軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第165話 リヤド万博と、帰ってこられる夢

東京都港区、迎賓館赤坂離宮。

普段は各国の国賓をもてなすための豪奢な空間が、今日は極めて実務的で、かつ未来の国際社会の行方を占う重要な交渉の舞台となっていた。

テーブルを挟んで対峙しているのは、日本国の矢崎薫内閣総理大臣と、サウジアラビア王国のアブドゥル・アル・ラシード皇太子である。

アブドゥル皇太子は、中東の巨大なオイルマネーを背景に、日本へ総額百兆円規模の無利子無期限融資『パックス・ファンド』を設立した、事実上の最高権力者だ。彼と日本政府の間には、すでに医療やエネルギーを巡る深いパイプと、強固な信頼関係——あるいは、互いの利害と首根っこを握り合う共犯関係——が構築されている。

会談の冒頭は、いつものように洗練された外交儀礼から始まった。

「皇太子殿下。ようこそ日本へ。再びお迎えできたことを光栄に思います」

矢崎総理が、穏やかな微笑みを浮かべて歓迎の意を示す。

「矢崎総理。お会いできて光栄です。副島前総理からの政権移行後も、日本との友好関係は我が国にとって極めて重要なものです」

皇太子も鷹揚に頷き、パックス・ファンドの運用状況や、中東地域における日本の技術的評価について短く言葉を交わした。

だが、二人の背後に控えるそれぞれの側近たち——日本側の内閣官房参事官・日下部と、サウジ側の付き添い王子——は、この会談が単なる親睦の場ではないことを熟知しており、微塵も警戒を解いていなかった。

「さて、本日は」

一通りの挨拶を終えると、アブドゥル皇太子は居住まいを正し、本題へと切り出した。

「一つ、お願いがあって参りました」

「伺いましょう」

矢崎総理が促すと、皇太子は少し身を乗り出した。

「2030年のリヤド国際博覧会が、目前に迫っています」

リヤド万博。

それは、サウジアラビアが国家の威信を懸け、「ポスト石油時代」の新しい中東の姿を世界にアピールするための巨大な国家プロジェクトである。

「我が国としては、この万博を単なる建築や観光の見本市ではなく、“未来を体験する場”にしたいと強く願っております」

皇太子の言葉には、一国の未来を背負うリーダーとしての強烈な情熱がこもっていた。

「そこで、日本の『アンノウン技術』を、何か日本館の目玉として出展できないでしょうか」

その直球の依頼に、矢崎総理と日下部の表情がわずかに硬直した。

アンノウン技術を、万博で大衆に向けて展示する。

それは、極秘裏に管理し、特権階級や国家インフラの裏側でコソコソと運用してきたこれまでの方針とは、根本的に異なるアプローチだ。

「……もちろん、出して大丈夫な技術に限ります」

皇太子は、日本側の懸念を先回りするように、即座に条件を付け加えた。

「軍事機密や、あの『13m級核融合炉』のような危険なインフラ技術を求めているわけではありません。パニックを起こさず、しかし世界中の人々が未来に希望を持てるような……そんなテクノロジーがあれば、ぜひお願いしたいのです」

