軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

酔った勢いというもの

その日、あるパーティーに招待されていた椿は平静を装いながらも心の中は大いに荒れていた。

二十歳を迎えたばかりの彼女は、イライラを紛らわせるために給仕からお酒を貰い、何杯も飲み干している。

彼女がこうなっている理由。

それは、視線の先にいる人達のせいであった。

「レオン様。日本料理はお好きですか? 父の友人が経営している料亭があるのですが、今度、一緒に参りませんか? 父の友人から、ずっと招待されているのですが、一緒に行って下さる方がいらっしゃらなくて。一人では寂しいですし」

「申し訳ない。日本料理は好きですが、中々忙しく時間が取れそうもないので」

「あら、よく日本にいらしていると伺っておりましてよ? 何も一日お付き合いして欲しいとは申しておりません。ほんの数時間でよろしいのです」

「よく日本に来ているのは、約束をしているからです。ですので、時間は」

留学していた頃は女子生徒達の誘いを一刀両断していたレオンであったが、今の相手は主催者の令嬢。

無下に扱うこともできず、やんわりと拒否することしかできないという状況だ。

僅かに漏れ聞こえてくる会話に椿は眉を顰めている。

(付き合ってないって言った途端にこれなの!? あの令嬢め!)

苛立ちながら、椿は先日、あの令嬢と会話をしたことを思い出す。

『朝比奈様はグロスクロイツ様と随分親しくしておいでのようですが、お付き合いしていらっしゃるのでしょうか?』

『え? ……いいえ。お付き合いはしておりませんが』

『そうなのですね! 私、実はグロスクロイツ様をお慕い申し上げておりますので、朝比奈様とお付き合いをしていらっしゃらないと伺って安心致しました』

『いえ、あの』

『これで、心置きなくグロスクロイツ様を誘えます。ありがとうございました』

ふんわりと微笑んだ可憐な令嬢は、頬を紅潮させている。

(そりゃあ、付き合っていない以上、レオンに手を出すな、なんて言えるわけないわ。そんな醜い独占欲を表に出すのは朝比奈家の令嬢としてやってはいけないことだもの)

