軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伊勢の港付近の挨拶を寄進の1万文を渡しながら続ける。伊勢城下町のお屋敷に伺う。港から伊勢郊外までの天と天がつながりはじめる

伊勢の港での挨拶と、寺社への寄進が一通り終わると、博之は少しだけ港の横丁予定地を見渡した。

まだ仮の竈があるだけだ。

すり身天の匂いも、鮪の汁の湯気も、いつまでも残るわけではない。

けれど、最初の飯は配った。

港の顔役にも一万文を納めた。

寺と神社にも一万文ずつ置いた。

まずは、ここまでだ。

博之は古参の一人を呼んだ。

「お前、九鬼様の方に戻って、伝えてきてくれ」

「はい。何とお伝えしましょう」

「まず、今日は船を出していただいてありがとうございましたと。

港の顔役にも無事に挨拶できました。寺と神社にも寄進できました。

飯もまずまず食べてもらえました、とな」

「はい」

「それと、俺らはこのまま陸路で帰る」

古参は少し驚いた顔をした。

「船では戻られないんですか」

「戻らん。今からこの足で、伊勢の城下の屋形へ挨拶に行く」

「このままですか」

「このままや。一万文持ってな」

ヨイチが横で苦笑する。

「旦那、ほんまに挨拶続きですね」

「今やらなあかん」

博之はきっぱり言った。

「港だけ押さえてもあかん。伊勢の城下の領主筋に、港でも始めましたと改めて筋を通す。

そこを飛ばしたら、後で面倒になる」

そして古参へ向き直る。

「お前は九鬼様のところへ行ったあと、伊勢の港横丁の連中にも声をかけてこい」

「はい」

「頑張ってくれよ、とな。あと、困ったことがあるなら早めに言えと伝えろ。

魚の仕入れ、油、薪、寝床、湯浴み、地元との揉め事。なんでも遅れたら厄介になる」

「分かりました」

「九鬼様の若衆に頼ることがあれば、頼ってもええ。ただし、頼ったら必ず松坂の本店にも

一報を入れろ」

「なぜですか」

「こっちもお礼の品を持っていかなあかんからや」

博之は少し厳しい顔で言った。

「人に頼って終わり、はあかん。頼ったなら、飯か銭か品で返す。それを忘れたら、

次は助けてもらえへん」

「はい」

「それと、伊勢の郊外の拠点も忘れるな」

「郊外ですか」

「そうや。港が九鬼様筋で動くとしても、うちは伊勢郊外にも拠点を置いとる。

そっちは松坂屋の直の足場や。融通が利く」

博之は道の向こうを指した。

「今から城下の領主様に挨拶に行く。その後、郊外のお寺さんと神社にも五千文ずつ置く。

最後に伊勢郊外の横丁で茶でも飲んで帰る」

「かなり回りますね」

「回る。だから港で何か困ったら、九鬼様だけやなく、伊勢郊外にも話を通せ。

あっちの方が早いこともある」

「分かりました」

「くれぐれも、九鬼様には礼を言うといてくれ。船のことも、顔役への紹介も、ほんまに助かったと」

「はい」

「あと、もし九鬼様から何かお言葉があれば、松坂へ戻る前に、伊勢郊外まで知らせに来い。

俺らはそこで一息つく予定や」

「承知しました」

古参は深く頭を下げ、港の方へ戻っていった。

その背中を見送りながら、博之は小さく息を吐いた。

「一つ挨拶したら、次の挨拶が出てくるな」

ヨイチが言う。

「それが伊勢ですかね」

「松坂でもこうやったはずやけどな」

「松坂では、旦那が勢いで走ってたので、あんまり覚えてないだけでは」

「それはある」

博之は苦笑した。

港から城下へ向かう道は、松坂とはまた違う雰囲気だった。人の数も多く、物の流れも多い。

参宮へ向かう者も混じる。港の荷が陸へ上がり、城下へ運ばれ、さらに神宮の方へ流れていく。

この道を押さえなければ、伊勢では商いにならない。

博之は歩きながら、頭の中で線を引いていた。

港。

城下。

郊外。

神宮。

街道。

松坂。

それぞれが、まだ点でしかない。

だが、つながれば大きい。

「旦那、顔が怖いですよ」

