軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伊勢郊外で起きて街道に傘を2倍で売ることを思いつく。腐らない。利益で雨宿りの場所をつくろう。思い付きで混ぜご飯の焼き飯を思いつく

翌朝、伊勢郊外の屋敷で目を覚ました博之は、布団の中でしばらく天井を見ていた。

昨日は、港、寺社、屋形、また寺社と、ひたすら挨拶回りだった。頭を下げすぎて、

首が重い。けれど、頭の中だけは妙に冴えていた。

「……雨宿りできる場所、作った方がええな」

ぼそりと言うと、近くで茶を用意していたヨイチが振り向いた。

「雨宿り、ですか」

「参拝客、多いやろ。長旅で疲れてるやつも多い。宿まではやらんけど、ちょっと座れて、

麦茶を飲めて、握り飯でもほおばれる場所があったらええと思うねん」

お花も横から頷いた。

「休み処ですね」

「そうや。全部囲い込んだら嫌われる。宿屋まではやらん。けど、腰を下ろして飯を食える

場所ぐらいなら、角は立ちにくいやろ」

「神宮の少し手前あたりですか」

「そうやな。あと、傘や」

「傘?」

博之は布団から身体を起こした。

「雨降ったら、参拝客は困るやろ。神宮近くや横丁で買ったら高い。そこで、

その手前で少し安い傘を売る」

「ちょっとバチ当たりじゃないですか」

ヨイチが苦笑する。

「雨降ってきたら、しょうがないやん。濡れて参拝するよりましやろ」

「まあ、それはそうですけど」

「松坂で仕入れて、伊勢で売る。焼印入りの旅笠でもええ。高すぎず、

けどちゃんと利益が出る値段で出す」

お花が少し考える。

「参拝客なら、多少高くても買うでしょうね」

「そうや。しかも傘は飯と違って腐らん」

「旦那様、飯屋なのに、だんだん旅道具屋にもなってきましたね」

「飯を食いに来た客が雨でびしょ濡れになって帰ったら、次に寄る気なくすやろ」

「理屈は通ってます」

博之はさらに続けた。

「甘味もいるな。蜂蜜饅頭を出したら売れるやろうけど、量がな」

「従業員にも人気ですからね」

「そうや。伊勢の内宮近くで売ったら馬鹿高く売れるとは思う」

「でも、うちの女衆に恨まれますよ」

ヨイチが笑った。

「湯浴みの後の蜂蜜饅頭、楽しみにしてますから」

お花も微笑む。

「売り切れて食べられないとなれば、怒る者は多いと思います」

「それも困るなあ」

博之は頭をかいた。

「まあ、その辺はあとで考える。昨日、紙に書かせた足りないものもあとで見るわ」

そこで、博之の顔が急に変わった。

「でな、挨拶をたくさんしたおかげで、一つ頭にピンと来たものがある」

ヨイチが警戒するような顔をした。

「また飯ですか」

「飯や」

「やっぱり」

「飯玉を用意してくれ。ただし白い飯玉やなくて、混ぜ飯の飯玉や。たくあんでも梅しそでもええ。

昨日余ったやつがあるやろ」

「混ぜ飯を使うんですか」

「そうや。たぶん、白飯よりそっちの方がうまい」

博之は自分で言いながら、だんだん確信していくようだった。

「漬物の味がもう飯に染みてるやろ。たくあんの塩気、梅しその酸っぱさ、しその香り。

そこへ油と卵を絡ませたら、ただの白飯より味に芯が出るはずや」

「なるほど」

「あと、ねぎ、野菜を細かく切れ。大根葉、茄子、きゅうり漬けの端でもええ。

鶏も細かく切れ。菜種油、味噌、卵も用意してくれ」

調理場の者たちが慌ただしく動き出す。

「何を作るんですか」

「分からん」

「分からんのですか」

「頭に形だけある」

しばらくして、材料が揃った。

たくあん混ぜ飯の飯玉が一つ。梅しそ混ぜ飯の飯玉が一つ。どちらも昨日の残りで、

普通なら早めに食べ切るか、まかないに回すところだった。

博之は小さめの鉄鍋を火にかけた。菜種油を垂らすと、じゅわりと音がして、香ばしい匂いが立つ。

まず、細かく切った鶏肉を入れる。

次に、ねぎ、大根葉、刻んだ茄子、少しの漬物の端。

油をまとった具が、火の上でぱちぱちと音を立てる。

「ええ匂いですね」

「油の匂いは強いな」

博之はへらで具を動かしながら言った。

「ここに味噌を少し」

味噌を入れると、香りが一気に濃くなる。

さらに溶いた卵を流し込む。

卵がふわりと固まりかけるところで、博之は混ぜ飯の飯玉を二つ、どんと入れた。