この「出して大丈夫な技術限定」という線引き。

皇太子は無茶を言っているようで、日本側の『技術秘匿の絶対的防衛線』を正確に理解した上で交渉のテーブルに乗せている。極めてクレバーな提案であった。

矢崎総理は、少し考えた後、傍らに立つ日下部へと視線を向けた。

「日下部さん。何か候補はありますか?」

日下部は、手元のタブレットを開きながら、脳内で凄まじい速度で技術の棚卸しを行った。

核融合炉は論外だ。

医療用キットや人工臓器も、命の順番に関わる生々しい倫理問題を引き起こすため、万博のお祭り騒ぎで展示するようなものではない。

ヤタガラスや重力制御、宇宙推進技術も、軍事転用のリスクが高すぎて一般公開など絶対に不可能だ。

自律施工ロボットは展示可能だが、すでに土木業界で実証が始まっており、「未来の目玉」としてのインパクトには少し欠ける。

安全で、派手で、かつ未来を感じさせ、軍事的な脅威と受け取られないもの。

……一つだけ、アンノウン機関の科学者たちから先日上がってきたばかりの「初期評価レポート」が、日下部の脳裏をよぎった。

「……アンノウン機関から、フルダイブ技術に関する初期評価が上がっていましたね」

日下部が、極めて慎重にその言葉を口にした瞬間。

「フルダイブ!?」

アブドゥル皇太子の目が、これまでにないほど強烈な光を放ち、バンッとテーブルを叩いて身を乗り出した。

そのあまりの食いつきぶりに、背後に控えていた付き添い王子がビクッと肩を震わせた。

「それは、SAOのようなものか!?」

「SAOとは?」

矢崎総理が、真顔で、純粋な疑問として尋ねた。

「報告書によると、アニメ作品の一種らしいです」

日下部が、胃の痛みを堪えながら、大真面目に総理へ解説する。

「いや、元はライトノベルだが、まあ良い!」

皇太子は、もはや外交の場であることも忘れ、完全にオタクとしてのテンションを爆発させていた。

「殿下、落ち着いてください」

付き添い王子が、小声で必死に宥めようとする。

「落ち着けと言われても無理だ! フルダイブだぞ!?

画面の向こうのVRではなく、五感を完全に接続して、仮想世界そのものに入る技術だ。世界中のゲーマーとアニメ好きが夢見た未来ではないか!」

皇太子のその熱狂ぶりに、矢崎総理は少し困惑したように目を瞬かせた。

「……かなり、有名な概念なのですね」

「少なくとも、サブカルチャー圏においては非常に強い訴求力があります」

日下部が、ため息混じりに補足する。

「強いどころではない。万博の目玉になる。いや、目玉どころか、世界中のニュースがそれ一色になるぞ!」

皇太子は、完全に「フルダイブ」という単語の魔力に魅了されていた。

だが、日下部は即座に、その熱狂に冷水を浴びせるための釘を刺した。

「ただし、殿下。これは展示に向いている一方で、非常に扱いが難しい技術です」

「危険なのか?」

皇太子が、少しだけ冷静さを取り戻して問う。

「はい。アンノウン機関の評価では、フルダイブ技術は娯楽として極めて有用ですが、応用範囲が広すぎるとされています」

日下部は、機関の科学者たちがまとめたレポートの内容をかいつまんで説明した。

ゲームとしての利用だけでなく、寝たきり患者の生活支援、高度なリハビリテーション、遠隔医療、災害時の遠隔ロボット操作、宇宙空間での作業代替、教育、技能訓練、そして仮想社会の形成。