結局、レオンを好きなことを告げることができないまま、彼女は椿の前から立ち去って行った。

というようなことがあって、今のこれである。

令嬢はレオンの腕に自分の手をそっと添えて、寄り添うように体を近づけていた。

ベタベタと彼に触れる令嬢を見て、椿は更に苛立ちが増し、何杯目かも分からないグラスを取って飲み干した。

「……あまり、男にそのように触れてはいけません。勘違いをしてしまう男もおりますから」

「私は好意を持っていない男性に軽々しく触れるような女ではございません。それとも、レオン様は私がそのような女だと仰るのですか?」

目を潤ませ、今にも泣き出しそうな令嬢にレオンの表情が強張る。

さすがに主催者の令嬢を泣かせたとあっては、外聞が悪い。

「決して、そのような意図はありません。お気を悪くされたのなら謝罪します」

「まあ、謝罪などなさらなくてもよろしいのです。一緒に食事を共にして下されば、それで構いませんので」

「……それで許して頂けるのであれば、ご一緒します」

「本当ですか? ありがとうございます! レオン様と共に過ごせるなんて、これほど嬉しいことはございません」

泣きそうな表情から一変し、令嬢は満面の笑みを浮かべている。

イライラする気持ちを落ち着かせるために、椿はグラスに入っていたお酒を一気に飲み干した。

こうして彼女が焦るのは、レオンとの仲が一向に縮まらないせいでもある。

あれから、何度かボディタッチをしようと試みてはいるのだが、恥ずかしさもあって不発に終わっていた。

単純に二人で出掛けて話をして終わり、というのが当たり前となっているのだ。

長期戦でとは言われていたが、まるで進展しない二人の関係に彼女が頭を悩ませているのも事実。

更にレオンに想いを寄せる大和撫子のような令嬢まで出てきたのだから、心穏やかにはいられない。

彼が心変わりをするとは思っていないが、それでも不安はつきまとう。

お酒の力もあって感情を抑えるのが難しくなっている上に、飲み過ぎたのか彼女は半目になっている。

ふわふわした心地のまま、お酒によって理性が緩んでいる椿は令嬢に向かってタックルしようと動き出そうとすると、不意に誰かに肩を掴まれた。

「随分と怖い顔をしているね。ここがパーティー会場だってこと忘れてる? 他にも人が居るんだから、落ち着いて」

「しのざきくん……」

レオンにばかり気を取られていたので、篠崎もこのパーティーに出席していたことを椿は初めて知った。

「今にもグロスクロイツと話している彼女に殴りかかろうとしているんじゃないかと思うような顔をしているよ? 気付いている?」

「殴らない。タックルする」

「落ち着いて。それは何の解決にもならないよ。好戦的なのは二十歳を超えても変わらないんだね。でも、あの令嬢も凄いな。女の武器をこれでもかと使っているじゃないか。全くぐらつかないグロスクロイツもさすがだけど」

あの令嬢は自分が主催者の令嬢だから、相手が強く出られないことを良く分かっている。

逆手に取ってレオンとの食事の約束を取りつける様はさすがとしか言いようがない。

「ああいう風に君もやればいいんじゃないか? グロスクロイツも喜ぶだろう?」

「……キャラじゃない」

「プライドが高いと大変だね」

「分かってるしぃ」

むくれた椿はそっぽを向く。

篠崎は彼女の口調に違和感を覚えたようで首を傾げたが、周囲にある空のグラス達を見て納得するような表情を浮かべた。

「ちょっと、飲み過ぎじゃないか? 酔ってるんだろう?」

「酔ってない」

「いくら二十歳になったからって、このグラスの数は尋常じゃない。もう止めておいた方がいいよ。酔って醜態を晒したくはないだろう?」

「酔ってない」

「明らかに酔ってるね」

はぁ、と息を吐いた篠崎は、給仕に水を持ってくるように頼んだ。

水が来るまでの間、椿はレオンと令嬢の姿を見ては近くにあったお酒に手を伸ばし飲み干して篠崎に注意されるということを繰り返していた。

俗に言うやけ酒である。

「飲み過ぎだよ。ちょっと外の空気を吸ってきた方がいい。ここにいると無駄にお酒が進むだろう」

「合法的に抹殺する方法」

「は、考えなくてもいいから! グロスクロイツは君一筋なんだから、悩むだけ無駄だよ。あ、こら、携帯で検索しようとしない」

ほら、行くよ! と篠崎に背中を押され、椿は会場の外へと連れ出される。

人気のない場所まで行き、彼は近くのソファに椿を座らせた。

「しまった。水を置いてきたな。取ってくるから待っててくれる? いいね。待ってるんだよ? フラフラとどこかに行かないこと。あと、誰に話し掛けられても、ついていかないこと! いいね」