「ここからや」

へらで、飯玉を崩す。

がちゃがちゃと混ぜる。

たくあんの黄色、梅しその赤、ねぎの青、大根葉の緑、卵の淡い黄色。そこに油と味噌が絡み、

飯粒がほどけていく。

「白飯やったら、ここで味噌と卵の味だけになる」

博之は混ぜながら言った。

「けど、これは違う。飯に最初から漬物の味が入っとる。たくあんの塩気と歯ごたえ、

梅しその酸っぱさ、しその香り。そこに油が入ると、たぶん化ける」

「旦那、急に説明が細かいですね」

「飯のことやからな」

へらで押しつけ、返し、崩す。

鍋から立つ匂いは、今までの伊勢松坂屋の飯とは少し違っていた。

握り飯でもない。

汁でもない。

ただの混ぜ飯でもない。

漬物の香りと味噌の焦げた香り、卵と油の匂いが一つになって、腹を刺激する。

「ちょっと油が足らんかったかな」

「旦那、そこはまだ感覚なんですね」

「初めてやからしゃあない」

やがて、博之は皿に盛った。

「名前は適当や」

「何ですか」

「混ぜ飯の油焼き、かな」

「そのまんまですね」

「たくあん玉子焼き飯でもええ」

皿に盛られた飯は、色が鮮やかだった。

白飯を炒めたものとは違い、最初から味を持った飯粒が、油と卵でさらに照っている。

たくあんの刻みが黄色く残り、梅しその赤みがところどころに見える。

湯気とともに、香ばしい匂いが広がった。

古参たちが集まってくる。

「これは箸で食うんちゃう」

博之は木のへらを差し出した。

「子どもが粥を食う時みたいな、へらで掬って食え。匙でもええ。竹べらでもええ」

ヨイチが一口掬って食べた。

目が止まる。

「……うまい」

次に、お花が食べる。

「白いご飯を炒めるより、味がはっきりしてますね。漬物の味が飯に入っているから、

油に負けていません」

「そうやろ」

博之は嬉しそうに言った。

「白飯やったら、味噌を足しすぎると重くなる。けど、混ぜ飯やと、もともとの塩気と

酸味があるから、油と卵が入ってもぼやけへん」

古参の一人も食べて、驚いたように声を上げた。

「たくあんの歯ごたえが残ってます」

「梅しその酸っぱさが後から来ます」

「これ、ただの余り飯じゃないです。最初からこういう飯みたいです」

「新しい感覚ですね」

ヨイチが皿を見ながら言った。

「旦那、やっぱり天才っすね」

「大げさや」

「いや、商いの細かいところはともかく、飯の才能はずば抜けてますわ」

「商いの細かいところも頑張っとるやろ」

「帳簿から逃げますけどね」

「うるさい」

皆が笑いながら、さらに食べた。

混ぜ飯の油焼きは、口の中でほどける。握り飯のようにまとまっていない。飯粒に油と卵が絡み、

漬物の味がそれぞれに残っている。たくあんは塩気と甘み、梅しそは酸味と香り。

味噌の焦げた香ばしさが後から追いかけてくる。

「これは港でもいけますね」

誰かが言った。

「すり身天の端を刻んで入れたら、港焼き飯になります」

「鮪のほぐし身でもいけるんちゃいます?」

「神宮近くなら、香り飯とか言って高く売れそうです」

「問題は匙ですね」

お花が言った。

「箸では少し食べにくいです」

「そこや」

博之は頷いた。

「なら、匙も作ればええ。竹の匙、木べら、焼印入りや。飯と匙をセットで売る」

ヨイチが呆れたように笑う。

「飯を考えたら、今度は匙商売ですか」

「いるもんは売れる」

「傘に続いて匙ですか」

「雨の日は傘。油焼き飯には匙。旅人には握り飯。港には鮪鍋。神宮には名物飯や」

博之は少し楽しそうに言った。

「伊勢は、飯だけやなく周りのものも売れるな」

古参たちはざわついた。

雨宿りの休み処。

傘。

麦茶。

握り飯。

蜂蜜饅頭。

そして、混ぜ飯の油焼き。

伊勢での商いは、また一段広がりそうだった。

博之は最後に、自分でも一口食べた。

「うん」

「どうですか」

「白飯より、混ぜ飯の方がええな」

博之はにやりと笑った。

「漬物の味が染みた余り飯が、また銭になるぞ」

その一言に、部屋の全員が妙に納得した。

伊勢郊外の朝。

帳簿から逃げ、傘を思いつき、休み処を考え、最後に余りの混ぜ飯を油で焼く。

博之の頭の中では、また新しい飯と商いの線がつながり始めていた。