ヨイチが言った。

「考えてるだけや」

「考えてる時の旦那は、だいたい金を使う顔です」

「失礼やな」

「当たってます」

博之は返す言葉がなかった。

やがて、伊勢の城下の屋形に着いた。

以前も挨拶に来ている。

だが今回は、港で実際に動き始めた報告を兼ねている。

門前で取り次ぎを願う。

「伊勢松坂屋の博之でございます。先日ご挨拶に参りましたが、本日、九鬼様のご紹介により、

伊勢の港の端で横丁の準備を始めさせていただきました。そのご報告と、改めての

ご挨拶に参りました」

一万文の包みを添えると、取り次ぎの者の顔色が少し変わった。

しばらく待たされ、奥へ通された。

そこには、前に話をした家臣がいた。

顔を見るなり、少し呆れたように笑う。

「最近よう挨拶に来るな、松坂屋」

博之は深く頭を下げた。

「恐れ入ります。伊勢で商いをさせていただく以上、筋を通さねばと思いまして」

「今度は何や」

「本日、九鬼様のお力添えをいただき、伊勢の港の端で横丁の準備を始めました。

まずは顔見せとして、鮪の汁物、すり身の揚げ物、握り飯などを少し振る舞い、

港の顔役にもご挨拶を済ませております」

「九鬼の口添えで港か」

「はい」

「それで、こちらにも報告に来たと」

「はい。港は九鬼様の筋もございますが、伊勢で商いを広げる以上、こちらへも改めて

ご挨拶すべきと考えました」

博之は一万文の包みを差し出した。

「ささやかではございますが、お納めください」

家臣は包みを見て、少し目を細めた。

「相変わらず、銭の使い方が派手やな」

「敵を作らないための銭でございます」

「正直に言うな」

「隠しても仕方がございません」

家臣は少し笑った。

「それで、港では何を出す」

「鮪の赤身の端を、ねぎと生姜で煮た汁物。アジやイワシの身をすり潰して揚げたすり身天。

あら汁。海老殻の出汁を使った汁物。そういった港飯を中心に考えております」

「親子丼ではないのか」

「卵の流れがまだ不安定です。伊勢郊外で養鶏も始めておりますが、港で親子丼を安定して出すには、

まだ時間がかかります」

「なるほどな」

家臣は頷いた。

「伊勢郊外の方はどうだ」

「まだよちよち歩きでございます。街道沿いと郊外の拠点で、少しずつ飯屋を回し、

養鶏場や漬物の仕込みも始めております。この後、郊外のお寺さんと神社にも五千文ずつ寄進し、

挨拶に伺うつもりでございます」

「また回るのか」

「回ります」

「ようやるな」

「やらねば、後で困りますので」

家臣はしばらく博之を見ていた。

「松坂屋、お前は飯屋なのか、寺社回りの者なのか、分からんようになってきたな」

「飯屋でございます」

「飯屋が三百人抱え、港を押さえ、郊外で養鶏をし、神宮の端を見ておる」

「言われると大げさに聞こえます」

「大げさではないわ」

家臣は笑った。

「まあ、揉め事を起こさず、伊勢の者にも銭を落とし、飯をうまく出すなら、こちらとしても

悪い話ではない。九鬼の顔もあるなら、港は慎重にやれ」

「心得ております」

「ただし、神宮に急ぐな」

「はい。神宮の方からも、まず港と郊外を固めよと言われております」

「それがよい」

博之は深く頭を下げた。

「本日は、港での着手のご報告でございました。今後も、動きがあれば必ずご挨拶に参ります」

「また来るのか」

「来ます」

「……まあ、来るなら飯を持ってこい」

その言葉に、博之は少し笑った。

「次は、鮪の汁物をお持ちします」

「それは楽しみやな」

屋形を出ると、ヨイチが横で小さく言った。

「旦那、また一つ通しましたね」

「通ったというより、まだ怒られてへんだけや」

「十分です」

「次は郊外の寺と神社や」

「ほんまに一日挨拶ですね」

「飯屋は頭を下げてなんぼや」

博之はそう言って歩き出した。

伊勢の港で楔を打ち、城下へ筋を通し、次は郊外へ戻る。

この日一日で、伊勢の点と点が少しずつ線になり始めていた。