としてはナフサや重油も欲しいところです……」

『ですよねぇ。

俺としてもロボットの研究に必要な「潤滑油(Lubricant)」を作るには重油が必要だし、ロケット燃料を作るには軽油が要るんです。

だから精製技術をアップグレードしたいんですが……』

創一は技術ツリーのさらに先、赤くロックされたアイコンを指差した。

『次の段階、『応用石油精製(Advanced Oil Processing)』を解禁するには、まだ研究が足りないんです。

これを行うには『化学テクノロジーカード』——通称「青カード」の量産が必要です』

「青カード……」

『はい。

それを作るには、プラスチック、硫黄、赤基板、エンジンユニット……と、複雑な生産ラインを構築しなきゃいけません。

今の俺の設備と技術レベルじゃ、まだそこまで到達できていないんです』

創一は、「残念!」というジェスチャーをした。

『工場のシステム上、飛び級はできないようになってまして。

どんなに原油があっても、今の俺には「ガスを作る」ことしかできない。

重油や軽油を現地で精製できるようになるには、もう少し時間がかかります』

会議室に、微妙な空気が流れた。

万能に見えた「工藤創一の魔法」にも、明確な限界—— 手順(プロセス) の壁——が存在したのだ。

なんでもワンタッチでポンとはいかない。

「……なるほど。

ゲーム的テクノロジーで、ゴリ押しできない箇所もあるということですね」

日下部が納得したように頷いた。

「文明の再建には手順がある。

石器時代の次は、いきなり原子力時代にはならず、青銅器、鉄器と進むように」

『そういうことです。

今はまだ、石油化学の入り口に立ったばかりなんです』

創一は申し訳なさそうに言ったが、経産大臣は逆に目を輝かせた。

「いや、むしろ好都合かもしれません」

『え?』

「工藤さんが全て完結できないということは、日本側の 技術(プラント) が役に立つ余地があるということです」

大臣は立ち上がり、力説した。

「工藤さんは、プラスチック原料となる『石油ガス』の確保に専念してください。

そのために必要な原油は現地で使い、残りの『余剰原油』は未精製のまま日本へ送ってください。

精製は我々がやります」

「おお、なるほど!」

「日本の石油精製技術は世界トップレベルです。

京葉工業地帯の製油所に運べば、一滴も無駄にすることなく、ガソリン、軽油、ジェット燃料、重油、アスファルトまで完璧に分留してみせます。

そして精製された燃料(軽油や重油)の一部をドラム缶に詰めて、テラ・ノヴァへ送り返しましょう。

工藤さんが『応用精製』を解禁するまでの間は、それで凌げるはずです」

『なるほど! 逆輸入ですか!

それなら助かります。俺も発電機や車両の燃料確保に困っていたところでした』

創一はポンと手を打った。

だが、ここで慎重派の官房長官が口を挟んだ。

「待ってください。

異星の原油を国内の製油所に流して、大丈夫なのですか?

成分が違うとか、未知のバクテリアが含まれているとか……もし検査でバレたら一大事です」

経産大臣は、自信たっぷりに答えた。

「そこは抜かりありません。

成分分析の結果、炭化水素の組成は地球のものと完全に一致しています。化学的に見分けるのは不可能です。

問題は『 不純物(スラッジ) 』ですが……流通ルートは『国家石油備蓄』の専用ラインを使います」

「備蓄ライン?」

「はい。

民間市場には流さず、一旦すべて国のタンクへ入れます。

そこで精製し、出てきた 廃棄物(スラッジ) や廃液はすべて『特殊産業廃棄物』として隔離し、高温焼却処分します。

これなら、たとえ異星のDNAが混じっていても完全に消滅します。

現場の作業員には『深海油田の未精製サンプル』と説明しておけば、誰も疑いませんよ」

「……なるほど。

物理的にも、情報的にも、隔離するわけか」

総理が総括した。

「1.対外的には『木材の促成栽培』というカバーストーリーで誤魔化し、時間稼ぎをする。

2.原油は工藤さんの工場用を除き、日本へ輸送。国内の製油所で精製し、国家備蓄および産業用燃料として活用する。

3.現地で不足する重油・軽油製品は、日本から補給する。

……まさに二人三脚だな」

『ええ。頼りにしてますよ、 日本(ジャパン) 株式会社』

創一がサムズアップを見せる。

モニターの通信が切れた後、会議室には少しだけ安堵の空気が流れた。

アメリカの影は迫っている。

だが日本とテラ・ノヴァのパイプ(物理的にも、関係的にも)は、より太く、強固になりつつあった。

「……さて、忙しくなるぞ」

経産大臣が武者震いした。

「製油所の稼働率を上げろ。タンカーの手配もだ。

なにせ数十年ぶりに『国産原油』が市場に流れるんだ。

成分分析表を見た技術者たちが、腰を抜かす顔が目に浮かぶわ」

日本経済の血管に、新たな血液が流れ込もうとしていた。

だが、その血液の熱さが、眠れる怪物たち——国内外の利権屋や諜報機関——を呼び覚ますのも、また必然だった。

一方、テラ・ノヴァ。

通信を終えた創一は、ポンプジャックが唸りを上げる油田地帯を見上げていた。

「とりあえず、プラスチックだ」

彼は次なる目標を見据えた。

「原油をガスにして、石炭と混ぜてプラスチック棒を作る。

そうすれば『赤基板』が作れる。

赤基板ができれば……工場は劇的に進化する」

彼の手元で、イヴの画面が光る。

次の研究ターゲット。

『プラスチック(Plastics)』、そして 『硫黄処理(Sulfur Processing)』。

化学の力で工場は「物理」の領域から、「化学」の領域へと変貌を遂げようとしていた。

その先にある「青カード」の輝きを夢見て、工場長は再びヘルメットの緒を締めた。