「素晴らしいではないか」

皇太子は、その可能性の広さにさらに感嘆した。

「素晴らしいです。ですが、同時に危険です」

日下部の言葉を継いで、矢崎総理が鋭く本質を突いた。

「仮想世界依存、ということですね?」

「はい」

日下部は深く頷いた。

「現実より快適で、現実より自由で、現実より思い通りになる世界です。そこに長く滞在できるなら、現実に戻りたくない人間が必ず出ます」

日下部は、アンノウン機関の医師(白石)が提示した、最も重い懸念事項を皇太子に伝えた。

「寝たきりの患者が仮想世界で歩ける。これは間違いなく救いです。

……しかし、ログアウトした瞬間、再び動かない現実の身体へ戻される。その圧倒的な落差をどう扱うのか。アンノウン機関でも、そこが最大の問題視されています」

皇太子の表情から、先ほどまでの無邪気な興奮がスッと消え去り、国家を導くリーダーとしての真面目な顔つきに変わった。

「……夢を見せるだけでは、残酷になる場合もある、ということか」

「その通りです」

日下部が肯定する。

「この技術は、ゲーム機であると同時に、脳と現実を接続し直す『基盤技術』です。制限なしで社会に投下すれば、救済と同時に破滅を生みます」

迎賓館の一室に、重苦しい沈黙が降りた。

皇太子は、腕を組み、深く考え込んだ。

単なるお祭りのアトラクションとして出すには、背後にある倫理的・社会的なリスクが重すぎる。

だが、数分の熟考の後、皇太子は真っ直ぐに矢崎総理を見据えて、改めて言った。

「……それでも、私は出展してほしい」

「理由を伺っても?」

矢崎総理が静かに問う。

「これは、石油でも建築でも金融でもない。

……人間の“体験”そのものを変える技術です」

皇太子の言葉には、確かな重みがあった。

「リヤド国際博覧会が“未来を体験する場”であるなら、これ以上の象徴はない。

ゲーマーやアニメ好きから見れば、これは革命です。医療関係者から見ても革命でしょう。身体に障害を持つ人にとっても、遠隔教育を必要とする人にとっても、未来の労働にとっても。

これは、未来を“見る”技術ではなく、未来を“体験する”技術だ」

その熱弁に、付き添い王子がたまらず小声で突っ込んだ。

「殿下、演説になっています」

「これは演説する価値がある話だ」

皇太子は一歩も引かなかった。

日下部は、少しだけ苦笑を漏らした。相手がこれほど本気で、かつ技術の持つポジティブな側面を信じているのであれば、こちらも応えないわけにはいかない。

「……出展するなら、危険な面を隠して夢だけを見せるのではなく、安全設計も含めて見せるべきでしょう」

日下部のその言葉に、皇太子の目が再び輝いた。

「つまり、“帰ってこられる夢”として展示する、と」

「はい」

日下部は、アンノウン機関の科学者たちがまとめた『安全管理案』をベースに、万博向けの展示プランをその場で構築し始めた。

「展示名は、そうですね……『帰ってこられる夢 — Full Dive Experience Japan』、あるいは『JAPAN FULL DIVE: 帰還可能な夢』といったところでしょうか。日本語、英語、アラビア語の併記にすれば、万博の目玉にふさわしい響きになるかと」

「素晴らしい。リヤド万博の理念にも合致する」

皇太子が満足げに頷く。

「ただし、展示内容には極めて厳格な 制限(リミッター) を設けます」

日下部は、決して譲れない絶対条件を提示した。

「体験時間は、一人あたり3分から5分。長くても10分以内とします。過度な没入による依存を防ぐためです。

強制復帰機能はシステム側に持たせ、痛覚のフィードバックは完全にゼロにします。恐怖演出や、過度な快楽刺激を伴うコンテンツも禁止。年齢制限を設け、事前の健康チェックを必須とします。

……そして何より、会場には日本の医師と技術者を常駐させ、体験者のバイタルと神経負荷を常時監視します」

「初回展示で、剣を振ってモンスターを倒すような内容は避けましょう」

日下部は、皇太子のオタク心を先回りしてへし折った。

「フルダイブ技術の安全性と可能性を見せるなら、“空を飛ぶ”“月面を歩く”“日本の桜並木を歩く”“深海を泳ぐ”といった、穏やかな環境シミュレーションで十分です」

「いや、剣と魔法も少しは……」

皇太子が未練がましく食い下がる。

「殿下」

付き添い王子が、呆れたように制止した。

「分かった。少しだけだ」

「少しだけも要審査です」

日下部が冷たく切り捨てる。

「もう一つ、問題があります」

日下部が、実務上の最大のハードルを口にした。

「表に出すなら、国内外のゲームメーカーとの調整が不可欠です」

「既存のゲームをそのまま変換するわけにはいかない、ということですね」

矢崎総理が確認する。

「はい。知的財産権の問題はもちろんですが、フルダイブ向けの安全設計が必要です。通常のモニター越しにプレイするゲームの設計(激しい視点移動や強烈なエフェクト)を、そのまま脳神経接続型のフルダイブ環境に持ち込むと、脳への過剰な負荷や深刻なVR酔いを引き起こし、極めて危険です」