了承の意味を込めて椿は大きく頷いた。

どう見ても酔っ払った人間の動作である。

心配そうな表情を浮かべていた篠崎だったが、そのまま早足で会場へと戻っていった。

「よってないのに」

誰に言うでもなく呟いた言葉。

若干、頭をフラフラさせながら、あちらこちらに視線を向けている様はどこからどう見ても酔っ払いである。

少しして、コツコツという足音がしたが、酔っている椿は気付いていない。

目の前まできたことで、彼女はようやく誰かが居ることに気が付いた。

顔を上げると、心配そうに椿を見下ろしてくるレオンの姿が目に入り、嬉しくなった彼女は幼子のように無垢な笑顔を浮かべた。

「あ~レオンだぁ」

「……篠崎に聞いたが、相当酔っているな。水を預かってきたが飲めるか?」

「のむよ!」

元気よく返事をした椿は、レオンから差し出されたグラスを受け取る。

酔っ払っている彼女のあまりの可愛さにレオンは顔を真っ赤にさせて両手で顔を覆った。

「……椿。頼むから、外で酒は絶対に飲むな。絶対にだ。飲むのは自宅にしてくれ」

「え~」

「破壊力が半端ないということに気付いてくれ。頼むから」

こっちの身が持たないと呟いたが、これは椿の耳に入っていない。

ただ、酒を飲むなという言葉しか今の彼女には理解できていなかった。

同時に、彼女の脳裏に先ほどまで令嬢と話をしていたレオンの姿が思い出され、収まっていた苛立ちがぶり返す。

スッと立ち上がった彼女は、レオンに近寄ると彼の腕を手で何度も払った。

まるで汚れを落とすような動作に彼は目を丸くさせる。

「汚れが付いていたのか? それとも糸くずが」

「ちがう」

違うと言いつつ、椿は念入りにレオンの腕を手で払っている。

彼女が何をしたいのかレオンには全く理解できない。

「……さわってた」

「は?」

「さわってた!」

頬を膨らませて怒りを露わにする椿に、ようやくレオンは彼女の行動に合点がいった。

つまり、令嬢が触っていた痕跡を消そうとしていたのである。

違っているとは分かっていても、嫉妬とも取れる行動にレオンはニヤケそうになるのを必死に押しとどめていた。

「嫌だったのか?」

「いや」

「どうして?」

「レオンはわたしのことがすきなんでしょ!」

椿の言葉を聞いた瞬間、レオンは床に転がり叫びだしたくなった。

彼の心には、椿可愛い! という思いしかない。

「心配しなくても、椿以外の女を好きになるわけがないだろう?」

「ほんとうに?」

「ああ。俺は椿のものだ」

「よかったぁ」

安心したように椿は笑い、レオンに寄り添うように体を近づけた。

酔って理性という名のストッパーが緩んでいたからこそ、できたことである。

だが、このような椿に全く耐性のないレオンは直視することができず、ひたすら天を仰いでいた。

「……そうか。これは夢なんだな。俺に都合の良い夢を見ているんだ。そうに違いない」

「ねぇねぇ。レオンって良い匂いがするんだねぇ」

この可愛い酔っ払いにレオンは、しばらく翻弄されることになる。

一歩も動くことができず、椿の可愛さにひたすら耐えていたが、篠崎が遅いからと様子を見に来てくれたことで、ようやく終わったのである。

酔っ払いの椿を朝比奈家の使用人に託し、篠崎に同情されながらレオンも会場を後にしたのだった。

後日、椿はレオンと会う機会があり、彼から令嬢とのことを聞かされていた。

「椿、彼女とは食事に行ったが、事前に篠崎と藤堂に偶然を装って遭遇してもらえるようにしてもらったお蔭で、四人で食事をしたから安心してくれ」

「……別に、食事くらい行けばいいのに」

「いや……だが、椿は嫌なんだろう?」

「なんとも思ってないわよ」

物凄く嫉妬をしていたが、レオンに醜い感情を露わにする様を見せたくなかった彼女は強がりを口にする。

「だが、嫌だと言っていたじゃないか?」

「言ってないわよ。いつ私が言ったっていうのよ」

椿の言葉を聞いて、レオンは愕然としていた。

「ちょっと待て。パーティーで話したじゃないか」

「私、レオンと話したっけ? 篠崎君と会ったのは覚えているんだけど、気付いたら家だったんだよね。私、何を話していたの? あ、まさか、変なことを言っていたとか? 嫌だ! 嘘でしょ! あり得ない! ねぇ、嘘だと言って!」

あの夜のことを何も覚えていない椿にレオンは頭を抱えている。

変なことを言っていたと認めたくない彼女の様子に、レオンは真実を告げる勇気は持てなかった。

「……何も言ってない。相当、酔っていたから朝比奈家の使用人にすぐに来てもらった……」

「全く記憶にないわ。でも、変なことを口走ってなくて安心した。使用人を呼んでくれてありがとうね」

「どういたしまして……」

力なく答えるレオンは死んだ魚のような目をしていた。

酔うと記憶をなくすという割と質の悪い酔い方をする椿は、己の立てたフラグを己で見事にへし折ったことに気付いてはいない。

結局、この二人の進展はしないままであったが、それでもレオンの心境は少しばかり変化し始めていた。