軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

クリスマスの勇気

あれから休暇を利用して日本にやってくるレオンと過ごしたり、毎週のように電話をしたりして、何とか好きだと分かってもらおうと椿はしていたのだが、透子と恭介の婚約をいつにするのか、という話題で勝手に盛り上がってしまい、本来の目的を果たせずにいた。

(おめでたいことだけど。おめでたいことだけど……!)

大好きな二人が結婚すると決めたのだ。

椿だって我が事のように喜んでいるが、それとこれとは別である。

未だに手を繋ぐことすら出来ていないのだから、ことは深刻であった。

さすがに四年目を迎えようとしているのに、このままではいけないと思った椿は、クリスマスの時期にレオンが日本にやってくる日になんとか手を繋いで関係を先に進めたいと策を考えていた。

そうして、その年のクリスマス、日本へとやってきたレオンが夜に朝比奈家を訪れて菫達と談笑している場に、清楚な装いをした椿が顔を見せた。

「いらっしゃい、レオン」

いつものような軽い化粧ではなく、ガッツリ化粧をしている彼女を見たレオンは、心なしか上機嫌になっているようである。

「今日はいつも以上に綺麗だな。クリスマスだからか?」

「そう、特別な日だからね」

椿の姿を見た菫は、綺麗です! と弾んだ声を上げている。

可愛い妹に褒められ、彼女は微笑みを返した。

構いたくて仕方がなかったが、彼女はやるべきことがある。

微笑みを浮かべたまま、彼女はレオンを見つめた。

「レオン。ちょっといいかしら? 庭に来て欲しいのだけど」

「ここじゃダメなのか?」

「二人きりでないと少し話しにくいことなの。ダメかしら?」

「そういうことなら喜んで。じゃあ、菫。話は後でな」

「分かりました。また後で」

話を中断されたというのに聞き分けの良い返事をする菫の頭を撫でたレオンは、椿の後を追って朝比奈家の庭へと出た。

上着も着ずに外に出た彼女にレオンは自分の上着を貸そうとするが、丁重に断りを入れる。

「寒さで震えているじゃないか。風邪をひいたらどうする?」

「長時間、外にいるわけじゃないから大丈夫よ」

「せめてマフラーくらいはしてくれ。俺が心配なんだ」

持っていたマフラーを差し出され、強引に握らされる。

このままでは話が進まないと思った椿は、大人しくマフラーを広げて肩に羽織った。

「……それで、話とは? 恭介と透子のことか?」

「違うわ。これからの話よ。大学もあと一年ちょっとしかないし」

「将来のことで悩んでいるのか? でも、椿は鳳峰の高等部の教師になるんだろう?」

「そうよ。菫を側で見守り、余計な虫を排除するためにね。って違うわよ」

「じゃあ、どうした?」

どうしたと聞かれても、最初から話などない椿には何も言葉にすることはできない。

ただ二人きりになりたい口実である。

そうして、手を繋ぐのだ。切っ掛けが掴めなくてどうすればいいのか彼女は悩んでいるが。

最初は、寒いからという理由で手を繋ごうと思っていたのに、あっさりとマフラーを手渡されて失敗に終わっている。

「いつもの椿らしくないな。もしかして悩み事でもあるのか?」

「私が大人しくしているのは、そんなに不自然? まあ、悩みがあるのは確かだけど」

途端にレオンは心配するような表情を浮かべる。

悩みの原因は目の前の彼なのだが、椿は手も繋げていないこの状況で告白したとしても、流されて終わるだけだと経験から分かっていた。

だから、彼女は架空の友人を利用してレオンの考えを聞いてみようと考えた。

「悩みといっても私の悩みじゃないんだけどね。……あのさ、ちょっとレオンに尋ねたいことがあるんだけど、あの……私の友達でね、片思い中の子がいるんだけど、彼女は天の邪鬼なところがあって、相手に思ってもいないことを言ってしまうんだって。それで自分が相手を好きなんだって気付いてもらえなくて悩んでいるの」