調整すべき相手は多岐にわたる。

日本の大手ゲーム会社、海外の有力パブリッシャー、アニメ・ライトノベルの版権元。

さらに、医療安全審査チーム、神経科学チーム、依存症対策の専門家、国際博覧会運営側、サウジ側の技術・安全担当。そして当然、厚労省、経産省、文化庁といった関連省庁とのすり合わせも必要になる。

「ならば、サウジ側も全面的に協力する」

皇太子が、国家の威信を懸けてサポートを約束した。

「会場の確保、安全設備の構築、警備、医療スタッフの増員、展示導線の整理。すべて我が国が用意しよう」

「技術の中核には触れないことが条件です。フルダイブ 装置(ポッド) は、すべて日本側が管理・運用します」

「もちろんだ。我々が欲しいのは技術の中身ではない。未来を見せる舞台だ」

皇太子のその言葉は、彼が単なる技術の横取りを狙う野心家ではなく、国家のブランドと未来のビジョンを重んじる優れた指導者であることを証明していた。

「では、展示していいものと、駄目なものの線引きを明確にしておきましょう」

日下部が、最終的な確認を行う。

【出していいもの】

・フルダイブ体験そのもの。

・体験者の外部モニター映像(周囲の観客に見せるため)。

・安全装置(帰還システム)の仕組みに関する説明。

・医療、福祉、教育、遠隔作業への将来展望の紹介。

・仮想世界依存への対策と倫理的課題の提示。

・日本とサウジアラビアの未来協力の演出。

・ゲーム文化への敬意。

【出してはいけないもの】

・脳神経接続の具体的なメカニズムの詳細。

・フルダイブ装置の設計図および製造アルゴリズム。

・神経信号変換のソースコード。

・外部ロボット(義体)操作の実演および詳細。

・軍事転用可能な機能の説明。

・長時間のログイン実演。

・過度な快楽刺激を伴うコンテンツ。

・現実逃避を煽るような宣伝文句。

・医療用途における未承認効果の断言。

「これは、あくまで『夢の技術』として見せます。

……ただし、『夢に閉じ込める技術』としては、絶対に見せない。そういうことですね」

矢崎総理が、展示のコンセプトを見事に要約した。

「はい。展示の軸は、あくまで“帰ってこられる夢”です」

日下部が頷く。

「素晴らしい。リヤド万博の理念にも合致する」

皇太子も、満足げに微笑んだ。

会談は、極めて建設的で、前向きな結論へと至った。

だが、話がまとまりかけたところで、皇太子がつい、隠しきれない本音を漏らした。

「……それで、私はいつ体験できる?」

「殿下」

付き添い王子が、本日何度目かのため息をついた。

「いや、これは当然だろう。私は主催国の皇太子として、展示物の安全性を身をもって確認する義務がある」

皇太子が、もっともらしい理由を並べて正当化しようとする。

「かなり個人的な義務に聞こえますが」

日下部が冷ややかに突っ込む。

「責務だ」

皇太子は一歩も引かない。

矢崎総理が、少しだけ笑って日下部を見た。

「日下部さん。体験会は可能ですか?」

「……後日、フルダイブ体験会を設けましょう」

日下部は、仕方ないといった様子で譲歩した。

「皇太子殿下、エキスポ関係者、安全担当、医療担当、展示設計担当を連れて来てください。アンノウン機関の特設施設で、制限付きのデモ版を体験していただきます」

「本当か!?」

皇太子が、椅子から立ち上がりそうになるほどの勢いで身を乗り出した。

「殿下、声が大きいです」

付き添い王子が、必死に裾を引っ張って座らせる。

「まさか、SAOのようなフルダイブが現実になるとは……!」

皇太子は、完全に一人のオタク少年に戻って感動を噛み締めていた。

「SAOという作品、あとで少し確認しておきます」

矢崎総理が、生真面目な顔でメモを取ろうとする。

「総理、業務として見る必要はありません」

日下部が慌てて止める。