「困った性格の女性なんだな」

「まあね」

言わずもがな、全て椿のことである。

微妙な気持ちになりながらも彼女は他人事のようにしていた。

「で、相手の男はどういう奴なんだ?」

「そうね。完璧な人よ。でも、好きな人の前だと狼狽えたり顔を赤くさせたりして可愛らしいところもあるの」

「完璧という割に男らしくない奴だな」

「そうでもないわよ。誠実な人だと思うわ」

レオンは、これっぽっちも自分のことだと思っていないようである。

事実を知ったら、膝をついてしまうかもしれない。

「椿は随分と相手の男を買っているんだな。少し妬ける。いや、少しじゃないな。物凄く妬ける」

「あはは……」

架空の友人の力を借りているだけで、言っていることは椿のことなのだから相手の評価が高いのは当たり前だ。

乾いた笑いを漏らした彼女は、この後をどう繋げようかと考える。

回りくどい方法ではあるものの、天の邪鬼な彼女にはこれが精一杯。

「それでね、レオンに尋ねたいことなんだけど、レオンは彼女がどう行動すればいいと思う? アドバイスがあれば聞きたいんだけど」

「その前に、椿の友人の性格を聞かせてくれ。どういう女性なのか分からないのに、アドバイスなんてできないだろう」

それもそうか、と思った椿は、あまり気が進まないが己の性格を客観的に見て口にする。

「一言で言えば頑固よ。すごい頑固。日本一なんじゃないかと思われるくらいに頑固よ。頑固と書いて彼女の名前となるくらいに頑固よ」

話を聞いたレオンは手を額に置いて、眉を寄せる。

「ちょっと待ってくれ。ひとつ確認させて欲しいんだが、その女性は椿の友人なんだよな?」

「そうよ。友達よ」

「じゃあ、もう一度聞くが、彼女の性格は?」

「頑固よ」

「それは本当に友人なのか!? 頑固は良い印象の言葉じゃないだろう?」

あくまでも架空の友人の話であるので、実在はしない。

だからこそ、気兼ねなく頑固だと言えるのだ。

「でも、本当に頑固なのよ。それでいて天の邪鬼なの」

「……もっと、優しいとか明るいとか、こう、前向きな性格の部分はないのか?」

「そうね。プライドが高いわね」

「本当に友人なのか!? 実は嫌っているとかじゃないのか?」

嫌いもなにも、架空の友人なのだ。存在しない人間を嫌いになるはずもないのだが、そうとは知らないレオンは難しい顔をしている。

「嫌ってなんていないわ。私は彼女のことが好きなのだから。で、何かアドバイスはある? レオンだと思って答えてくれても構わないわよ」

構わないどころか、むしろ椿はそちらが知りたい。

レオンは黙って考え込んでいる。

彼女は自分がかなり難しいことを聞いているのに気付いてない。

どんな答えを出すのかと気になっていると、しばらくして黙っていた彼が口を開いた。

「二人で頻繁に出掛けたり、何か物を贈ったりとか、言葉で言うのが恥ずかしいなら態度で示すくらいしか思い浮かばないな」

「全部やってるわ」

「え? 何て言ったんだ?」

「いえ、何も」

誤魔化すように笑った椿は、手を横に振って何でもないよと口にする。

二人で出掛けるのも物を贈るのも彼女はやっている。やっているのに、気付いてももらえていない。

何の参考にもならなかったことに彼女は落ち込んだが、そもそも架空の友人に頼ろうとしたのが間違いである。

ようやく理解した彼女は、これは自分の力でやれということだと反省した。

そうなるまえに気付けばいい話であるが、彼女はいっぱいいっぱいだったのだ。

ため息を吐いた椿は、ふとレオンの手がポケットから出ていることに気付いた。

そんな雰囲気では決してなかったが、やるなら今しかないとそっと自分の手を近づける。

触れそうなほど近づき、一瞬動きを止めたが、ここで止めたら元通りだと言い聞かせて、彼女は遠慮がちにレオンの指先を握った。

手の感触に驚いた彼は勢いよく自分の手を見て、触れているのが椿の手だと分かり体を硬直させる。

恥ずかしくて下を向いたままの彼女は、レオンの反応など見えていなかった。

「つ、つばき」

「寒そうにしていたから……! それに、私の手が冷たくなってきたから……!」

必死に言い訳をする椿を見て、狼狽えていたレオンは落ち着きを取り戻し優しげな笑みを浮かべた。

「そうか。じゃあ、俺の手で暖を取るといい」

「……存分にとってやるわよ」

おおよそ両思いの男女がする会話ではなかったが、それでも椿はやってやったぜ! という気分になる。

一度、手に触れれば大丈夫となったのか、彼女は指先を握っていた手を動かしてレオンの手を軽く握った。

それが嬉しかったのか、彼の手に力が入り椿の手のひらが温かくなる。

「冷たいな」

「レオンもね」

「じゃあ、そろそろ戻るか? 体も冷えてきただろう」

「ううん。……もう少し、このままでいて」

甘えるような椿の言葉にレオンは虚をつかれる。

が、これも彼女なりのクリスマスプレゼントなのかもしれないと、また勘違いをしていた。

「予想外に良いクリスマスになった」

「またそれ? 別に特別な日だからってわけじゃないわよ」

「だが、こうして椿が俺にくれるのは特別な日だけじゃないか」

そうだったっけ? と椿は首を傾げるが、すぐにあることに気付く。

「それは、レオンがこういうときにしか来ないからでしょ」

「この三年、結構暇なときは日本に来ていたんだけどな」

「タ、タイミングが合わなかっただけよ」

「じゃあ、そういうことにしておく」

分かっているのかいないのかという態度に椿は頬を膨らませる。

けれど、その顔はとても綺麗に微笑んでいた。

そんな初々しい二人を鬼の形相で見ている椿の父親。

満面の笑みを浮かべる母親に腕を掴まれて身動きが取れずに、彼は歯噛みしていた。