「ですが、関係者の熱量を理解するためには必要かもしれません」

「……それは否定できません」

日下部も、皇太子の熱狂ぶりを見れば、あの作品が持つ「夢の力」を無視することはできなかった。

皇太子一行が退出した後、日本側のコアメンバーだけで短い打ち合わせが行われた。

「日下部さん。本当に出せますか?」

矢崎総理が、改めて確認する。

「展示用に徹底制限した版なら可能です。

ただし、準備期間中にアンノウン機関、厚労省、経産省、文化庁、ゲーム業界、そして安全保障担当を集めて、横断的なタスクフォースを組む必要があります」

「万博で発表すれば、世界中から問い合わせが殺到します」

外務担当者が、今後の外交的負担を懸念する。

「でしょうね」

「医療用途への期待も、爆発的に出るでしょう」

「そこは慎重にします。万博ではあくまで“将来可能性”の提示に留め、実際の医療利用は別の厳格な審査ルートを経ると明言します」

矢崎総理が、一番の懸念事項を問う。

「ゲーム用途は?」

「夢として見せます。

……ただし、商用化は未定とします」

日下部は、冷徹な官僚の顔で言い切った。

「依存症対策と法整備が前提です。そして何より、ガチャは禁止の方向で調整します」

「ガチャ?」

総理が首を傾げる。

「ゲーム業界の収益方式の一種です。フルダイブ環境における射幸性の刺激は、依存形成リスクが異常に高すぎるため、アンノウン機関の科学者たちも非推奨としています」

「……ゲームも大変なのですね」

「ええ。ある意味、医療の認可より炎上しやすい分野です」

日下部は、ゲーム業界との泥沼の調整を予感し、密かに胃薬の箱をポケットの上から撫でた。

数日後。

日本滞在のスケジュールを終え、帰国の途につく直前。

アブドゥル皇太子は、見送りに来た日下部に向かって、静かに語りかけた。

「日下部参事官」

「はい」

「私は、石油の時代の終わりを受け入れている」

皇太子の声には、オタクの軽さは微塵もなく、一国の未来を背負う指導者としての覚悟が滲んでいた。

「だからこそ、次の時代を我が国の若者に見せたいのだ。

フルダイブは、その象徴になる」

新しい時代は、化石燃料を燃やして物理的に移動する時代から、意識が空間を超えて繋がる時代へと移行する。皇太子は、そのパラダイムシフトを中東の若者たちに「体験」させることで、意識改革を促そうとしているのだ。

「殿下の意図は理解しました」

日下部は、深く一礼して応じた。

「ただし、夢は人を救うこともあれば、閉じ込めることもあります」

「だから、日本に頼んでいる」

皇太子は、日下部の目を真っ直ぐに見据えて笑った。

ただ夢を見せるだけの無責任な国ではなく、安全装置と鎖を一緒に設計できる、冷徹で責任感のある日本に任せたいのだと。

素晴らしい締めくくりであった。

だが、皇太子は振り返りざまに、少しだけ声を潜めて付け加えた。

「ところで体験会では、剣と魔法の世界は少しだけでも可能か?」

「殿下」

付き添い王子が、本日何度目かのため息をつく。

「要審査です」

日下部が、氷のような声で即答する。

「要審査か。ならば審査を通す努力をしよう」

「殿下が努力する種類の審査ではありません」

日下部の容赦のないツッコミを背に受けながら、皇太子は少年のように嬉しそうな顔をして帰りの車へと乗り込んでいった。

こうして、リヤド国際博覧会の日本館に、新たな目玉が加わることになった。

それは核融合炉でも、医療用キットでも、ヤタガラスでもない。

ただ、人が「夢の中を歩くため」の技術だった。

だが日下部は知っていた。

夢を世界へ見せるということは、夢に飲み込まれないための強固な鎖を、同時に設計し、社会に打ち込まなければならないということを。

日本国は今、人類の体験の境界線を、極めて慎重に引き直そうとしている。